備忘録(byエル) -23ページ目

遊星の奏でる肉体

来年の事を話すと嗤うという鬼は、去年の話をする私を笑って許してくれるだろうか。



年が暮れようとする1228日。一日が暮れていく午後7時の奈良。冷たい雨が降る新興住宅地。冬休みのベッドタウンは静寂に包まれていた。



そぼ降る雨に濡れて、駅からの道を歩く。住宅地の真中。「田中誠司舞踏スタジオ」の2階の窓からオレンジの光が漏れていた。



「遊星の奏でる肉体」

舞踏×コントラバス 即興セッション&忘年の会



というのが、その夜のイベントだ。



ここを根拠地に活動している田中誠司さんの舞踏と、ヨーロッパを中心に活動しているコントラバス奏者 津田和明さんの、即興セッション。





暗転。


夜が明けるようにゆっくり照明が舞台を照らし始める。


闇に慣れた目には、そのゆるい照明の向こうにある者が、とても懐かしい大切な何かに感じられる。


微かな照明の向こう、田中誠司が膝を抱えてまっすぐこちらを見据えて浮かんでいた。


大切なもの。産まれたばかりの卵。宇宙に浮かぶ一つの生命。言葉も意味もなく、思想も情念もなく、生まれたままに柔らかく丸く、無為、虚無、始まりと終わり・・・そんな風にそれは舞台に置かれていたのだ。



照明が揺れながら明るさを増していき、それに呼応して舞台にはいない津田和明さんがコントラバスの身体の音を弾いていく。ノイズのようにコントラバスそのものが鳴き声を上げるかのように。照明が揺らぎ、音が揺らぐ。


観客はもう舞台と一体となってしまっているのだが、それでもまだ、田中誠司の肉体は目覚めないのだ。静かに、産まれていくその時を待ち続けている。



やがて、苦悩を抱きかかえて肉体が目覚めていく。うめきながら身体が荒野の様な現実へと彷徨い出ていくのだ。


手が孵化するひな鳥の羽根のように、徐々に不規則に命の無秩序に従うように、伸びていく。どこまでも果てへ果てへと。


コントラバスが、カザルスの「鳥の歌」を奏で始めても、傷ついた命は、なかなか飛び立つことが出来ない。雪の原を転げまわり、道標すらない空へ、それでも空へ、遥かな空へと希求することを止めない。


やがて、深い苦悩の果てに立ち上がった彼が、静かに歩きはじめるのだが、それは生きる幸せというような安直なものではなく、あきらめ…諦念に近いかもしれない、静かな許しの時間だった気がする。


生きていてもいいのです。どんなに傷ついていても、静かに生きていくことが許されているのです。


最後は暗転の中、コントラバスが豊かな重厚な調べを舞台にのびやかに踊らせて、その諦念の境地に至った舞踏家と、見ている私を包み込むように、幕が下りた。





若くして命を絶ってしまった、幾人かの友人がいる。

年老いて枯れるように逝った肉親がいる。

逝ってしまった彼らと、うつそみの私の命。

境を越えてその舞台を共に彷徨っているような、不思議な余韻を残してその夜は更けていった。





ここ二年ほど、私は田中誠司という舞踏家を見続けている。

彼は、生と死も、男と女も、春と冬も、境を越えた不思議な色香立つ美しさを持った、稀なダンサーなのだ。


彼が踊り始めると、妖艶なこの世のものではない異次元の色がその場に溢れて、怪しい魔力に心が掴まれる気がするのだ。


でも、この年の瀬の舞台で、彼は美しさを封印して、生きる者の苦悩そのもの。原罪を持つことの苦しみ。そんなものに、真正面からぶつかっていた。

そんな風に思えた。


田中誠司ファンの一人として、様々なことのあった昨年の最後に、本当に嬉しい夜の時間を過ごすことが出来た。



今年の彼の公演の予定が、今から待ち遠しい。そんな年初めの午後。今日も冷たい雨が降る。今日は小寒とか。明日からまた寒い日が続く。




























劇団態変の公演「ルンタ(風の馬)~いい風よ吹け~」

雲一つなく晴れ渡る秋の梅田の空に、真っ赤な観覧車が聳え立つ。



梅田・・・埋めた・・その昔は墓場だったとかいうその土地は、今大阪の中心地として様々なおしゃれなビルに埋め尽くされている。


その中でも、その商業施設と観覧車がひとつになったビル「HEP」は一際目を引き、ランドマークになってもいる。


墓場・・・死者の霊・・・祭り・・・着飾り・・・ファッション・・・飲み食い・・・空を舞う・・・観覧車・・・キーワードは際どく怪しげに結びつく。



そして、10月19日、日曜日の遅い午後、私は久々にその場所に足を向けた。


劇団態変の公演「ルンタ(風の馬)~いい風よ吹け~」を観る為に。




観覧車のある屋上に繋がるエレベーターの前は、カップルや家族づれが列を作っていたので、私はエスカレーターで8Fにある「HEP HALL」まで登っていくことにする。


吹き抜けのエントランスには大きなクジラのオブジェがあり、若者たちの好むメジャーなブティックが階を登っても登っても、これでもかというくらい立ち並んでいる。それぞれのお店で若い販売員が「いらっしゃいませぇ~」と高い声をあげ、若者たちが好みの服を探して彷徨い歩いている。


こんな場所で、「劇団態変」の公演がある。・・・その不思議な調和にまず魅せられてしまう。


公演はすでに始まっているのだ。そんな気がした。



劇団態変は、身体障害を持った演者の身体を通して、命の深淵を見つめ続け、宇宙の真理を身の内に受けて、生きることも死ぬこともひと繋がりと捉えてみたうえで、それでも生きる命の美しさを抱きしめるように、祈りをささげる・・そんな公演なのだが、それが、この繁華街に彷徨う若者たちの身体とのコラボで、一層はっきり感じられる。そんな気がしていたのだ。





暗転の後、山本公成氏のサックスが舞台を包む。ウォン・ウィンツァン氏のシンセがそれに呼応するように跳ね上がる。舞台にオレンジの光が溢れると、そこにキノコの精霊の様な、曖昧な丸い影が不均等に浮かび上がってきた。


実りの秋の様なキノコたちの舞が始まる。朝鮮の民族舞踊で、太鼓を打ち鳴らしながら軽快に舞台を飛び跳ねる踊りをよく目にするのだが、チョゴリのような袖をキノコたちが打ち振る様は、公成氏が奏でる太鼓のリズムと一緒になって、その太鼓の舞を連想させるのだ。


照明は深い秋を連れてきて、不均等で曖昧なキノコたちは、まるで森の精霊のように可愛く恐ろしい。




金満里さんの独舞は、凄かった。


常世と、他界を結ぶ巫女のように、彼女の目線の放つ力で、まるで宇宙が裂けるような、裂け目から、常世がゆがみ、他界への道が伸びていくような・・・。舞台が何度もぐにゃっと歪んでしまう感覚に襲われたりする。


恐ろしい迫力だった。



シーンは14あって、パンフレットにはそれぞれのイメージ詩が添えられている。


しかし、観る側は、必ずしもその詩に沿って舞台の進行を追っているわけでもない。


演者の動きと、それに呼応する山本公成氏のサックスの叫びや、ウォン・ウィンツァン氏のシンセの音色。それらの波の微妙な形の隙間にある、何か言葉を超えたもの。調和だったり、無重力だったり、不穏だったり、温もりだったり、獣だったり、虫けらだったり、太陽だったり、あるいは神ですらあったり・・・。そんなてんでに湧き上がるイメージに溶け込んでいくのだ。



最終章では、舞台から客席に向けて、極採色の旗がいくつも何筋も渡されていき、その旗が風に揺れる姿で、客席中が風を感じる演出になっていた。


チベットの楽器(オーボエのような)から公成さんが奏でる音は、草原に吹き渡る風のように切なく力強い。


風の吹きすさむ舞台に、金満里さんを中心にメンバーが、遠くへ、未来へ、永遠へ、神へ、視線を運ぶエンディングは、美しく、力強く、命の誓いを感じさせられた。




終演後、日曜日の繁華街は、すっかり夜の街に装いを変えていた。


地下鉄駅まで歩く道ですれ違った大勢の人々は、常世にあるのかないのか、まるで何かに憑かれたように彷徨い続けている気がした。



















京都の夏は暑く

京都市美術館「バルティス展」を観て、京都みなみ会館でホドロフスキーの「DUNE」を観た。

間に3時間も時間があったので、岡崎公園から円山公園、四条通を烏丸まで、室町通を歩いて、京都駅まで。暑ーいお散歩してきました。

バルティスの描く少女は、やはり、男性の描く少女で、南アの画家マルレーネ・デュマスの言葉を借りると

「表現は危機に瀕している/ひとは意味を求める、それが物であるかのように/それが少女であり、パンティを脱がす必要があるかのように/真の解釈者が現れさえすれば少女も/それを望む...かのように/脱ぐものが何かあるかのように」ってことになるのかも?



誤解を恐れず言うなら、女性の描く「少女」のそれとは違ってやはり表層的な気がした。身体の奥からどうしようもなく湧き出てくる恐ろしい命の色香のようなもの。子宮で感じるかもしれない命の根源、畏怖、穢れ、地に沈み込むような重量。デュマスにあったそれらの魂が、バルティスにはなかった気がした。
(と、61歳素人のオバハン評でした)





ホドロフスキーは面白かった~。
やはり根強い人気で、夜8時近い開演時間にも関わらず、平日にも関わらず、小さな映画館には人がいっぱい。
芸術に対するどん欲さというか、妥協なき破壊というか、噛みしめた唇から血が流れ出すようなあそびへの執念というか・・・。ダリまで出演させる意気込み。もし、この映画が完成していたら、本当に面白かっただろうな。
「リアリティのダンス」7月末公開が楽しみでーす。