風情のある表現ブログネタ:風情のある表現 参加中

最近は、自分よりずっと若い人と話している時に、話が通じないことが少なくない。僕の使う日本語が通じないのである。寿命の短い流行語とは違うので、単純に死語と呼ぶことは出来ない。確かに言葉は時代と共に大きく変化していくものでもある。しかし、日本文化の根底に存在する、かつては言霊とも呼ばれた大切な表現が消えることは、日本文化の断絶にもつながる。カタカナ言葉や即物的表現が増殖するなか、風情のある言葉は、どれ程生き残っていくのたろうか。思い当たる言葉を考えてみる。 僕は、歩ける範囲の所は、時間の許す限り歩くことにしている。透析患者にとっては一番やり易い運動だし、考え事もできる。また、ちょっとした発見もある小さな旅でもある。そんな歩行中に、花の香りがふと心を捉える。香りも強弱があったり、微風に乗ってくるものもある。そんな時は思わず心が微笑んでいる。一年の内、いまがどの季節かを思い起こしてくれる。過去の記憶を呼び起こす香りもある。立ち止まって、花のありかを探してみる。しかし、必ずしも主が見つかるわけでもない。特に夜などは。最近の「香り立つ」世界に触れたのは、甘い柑橘類の花の香りに、閉じた空間だったら強烈過ぎるくちなしの一重咲きの匂い。 時には、珍しい主に会うこともある。香りに誘われて立ち止まった視線の先には、普通は熱帯花木とされるニオイバンマツリが寿司屋の前に地植えされていた。紫から白へと色を変えながら香りを放つのだが鉢植えが普通である。
老若男女を問わず、人々の中に「香り立つ」或いは「匂い立つ」人の存在を感じることがあるが、その話は別の機会に。








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