外国人専用収容所に到着。訳あって正式名称はここでは出せませんが、ここだけは実際の名称にもPrisonが使われておらず、XXXX Centreとなっている。看守の話では、トレーニングセンターとしての役割を果たしたいとのこと(理想だな)。ちなみに、星の国は八丈島くらいの面積しかなく、国民も400万人ほどしかいないのに、刑務所の数は28箇所もあるらしい。最も有名なのは空港付近の刑務所で、自分が入所当時、麻薬で捕まった日本人が一人収容されていた。余談だがこの国は特にドラッグに厳しく、確か5g以上で死刑だったかな?しかも、絶対執行されるから恐ろしい。


さてさて、到着しての第一印象は、思った以上に開放的。看守も妙にフレンドリー(よくテレビで見る日本の刑務所の風景とはかけ離れている)。驚いたことに、女性の看守がいる。何と、外国人女性の収容所でもあるのだ。そんなのありかよ。

男性用は、全A~Eの5棟(各棟300~400人ほど収容)、病人用棟、PC Room棟で構成されており、部屋の定員は30人となっている(女性の方は分かりません)。部屋は横一列に並んでおり、部屋の正面は一面鉄格子だが、その前は廊下で、廊下を挟んだ先は鉄格子は付いているが、全面中庭に向いている。つまり、いつも新鮮な空気が入り、日差しも入る。しかも、敷地の外壁が低いため、外の世界も見えるのである。ここで、ようやく事情通インディアの言葉に納得。

早速入所の手続き。ここで拘置所入所時に預けた荷物の再確認をさせられる。しめた!!看守の目を盗み、ビニール袋を破り、コンタクトレンズをゲット!が、2週間使い捨てのソフトレンズだったため、一枚は破れててしまった。利き目の右目分は確保できたのでこっそり装着。片目だけでも無いよりまし。諸々の手続き後、この収容所での生活パターンと規則を学ぶために、入所初心者棟へ入ることに。棟の外で看守(Mr Kel(仮名) 彼とは出所まで良いお付き合いができました。非常に楽しいお方でした。)の前に整列。Mr Kel(が、適当に(たぶん、いや絶対)部屋を振り分けていく。ここでもナイジェリアとは同室となる。う~ん、心強い。突然、Mr Kel 「Hey Japan, Your are an IC this room」と叫ぶ。 「Yes, Sir」。言い忘れたが、ここでは、看守、職員に対しては、必ず Sir(女性看守には Mom)を付けることになっている。 Yes, Sir. No, Sir. 看守を呼ぶときはSirで呼びかけなければならない。間違っても名前で呼んではいけないのだ。


何はともあれ、Room ICとなり、部屋へ移動。朝昼晩の点呼の際に、挨拶とInmate(自分も含めた収容されている連中)の人数を叫ぶ。

「G' morning Sir, twenty eight Sir.」てな具合。ところが、この掛け声のタイミングが難しい。通常看守は部屋の前で立ち止ま中の様子と人数を確認するのだが、看守によっては、部屋の前で立ち止まらず、素通りするやつがいる。隣の部屋の点呼を終え、引き続きこちらに歩いてくる。姿が見えた瞬間に言わないと、こっちが掛け声をかけている間にもう隣の部屋の前まで行ってしまう。こっちもいい加減だが、看守もいい加減ってことだな。

部屋に入って1時間ほど(時計が無いからたぶん1時間くらいだと思う)すると、別の看守からの呼び出し。看守の部屋へ連れて行かれ、ここに収容されるはめになったいきさつをあれやこれや聞かれる。目的は分からないが調書を取るような感じである。この後、同所内であと2回棟を替わることになるが、移るたびに全ての看守、挙句の果てには同所の副所長やら幹部にまで呼び出され、同じことを繰り返すことになる。よほど日本人が珍しいらしい(ちなみに、ここに収容された日本人は、私が二人目とのこと)。ま、その都度、部屋から出られるのだから、こっちは気が紛れるし、なにより幹部の部屋は冷房が効いている。


ところで、こに来てから妙に関心したことがある。ここに入るわけだから、当然皆犯罪者だ。外国人専用だから、いろんな国籍の連中がいるわけで、マレー、インディア、バングラ、チョンコレン、ミャンマー、コンタイで全体の9割以上を占めている。彼らはそれぞれ異なる宗教を信仰しているが、やたら熱心なのである。最多は、モスリム(イスラム教)マレー、バングラ、ナイジェリアの連中。次がインディアのヒンドゥー、そしてタイとミャンマーの仏教。それぞれが、毎日決まった時間に仲間同士部屋の中で礼拝したりお祈りをする。モスリムは起床後、昼食後、就寝前の3回。ヒンドゥーと仏教は就寝前。とにかく熱心。大半は、不法滞在の連中だが、中には、死体損壊とか死体遺棄、麻薬売買、レイプ犯などもおり、それは熱心にお祈りしている。そんなに宗教に熱心なやつらが何でこんなところにいるのか不思議でもあった。ちなみに、自分の宗教を聞かれた時は、無宗教だけど面倒だからクリスチャンと答えるようにしていた。ちょっと後ろめたさもあったけど、確か通った幼稚園は聖公会だったから、まんざら嘘でもないだろう。


結局この棟では4日間過ごしたが、他に目新しいことはなく、メインの棟に移動となり、いよいよ本当の収容所生活が始まるとともに、ようやくこのブログの本題に入っていくのである。



拘置所入所から4日目、いよいよ頭を丸めることに。バリカンで一気に刈られる。その間わずか1分程度。まさにあっと言う間。頭がすっきりしたところで同所内の大部屋へ移動。ここからはいよいよ団体生活が始まる。おおよそ30名ほどの部屋。各部屋にはRoom ICと呼ばれるリーダーがおり、朝昼晩の点呼の際、巡回看守への挨拶の掛け声を担当するほかは大した役目はないが、部屋内でトラブルが発生すると責任を取らされる。例えば、部屋内で喧嘩が発生すれば、当事者とICがPC Roomという懲罰用の独居房へ入れられる。PC Roomは、幅1メートル奥行き2メートルほどの部屋で、窓もトイレもない。備え付けのバケツで用を足すのである。自分がPC Roomの世話にならなかったのは幸いでした、というかホントよかった。

自分の入った部屋のICはインディア。一緒に入ったナイジェリアが180cmほどの強面(もちろん黒い)で、いきなりICと揉める。


IC 「お前態度でかいな、どこから来た?」

ナ 「ナイジェリア」

IC 「俺はここに入る前ナイジェリアを半殺しにしたんだ、覚えとけ」

ナ 「俺はインディア3人殺した(もちろんハッタリだが)覚えとけ」


ICびびったのか、この後、このナイジェリアはこの部屋の裏ICとなってしまい、同部屋の大半がインディアとバングラだったため、この様子を見ていた連中は、誰一人彼には逆らえなくなってしまった。(英語の分からないチョンコレンとコンタイは別、彼等は別世界の方々)。私?このナイジェリアなぜか私のことを慕っており、実質私がこのナイジェリアの兄貴分のような存在となってしまったのである。ラッキー。


この部屋では4日間過ごしたが、5メートルほどの高さに小さな窓があるだけで、なんとも気が滅入る。完全にもやし状態で、とにかく外の空気が、日差しが恋しくなる。なにもする気が起こらず(実際何もすることがないのだが)、ただただ眠る。眠った分だjけ刑期が減っていく...。

いつまでここにいるのかな?この先どうなるのかな?などと不安になっていると、古参の事情通インディアが教えてくれた。

「心配するなジャパン、直に俺たちは外国人専用収容所に行くんだ。そこに行けば、部屋には雑誌や文庫本、ゲームがあるし、外も見える、部屋に風呂も付いているぞ。ここよりずっと快適だ」、こいつは何と3度目の収容とのこと。事情通に納得。


拘置所8日目、いよいよ外国人専用収容所へ移動だ。そこから先への移動はないと聞く。どんなとこだ?ほんとに快適なのか?

まあ、ここよりましなことは確からしい....。








とりあえず拘置所へ到着。蒸し風呂のようなバスから降り、新鮮な空気にほっとしたのもつかの間、早速拘置所入所の手続きとなる。20人ほどが二列に並ばされ、支給されたユニフォームに着替える。(拘置所でユニフォームとは変だが、支給されたのは白の半袖Tシャツ、ブルーの短パンとビーチサンダルなのだから、ほかに表現するなら運動着かな)                                                             

着用前に看守の合図で全員両手を上げたり」足を開いて腰を落としたりと、ようは変なところに変なものを隠していないかチェックしているわけである。最初は照れもあったが、モタモタしてれば怒鳴られるわけで、ここは開き直って素直におかしなポーズをとることに...。色黒のインディア、バングラ、黄色のチョンコレン、ジャパン(もちろん私)が素っ裸で足を開いて前屈姿勢をとると、ジャーマンシェパードを連れた看守がていねいにおしりの中心を覗いていく。これには笑えた。ついでに犬はにおいを嗅いでた。

次は私物の袋詰め。所持品と衣類をビニール袋に入れて預ける。この時最初の悲劇が起こる。なんとコンタクトレンズは外さなければいけないのだ。聞いてねーよ!!と心の中で叫ぶも、仕方ない、規則は規則、泣く泣く外すことに。とたんに世界が変わる。そのあとは、いわゆるオリエンテーション。いろいろな説明をうけた後、各自番号を割り与えられた。私の番号は1257.今後、看守からはこの番号で呼ばれることになる。


ところで、この国にはいまだに鞭打ち刑がある。鞭といっても、Caneという籐製の鞭で、尻をたたくのであるが、オリエンテーション中にその説明ビデオを見せられる。色黒の蝶野のようなマレー系の大男が鞭を頭の上で回転させ勢いをつけて叩きつける様子を見せる。幸い、自分は服役だけでこの刑罰はなかったが、私以外はほぼ全員最低1回~多いやつで24回なんてやつもおり、皆、

このビデオを見た後はしばし沈黙。実際にこの刑を受ける連中を後々目の当たりにするのだが、詳細は後日。


一通り、オリエンテーションが終わり、3人ずつ別室へ移動。手首に自分の番号をプリントしたリストバンドをはめられる。続いて、

駅の窓口のようなところへ座らされると、中にはオフィサーが待っている。


オフィサー 「Your number & name?」

自分    「1257 sir . Im XXX sir.」

オフィサー 「Your sentence is 8 months, after cutting 5months and 11 days, Releasing on July 5th」


つまり、8ヶ月の刑期だったのが、日祭日やらなんやらを差し引いて5ヶ月と11日に短縮され、判決受けたのが1月30日だったので出所は7月11日となったわけである。 弁護士は6ヶ月だと言ってたがこれはうれしい誤算だ。そrにしてもあの弁護士はホントいい加減なやつだ。


もろもろの手続きが終わり、やっとお部屋へ。6畳ほどの窓のない4人相部屋で、星の国1、ナイジェリア1、マレーシア1、ジャパン1の組み合わせ。このナイジェリアとはしばらく行動をともにすることとなる。ここで二つ目の悲劇。各部屋には水洗トイレが付いているのだが洗面台もなければ水道もない。先住のマレーシアに尋ねると、カップを水洗トイレの水の出口にあて、トイレの水を流すではないか...。愕然!歯磨きもこの水を使うとのこと。無理だ、そんなことおれにはできない。結局この部屋には3泊したが、毎食時に出る紅茶を残しておき水分補給することとなった。もちろん歯磨きもできなかった。

この3日間はホントしんどかった。