何を以て「プロ」と呼ぶのか、これは人によって異なると思います。

ここで皆さんに質問です。以下の人は「プロ棋士」や「プロ雀士」と呼ばれるに値すると感じますか?

  1. 棋戦収入2000万円。他の収入はない。
  2. 棋戦収入500万円、株式配当600万円。
  3. 棋戦収入300万円、株式配当600万円。
  4. 棋戦収入200万円、他の収入はないが持ち家があるため200万円だけで充分暮らしていっている。
  5. 棋戦収入120万円、配偶者にも同程度の収入があり持ち家もあるため充分暮らしていっている。

ちなみに、年収の中央値は407万円らしいです。

さて、私の感覚だと…

  1. 棋戦収入だけで年収中央値以上を稼いでいるので、プロ。
  2. 株式配当の方が多いので本質は投資家だが、株式配当がなくても年収中央値以上を稼いでいるので、プロ。
  3. 株式配当の方が多いので本質は投資家であり、棋戦収入は年収中央値に達していないので、プロとは呼びにくい。
  4. 収入の構成から見て、少なくとも「将棋業界人」(囲碁業界人) (麻雀業界人) ではある。年収中央値には達していないが暮らしていけているのでプロと呼べる。
  5. 微妙。

なお、引退したプロ棋士も私の心の中ではずっとプロ棋士です。


プロ雀士がどれだけ多くても、私にとっての「プロ」の線引きは上記の通りなので、「ああ、自称プロの方々ね」と思ってしまいます。本当の上位の方々は私の目から見ても「プロ」に該当すると思いますが、大部分の方は私の線引きだと「プロ」じゃないと思われます。

将棋の専門棋士は、私にとって全員がプロ棋士です。

将棋の女流棋士は、私にとってちょっと微妙ではありますが…棋戦、連盟広報、LPSA 広報によって高まった知名度を元に集客力があるなら、その分の収入 (大会審判、指導対局、など) も含めて考えます。

将棋の指導棋士は、基本的に棋戦参加がないので、私にとってプロ棋士ではありません。


囲碁界が予選に充分な対局料を出さないようになったら、私の目の前に囲碁のプロ棋士が現れても「ああ、〇%の確率で『自称』の方ね」と感じてしまいます。

昨年取り上げた記事で、奈良市 PTA 連合会の事務局長の話を引用しました。(強調は私)

「財政難の中、奈良県Pから提示される分担金の負担が重いことに加え、いちばん大きかったのは、PTAの任意加入に対する意識の違いです。当時私たちは、先ほど申し上げたように、一時的に退会者が増えても任意加入の周知や入会意思確認が必要だと考えていましたが、当時の奈良県Pの会長さんは『PTAは全員が入っていることに意味がある』とのお考えでした。そこに大きな齟齬(そご)がありました」

この強調部分、「『PTA は全員が入っていることに意味がある』とのお考え」だなんてとても柔らかく書いていますが、恐らくは「PTA は当然全員強制加入だ! 退会なんて許さない!」みたいな論調だったものと推測します。(町内会でも、こういうことを主張する人はだいたいきつい論調で主張します。)

あ、指摘するまでもないですが、この考え (強制加入) は違法です。

こうして、奈良県 PTA 連合会は、県内の最大自治体 (なおかつ県庁所在地自治体) である奈良市 PTA 連合会を失いました。そりゃ、違法な主張を振りかざしていたら逃げ出す市町村 PTA も出てくるでしょう。


で、ふと気になって、奈良県 PTA が今でも強制加入の論調なのか調べてみました。すると「PTA とは」という slide 資料を見つけまして、その3枚目にこう書いてあります。

あれ? 県 PTA の違法な主張が嫌で市 PTA が逃げ出したはずなのに、今の県 PTA の主張は遵法ですね?

これは推測になりますが、仮に15~10年前 (2010~2015年) 頃から県 PTA が遵法な主張をしていれば、市 PTA が逃げ出さなかった可能性も結構あったのではないかと思います。

これは、大量生産型小説でよく見かける「もう遅い」ってやつですね。題目をつけるとしたら「強制加入を謳っていた県 PTA が今頃になって任意加入を唱えたけど、もう遅い」という感じでしょうか。


この話には続きがありまして、何と、県内最大である奈良市 (の PTA 連合) がない状態で、日本 PTA 全国研究大会を奈良県で開催するのだそうです。

まあ、任意団体なのですから、県内すべての市町村が揃っていない状態で全国大会を開いてもいいのですが…必要な運営労力は scalable なんでしょうかね。

第6回の実行委員会の写真が Facebook で公開されていますが、すごい欠席率です。(もしかしたら Zoom 併用だったりするかも知れないので、この写真だけでモノを言うことはできません。)

本来こういう大会って、「各市町村の PTA 連合会からは自発的に何人くらいの運営人員を出せますか (大会運営をやりたい人は何人いますか)」→「〇人の運営員が見込めるので、事前打ち合わせ〇回、会場規模〇人、大会日数〇日、あたりが限度ですね」→「奈良県 PTA 連合会として、この規模以下の全国大会なら運営を引き受けます」みたいな流れで決めるべきなのです。

でも、邪推ではありますが、県内の有力者とかが勝手に全国大会を引き受けてきて、それを県 PTA 連合会やその傘下の市町村 PTA 連合会に丸投げしているだけな可能性がとても高そうに見えます。「全国大会を引き受けるか」「引き受けるならどの規模までか」といった意思決定に市町村 PTA 連合会が加わっていない、という可能性です。


私は過去に町内会長と連合町内会書記をやった経験がありまして、正しくこういう状態でした。

連合町内会で行事をやるかどうか、取り組みをやるかどうか、といった意思決定に町内会長が参加できない (連合町内会の役員の意向だけが反映される) 状態でした。

より正確に言うと、ある年度にどういう行事をやるか、ということを前年度で議決してしまうので、前年度の町内会長なら意見は出せます。ですが、とにかく連合町内会関係の会議が多くて (最低月3回の会議)、それが嫌で大部分の町内会長は1~2年で交代していくのです。そうすると、ある年度で退任する予定の町内会長は、次年度の連合町内会の行事にとても反対しにくくなります (反対するためには自分の町内会で事前に合意を取ることが望ましく、その合意を取るために自分の町内会の会議を増やさなければならない)。

結果として、連合町内会の役員の意向ばかり反映されることになっていました。

これを実現するには、まずは勤労世代であっても無理なく町内会長が務められるような業務効率化を実現しなければいけないのですが、何しろ連合町内会の会議参加者は大部分が退職世代でして、業務効率化なんて実現できないのです。


あー、すみません、愚痴が長くなりました。

将棋大会の運営って、ちゃんと運営員が自分で「これくらいの労務量なら提供できる」と自分で意思決定して運営しているんですかね。

それとも、大会運営の非効率さとかには殆ど手が付けられないまま、莫大な運営労務を誰かに押し付けるような形になっていないですかね。

将棋の場で、親しさを感じると勝手に大人の膝の上に登ってくる子っていますよね?

私の支部の先日の将棋の場で、子どもに登られた大人を見かけました。私を含めて、この方で3人目です。

全ての子が登ってくるわけじゃなくて、そういう子は限られているのですが、まあとにかく場の雰囲気として親しさを感じてくれたのだと思います。

田丸九段がこんな記事を書いてくれています。

タイトル戦の運営システムについて、仮に……

〈P新聞社がX棋戦を主催して、将棋連盟に1億円の契約金を支払う〉

というモデルケースを基に解説する。

 契約金のうち約20%が連盟の運営費。P新聞社との諸連絡、X棋戦の対局での諸経費、連盟事務局の人件費や事務経費の一部に充てられる。優勝賞金は棋戦によって違い(10~15%)、前者なら1000万円。残りの約65~70%は棋士の対局料、参稼報償金などとして支払われる。

この比率を見ると、お金を出す側の気持ちも推測できそうな気がしませんか?

囲碁と比べれば将棋はプロ棋士の人数が半数以下ですから、全棋士参加の棋戦もまあ悪くはないかと思います。

囲碁の棋戦の契約料の比率はどうなんでしょうね。プロ棋士が多すぎるので、全棋士参加の棋戦の対局料だけでとてもかかる気がします。

これが麻雀になると、プロ雀士は3000人以上いるらしいですから、全プロ雀士参加の棋戦なんか開いて全ての対局に対局料を払ったらとんでもないことになります。もちろん、日本国民が充分に麻雀に熱中していて費用対効果が悪くないなら、それもアリです。


将棋界は、ここ10年くらいは悪くない感じではありますが、いつ人気が落ちるか分かりません。その時にプロ棋士が多すぎたら、全棋士参加棋戦ではなくなっていく気がします。

日本棋院が棋士採用枠を減らすそうです。

棋院は毎年、東京本院、大阪の関西総本部、名古屋の中部総本部で選抜試験を実施し、計6人の棋士を採用している。これを28年度から①東京の採用枠を毎年3人から2人に②関西・中部の採用枠を毎年計2人から隔年の統合試験導入により2人→1人→2人……の年1.5人に③女流棋士の採用枠を毎年1人から隔年1人の年0.5人にする。

囲碁人口から考えるとこれでもまだまだ多いとは思いますが、それでも英断には違いないと考えています。

院生の保護者会ではこういう発言があったそうです。

「経営難のツケを子どもに払わせるのか」「子どもたちが一番の犠牲者」「あまりに夢がない」。会議は予定をオーバーして2時間超に及んだ。「なにとぞご理解を」。棋院側は応答のたびに繰り返した。

まあ、棋戦の優勝争いもできないプロ棋士を引退させる制度を先に作るべき、っていう意見なら分からなくもないです。ですが、棋院の経営はそもそも囲碁の普及度に左右されるものなので、これらの批判はあまり該当しない気がします。

冒頭から否定的な話になりますが、実は私は「大」がつくほど酒が嫌いでして、自分が飲まないだけではなくて、自分の周囲でも飲んでほしくないくらいなのです。

私にとっての酒の思い出は、今は亡き父と結びついています。

私が幼少の頃は、父が酒を飲んでいて不快に感じた記憶がありません。ですが、私が高校生の頃から、父が酒を飲むと家族が不快に感じることが増えてきました。

多分、父の人生の中で嫌なことが多かった時期だったのだと思います。そしてそれを紛らわすために飲酒したのでしょう。

飲酒によって紛らわされた父の「嫌なこと」が (恐らく) 何倍にもなって他の家族に「不快」として降りかかってくる構造になっていました。

私にとって酒は、不快感を何倍にも増幅して他人に転嫁する媒体です。


本当の入門者を相手に将棋を指すとき、原則として上手は勝ってはいけません。

対局前と対局後で入門者の「快」「不快」がどう増減したか、こそが最重要です。上手が勝ってしまった場合、上手はほんの僅かの「快」を手に入れ、入門者は大量の「不快」を抱えることになります。そして「将棋は一生やらない」などと決意させることになります。

なんかこの、一方にほんの僅かの「快」を齎し、もう一方に大量の「不快」を齎す、という構造が、悪い酒と似ている気がします。


父の名誉のために書いておきます。晩年は殆ど酒を飲まない生活を送っていました。

ここ数日、支部の役員の間で県内の将棋界の将来について議論していました。

そこで分かりました。見ているものが異なるようです。(悪いことではありません。)


私は、将棋界を保護者視点で見てしまいます。

根本的に、将棋界は子どもの将棋人口を増やさないと生き残れないと思っています。そして、子どもだけでなくて保護者からも「将棋」を選んでもらわないといけない、とも思っています。

ですが、今の支部役員の中では保護者の立ち位置なのは恐らく私だけで (ちなみに私が最年長です)、他の方々は「指す将」なので、指し手の視点なのですね。

私は「指す将」ではないので、残念ながら指す側の感覚が分かりません。特に議論になったのは、将棋大会に対してどういう不満があるか、です。


最近忙しくてちょっとした隙間時間にこの blog を書いているだけなので、あまり内容が充実していなくてすみません。

「大人の方に将棋界へ来てもらうために」に comment をいただきました。

その中に 「毎回先生と強制的に4枚落ちで対局させられる」という記述がありまして…将棋界の一員として私は申し訳なく思います。


将棋の楽しさって、同程度の棋力の相手と対局することだと思うんですよ。こちらは頭脳を目いっぱい使って、相手も頭脳を目いっぱい使って、「やった、私の読みの方が深かった」とか、「ああ、気づいていなかった…」とか、そういうやりとりが将棋の楽しさの中心にあると思います。

で、棋力差がある場合にどうするか。私が子どもと対局するときは、その子どもの級友になったつもりで、盤面の形勢を考慮しながら、その子にとってちょうどいい手ごたえになるように指します。

もう1つの方法が駒落ちでして、上手が手ごたえをあまり調整しなくてもいい代わりに形勢が最初から傾いています。


で、どれくらいの手合いがよいかという話です。

私の支部に子どもが来たら、子ども自身に選ばせます。選べない子には、とりあえず10枚落ちをすすめています。

それでも、子ども相手だと10枚落ちですら危険なのです。もっと言うと、19枚落ちでも危険です (今までに何度も紹介していますが、こちらの動画をご覧ください)。私の支部では「19枚渡し」の選択肢を用意しています。

大人の方であっても、最初は9~10枚落ちか、もっと枚数を落とすのがよいと思います。


先ほどの動画で対局している父親もそうなのですが、将棋界って、将棋に興味を持ってくれた人をガンガン切って捨てるような、そういう人が少なくない気がします。


先ほどの動画、今日久しぶりに見たのですが、今見ても胸が苦しくなってきます。

将棋嫌いを生み出す要素が色々なところに散りばめられているのですよ。こんなことをやったら子どもは将棋が大嫌いになるに決まっています。それでもこの父親は「どうすれば、好きになってくれるんだろうな。」と書いているのですから、自分は将棋の普及活動をしたつもりなのでしょう。

いや、ほんと、この動画は全ての将棋関係者に見てもらいたい動画です。子どもに対してこれほどひどいことをして、なおかつ「どうすれば、好きになってくれるんだろうな。」などと述べている動画を、私は他に知りません。


ホント、普及と真逆のことをしている人に色々理解してもらうのって、どうしたらいいのでしょうね…。

先日、上司の披露宴の受付を手伝って感じたこと。

ある程度の人数を捌くには、それなりの方法がないと難しいです。


〇分間に〇人の参加者を捌くにはどれくらいの人員が必要か、の見積もりがとても大切です。

将棋大会はこのあたりどうなっているでしょうね。

(詳しいことは書けなくてすみません。)

ものすごく少ない標本数で、しかも私の県の大会結果を見ただけの推測です。(県代表を選出する大会に限定しています。)


大人が参加できる一般大会で4強に残れる小学生は小学生大会で優勝するくらいの棋力かな、と思います。

大人が参加できる一般大会で8強に残れる小学生は小学生大会で準優勝するくらいの棋力かな、と思います。

小学6年生まで参加できる大会で準優勝できる低学年児童は倉敷王将戦の低学年大会で優勝するくらいの棋力かな、と思います。

小学6年生まで参加できる大会で4強に残れる低学年児童は倉敷王将戦の低学年大会で準優勝するくらいの棋力かな、と思います。

小学6年生まで参加できる大会で8強に残れる低学年児童は倉敷王将戦の低学年大会で4強に残れるくらいの棋力かな、と思います。


一般化しすぎなのは分かっているんですけどね。標本数が少なすぎて信頼もなにもあったもんじゃないですが、まあ、大雑把な傾向ということで。