帰宅後、目が回るような感覚にとらわれている。血圧が下がっているのか、ストレスのせいなのか、まあ、考えてみても仕方がないので、パニック障害の発作の時のように、大したことはないと受け入れればよい。
とにかく、日記を書いてしまおう。
朝、透析クリニックにて。着替えのためにロッカー室に入るべく待合室に足を踏み込もうとした時に、透析患者のIさんから、つまらないものですがと小さな袋を渡された。ロッカー室で、袋に書かれた文面を読んだ。誕生日おめでとうと書いてある。そう、今日は僕の誕生日なのだ。しかし、この年齢になると、誕生日はそんなにおめでたくないのが本音である。患者仲間でも、僕の誕生日を知っている者は、ほとんどいない。
彼女は、以前は占いをよくする人であったという。パワーストーンの話などで盛り上がった時に、僕の星座を聞いてきた事があるのだ。それで、誕生日を知っている。
袋の中は、コリラックマの缶バッチであった。何故、缶バッチなのかは、色々といきさつがあるのであるが、その話は割愛する。
透析終了後に、ベストに付けてみた。一つ重ねた年齢には、ひどくアンバランスな贈り物であるが、自分のいるべき一が定まらない僕にとってはふさわしいものなのかもしれない。
缶バッチは、5月に6日間かけて行われた古本まつりにも関係するものであった。地域腎友会として、4回目の参加となるのかな。僕は、毎回、変わったものを売りたいと思っている。岩塩も売ってみた。ヒマラヤ岩塩と称するパキスタン産の色の奇麗な岩塩である。アンモナイトの化石や、岩石標本と一緒に売っていた。鉱物として売っていた。始めて、テントの中の店に出した時は、あまり売れなかったが、その次の時からは案外売れるようになった。世の中でも、段々と、岩塩を使用する人が増えてきたようであった。
今年は、7~800グラム前後の、比較的大きなものを売ったが、ダンピングのせいもあり、数個あったほとんどが売れた。
当初は、自分の興味で求めた岩塩であった。アンモナイトも同様であるが。
本日の透析が終わってから、ドンキホーテで買い物中に、食品売り場で岩塩セットを見つけた。何と、ステンレス製の小さなおろし金まで付いて売られていた。岩塩の種類も、ホワイト、ピンク、レッド、それにブラックと各職がそろったヒマラヤ岩塩セットであった。値段も、1個398円であった。かなり安いと思った。ネット上で、おろし金付きのセットを求めた場合、送料も含めてもっと割高のものになる。おろし金も、その色の岩塩もすでに持っているのであるが、参考のため、ホワイト入りのものを求めたのである。
ただし、ブラックは硫黄の匂いが強いので、なかなか食する人は少ないようだ。しかし、古本まつりの時に、温泉卵を作る感覚で、黒い岩塩を求める女性もいた。一応、入浴用に用意したものであったが。今回の岩塩セットもふたを開けると、真っ先に硫黄の臭いが鼻についた。他の岩塩とは混ぜない方がいい。
岩塩は、CKD(慢性腎炎)の患者は、使用するに当たっては注意が必要である。透析患者も同様であるが。純正な塩化ナトリウムと違い、カリウムも含有量が多めのようだからだ。カリウムの取り過ぎは、腎機能の落ちた患者の血液濃度を高め、取り過ぎは心停止に至るからである。何事も、ほどほどに取る事が肝要である。
といいつつ、安いものにはすぐに飛びつく性分のようで、無駄な買い物の可能性もある。誰かに、プレゼント、安い贈り物であるが、したほうが良いのだろうか。しかし、岩塩を食卓に浸かっている人には、お得なセットである事は確かなようである。ただ今は、梅雨入り中であり、昼間から雨が降っているが、この岩塩、湿気には弱い事、それに、太陽光線に当てるのは色がさめてしまうので禁物である。
色がきれいだから、お清めの盛り塩の代わりに使うのがいいのかもしれない。
おyとと、頭を動かすと目が回るようだ。早めに寝るのがよろしいようで、これにて筆を下ろします。まあ、実際は、キーボードを打つのを止めるのですが、一部の言葉は、現実の生活でのズレが大きくなっている。
同じように、年を重ねる事で、現実社会と自分のずれが大きくなる事があるのであろうか。こんな風に、筆を下ろしたと言っても、取りとめのない事を考え続けているのである。
とにかく、日記を書いてしまおう。
朝、透析クリニックにて。着替えのためにロッカー室に入るべく待合室に足を踏み込もうとした時に、透析患者のIさんから、つまらないものですがと小さな袋を渡された。ロッカー室で、袋に書かれた文面を読んだ。誕生日おめでとうと書いてある。そう、今日は僕の誕生日なのだ。しかし、この年齢になると、誕生日はそんなにおめでたくないのが本音である。患者仲間でも、僕の誕生日を知っている者は、ほとんどいない。
彼女は、以前は占いをよくする人であったという。パワーストーンの話などで盛り上がった時に、僕の星座を聞いてきた事があるのだ。それで、誕生日を知っている。
袋の中は、コリラックマの缶バッチであった。何故、缶バッチなのかは、色々といきさつがあるのであるが、その話は割愛する。
透析終了後に、ベストに付けてみた。一つ重ねた年齢には、ひどくアンバランスな贈り物であるが、自分のいるべき一が定まらない僕にとってはふさわしいものなのかもしれない。
缶バッチは、5月に6日間かけて行われた古本まつりにも関係するものであった。地域腎友会として、4回目の参加となるのかな。僕は、毎回、変わったものを売りたいと思っている。岩塩も売ってみた。ヒマラヤ岩塩と称するパキスタン産の色の奇麗な岩塩である。アンモナイトの化石や、岩石標本と一緒に売っていた。鉱物として売っていた。始めて、テントの中の店に出した時は、あまり売れなかったが、その次の時からは案外売れるようになった。世の中でも、段々と、岩塩を使用する人が増えてきたようであった。
今年は、7~800グラム前後の、比較的大きなものを売ったが、ダンピングのせいもあり、数個あったほとんどが売れた。
当初は、自分の興味で求めた岩塩であった。アンモナイトも同様であるが。
本日の透析が終わってから、ドンキホーテで買い物中に、食品売り場で岩塩セットを見つけた。何と、ステンレス製の小さなおろし金まで付いて売られていた。岩塩の種類も、ホワイト、ピンク、レッド、それにブラックと各職がそろったヒマラヤ岩塩セットであった。値段も、1個398円であった。かなり安いと思った。ネット上で、おろし金付きのセットを求めた場合、送料も含めてもっと割高のものになる。おろし金も、その色の岩塩もすでに持っているのであるが、参考のため、ホワイト入りのものを求めたのである。
ただし、ブラックは硫黄の匂いが強いので、なかなか食する人は少ないようだ。しかし、古本まつりの時に、温泉卵を作る感覚で、黒い岩塩を求める女性もいた。一応、入浴用に用意したものであったが。今回の岩塩セットもふたを開けると、真っ先に硫黄の臭いが鼻についた。他の岩塩とは混ぜない方がいい。
岩塩は、CKD(慢性腎炎)の患者は、使用するに当たっては注意が必要である。透析患者も同様であるが。純正な塩化ナトリウムと違い、カリウムも含有量が多めのようだからだ。カリウムの取り過ぎは、腎機能の落ちた患者の血液濃度を高め、取り過ぎは心停止に至るからである。何事も、ほどほどに取る事が肝要である。
といいつつ、安いものにはすぐに飛びつく性分のようで、無駄な買い物の可能性もある。誰かに、プレゼント、安い贈り物であるが、したほうが良いのだろうか。しかし、岩塩を食卓に浸かっている人には、お得なセットである事は確かなようである。ただ今は、梅雨入り中であり、昼間から雨が降っているが、この岩塩、湿気には弱い事、それに、太陽光線に当てるのは色がさめてしまうので禁物である。
色がきれいだから、お清めの盛り塩の代わりに使うのがいいのかもしれない。
おyとと、頭を動かすと目が回るようだ。早めに寝るのがよろしいようで、これにて筆を下ろします。まあ、実際は、キーボードを打つのを止めるのですが、一部の言葉は、現実の生活でのズレが大きくなっている。
同じように、年を重ねる事で、現実社会と自分のずれが大きくなる事があるのであろうか。こんな風に、筆を下ろしたと言っても、取りとめのない事を考え続けているのである。
昨日は、地域腎友会の総会と透析サロンがあった。無事終了したものの、最近まで蓄積した疲労がピークに達した感じがした。
早朝、目が覚めると、布団の中ではなく、カーペットの上でパジャマ姿で寝ていた。幸い、さほど気温が下がらなかったようで、体が冷え切るという事はなかったが、少し寒さを感じた。再び、布団を引いて寝るには、もう外は明るすぎたし、しばらくは体を動かすのもかったるかったので、パソコンをいじっていた。そのうちに、体温も低下してきたようなので、先日、ネットで買った寝袋を出してきてその中で、パソコン作業を行っていた。結局、普通に起床した。
幸いに、本日は特に予定がなかったので、午前中は近所まで買い物に行って、午後は、1時ごろから寝袋の中で昼寝をした。今までの睡眠不足を、乾いたメンタル面は、長時間の昼寝で解消させようとしていた。
結局、浅い眠りもはさんで、目が覚めたのは午後6図近くであった。本来は、昼寝は短い方がいいと言われる。長時間の昼寝は、夜の本来の眠りを妨げることと、生物としての人間を考えた場合、昼は火づ同次官であるべきで、体内時計を正常に働かせる必要があるからだろう。
しかし、僕にとっては、今までの睡眠不足に対する収支を合わせるという、多分に精神上の飢餓感を満たすものであった。
昼間の睡眠は、たいていは悪夢を見る事が多いのであるが、今日の夢は、ある劇団員と劇団との関係という意味不明なものであった。悪夢というよりは、他人とのつながりを求めた夢であった。そういえば、先日は、10年以上も透析クリニックに通っているのに、その間、私的な会話を一言もしたことのないベテランの臨床工学技士と仲良く会話するという変な夢であった。確かに、長年、挨拶すらしにくいタイプの人間がいるというのが不自然なのである。透析患者に関しては、患者会に入らない無関心派の患者の事が最近の問題点であるが、スタッフに関しても、コミュニケージョンがほとんどないというのも、おかしな話である。しかし、テクさんとも呼ばれる技師さんは、男性の場合、ひどく寡黙な人が多いのである。以前、透析サロンで、当時の地元の技士会の会長さんに講師をお願いした事があるが、その人の場合は、珍しく患者と気軽に話が出来るベテランの人であった。とにかく、夢というのはおかしなものである。とはいうものの、フロイトのように単純に夢判断などは出来ないのであろう。
久しぶりの長時間透析ならぬ、長時間の昼寝は、気分的には満足感を与えてくれた。しかし、ストレス解消まではいかず、相変わらず夕食前の食欲不振感は長引いている。郵便が来ていた。この秋に開かれる身障者運動会の実行委員会からのものであった。すでに第1回目の打ち合わせは、失念したようだ。また、忙しくなる前触れが、早速寝起きに訪れた。これからの日曜日も、予定が続いている。
当分、昼寝はできそうもない。でも、する事がなく暇な日々を送るよりは、リアルな世界で、多くの人と出会う事が出来るのは楽しい事なのである。いずれ、目が覚める事のない眠りが待っているのであるから、せいぜい今のうちは、動ける時には動いておこう。
なんだかんだやっているうちに、時計は12時を過ぎ、1時数分過ぎとなっています。感覚的には、昨日という感じがしないのですが、昨日の9日に東京は梅雨入りしたようです。透析日にクリニックへの行き帰りに雨が降ると、何かと不便です。荷物に傘が加わりますし、歩くのもスムースには行かないし、何よりも気分が晴れ晴れとしない、なんて勝手な事を思っている訳です。
子供の頃は、雨の日も好きでした。運動音痴、略してうんちなんてひどい事を言う人もいますが、まさに子供時代から、運動神経は鈍い人間でした。学校では、体育が大嫌いでした。鉄棒などは大の苦手で、雨が降って体育の授業が中止になるとホッとしていました。そんなことは、友達にも言いませんでしたが、本当に体育の授業がある事で、学校に行くのが憂鬱でした。他の授業や給食や、級友たちとの遊びは当然楽しかったのですが、体育の時間は悪夢でした。体育のある日は、雨が降る事をひたすら祈っている生徒、学生でした。
余談になりますが、雨が降ると、テレビのナイター中継が中止になり、代わりの番組が放送される事も期待していました。特に、怪獣映画が放送される時はわくわくしたものでした。
6月は、梅雨の月です。小学生の時に、体育が中止になった代わりに、時々、先生が幻燈をしてくれる事もまた雨の日の楽しみでした。幻燈といっても、今の子供たちには分からないでしょうね。スライドを上映するなんていう言い方は、中学生頃にしていました。スライド上映という言葉も、古い表現になってしまいました。今だったら、パワーポイントを使う事になるのでしょうか。
実は、6月は僕の誕生月です。もうすぐ、自分のプロフィールを書く時は、年齢に1を加えなければなりません。年齢を重ねるという事も、雨に対する思いと同じようなものです。子供の時は、早く時間が経つのが楽しみな事がたくさんありました。誕生日を迎えるのも、楽しい事でした。でも、いまや、どうにも止められず、年を取るにつれて加速度感が増す時間の経過に、無常感すら覚えています。全てのものが、いつまでも存在することなく、いつまでも同じ状態でも姿でもなく、時は移ろいゆくのですから。そうなると、誕生日は決して喜ばしい日ではなくなるのです。
僕が生まれた年は、雨ばかり降っていて、おしめを干すのに苦労したと両親が話していました。次のおしめが間に合わないという事でした。生まれたばかりの月が、本格的な梅雨だった事は、現在の自分に何らかの影響を与えているのかもしれません。
今日は、地元の地域腎友会の総会と学習会があります。司会をするので、ネクタイを締めていきますが、雨だと濡れるので嫌ですね。子供の時には、こんな大人になるなんで思ってもみなかった。
まだ、年齢に1を加える足し算は、ほんの少しの時間しなくてはいいのですが、時間なんてあっという間に過ぎてしまいますから。それに、嫌な事は台風と同様すぐに過ぎてほしいと思うことを考えてみると、自分という人間はずいぶん身勝手な考えをしている事になります。雨もまた事前の賜物と思う事が出来る悟りの境地など、とてもじゃないけれど不可能に近い事です。
