週1回ドクターの検診がある。朝食前の点呼の際、各自が検診希望を申し出る。1階の短期収容者は少ないが、2階の長期収容者達は外に出るチャンスなので具合が良くても検診を希望する。仮病だ。


担当医は二人。マレー系と中国系で、主にマレー系医師が来ることが多い(両医師とも名前は失念)。二人とも、医師だけに身なりは立派だが、こういった場所の担当医らしく、とにかく言葉が乱暴。常に怒鳴っている。


検診希望者は、部屋の裏通路に2列縦隊で着席させられる。もちろん私語厳禁。ところがこの連中が、大人しく静かにしているわけが無い。30秒。いや10秒と黙っていられない。コソコソ話から始まり、そのうちぺちゃくちゃがやがや...。

看守たちはこの状態を ¨Chatting Birds¨と呼んでいた。よく、街の街路樹に大量に集まったムクドリなどが、鳴いているのを見かけるが、あの感じだ。とにかく話し声が聞こえているが何を話しているのかは全く不明(英語、マレー語、中国語、タイ語、ヒンドゥー語などなど一度に7~8ヶ国語で200人あまりが狭い通路で話しているのだからなおさら)。ただただ騒々しいだけ。

当然、看守や医師が黙っているわけはない。

Shut Up !」 「Quiet !」と怒鳴る。

時には、我々クッキーに何とかしろとの指示が来る。クッキーはいろいろ特権はあるが、立場は彼らと同じであり、従って命令はできない。

Shut Up Please」と、情け無いお願いしかできないのだ。


話が逸れた。



医師はとにかく怒鳴る。

頭が痛いとか、熱っぽいとかでは、「水でも飲んでろ!」と、一喝。よほど症状が出ているか、明らかに怪我でもしていないと薬を処方してくれない。仮病の常習者には顔を見ただけで、検診もせず、「貴様は帰れ!」と怒鳴る始末。

少々乱暴すぎる気もするが、医師は、C棟だけの担当ではなく、他の棟や、他収容所も回っており、正味1時間ほどで200人を捌くのは無理な話でもある。また、長年収容所担当の医師だから、経験に裏付けられたやり方なのだ。


そんな彼も、私には優しくしてくれた。

体調を崩すと発熱しやすい体質の私には、2~3度抗生物質や解熱剤を処方してくれた。私がいた間に、他に抗生物質を処方されたことは無く、ここでも日本人ということで特別扱いをされたわけ。

バングラの長期収容者の一人からSOS(室内で問題が発生した際には、ICが鉄格子の取っ手を打ち鳴らすことになぅている)。Mr Singhと共に2回の部屋へ行くと、ICとバングラ1名が入口の側で待っていた。何故か他のInmateは遠巻きに見ている。バングラの手には折りたたんだトイレットペーパー...その手が震えている。無言で紙を差し出し、我々の前で静かに開いた。覗いてみるとゴマの周りに毛が生えている。何これ?まだ誰も声を出さない。もう一度覗いてみると、ゴマが動き出した。うげ!ダニだ!

一瞬にして全身さぶさぶ。バングラが毛深い腕を差し出す。うわっ!いるいる。1匹.2匹.3匹....すげ一いっぱいいる。彼は毛深いからダニにとっては格好の棲家であった。

Mr Singhが無線でドクターを呼び、その間バングラは荷造り。そう、完全隔離である。隔離といってもその場所がないため、PCルーム行き。彼のいた部屋は、急遽大掃除となった。どこでどうダニに集られたのか不明ではあったが、幸い同室者からはダニは見つからず、大きな問題にはならなかった。

それから1週間後、彼が帰ってきた。頭はスキンヘッド、眉毛を含む全身の毛を剃られていて、黒人のマネキンのようになっていた。

日本ではあまり経験できないことだな~と感心したしだいである。

今日は自分の話し。

収容中2回、PC送りの危機に陥ったことがある。

拘置所入所時に外したコンタクトレンズの片方を、外国人収容所入所時に手に入れ装着したことは前に触れたが、使い捨てのレンズであったため、結局1週間ももたず、その後C棟に移るまで、不便な思いをしていた。C棟のクッキールームに入り、最初に親しくなったマレーがめがねを持っており、私がクッキーになった際に快く貸してくれた。Inmateが部屋の外で物の貸し借りをすることは禁じられており、直ぐに所内の看守たちの中で問題となってしまった。PC送りになると、その先クッキーとして働けなくなり、出所まで部屋の中で退屈な毎日を過ごさなければならなくなる。

後で聞いたところでは、看守内で意見が真っ二つに割れたそうで、

Mr Gohが何とか説得してくれ、最終的にNo.2幹部が黙認の結論を出し、事なきを得たとのこと。No.2は、180cm以上もある、インド人。眼光鋭く強面。実務上全体を掌握しており、影の所長的存在だ。彼と他数名の幹部の部屋がC棟の目の前(敷地内中央)にあり、

特にC棟に対しては目が届きすぎるほどであった。彼も私がC棟に移ると直ぐに私から事情聴取しており、その後は、私が外で働いているときに彼が通りかかると必ず声をかけてくれた。Inmateにとって神様のような存在の彼と頻繁に立ち話しているので、他のInmateたちからは、お前は何者だ?とよく聞かれたものだ。

実は、彼はMR Gohをかわいがっており、それもあって救いの手を差し伸べてくれたのだと思われる。

次のピンチは、私の凡ミス。クッキーICは、看守のアシスタントとして常に看守の傍にいなければいけないが、その日は、Mr Singhの日で、彼とクッキー全員で2階で作業していた。彼から、1階の看守室から、予備のTシャツを取ってくるよう指示され、普段なら他のクッキーに行かせるのだが、その時は自分で取りに行ってしまった。看守用机の下からシャツを取り出したその瞬間、入口にNo.4の幹部が仁王立ち。「ついて来い」の一言に従い、彼の後ろをついていく私。そのまま、彼の部屋に連れて行かれ、事情聴取を受けた後、PCルーム横の狭い通路に入れられた。何てことだ、PCなのかな...と、不安な気持ちのまま放っておかれた。その間、当日PCルーム担当のMr Rahad(若いインド人看守、B棟にいる時世話になった)が、何度も顔を出し、声をかけてくれた。ことのいきさつを彼に話すも、「心配するな」としか応えてくれない。待たされること1時間、Mr Singhが現れた。満面の笑顔。ターバンを巻き、ひげを蓄えた温厚なインド人のおじいさんの顔で立っている。

Taki ! 迎えに来たぞ。」 

良かったよ~。このときばかりは、思わず泣きたくなるほど、ホント嬉しかった。

彼も何かと目をかけてくれていたが、どうやら、このNo.4はあまり私のことを快く思っていないらしく、「あいつには気をつけろよ」と、Mr Singhが注意してくれた。

こうして、無事、2度のPC危機を免れることができたのは、親切な看守たちのおかげであった。感謝!