風情のある表現ブログネタ:風情のある表現 参加中

最近は、自分よりずっと若い人と話している時に、話が通じないことが少なくない。僕の使う日本語が通じないのである。寿命の短い流行語とは違うので、単純に死語と呼ぶことは出来ない。確かに言葉は時代と共に大きく変化していくものでもある。しかし、日本文化の根底に存在する、かつては言霊とも呼ばれた大切な表現が消えることは、日本文化の断絶にもつながる。カタカナ言葉や即物的表現が増殖するなか、風情のある言葉は、どれ程生き残っていくのたろうか。思い当たる言葉を考えてみる。 僕は、歩ける範囲の所は、時間の許す限り歩くことにしている。透析患者にとっては一番やり易い運動だし、考え事もできる。また、ちょっとした発見もある小さな旅でもある。そんな歩行中に、花の香りがふと心を捉える。香りも強弱があったり、微風に乗ってくるものもある。そんな時は思わず心が微笑んでいる。一年の内、いまがどの季節かを思い起こしてくれる。過去の記憶を呼び起こす香りもある。立ち止まって、花のありかを探してみる。しかし、必ずしも主が見つかるわけでもない。特に夜などは。最近の「香り立つ」世界に触れたのは、甘い柑橘類の花の香りに、閉じた空間だったら強烈過ぎるくちなしの一重咲きの匂い。 時には、珍しい主に会うこともある。香りに誘われて立ち止まった視線の先には、普通は熱帯花木とされるニオイバンマツリが寿司屋の前に地植えされていた。紫から白へと色を変えながら香りを放つのだが鉢植えが普通である。
老若男女を問わず、人々の中に「香り立つ」或いは「匂い立つ」人の存在を感じることがあるが、その話は別の機会に。








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名前と苗字、どっちで呼ばれることが多い?ブログネタ:名前と苗字、どっちで呼ばれることが多い? 参加中

両親や年上の親類以外は、大抵は苗字で呼ばれる事がほとんどです。でも、苗字はよくある名前なんですね。たから役所や病院などは、名前と苗字の両方で呼ばれますね。といっても、どの人も間違いのないように両方で呼んでいますが。
ごくありふれた苗字ですが、鈴木さんや佐藤さんほど今までは、学生の時から自分の交流範囲では、おなじ苗字の人が不思議とほとんどいなかった。だから、名前を呼んで区別されたり、特徴を示す言葉を付け加えたりして呼ばれる事は少なかったようです。
手話には、指文字ではなく僕の苗字の表現があります。でも、手話で話す時は、目の前の人と話すのが普通ですから、第三者以外は指差し等で進んでいきますから氏名で呼ぶことは少ないようです。ただし、苗字の代わりにサインネームで表現することがあります。その人の特徴を視覚的に表現するもので、聴者の使うニックネームのようなものなんでしょうね。同じ苗字の人の区別には便利な表現ですが、よくある苗字の僕には、サインネームはありません。
さて、クリニックの院長先生は、回診の時などは名前で呼びます。親しみを感じるのですが、子どもになってしまったような気もしてちょっぴり恥ずかしいです。自分の年齢を考えますと。
近所に、小さい頃から家によく話にくる男の子がいましたが、彼は、かなりの年下なのに、ずっと僕のことを名前で呼んでいました。親しみのつもりなのか、同類と思っていたのか分かりませんが、腹が立つということはありませんでした。彼も今では独身の中年となっていますが。
ソーシャルネットで友達になった人の中に女の方がいますが、二人とも、電話や手紙をくれた時は、名前で呼んでくれます。ひどく照れ臭いのですが、嬉しいものです。
それから、アメリカ人の従姉夫婦が来日した時は、当然のように名前で呼び合ったのですが、英語で話す時は、ごく自然な感じがしました。
オマケですが、僕の場合は、フルネームでも、同姓同名が少なくないようです。僕らしい個性って何なのか考えてしまいます。


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携帯、財布以外で忘れると不安になるのは?  ブログネタ:携帯、財布以外で忘れると不安になるのは?  参加中
  出かける時は、忘れてはいけないものがありますね。
 設問の中の、財布は忘れれば、現場で身動きが取れないし、といって、人からお金を借りるのは嫌なものです。携帯も、今のように(とはいうものの、現実はスマホを持っている人のほうが多いのではないでしょうか)普及するなんてことは、鉄腕アトムが雑誌「少年」に連載されていた頃には、漫画の描く21世紀のイメージにもなかった事で、人とのつながりの確認のためには、外出時の必需品となっています。社会の方も、赤電話と呼ばれた、その後は色々な色の公衆電話もすっかり見かける事が少なくなっていますので、透析患者としては、自分の身を守るためには是非必要で、透析クリニックに通うようになってから購入しました。

 この2点以外で、自分にとっての外出時の必需品は「赤い手帳」です。ろう者は身体障害者手帳の事を「赤手帳」と表現する事が多いようです。※非常に若い人が、どう表現するのかははっきりはしないのですが。かつては、赤かったのかも知れません。僕の持っているのは、東京都が交付するもので、実際は茶色の手帳といっていいのですが。この手帳尾色も、各都道府県により、変化があるようですs
 手話サークルでも、同じ茶色い手帳を持っていても、お互いに「赤手帳」で表現しています。勿論、身体障害者手帳と表現する事もありなのですが、会話の中ではちょっと面倒臭い表現のようです。

 僕が透析導入した時に、市役所の健康福祉課で手続きをして、いただきました。その時は、入院中だったのですが、近所の親しくしている方が、民生委員をしていた関係で、交付の手続きを手伝ってくれたそうです。等級は、障害基礎年金とは違い、第1種第1級です。透析患者が、導入後に当然のように、申請すれば交付される制度になっていて、患者の中には、実際は、透析患者の団体、全腎協や、東京の場合は東腎協の行政への働きかけの成果であるという事を知らない人が多いですね。そういう人は、患者会に入ってもメリットがないという事が少なくないのですが、たなぼた式に交付されていると思っているようです。

 この手帳は、今では、自分のアイデンティティの一部になった感がします。申請時に提出した写真も貼ってありますから、いい身分証明書にもなっています。でも、再交付しない限り、ずっとその写真が貼ってある手帳を使い続けるので、写真だけが年を取らないという事になります。髪の毛がすっかり薄くなったとしても、写真の中では豊かな黒髪という事になりかねないわけです。僕の場合は、再交付していますから、比較的実年齢に近い写真のようです。なお、再交付したのは、その年に赤手帳の書式が変わって、障害名や病名が顔写真のページから、手帳の中のページに書かれるようになったからです。赤手帳を見せる時に、病名等が相手に分からなくなったわけです。内部障害者の中には、免疫不全症候群の人もいますから、プライバシーに配慮したものです。

 身分証明の他に、この手帳を提示することで、バス代が半額で済む等の非常に経済的に助かる制度も受ける事ができます。普段は、なるべく歩くようにしていますが、遠出で駅から電車に乗る時などは、駅までバスを利用する事が、最近は多くなりました。もし、手帳を忘れたら、半額で乗れないわけです。また、美術館や博物館も入場無料の所が少なくありませんから、手帳を所持していれば、気軽に文化に触れる事が出来ます。こうしたメリットを受けることには、社会に感謝しつつ、勿論、行政に働きかける患者団体にも感謝しつつ、外出時には、必需品として持ち歩いています。ですから、赤い手帳を忘れることは、不安な感情を引き起こすものなのです。自分って一体何者、そんな素朴な質問にも答えてくれる存在なのですから。



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一般の趣味の会やサークルと比べて、透析患者の会は亡くなる人が多いようだ。僕が役員になってから、お通夜や告別式で何人もの会員さんとお別れしたことだろう。合併症や加齢でなくなるリスクが高いのだ。
今日、患者団体の総会で自分の患者会の患者さんの死を知らされた。
Nさんである。彼が透析導入してからクリニックに来たのは、昨年の事であった。86歳であった。高齢の場合、高齢を理由に患者会を辞めたり、会員になることを拒否する方が少なくない。でも、Nさんは入会してくれた。そして昨年の障害者作品展への出品の呼び掛けには、僕たちを飛び越えて、直接、主催団体に持ち込んだそうだ。その事を役員が知ったのは、彼の作品が奨励賞を取ったとの朗報を知った時てあった。透析患者としては、初めての出品で初めての受賞。プレスの廃棄物から造られた五重塔をはじめとした素朴な作品群。役員たちも喜んだし、何よりも透析患者に元気をくれる快挙であった。Nさんには、もっと長生きしてもらって、次の出品作を造って欲しかった。

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プチ幸せな瞬間 ブログネタ:プチ幸せな瞬間 参加中
 一体、自分の一生の限られた時間にどれほどの人と縁を結ぶことができるのだろうか。

 人混みの中にいて、孤独感を感じるのは、それだけの多くの人を見ていても、彼らが自分にとって関係のない人だからだ。

 芥川龍之介の「忘れ得ぬ人々」は、様々の場面で、自分の人生に何らかのインパクトを与える人々のことが描かれている。私たちにも、そんな思いがありうるのだが、記憶のかなたに消えていってしまうことが多いのであろう。戦術の群衆の中にも、車窓から見た風景の中にも、そこに心が惹かれる人の様子を見ることがある。ただし、その人のことが妙に気になっただけで、その人は自分と関係性という接点も持たずに通り過ぎていってしまう。

 生きている間に、できるだけ多くの人と出会って、短くてもコミュニケーションがしたい。一生に一度だけの出会いでも構わない。本の短い会話の中にも、自分の人生に影響を与えてくれるのだから。

 そうした出会いが会った時に、プチ幸せな瞬間を味わうことだ出来るのであろう。その後、思いがけないところで、声をかけられた時の、ささやか再会の機会も、また、それよりは少しだけ大きなプチ幸せな瞬間である。

 そうした出会いから、深い交流へ進むことの出来る人と出会えることは、大きな幸せを患者ることができる。そうならない出会いの方が圧倒的に多いのであるが、人との縁を結べることは幸せなことである。

 昨日は、5月に行われた福祉まつりの反省会があった。家から出て、また、帰宅途中で二人の人の姿を見た。忙しそうなそれぞれの場面では声をかけられなかったが。いつもお世話になっているというのか、お弁当屋さんの女のベテラン店員さんと、障害者センターの若い女性職員さん。それと、二人の知り合いと出会って、短いけれど会話ができた。最近の消息を含めて。意外なところでも出会うのである。

 僕の住んでいる街は、東京の郊外でも大きな市である。そこでも、こちらが知らない間に姿を見たと言われることが少なからずある。人との縁が増えた分、人に歩いているところなどを見られることも多くなる。悪いことはできなくなるな、もちろん冗談でもあるのだが。