前から欲しかった寝袋をネットで買いました。昼寝に使うためです。睡眠不足を補うために昼寝がしたいのです。

 でも、昼寝は決して心地いいものではありません。昼に見る夢は、悪夢が多いんです。寝覚めが気分的に良くないんです。身体か精神が疲れるから昼寝がしたいのです。

 最近は、生活が忙しくなって、昼寝どころではないです。イベント参加も続いているし、父親の病気の事もあります。患者団体をはじめ、障害者団体へのお手伝いも、透析患者としてお世話になっている社会へのお返しとして、当然しなくてはならないことです。透析患者は、他の障害者と比べると、良い条件のもとに社会制度によって生かされています。近頃、反原発、脱原発運動も心情的な運動として活発になっていますが、透析に多くの水と電気エネルギーを使っている患者の気持ちは複雑です。ダイアライザーや回路にしても、今は1回で使い捨てしてどこぞに廃棄しているそうです。そうした装置の製造にも多くのエネルギーを費やしています。プロメテウスの火に例えている原発の記事の連載がありましたが、原子力は普通の火とは違い、人間が完全に制御できるものではないので、その例えは相応しくないですね。希望の入っていないパンドラの箱を開けてしまったのでしょうか、人類は。と言っても、一部の政治家、経済人、マスコミの人間、官僚などが開けたというのが現実なのでしょう。新宗教の新聞でも、過去には電力会社のバックアップで、定期的に原発の安全性を強調する記事が載っていたというのですから。
 昨年は、東京は都心部を覗いて、多摩地区で計画停電が行われました。今から考えると、行われた同期に対して疑問も湧いていますが、とにかくおかげで透析日の変更や、やってはいけない透析時間の短縮が行われてしまいました。

 脱原発を実行するなら、過去の日本の生活様式に戻る必要があります。せめて、3丁目の夕日の時代ぐらいに最低限しなくてはならないのかもしれません。まずは、テレビは見ないようにすることが出来るでしょうか。お笑いタレントの出る薄っぺらい番組、安易な旅行やグルメ番組、タレントやある世代だけの内輪話のような番組を見ないこと。深夜放送は必要ないかも。

 天下に正論を呼びかけているような新聞も、紙面の多くは広告だし、折込広告などを考えると、印刷にどれほどのエネルギーを使っているのでしょうか。テレビ、新聞で節電を働きかけているのは何か変です。

 私たちが、反原発の集会を実行しようとして、カラー印刷のチラシを作るって、やっぱりエネルギーを使うことになってしまう。

 例えば、電力消費の3割削減とかをスローガンではなく、実行する必要があるのかな。我々、透析患者は単純には透析時間を短縮できない。といって、長時間透析の実行なんて、以ての外などと言われかねない。

 こうしている今も、事故った原発から人間がコントロールできない「悪いもの」が漏れ続けている、しかし、世の中はそんなことがなかったかのように動いている。

 何ということはない。昼寝しなくとも、現の世界は悪夢の中。

 のんびり昼寝がしたい。そのための寝袋購入だが、気温が上がってくれば、その場でゴロっと寝てしまえばいい。袋の中では熱過ぎる。

 今日も電車に乗るが、座席で本を読みながらウトウトしてしまい、文庫本を何度も落とすことになりかねない。

 先日は、八王子駅前で、山本太郎が反原発の署名集めの演説をしていた。おっと、もうこの辺で睡眠につかなければ。だらだらと、取り留めもなくくくくkkkkkkkkkkkk


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 第5回(通算20回)になる多文化・環境共生型野外フリーイベント『みんなちがってみんないい』の会場に出かけてのは、昼食後になってしまった。本当は、昼食として、会場で売られているエスニック料理を食べようと思っていたのだが、昼前に大事な電話がかかってきて、長いこと話しているうちに昼過ぎとなり、自宅で用意されたパンの昼食をとってしまった。もちろん、旧臨在の炭カルとホスレノールはとったのだが、イベント会場ではどうしよう。


 会場の八王子市役所前の浅川河川敷に着いた時は、天気予報ほど天気は悪くなく、日も差していた。

 何だか、いつもより出店が少ないようであった。ということは、食べ物屋も少なめか。

 韓国料理の店がないみたい。チヂミが、海鮮チヂミは諦めるようだ。


 最初に、中華焼餅、シャオピンが目に付いた。肉とニラ入り200円。美味しそうな焼き具合なので、熱々を1枚買った。食べてみると、餃子のお好み焼きのようであった。僕としては、肉無しの方が口に合いそうだった。


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 シシカバブーや、ソーセージは、リンが多いので、今回はパスした。結構、人が並んでいる店がある。

 飲み物といえば、珍しいトロピカルフルーツのジュースが売っているのであるが、カリウムのとり過ぎは心停止のリスクがあるので、我慢する。

 知り合いのいるテントで、ただの水を氷入りで振舞っていたので、無料を幸いにご馳走になる。

 今回は、多国籍料理というべきシンガポールのものを求めた。焼きビーフンと肉団子のお得セットと、デザートのココナッツ入りのパンケーキを買う。500円と300円で合計800円也。少し高めかな。
 焼きビーフンは、干し海老の味がきいたあっさり味であった。かなり長い麺であった。肉団子は、鳥肉の揚げたものか。やはり、さっぱり系。

 パンケーキの中には、刻んだタマネギならぬココナッツが入っていた。ココナッツの濃厚な味は嫌いではない。

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 結の会の定番といえば、乾燥糸こんにゃく。初めて購入する。調理法の書かれた紙をもらう。450円也。

 家に帰ってから、湯通し、水洗いの後、きゅうり、トマト等を入れて酢の物にして食した。美味しかった。柔らかい食感がいいですね。ゆいのかいのこの商品は、お勧めです。ダイエットにもいいし、肉じゃがなどの煮物にも使えます。


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 このイベントがあったのは、6月3日の日曜日。2日後の透析日は、ヘマトクリットが37以上あった。血液検査、またリンの値が高い予感がした。こんにゃくは、ヘルシーなんだろうな。
 最近は、ブラッドアクセスなどと呼ぶのが専門的なのであるが、未だ、透析患者の間ではシャントという言葉のほうが圧倒的に使われているようだ。シャントというのは、日本語にすると近道だったのか、腕の静脈と動脈をつなげる手術で出来上がる。
 汚れた血液をダイアライザーできれいにして体に再び戻す回路へつなぐために、人為的に強化された血管とでもいうのだろうか。一昔は、回路につなぐために、血管からのチューブが外に出ていた。外シャントと呼んでいた。
 初めて会った透析患者は、僕が腎生検で大学病院に入院した時に、同室だった同年齢のM君であった。彼は、腕に包帯をしていた。包帯の下は外シャントだったのだが、それがどんなものか実際には見た事がない。同じ年齢であったので、色々話をする事が出来たのだが、彼は、退院後は千葉県から東京まで透析に通う事になっていた。その当時、ようやく、透析患者に身体障害者手帳が発行されるようになったように記憶している。ただし、透析施設の数も少なく、自宅から遠く離れた東京の施設まで通わなければならない、そんな時代であった。その後、20年近く経ってから、自分が透析を受けなければならないという事は、その時は思ってもみなかった。包帯をした彼の腕がひどく痛々しく感じられた。医師から、国鉄がストライキの時は、千葉から救急車を依頼して透析施設に来るようと言われていた。なお、彼の投書が新聞に載っているのを見たのは、僕の透析導入後であった。今、彼はどんな生き方をしているのだろうか。

 僕は、透析導入がデータの関係で、最初の入院の時には行われなかった。しかし、いつ透析をしてもいいように、その時にシャントを作った。かつての外シャントの事が頭をよぎった。あのような、サイボーグのような体の外に管が飛び出している状態になるのは嫌だった。しかし、時代は、内シャントの手術へと変化していった。それを知って、いくらがホッとしたのが印象的だった。透析導入も、個人的には抵抗のないものであったが、いわゆる「世間体」が導入を避けようとしていた。人にどう思われるか、まったく嫌な性格である。

 シャントの腕も、段々と血管が発達していくようで、太くなった血管が目立つようになった。回路に血液を送るためには、太い針を取りと返しの2カ所に刺す必要がある。そのために、シャントが作られるのだが、血管の形態は人によって違うものだ。僕の欠陥は、スタッフが刺しやすい血管だったようだ。ある製薬会社が作ったビデオに、穿刺する僕の腕が出演している。

 しかし、手首の所に瘤(りゅう)が出来て段々と大きくなっていった。ある程度までいってその成長は止まったようだが、自分で見てもひどく醜く見えた。そのために、半袖の服を着る季節は、その瘤の所にリストバンドを付けて隠そうとした。リストバンドを買っては、無理に伸ばしてゆるゆるの状態にして付けていた。

 シャントも10年くらいたってから、閉塞を起こして、再建手術をした。その時に、医師に瘤を取ってほしい旨を伝えたが、一度の手術は無理な状態だと言われた。ということで、再建手術の後、別の手術で入院した時に、長年の懸念事項だった瘤を取り去った。

 写真はその時のものだが、本当は腕の写真を載せたいところだが、「世間体」がそれをさせない。


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 瘤をとってから、夏の季節もリストバンドをしなくなった。しかし、今度は、シャントのある太い血管が目立っていた。直接自分の目で見る分には、慣れからさほどひどいものだとは感じなかったが、その腕を鏡に映して見ると、かなり醜く映った。しかし、透析患者はこんなものかなと、熱い季節は半袖をそのまま着て、腕は露出していた。

 ある時、バスに乗った時、隣のほろ酔い加減のおじいさんが僕の腕をしげしげと見ていた。そして、痛くないのかと聞いてきた。一応、手術の痕ですと言っておいたが、まだ、見る事を止めずに、痛々しい腕ですねと言ったのだ。

 手話サークルに出席する時は、瘤があった時は、リストバンドをしていた。でも、今から考えると、相手の人や人達の意識を、腕のほうに注意を向けさせていたのかもしれない。

 男性の透析患者の場合、腕の太い人などはさほどシャントの腕が目立たない人がいる。また、人の目にさらすことは、余り気にならないという人も少なくない。

 透析中にアメリカ映画の「マグノリアの花たち」を見ていた。その中で、糖尿病の娘のシャントを作った腕に気がついた母親の友人たちが、シャントの腕の見た目のむごたらしさを口々に言っているのである。

 今年から、シャントを直射日光から守るという名目で、アームカバーをする事にした。あるいは、長袖のTシャツかスポーツインナーの上から半袖、ないしは、七分袖のシャツを着ることにした。すでに、外出時には実行している。最近は、重ね着も不自然ではなくなったので、これでいこうと思う。知り合いの人達は、この腕を見ても、何も言わなかった。思いやりか、そこまで見ていなかったのかは定かではなかったが、生きるために頑張っているシャントのある腕の保護という理由を表に出していこうと思う。シャントは裏にですか。

 穿刺しやすい分、血管が目立つくらいに変化しているのです。結局は、人目を気にする性格なんです。気が小さいんでしょうね。

マグノリアの花たち コレクターズエディション [DVD]/サリー・フィールド,シャーリー・マクレーン,ドリー・パートン
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 ご当地ラーメンの「八王子ラーメン」のカップラーメンが売られている。売れ行きはいいような感じだった。

 スーパーアルプスが50周年の記念に日清食品製造で販売している。蓋に八王子ラーメンの特徴が次のように書かれている。「役50年の歴史をもち、子供からお年寄りにまで地元で長く愛されている八王子ラーメン。醤油スープに具として使用した、きざみタマネギの食感とその甘味を引き出す油をご堪能あれ。」

 「八麺会」という一応は八王子ラーメンを扱っているラーメン屋さんのグループの3つの定義も蓋に書かれている。「きざみタマネギ入り」「醤油ベースのたれ」「表面を覆っている油」。

 八王子にもラーメン屋がたくさんあるが、いざ八王子ラーメンを食べるとなると、意外に数が少ない。中には、素人が作ったようなラーメンを扱うところもあるとか。

 私見では、八王子ラーメンの始まりは、初代の「初富士」で、その油の浮いたさっぱり味のスープの味は伝説と化している。ある者は、山のアカハツというキノコの味がしたという。気に入ったスープができないと、それを全部捨てて、店を休業したという伝説も残っている。豪快な女将さんも記憶されている。もし、八王子ラーメンの定義を初富士のラーメンの味とするならば、八王子ラーメンは初代の死と共に滅んだことになる。返す返すも、当時身近にあったその店で、本当の八王子ラーメンを食することが出来なかったことが悔やまれる。

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 さて、カップラーメンの味はというと、見た目は八王子ラーメン。乾燥した刻み玉ねぎがお湯で本来の姿となって甘味を引き出していた。でも、期待が大き過ぎていたため、味は平均点かなというところ。麺も驚きがなかったから。さっぱり系の醤油ラーメン好きは、試してみれば美味しいという人もいるはずである。話のタネに食してみるのもいいかもしれない。

 多分、八王子周辺でしか売られないと思われるので、販売期間中は八王子のお土産に使うのもいいかもしれない。

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涙もろい?なるべく泣かない? ブログネタ:涙もろい?なるべく泣かない? 参加中

私は涙もろい 派!


 自分の事を振り返ってみると、あまり内面の感情を表さない人間であった。心に思っていることと逆の表情を人に見せる事も少なくなかった。


 若い時は、自分の生の感情を人に晒すことは、恥ずかしいことに思えた。


 友人の納骨式にも、祖母の葬儀の時にも涙は出なかった。


 ただし、小学生の頃から、涙のツボのようなものがあった。そのツボを押す漫画、物語、小説、ドラマ、演劇等には一定の傾向があった。キーワードは、人間の連帯かもしれない。悲しいからなくのではない。人間の持つ善意や、優しさが心に強く働きかける。善なるかな。心の優しきものたちよ。花ばかりでなく、動物や人間からも、さわやかな香りが立っている。その香りに包まれて、人に隠れたところで一人涙する。単なるセンチメンタリズムに溺れていた時代だったかもしれない。青春していたのかもね。


 最近実感したことは、年齢を重ねるごとに涙もろくなるというのが、自分にも当てはまってきているということだった。透析中に観るDVDも気を付けないと、涙腺から涙が自己の意思に反して流れ出す。透析中に泣いているなんて、人様には見せられない。透析中は、おバカな映画がふさわしいのか。


 今日は、患者会の食事会があった。役員会の開催日と重なってしまったのであるが、自分の属する患者会は、ホームグラウンドだから、ギリギリまで出席することにした。カラオケの波が高まろうとした時、先輩患者のAさんが僕の肩を叩いた。




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 何事だろうと思ったら、昨年亡くなったBさんのことであった。,Bさんのお通夜には、去年の11月に参列している。Bさんとは、年齢も近かったこともあり、クリニックに通いだしてからの友人であった。透析社会にいると、普通の社会生活ではなかっただろう出会いがある。Bさんについては、他のブログにも書かせてもらっているの。彼と会った時は、「元気な」透析者であった。でも、転院した先での病気で、片麻痺になってしまった。その間の事も既に他の文章にしている。


 昨年の日帰りバス旅行は、日帰り温泉とリンゴ狩りであった。旅館に着いて、昼食までの間に温泉に入ることになった。Bさんは、はじめは入りたくはないと言っていたが、会長やAさんの強い勧めで入ることになった。Aさんは、女性だから一緒に入れないから、僕が一緒だと安心してくれた。僕も、彼の分のタオルは用意してあったのだが。


 彼が元気な時は、食事の帰りにサウナに寄ったりしていたことがあるが、片麻痺になってからは一度もなかった。


 Aさんが肩を叩いて言ったこと。本当は、最初から温泉に入りたかったこと。だから、一緒に入れて嬉しかったと彼女には話していたということ。


 もうだめだった。自分でも、涙が出るのをどうすることも出来なかった。カラオケが盛り上がっていた。涙なんか見せられないものね。ハンカチをポケットから出して、鼻に押し当てる。笑わなくては。完全に制御不能か。何人の人に見られてしまったのか。不自然な表情の連続を。


 役員会に出るために、途中で抜け出し乗ったバスの中での涙が出た。


 B君、もう君には何もすることは出来ない。今日のメッセージが届けられたことに、どうやって感謝の意を伝えられるのか。人知れず、涙を流すことだけ。自分の意思に反して。



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