第41話「志士とは」(山口県) | 地鶏

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自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

自転車日本一周旅は、国道10号線を北上し、九州と本州の架け橋「関門海峡」を渡り、本州に戻ってきた。

山口県下関市から日本海の海岸線沿いに伸びる国道191号線を走り、山口県萩市に入った。

萩市は一方を日本海に三方を山に囲まれた小さな城下町だ。江戸時代に毛利氏が治める長州藩の本拠地となったため、古い街並みや風情がどこか故郷の丹波篠山に似ている。

その名残が雰囲気で伝わってくる小京都だ。

文化と伝統の城下町を自転車で散策する。

 

 

学生時代、歴史など真剣に勉強しなかったが、幕末から明治維新にかけて長州藩は、魅力的な人材を輩出していることを知った。

その筆頭が吉田松蔭だ。

 

 

長州藩に留まらず、幕末期における日本を動かす原動力を作り出した一人にこの吉田松陰が挙げられる。

幕末時代のターニングポイントは、ペリーの来航であろう。

規格外の黒船が江戸湾浦賀に来航した事件である。

この事件から明治維新までを幕末と呼んでいる。

松陰は実際にペリー艦隊の来航を目の当たりにした。まだ見ぬアメリカ大国にあこがれ密航を企てる。

密航は失敗に終わり牢獄に入れられるが、この野生心、行動力、冒険心は大いに見習うべき点だ。

そして吉田松陰のこの小さな一歩が、後の「明治維新」という大きな激動の波を生むことになる。

密航で捕まった後、松陰は仮釈放されると松下村塾という私塾を主宰する。

下級武士の若者が集まる松下村塾には、教科書はなく、まともな校舎すらない。

10畳と8畳の二間しかない小さな塾。

この小さな私塾は、松陰神社に保存されていた。

 

 

そこで、吉田松陰が指導した期間はわずか2年半である。

そんな松下村塾が、高杉晋作や伊藤博文(初代総理)をはじめとして品川弥二郎(内務大臣)、山縣有朋(第三代/第九代総理)、山田顕義(國學院大學と日本大学の創設者)を送り出すことになる。

結果的には、総理大臣2名、国務大臣7名、大学の創設者2名、というとんでもない数のエリートが、松下村塾から誕生したのだ。

 

 

なぜこんな革新的な教育ができたのだろうか。

松陰には日本を変革するという志があったからだろう。

その夢と理想を追い求め、緻密に計画し、確実に実行に踏み切る勇気があったのだ。

 

「夢なき者に理想なし。

 理想なき者に計画なし。

 計画なき者に実行なし。

 実行なき者に成功なし。

 故に、夢なき者に成功なし。 」  

 

長州藩の若者たちは、夢に向かって困難に挑む松陰先生の姿に、心を奪われたのだと思う。

 

松下村塾から育った若者の代表格は高杉晋作だ。

四百年続いた江戸時代に終止符をうち、明治という新しい時代の扉が開こうとしていた時期。

革命児・晋作はそんな激動の幕末時代を生き、奇兵隊を組織する。

奇兵とは、正規の兵ではなく奇襲攻撃を行う兵という意味で、武士、町村民、農民などの身分を問わずに本人の能力があれば入隊する事が出来き、奇兵隊は数々の偉業を成し遂げる。

その晋作の人となりは墓跡に刻まれている。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し…」

まさに一旦動けば雷が落ちるような過激テロリストになり、発すれば台風の如く周囲を巻き込んでいく。

晋作は29歳という短い生涯を破天荒に駆け抜けた。

死を前に晋作が遺した辞世の句が素晴らしい。

 

「面白きこともなき世を面白く」

 

 

この世の中は見方によれば面白いし、面白くないとも言える。

面白く感じるか、面白くないと感じるかは、人の心次第だ。

この「面白くない世の中を如何に面白くしていくのか」と私たちの心を捉える高杉晋作の辞世の下の句は、「住みなすものは心なりけり」と結ばれている。

面白く日々を過ごすには、条件や環境や待遇などではなく、心の持ち方次第であると教えてくれる。

この心の決め手は、己の志に向って今日を懸命に生きているかどうかにある。

また面白いとは、こんな解釈ができる。

「面」は顔を表す。

「白い」とは、顔に光が差している様だ。

つまり、目標に向かって歩み続けていることなのだ。

対極になるのは、面倒という言葉。

顔が下を向いて倒れている。面倒くさい、面倒かけるなよ、など否定的言葉の代表格だ。

今日を面白くするのは、心の在り方が決める。

そして、夢を持って目標に向かって歩むことだ。

 

松陰も、晋作も「夢」と「志」を持つ大切さを訴える。

夢と志の違いは何だろうか。

志とはなんだ。

夢=志

これは私欲的で違うような気がする。

 

夢+○=志

 

夢に何かが加わると志になる。

○に当てはまるのは「公」だ。

吉田松陰も高杉晋作も、「自分以外の誰かのために」というはっきりした使命があった。

人間というものは不思議な生き物だ。

自分のために何かをするのは楽しい。しかしそれだけでは真の幸福感は感じられないもの。刺激はあるが感激がない。

誰かの嬉しそうな顔、温かい言葉、触れ合う温もりなど、自分以外の他者の命が躍動した時、自らの魂が揺さぶられ、命を投げ出しても惜しくないと思えるのだろう。

だから多くの人の心に突き刺さる生き方ができたのだろうと思う。

 

ビジョン(志)とは、ドリーム(夢)と違って、人の幸せのために成し遂げたい構想のことだ。

萩の城下町で発見したのは、幕末の志士たちの日本の未来を憂う生き方だった。

本当の志士とは、人の上に立つ勝者ではなく、人の役に立つ勇者なのである。

今日の日記は、かなりアツく書き記してしまった。それは萩の雰囲気がそうさせたのだ。

 

社会に貢献する人が社会人。

会社に貢献する人が会社人。

 

さて、おまはんはどっちじゃ?

松陰先生に問われているように感じた。