単なる思い付きで、いくつかの将棋 AI を AobaZero w64~w128 と対局させてみます (先手番&後手番、1分+1秒)。2連勝または2連敗で「○」「●」1勝1敗の場合は続けて全10局実施しています。w128 に負けた AI はより弱い AobaZero と対局させています。

  w64 w80 w96 w112 w128
16式いろは v4      
16式いろは rev2 20201201      
Bonanza 6.0 1勝9敗  
れさぴょん改 1.5.0 7勝3敗 5勝5敗 4勝6敗 3勝7敗
gse 0.1.6 6勝4敗 2勝8敗
都将棋 system 1.14       6勝4敗
Apery 2.0.0        
BLOSSOM        
BURNING BRIDGES        
elmo        
GPS fish 0.2.1+r2837        
Hao        
HoneyWaffle WCSC28        
Kristallweizen        
Spear CSA2009 v1.5        
Sunfish4 v0.1.3        
Sylwi        
TJshogi 0.10        
うさぴょん2 WCSC26        
海底 WCSC28        
技巧 v2.0.2        
水匠5        
騨奎紫        
たけわらべ 20201118        
たぬき-        
のぞみ 20200530        
読み太 kppt 4.61        

これくらいの棋力帯なら級位者の対局相手としてちょうどいいのではないかと考えたのですが、実際にこれくらいの棋力帯に入る AI は殆どありませんね。

なお、Bonanza の戦果が悪い理由は、時間切れによるもの (及び探索の深さを初期設定のまま使っているため) だと思われます。時間切れは、Bonadapter のせいなのか Bonanza そのものが原因なのか、よく分かっていません。

(強い AI を弱い設定で使うと水平線効果が現れたりしてかなり不自然になると思われるので、自然な弱さを求めてこのような実験をしました。)

私は数ある online 対局場の中でも 81dojo を最上だと評価しているのですが、不満を持つ方もいるようです。

以下、reddit で見つけた評価

The problem is people are detracted by their mediocre UI and mobile implementation, the fact that it encourages formalities (which isn’t necessary a bad thing but could be daunting to those just starting out), and the lack of beginner-oriented contents.

うわあ、mediocre (平凡) な User Interface ですか…。formalities (形式ばること) という批判も…。 でも、この方の批判に応えるにはどこをどう改善したらいいのか、私にはあまり思い付かないです。

一方、the lack of beginner-oriented contents (初心者向けの内容が足りない) という指摘は分かります。とっつきにくさとして表れているのだろうな、と思います。

上記引用文の後には、非営利だからできることが限られているという記述もあるので、批判一辺倒ではない評価なんですけどね。

色々と考えさせられます。

この blog 記事に以下の記述がありました。

思考は話し言葉より40倍から80倍の速さで流れ、
言語化しないと頭に残らないと言われています。

私がこの blog を書く理由の1つでもあります。

実を言うと、息子が将棋に興味を持ち、将棋界と接触するようになった頃、将棋界に対するたくさんの不満を感じました。特に、将棋大会のおかしな運営が気になりました (例えば昼食を食べるだけで自動的に成績が下がる大会を見たのも1か所だけではありません)。

世間の話題としては AI が強くなってきた頃で、一方で将棋界自体は電子化が進んでおらず非効率で不合理な運営をしているように感じました。

一方で、 羽生善治三冠・渡辺明竜王が教える、子どもに将棋を続けさせる方法 というものを実践したら面白いように子ども達が喜んでくれて、将棋そのものが持つ底力も感じたのです。

で、冒頭の引用に戻ります。「将棋界のここが不満だ」とか「こういう実践をしたらよさそう」みたいな思考がちょくちょく浮かんでくるので、それを言語化する場としてこの blog を書き始めました。

言語化しなくても思考はちょくちょく浮かんできます。この思考には感情が伴っているので、言語化しておかないと感情だけが残ってしまいます。そうしたら、多分私は将棋界が嫌いになっていたのではないかと思います。

批判記事が多い blog ですが、読み手であるみなさんのためというよりは私自身のためという要素が強いので、ご容赦下さい。

仮説に過ぎない話です。また、入門者~中級者くらいにしか当てはまらないかも知れない話です。

「楽しい対局」って、かなり別物のような気がします。

  • 棋力が近い相手との対局は「楽しい対局」になりやすいと感じます。相手の手の隙を突く妙手を見つけたら嬉しくなります。自分よりも棋力がかなり高い相手だとそのような隙が見つかることがほぼなさそうです。
  • 棋力がかなり高い相手と駒落ちまたは駒渡しで対局すると「棋力がつく対局」になりやすいと感じます。AI から駒渡ししてもらって対局すると、自分の手の隙を AI は咎めてきますが、対局開始時の評価値に余裕があるのである程度までは勝負になります。「どういう手を指したらどのように咎められてしまうか」を経験しやすいと感じます。

大会以外は負け越してもいいから強くなりたい、という覚悟が決まれば「棋力がつく対局」を中心にできるようになると思いますが、それまでは「楽しい対局」を中心に経験するのがよいと考えます。

(まあ、本当の入門者は「楽しい対局」がそのまま「棋力がつく対局」にもなると思うので、将棋を始めた最初の数十局くらいはとにかく楽しく経験を積むだけでよさそうに感じます。)

以前、5ch でしか拾えない情報があるから 5ch を見ている、と言う話を書いたかと思います。

最初は web browser で見ていたんですけどね。囲碁民・将棋民の非難合戦みたいなことが結構ひどくて、5ch 用 browser を用意して、非難 (を発する ID) は個別に mute するようにしました。

それでも消しきれないので、疲れてきました。このまま見ていると私まで悪い感情に飲み込まれそうです。


例えば、「天元戦は早くも視聴者60万人突破と大盛況となっている。囲碁界安泰なり」という書き込みがあり、この画像が添えられています。(画像を見ると分かりますが、実際の視聴者数は608人です。)

同じ人が書き込んでいるのではないかと思われる「A級順位戦は視聴者たったの940人と閑散。将棋斜陽化待ったなし」という書き込みもあり、この画像が添えられています (視聴者数948人)。

囲碁の視聴者数だけ1000倍して将棋と比較するという幼稚な書き込みがかなりの頻度で書き込まれ、それに対して将棋民が「格係数」などと揶揄しています。

でもこういうやり取りって囲碁民も将棋民もお互いに不愉快になるだけのような気がします。


『レジャー白書』を信じるなら、囲碁愛好家数は将棋愛好家数の4割程度、囲碁における1人当たりの出費金額は将棋と比べて2倍くらいある、という把握が妥当だと思います。5ch では、囲碁を過剰に叩く将棋民もいて、見ていて快いものではありません。

5ch を見るのはやめるかも知れません。

私が最も AI を利用する場面は棋譜解析ですが、今回は棋譜解析ではなく AI との対局でどのように AI を利用しているかを示します。役立つかどうかは不明です。

駒の価値が激変するため、実は私は駒落ち将棋 (の下手) があまり好きではありません (入門者相手に私の駒を落とすことは気になりません)。例えば2枚落ちの場合、盤上の飛角は平手の飛角よりも価値がとても大きくなります。例えば平手で上手が下手の飛車を取った場合「2枚存在するうちの1枚の飛車」を取っただけですが、2枚落ちで上手が下手の飛車を取った場合「1枚しか存在しない飛車」を取ったことになります。駒の価値が大きすぎるのです。

そのため、AI と対局する時は「駒落ち」ではなく「駒渡し」にしています。ただし、AI から渡してもらった駒を序盤で使うと平手の感覚からかなりずれてしまうので、私自身の制約として「最初に AI から渡してもらった駒は、自分の飛車が竜王になるまで使わない」としています。(終局まで使わない、でもいいかも知れません。)

私は (本当は振り飛車の方が好きですが) 基本的に居飛車なので、AI 相手に4枚渡し (≠4枚落ち) にしてもらう場合、飛角香香ではなく飛銀桂香です。具体的には ShogiGUI で以下の操作をします。

なぜこんな変わった初期盤面にするかと言うと、こちらの攻めに対して AI は平手に近い感じで受けてくれて、なおかつ AI 側に飛車がないから AI からの速攻を気にする必要がないためです。例えば 1一香 がないだけで AI の受けは平手とかなり異なってしまう気がします。また、私のように低い棋力の者は、相手からの速攻がない状態で自分の攻めがどうやったら成立するのかを考えたい人が多い気がします。

AI の思考時間は毎手1秒と設定したいところですが、「0分+1秒」だと AI 起動時に間に合わないことが多いので「1分+1秒」にしています。

AI との戦いは、最初にもらった評価値 (の優勢) が消え去ってしまうまでにいかに相手玉に詰め寄るか、だと考えています。評価値 0 前後ならまだ頑張りますが、評価値が AI 優勢になってしまったら対局をやめて素直に反省点を考えます。

まあでも、私にとっては棋力向上はあまり優先度が高くないので、上記のような対局も時々しかやっていません。

私が blog を書く際の方針の1つとして、どちらかというと物事に批判的な論調にする、という方針を持っています。

当たり障りのないことを書く方が読み手に不快感を与えない、ということは分かっているのですが、私自身、当たり障りのない blog よりも批判的論調の blog を読む方が楽しい、という思いからこの方針を選んでいます。

多分、この blog をお読みの方は「今回の blog 記事は全く賛同できない」と思うこともあると思います。私はそれでいいと考えています。

第4回電竜戦の説明を読んでいたら、ルールの重要な変更点に「持ち時間:全てにおいて、先手5分2f、後手10分2f」と書いてありました。

「5分」は分かるけど「2f」って何だろう…と思っていたら、下の方に「1手ごとに2秒加算」と書いてありました。

ああ、なるほど、Fischer の「f」ですね。

この blog 記事の関連話題です。例として第66期王座戦の web page を取り上げます。

 


 

こう書いてあったら、普通は「囲碁棋士のうちたった16名しか大会 (tournament) に参加できず、その他の棋士は大会にすら参加できないのか。全棋士参加だと思っていたけど、将棋の『JT プロ公式戦』みたく最初から参加者が限定されているんだな」と思うでしょう。

実際には多くの棋士が参加しているので、記述が矛盾しています。


「本戦」は「本来の対戦」の意味ですから、王座戦の「本戦」は 井山裕太王座 対 一力遼八段 の対局そのものを指すべきでしょう。次期王座が決定しない部分を「本戦」と呼ぶことはおかしいです。

上記の図で言えば「本戦」ではなく「挑戦者決定戦」とでも呼ぶ方がよいと思います。

(なお、将棋の叡王戦も同じ問題を抱えています。)


予選の修飾辞が「最終」「A」「B」「C」になっていて分かりにくいです。なぜ「最終」という日本語と「A」「B」「C」という英字の両方を使っているのか、腑に落ちません。(C→B→A と進んでいくのなら、A が最終段階であるべきであり、A の後に更に「最終予選」などという段階を設けてはいけません。)

英字を使うのであれば、「最終予選」などという別系統の修飾辞を付けずに「予選 A」「予選 B」「予選 C」「予選 D」とすべきです。

更に言えば、先述の通り「本戦」すら本来の対戦ではないのですから、「挑戦者決定戦 A stage」「挑戦者決定戦 B stage」「挑戦者決定戦 C stage」「挑戦者決定戦 D stage」「挑戦者決定戦 E stage」とすべきです。そうすれば、字面を見るだけで囲碁界外部の人でも仕組みを理解しやすくなります。


予選 C を勝ち抜いた者が予選 B に進み、予選 B を勝ち抜いた者が予選 A に進む、という基本的な説明文がありません。

また、棋士によって「予選 A から出場」「予選 B から出場」「予選 C から出場」という違いがありますが、その違いが何に帰するのか、その説明もありません。

そういう説明がないと、不公平な制度に見えます。


「吉川」という、段位が十二段の棋士のように見えます。

DTP の世界には「ジャンプ率」という概念があります。見出し level 間の文字の大きさの比を意味します。ちゃんと「ジャンプ率」を確保していれば、見出しをパッと見るだけでその字の大きさで見出し level がすぐに分かります。

この概念は文章内の意味ある文字列に対しても適用されるべきと考えています。具体的には、「吉川」棋士の記述は HTML だと以下のようになるべきです。

<span style="margin: _A_"><span style="margin: _B_">吉川</span><span style="margin: _C_">一</span></span><span style="margin: _D_">二段</span></span>

そして、姓名と段位との境界を規定する _A__D_ は、姓名の境界を規定する _B__C_ よりも大きくなければなりません。つまり、「吉川」と「一」の間以上に「一」と「二段」を離さないといけないのです。

将棋界で言えば「加藤一二三 九段」表記や「加藤 一二三 九段」表記は良いけど「加藤 一二三九段」表記はダメということです。


seed (シード) とは、上位者が早期に対戦して潰しあうことを避けるために対戦表の特定の位置に plant される (植え込まれる) 者を指します。

seeds が2人しかいない場合、(通常は) 決勝戦まで対戦することがないように2つの山に分けて plant されます。

ところが、第65期の 一力遼挑戦者 と 芝野虎丸 決勝進出者 は第66期で同じ山に入っています。

一般に、こういう扱いは seeds とは呼ばれません (単なる「残留」だと思います)。


以上のことは些細に感じるかも知れませんが、こういう「説明が間違っているのに『知っていて当然』とされること」が増えると、新たに囲碁界に入ってきた人はどこかの段階で嫌な思いをすることになります。つまり「囲碁界は排他的だ」という感想を持たれるわけです。

また、実際にそういう嫌な思いをする前であっても、このようなおかしな説明を見ると「囲碁界は排他的」という臭いを感じ取る人もいます。


部外者から見て、将棋界はどう見えるのでしょうね。もし「排他的」に見える部分があるなら改善しないといけません。

この blog ではこのところ囲碁の話題が多いです。私は小学生の頃は「どちらかというと将棋より囲碁」だったので、囲碁の話題も多めであることはご容赦下さい。

囲碁の芝野龍之介二段に興味を持ちました。きっかけはこれらの一連の呟き。いくつか抜粋します。

結論からいうと、囲碁のプロ棋士の年収も平均値で284万円程度と推測します。
推測の根拠は以下のとおりです。
・お隣、将棋連盟の事業報告では、将棋連盟の収益に対する対局料+賞金の割合(36%程度)
・公表されている日本棋院の売上から対局料+賞金を推測すると約10億円になります
・日本棋院所属プロの人数が353人いるので、その人数で割りました
実際は賞金は、上位のトッププロが3~4人で回しています。
公開情報である主な大会のトップ賞金約1億2000万円を除いてプロ棋士一人あたりの平均を出すと、250万円程度です。
250万円でも、準トップ層が含まれているため、中央値はもっと下にあると推測できます。
ここまでは、公開情報からの推測です。

推測とはいえこの有効桁数で数値を提示しているあたり、芝野二段は色々なことが分かっているように見受けられます。

同じ日に、9路盤大会の開催も呟いていました。「囲碁は19路盤が当然」のような雰囲気がまだまだ強い中で9路盤の大会を開催するなんて、なかなかすごいことだと思いませんか? 10分切れ負けらしいので、どんどんと新しい対局相手と対局できる大会になるのでしょう。

「19路盤だけをやりたい」という考えの人がいても構いませんが、世の中には9路盤大会の需要も少なくない気がします。


私にとって「一緒に仕事してみたい」と思える棋士です。