「桶狭間の合戦まで」 第十部
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「桶狭間の合戦まで」 第十部
余の父上、信秀はその昔、今川義元と戦っていた。その頃から、産業で賑わう、特に陶器においては他の追随を許さない程の繁栄を、常滑焼で誇る、この知多の地を義元は欲していたのである。そして、今川の配下になった松平家の広忠が余の父信秀に攻めてきた。
迎え討つ織田家も全力で、容赦をしない。
小さな争いや、小豆坂の二つの戦いを含め、いくつかの抗争が繰り返された。その中で、余は初陣を果たし、兄の信広は捕虜となり、今川に取り押さえられた。
敵の松平も、人質として、嫡男、竹千代を織田側に捕らえられていた。
ここには、一つ、曰くがある。
竹千代は本来、松平から、今川へ人質として出されるはずであったのだ。
松平は、今川に屈服せざるを得なくなったのも、松平が、尾張に攻めなくてはならなくなったのも、似た様な理由からであり、それは、松平が、尾張の織田と駿河の今川に挟まれていて、行き場を失くしていて、どちらかに攻められるよりも、どちらかと手を組み、他方と戦おう、という腹をくくったのである。そして、松平広忠が選択したのが、攻めてきた信秀ではなく、背後にいる大国駿河の義元だった。
松平広忠は今川義元に援軍を要請した。義元は条件として、松平広忠の嫡男、竹千代を人質として受け入れることにした。
だが、余の父・信秀もなかなかの策士で、先に手を廻し、今川方の戸田康光を金銭で誘導した。戸田家は松平の流れを汲む家柄で、当時、この康光は今川家に絶対の服従を見せていた。そこに策士、信秀が照準を定め、見事、命中させた。竹千代を五百貫か千貫かは分からぬが、買い占めて、戸田康光に計画誤護送をさせた。
結果、竹千代は今川の手に渡らず、織田の元に送り届けられ、織田の預かる人質となった。
戸田家はその後、あえなく、いとも簡単に今川に潰されてしまった。この戦国の乱世で、戸田家の様に、織田家よりも小さなものが、成り上がるには、何かの、答えは分からぬが、目にも見えないが、大きな切掛けが必要なのである。それまで、今川に従順だった康光がそれまで通りに今川に従順であれば、戸田家はおそらくは乱世の魔に呑みこまれることはなかったのであろうが、大人しく飼い慣らされていた康光の中にも、おそらく、小さくても核となる欲望が潜めいていたのであろう。きっと康光自身にも分からないものだったのかもしれない。そうとも取れるし、そうでないとも取れる。康光はその、己の中にある、反骨心、反逆心、反抗心、それは心と書くかもしれないし、魂と書くかもしれない、そんな、立ち向かう気持ちを前面に出しては、体力不足の果てに、踏みつぶされる結果が見えている、と怯えて、恐れて、逃げ腰で、それを回避する為に、微量な本心を抑えよう、隠そう、閉じ込めよう、とそれまで、必死に、知っていて、知らない振りをしていたのかもしれない。父、信秀は、悪い男で、強い男で、勝ち方を知っている男だったので、戸田康光を言いくるめ、騙して、まとめた。
余より、九つ下の竹千代は幼い子供であった。不必要に甘やかされ、過保護に育てられてきたそれまでの竹千代には、世に名を轟かすおおうつけの余が鬼神に映り、それが憧れに転化していたようであった。だから、竹千代は常に余に絡まり歩き、何につけても、余の真似事をしたがっていた。余は幼子を好かぬが、竹千代はどこか可愛く思えた。特に、何をしてあげたという訳でもないが、向こうもこちらに特に、何をしてくれたわけでもないが、存在は気になる幼子であった。
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