トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking -14ページ目

トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking

THE BEATLESファン歴は、約半世紀にて、また、研究し続けて、早40年の、トリジローと申します。

まだ、誰も成し得ていない、全213曲+のランキングと解説を、同時に、そして独自に掲載していきます。

これぞ、究極のTHE BEATLES解説にも挑みます。

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★131位

【Wait】

<RUBBER SOUL>1965.12/3=2:13=

 

ジョンとポールの共作曲。

といっても、8割方はポールの曲。

歌い出しがジョンなので、ジョンの曲っぽい印象が強いかもしれないが、良く聴けば分かるが、実はポールの方が多く歌っているのだ。

長めのアウトロの部分はポールが1人で歌っているからである。

そして、曲作りの分担も分かりやすい。サビ部分と、このポールが歌う部分が、メロディの感じからいっても、そのままポールが作ったものだろう。

ヴァース(Aメロ)がジョン。

BEATLESの場合は、作った方が歌うとはまったくもって限らないのだけど、この曲は明確だね。

 

で、そのポールが作っている部分のBへと転調する感じも見事だ。

そうそう、サビはBEATLESお得意の6thだ。

 

実は、アルバム「Help!」に収録される予定だったものを、収録曲が足りないという事情で引っ張り出され、ボリュームペダルやタンバリンなどを加えて仕上げたものだ。

歌詞の世界観はともかく、サウンドや音楽的には「Rubber Soul」収録で正解だろう。

 

さて、この曲の特徴は、ジョージの弾く、ヴォリュームペダルを使ったギターだ。

非常に、さり気に、でも効果的に使われているので、曲のグレードを一段と上げている。

こういうジョージの貢献度はもっと評価されるべきでありますね。

 

何というか、良い意味でのB級感(BEATLESにしてはだけど)がある曲で、そこが渋くて、長年聴いても飽きがこない曲なのだ。

A級な曲は多少、色褪せたりするものだが、この曲にはそれがない。

デビュー曲“Love Me Do“なども、そういう曲だと思う。

 

 

 

 

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★132位

【Think For Yourself(嘘つき女)】

<RUBBER SOUL>1965.12/3=2:18=

 

ジョージの作曲家としての成長を感じさせる佳曲!

 

“嘘つき女”などという邦題がついてしまっているが、もちろん”女性“の歌ではなく、ジョージによると特定の政治家に対する怒りを皮肉にした政治的な歌なのである。

(とはいえ、ジョージの歌詞の記憶が曖昧なので、今やもう真実は不明なのですが…)

政治的な歌というと即座にジョンを思い浮かべるが、実はジョージの方が先なのである。

ジョージは後々もストレートではない皮肉っぽい歌詞が多くなるが、その第一歩である。

次に、あからさまに皮肉るのが“Taxman”である。

 

しかし、何処を切ってもジョージらしい曲でありますね。

風変わりなコード進行に、得意の裏ノリだ。

この裏ノリに上手くメロディを乗せるのがジョージの特徴であり、個性の1つであると個人的に思う。

ジョンは変拍子、ポールは転調、そして、ジョージは裏ノリだ。

 

そして、この曲の最大の特徴で、聴きどころは、通常のベースの他に、縦横無尽に唸るベースにファズをかけたポールのサウンドだ。

これが、曲自体のリフとリードギターの中間的な役割になっており、全体を支配している。

ジョージの曲では、やややり過ぎ感のあるポールのベースの第1弾的なものだが、まあ、これはギターリフのような使い方なので、少し違うのかな。

ジョージの弾く裏拍のギターと上手く絡み合っている。

ROLLING STONESの(I Can't Get No) Satisfactionのファズギターに影響されたのではないか?と指摘する人もいるが、録音時を考えても、それは的を得た指摘だと個人的にも思う。

但し、それはギターの話で、BASSにファズをかけてレコーディングしたのは、世界でポールが1番最初でしょう。

 

ジョージのダブルトラックVoと、ポールとジョンのコーラスが左右に振り分けられている。このコーラスが渋い!

ジョンはギターを弾いておらず、あと、パーカッション等くらいで参加しているのみでしょう。

ドラムのシェイカーの音が気持ちいい。

 

 

 

 

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★133位

【Why Don't We Do It In The Road?】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=1:41=

 

ポールのワンマンショー的な曲である。

ジョンとジョージは“Glass Onion”の録音で参加していない。

リンゴは参加はしているのだが、オーバーダブでDrを叩いているので、手癖の型通りのフレーズな感じで、だから、ほぼ1人全部の楽器を演奏したポールのワンマンショーなのである。

 

しかも、歌詞は2つだけ。

Why don’t we do it in the road?と、

No one will be watching us.だけだ。

歌詞のほとんどが前者の繰り返しのみ。

しかも内容は、

道路でやらないか?

誰も見てる奴はいない

という、卑猥なものだ。

ジョンが書きそうな歌詞だが、実際、スタジオをから出て来て、曲を聴いて、すぐに歌っていたくらい、ジョンのお気に入りの曲だった。

“ポールの最高傑作だ”とまで言っている。

だからこそ、自分が参加出来なかったことに腹も立てていた。

だが、アルバムの追い込み期だったし、ジョンも意味不明の”Revolutin9“を勝手に録音していたのだから、おあいこだ的なことで、また1つ亀裂が生じた訳だ。

 

しかし、White Albumでのポールの振り幅は、凄まじい。

“Back In the U.S.S.R.”“Rockey Raccoon”“Martha My Dear”“Helter Skelter”“Ob-La-Di, Ob-La-Da”“Blackbird”“Martha My Dear””I Will“と、同じ作曲家が作ったとは思えない、余りにも違った顔を見せつけるポール。

しかも、その1つ1つの作品どれもがポピュラー音楽の完成形と言っても過言ではないほどの驚くべきクオリティである。

この引き出しの広さはいったいどこから来るものなのか?天才とは、かくも驚くべきものなのか。

 

この出来は、即興的で未完成の印象である。でも、それは予め意図したもので、作品としての完成度よりは、ノリを重視したようなところがある。

そして、詩の内容と曲調はどちらかといえばジョンが書いてもおかしくないようなもの。

だが、この曲はなんといってもヴォーカルが特別に素晴らしく、創造性と狂気に満ちている。

 

コードはDが基本の3コードで、7th基調なので、骨格はブルースである。

演奏時間は1分41秒と短い楽曲で、ドラムスとアコースティック・ギターのボディを叩く音、さらにハンドクラップの3種類のパーカッションなど。

 

しかしながら、これほどの曲も、実はこのあとに続く名曲を際立たせるための演出に過ぎないことに気付く。次の7曲目の“I Will”である。

まず驚くべきは、“Why Don't We Do It in the Road? ”との見事な対比である。

この連続した2曲が全く同じアーティストによって書かれ、演じられたと一体誰が信じることが出来よう?

狂気のあとに続く、典型的なマッカートニーの美しいラブソング。余りに甘美でノスタルジックである。

狂気と緊張の極みから、安らぎと優しさに満ちた愛の曲は、意識的に繋がっていると個人的には思う。

“Why Don't We Do It in the Road? ”があるゆえに、“I Will”はより一層その輝きを増しているのだ。

故に、“Why Don't We Do It in the Road? ”は最高のロックなのだ。

 

 

 

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★134位

【Love Me Do】

<Single & PAST MASTERS Vol.1>1962.10/5=2:22/2:19=

 

正真正銘、BEATLESのデビューシングルである。

 

1958年、不登校生だった当時16才のポールが書いた曲。

ジョンはミドルエイトを書いたが、「“Love Me Do”はポールの曲だ。僕らが本格的な作曲家になる前、ハンブルクの頃から曲を持っていたんだ」と語っている。

しかし、ポールはフィフティフィフティだったと言っており、珍しく意見が食い違っている。

(初期BEATLESは、2才年上で一早く才能を開花させたジョンの方が多作だが、実は、ポールの方が先に作曲していて、ジョンが影響を受けて、やがて共作もするようになるのである)

 

1962年発表のデビューシングルにて、英17位を記録。翌63年のデビューアルバム 「Please Please Me」 に収録。

64年には米で発売され1位を記録。

 

シングルVer.は1962年9月3日に録音。このDrはリンゴである。

彼らがレコーディングしたのは、この“Love Me Do”と、カヴァーの“How Do You Do It?”だったが、オリジナルに拘った彼等の意見で、“Love Me Do”がデビューシングルとなる。

しかし、リンゴのDrにも不安があったジョージ・マーティンは、改めて9月11日に“Love Me Do”を再度レコーディングを行った。

この時の録音では、マーティンがセッションドラマーのアンディ・ホワイトを連れてきており、リンゴ・スターはドラムではなくタンバリンでレコーディングに参加することになった。これがアルバムVer.である。

彼等は、この日、“P.S. I Love You”のレコーディングも行っている。

ちなみに、混同を防ぐため、このリンゴの叩いた9月4日バージョンはマスターテープを破棄されてしまいます。

今では「パスト・マスターズ」に収録されていますが、ここで聴くことが出来るのはレコードから拾った音です。

実は、もう1つ、3つ目のVer.があり、1番最初に録音されたのは1962年の6月6日で、EMIの契約の為のオーディションと言われるセッション内である(Drはピート・ベスト)。

 

更に、当初はジョンがンがメインで歌う予定だったが、ジョージ・マーティンのアイデアで、イントロのジョンが吹くハーモニカのパートが追加されたので、歌い出しと重なる為、ポールが歌うことになった。

ポールの回顧によると「あれはすごく緊張した出来事だったよ!いきなり歌えって言われてさ」だったそう。事実、レコーディングされたものは、ポールの声が少し震えているのが今でも分かる。

リバプールというイギリスの田舎から出て来ての初レコーディングで、ポールはまだ20才であったのだから、当時としたら当然というか、仕方なかったことだろう。

 

そのジョンが演奏するブルージーかつドライなハーモニカのイントロのリフ、これが実に渋い。

ハーモニカにビブラートをかけている箇所がありますが、ビブラートの周期を意図的に倍に変えていますね。

特に、ビブラートの周期を小節に合わせて三連符的にすることで、ただのビブラートではなくビブラートを活かしたアレンジになっている点がユニークです。

 

さて、Voですが、ポールの歌にジョンのコーラスが加わり、ツインVoになってくる。

特徴的なコーラスワークですが、Aメロのコーラスのメロディラインは主旋律に対して平行した動きになっていません。

また、コーラスの存在感が主旋律を凌ぐような存在感を持っていて、この曲の大きな特徴1つになっています。

 

素朴で派手さとは無縁だけれど、噛めば噛むほど味の出る曲である。

 

 

 

 

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★135位

【What You're Doing】

<BEATLES FOR SALE>1962.12/4=2:31=

 

実は、ファンの間でも、この曲は、彼等の曲群の中でも、余り人気がある曲とは言い難い。

そう、BEATLESファンからも決して評価は高くないのである。

更には、BEATLESのメンバー自身からも辛口発言すらある。

もっと言えば、作者のポール自身も、“作り続けて、期待外れで思ってしまった曲”とまで言ってしまっている。

そんなこともあってか、記憶力の良いポールにしては珍しく、“作ったのはジョンと50=50じゃない?”と、どれだけ自分が作ったかを記憶にないとジョークで言っている

 

…しかし、声を大にして言うが、個人的には、大好きな曲だ!

やはり、メロディの変遷が凄く良いし、メロディ自体も良いし、アレンジに苦労した割には、もの凄く自然な曲に聞こえるからだ。

シングルにするほどの名曲ではないが、アルバム曲として佳曲だと思う。

 

イントロ始め、要所で聴かれるリンゴのドラムが特徴的だ。

BEATLESの曲で、頭4小節をドラムから入る曲は珍しい。そもそも、リンゴは、ドラムソロの類いは頑として嫌いなのである。

だから、余計にリンゴのイントロからの4小節にはグッときますね。

そうそう、エンディング前にもDrパートだけになる2小節があるので、お聞き逃しなしといったところか(^O^)/。

間奏で聞こえるピアノの3連プレイは、恐らくポールだが、単調さのあるアレンジに少しだけ緊張感を与えている。

ただ、この辺りに、アレンジに苦労した感じも出てしまっているような気がする。

 

ジョージのリッケンバッカーの12弦が要所で良い味を出してます。

ポールのベースは、得意の和音弾きだが、本当にバランスが良いプレイだ。

 

歌詞は、気持ちの読めない女性を前に狼狽する男の姿を歌ったもの。

 

モノラルVer.とステレオVer.では、Voが僅かだが少し異なる。

ステレオVer.では、イントロのドラムが入る時に、誰かがマイクに息を吹きかけるような音が入ってしまっているのだ。

 

あと、ミスだが、当時は差し替えなど出来る時代ではないので、ちょっとした歌い間違いはそのままなんて曲の1つや2つはない(今なら、ボタン1つでコピー出来るのにね)。

他のパートの出来やノリを重視したのだ。

ポールが珍しくVoで間違えている。3コーラス目の「Please」の箇所を「And」と歌って思いっきり間違えている。

 

2006年に発売された「LOVE」に、“Drive My Car”や“The Word”とのメドレー曲「Drive My Car / The Word / What You're Doing)として収録されたことで、少し話題になったことが、個人的に凄く嬉しいのである。

 

 

 

 

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★136位

【Ob-La-Di, Ob-La-Da】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=3:08=

 

ポール全開100%の曲である。

ドイツのマックス・プランク研究所の研究者によって史上最も完璧なポップ・ソングであるとする研究結果が発表されている。

 

自分自身も小学校の頃は、大好きな曲であった。

何せ、音楽の教科書(別冊)に載っていたくらいな曲だ。

そう、少しの毒のない、童謡みたいなPOPソングという認識で、その後は余り好きでなくなってしまった。

しかし、その後、この曲の革新性に気付くのである。

当時、誰も考え付かなかったスカのリズムを取り入れ、非常に前衛的なことをやっているからである。

 

但し、異常というくらい録音は難航した。

ボツテイクから始まり、幾度も撮り直し、ポールからダメ出しをだれるメンバー。

その進行状況の遅さや、スタジオの雰囲気に遂にジョンが苛立ち、あのイントロのピアノを叩きつけたのである。

(それが公式曲になるのだから、BEATLESは面白いのだが)

曲のテンポも遅かったから、ジョンはそれも加味しての連打奏法?である。

そして、上手く録音がいかないポール自身も苛立ち、遂には、ジョージ・マーティンがポールに助言をした際に、

“じゃあ、ここへ来てみろよ”

と言ってのけてしまう。

言ってはいけない相手であるし、マーティンは機嫌を損ね、翌日の仕事を降りてしまう。

 

ポールのベースはファズをかけている。

ジョンのピアノにオーバーダブしているのはポールではなく、かのニッキー・ホプキンスなのである。

 

近年のポールのライブで再び取り上げられるようになり、会場はこの曲になると盛り上がるのだ。

最初は不思議に思ったが、実際、楽しいのだ。凄くノレるのだ。

その時、この曲はロックファン等から誤解を受けていると感じた。

1周廻って、やはり名曲なのである。

 

 

 

 

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★137位

【Free As A Bird】

<ANTHOLOGY 1>1995.12/4=4:24=

 

解散から25年後、ジョンの死から15年後の1995年12月4日リリースされた23rdシングル。

同年11月20日にリリースされた「Anthology 1」からのシングル・カットであり、正に、実に25年ぶりのオリジナル・シングルとなったのである。

 

元は、「アンソロジー」の企画で、ジョンが1977年に書いた未完成曲を、ヨーコから預かったポールが、ジョージと補作し、ジェフ・リンの協力を得て完成させた曲である。

もちろんリンゴも交え、レコーディングしたのが、この曲だ。

1995年当時、まさかBEATLESの新曲を半世紀ぶりに聴けるとは夢にも思わなかった。

 

基本は、サビと大まかなヴァース部分しかなかった曲を、ポールがブリッジ(というかアウトロかな)部を作曲している。

いわゆる、BEATLES時代に良くやっていたジョンとポールの手法でもある。

だから、違和感がない。しかも、あの頃の”らしい“メロディで感慨深くなる。

冒頭のリンゴのドラム1発で感涙。ああ、BEATLESだ、と。

 

ジョージは、2コーラス目のブリッジ部を短く歌い、続けて間奏のスライドギターを聴かせる。ああ、良いなあ。

しかし、形的には、BEATLES時代にはなかった、ジョン・ポール・ジョージの3人がソロで歌うという“初”の試みまである。

 

この曲にでポールは、ベース、コーラス、アコギ、ピアノを担当しているが、余り出しゃばらずに、むしろジョンの存在感を大切にしている印象がある。

作ったのはジョンのソロ期のものだが、作風が中期ビートルズの作風で、それを後期BEATLESが演奏しているような出来になっている。

 

嬉しいのは、活動時には使わなかった、ウクレレやスライドギターの音が入っていることもことだろう。

 

難点を言えば、やはり、ジョンの録音した状態が良くないので、サウンドは重ねたり編集できても、ジョンの歌だけはそうはいかないので、バランスが悪くなっていること。

但し、その状態の良くないジョンの声が、”良き時代“のジョンの少しザラついた感じに聞えたりして、初期BEATLESを思い出させてくれたりもする。

 

この曲のPVにも驚かされた。

あの時代の彼等の曲名や歌の内容などに関わる映像が途切れなくずっと流され続けていく。この編集技術も凄いが、情報量もまた凄いのだ。

「A Day In The Life」の中で交通事故にあった男や、「Mr. Kite」「Helter Skelter」「Strawberry Fields」 などがヴィジュアル化して次々と登場してくる。

まるで、BEATLES史を辿って、完全にノスタルジーに浸れるのである。

 

この曲を、ジョージ・マーティンがプロデュースしていたらという声も良く聞いたけれど、確かに、それは一理あるのだが、ジェフ・リンは良くやったと思う。感謝したい。

 

エンディングにジョンの言葉“Turn That Nice Again(また上手くいった)”を逆回転で録音し、BEATLESらしいひねりを加えてるのがナイスです。

 

 

 

 

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★138位

【She Came In Through The Bathroom Window】

<ABBEY ROAD>1969.9/26=1:52=

 

かのAbbey Road後半のメドレーの中の1曲である。

 

ある日、ポールの家に入った空き巣が女性(知り合いだったとも)で、彼女は風呂場の窓から侵入したそうで、ポールは、この出来事からインスパイアされてこの曲を書いた。

但し、ダブルミーイングか否か、ヨーコのことではないかという推測もある。

ちなみに、ジョンは”それはリンダだろう“と、ワザと言ったりしている。

 

倦怠感漂う曲でもある。しかし、曲はカッコいい。

完全にポールらしい曲なのだが、ジョンが書きそうな曲でもあるのが面白い。

 

ポールのVoは、ダブルトラッキングで歌われている。

サビで入ってくるジョンの下のパートのハモリもなかなか渋い。

ジョージの深いディレイのギターが味を出しているし、圧巻なのがポールのベースだ。

名盤Abbey Roadには、ポールの圧倒的なベースプレイがそこら中に聴けるが、この曲でのプレイは隠れた名プレイと言って良い。

 

この曲が最初に取り上げられたのは1969年1月22日。アップル・スタジオにて。「ゲット・バック・セッション」の中で一度録音されている。

この時のVer.は、かなりテンポが遅く、ブルージーなVer.だった。

再び、録音が再開されたのは同年7月25日。アビイ・ロードスタジオにて。

前曲である“Polythene Pam”と繋げて録音されており(2曲で1曲…メドレー)、ベーシックを39テイク録音された。

ピアノ、エレピ、ヴォーカル、アコースティック・ギターが第39テイクにオーバーダブされた。。

3日後に、Vo、パーカッション、ギターが録音される。

ちなみに、この日(7/28)に、アルバムAbbey Road後半のメドレー曲の全てがステレオミックスされて、仮に繋ぎ合わせる作業が行われた。

 

そうそう、このレコーディング中に、良いフレーズが思い浮かばないリンゴに対して、ジョンがしびれを切らし、それ以上のレコーディングを拒否した。

リンゴは、その夜、黙って、オーバーダブして差し替えたが、今のようにクリックもない時代である。リンゴは自分のプレイを聴きながら叩いて録音した。さぞかし大変だったと思う。

しかし、それは素晴らしいリズム感のプレイで、元のプレイより良いものだった。いかに、リンゴがリズム感の素晴らしいドラマーだったことが分かるエピソードなのである。

 

この曲は、ジョー・コッカーにプレゼント(カヴァー)されたが、かつてのWith A Little Help From My Friendsの名カヴァーに対する、お礼とも言える。

 

 

 

 

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★139位

【I Need You】

<HELP!>1965.8/6=2:28=

 

140位に続いて、またしてもジョージの曲である。

この曲は、ジョージがレコーディングした2曲目の曲でもある。

爽やかなサウンドではあるが、悲しい歌を歌っている。

今聴いても、ジョージのまだまだ発展途上さの初々しさを感じてしまう、そういうピュアな甘酸っぱさがあるよね。

 

それもそのはず、後にジョージの妻となり、その後はエリック・クラプトンの妻になる、かのパティ・ボイドを歌った曲でもあるからだ。

パティを歌にして名曲になった曲は、後のジョージの“Something”や、エリックの“Layla”や“Wonderful Tonight”などの大有名曲が登場してくるが、1番最初にパティを歌った歌が、この曲である。

 

この曲の特徴といえば、何といっても、ボリュームペダルの初登場である。

いわゆるバイオリン奏法である。

始めてやったのは、ジョージではないが、レコーディングしたものでは世界初である。

BEATLESは本当に、1曲1曲、必ず革新的なものがある。

ジョージがこの曲をボリュームペダルを使い、バイオリン奏法にしたのは、取り立てて変わったコードも使っていない平凡でシンプルなコード進行ゆえに、効果が絶大だったのだと思う。

 

この曲が優しく爽やかなサウンドになっている理由の1つが、ジョンが珍しく弾いているというクラシックギターだからである。

ポールのベースも目立たないけれど、多彩なプレイをしているね。

 

リンゴのDrは、アコースティックなサウンドを壊さない為に、シンバルは叩かずに、カウベルやボンゴを敢えてオーバダブしているのである。

 

繊細なイメージで、そういう曲を書いていそうなジョージだが、意外や、余りない。

そういう曲の代表作が“Here Comes The Sun”で、才能を開花させ、この曲を大きく発展させたものだと思うからである。

 

5テイク録音し、最終テイクから作り上げた。

 

映画「HELP!」では、“The Night Before” と同じく、戦車に囲まれながら野原で演奏する場面で登場しましたね。

 

1965年という年は、ジョージが、LSDとシタールに出逢った年であり、パティと婚約した年でもある。

ジョージの人生における最も“重要な”1年であり、特に、LSDは彼の永続的な精神的な悟りの探求への扉を開いた。

ちなみに、ジョージの精神性を決定づけたインドへの旅は、もう少し後のことである。

 

 

 

 

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★140位

【I Want To Tell You】

<REVOLVER>1966.8/5=2:26=

 

ジョージの音楽的才能を更に一段勧めた作品が、この作品だと思う。

ジョージ自身のメロディや素材や歌詞も、今までのものと極端に進歩してる訳でもないが、この曲の要となるE7b9や、Bm7b5といった複雑なコードが曲の全体像を組み立てていく上で、独特な不安定さを生み、楽曲を高みに持っていっている。

 

途中から入ってくるポールのピアノがまた、この2つのコードを強調した弾き方で、不協和音的にも聞こえ、この効果が絶大である。

実際は、E7(-9)からのテンションノートを強調したピアノのフレーズとなっている為である。

しかも、ポールのピアノは曲全体を支配するくらいの存在感があって、さすが、ジョージの曲には強い個性で入れ込むポールの真骨頂の1つでもあるかなとも。

 

ポールのベースは、BEATLESにとって初めて、最後に、単独のトラックにオーヴァーダブしたものだ。なので、くっくりしたラインが聴ける。

エメリック効果なのか、ポールの発案なのかは不明だけれど、4トラックでの試行錯誤は、翌年に登場する8トラックレコーダーに先駆け、後世のミュージシャンに与えた影響は余りに大きい。

そのベーストラックの単独オーバーダブという、小さな革命なのである。

ジョンは、ギターは弾いておらず、コーラスとパーカッションのみ。でも、コーラスもポール色が強い。

ジョンは、この曲に余りやる気がなかったのかな?…正直、ジョンは必ずしもではないが、ジョージの曲にはどこか本気度が足りたい部分があったことは否めないだろう。

 

“君の曲にはいつもタイトルがないんだから”とジョンに揶揄されるジョージは、この曲でもタイトルがなかった。

何度も変えながら、最終的にこのタイトルになった。歌詞やタイトルには拘るジョンには理解不能だったのだろう(笑)。

 

そういえば、この曲は、曲始めがフェイドインという革命的なことを示したBEATLESの“Eight Days A Week”に続く2曲目の曲なのである。

 

REVOLVERというアルバムは、優れた楽曲が詰まっているということももちろんあるが、ライブが無意識にあるバンドサウンドがあることが大きいのではないか。

だから、アルバムは傑作だし、それぞれの曲も活き活きと生きているのだ。

このI Want To Tell Youも、そんな1曲なのである。

 

ジョージ自身は、“この曲は、書いたり、話したり、伝えたりするのが難しい。ほとばしるような思いについて書いたものなんだ”と言っている。

 

ちなみに、最初で最後の日本公演である、1991年の東エリック・クラプトンとの共演の東京ドームでのオープニング曲が、この曲であったことは意外であったが、ロックサウンドとして色褪せない曲というのはあったのだろうと思う。

 

 

 

 

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