ロミと妖精たちの物語205 Ⅴ-3 パリの空の下② | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

失われた恋人たちのために

~ ロミは歌い マドレーヌは踊る ~

 

 

一回り大きくなったマドレーヌは、ロミの手を引いて、狭い螺旋階段を上り始めた。

「ロミ、手を離さないで付いてきてね、私と繋がっていれば、ここを上るのは簡単だから」

今はもうサイボーグではない、人間の身体に戻ったロミにとって体力的には少しきつい、高さが40メートル近くある階段だった。

 

「わかったわ、マドレーヌ、あなたを信じて付いて行く」

狭くて暗い螺旋の空間にロミの声が響き渡ると、いつの間にか大勢の精霊たちが集まってきてくれた。ロミは階段を上りながら、精霊たちに愛と癒しのエンパシーを送った。

 

精霊たちに守られて螺旋階段をぐるぐると、ロミとマドレーヌは疲れることも無く、全部で422段の長い階段を上り切った。バルコニーのような建物の周囲を取り囲む回廊に出ると、視界には夕暮れのパリの街並みが広がっていた。

 

回廊の下にはセーヌ川をゆっくりと滑るバトームシュの舟明かり、対岸のライトアップされた古い建物の向こうには、近代的なビル群にも明かりが灯り始めている。

 

ロミはマドレーヌに手を引かれ、回廊を反時計回りにゆっくりと進んだ。

手すりの上に並んだ彫刻のシメールたち、大聖堂の上からパリの街へ、あるいは世界に向けて口を開いて睨んでいる、聖堂に集う人々の悪気を吐き出すと言われるドラゴンたちを見ながら、その一つひとつに、マドレーヌは思念の言葉をかけていく。

 

 

――ねえ、ジャンはどこにいるの。

(知らないねえ)

(もうずいぶん姿を見せないよ)

 

――だって、彼は夏至の夜には必ずここへ来ると聞いたのよ。

(ねえユゴー、ジャンを見たかい?)

(もう何年も彼を見たことが無いよ、ラヴィーン)

 

マドレーヌはロミに振り返った。

「ロミ、もう少し進みましょう」

 

「マドレーヌ、そのジャンていう人は、いったい何者なの」

(いぶか)し気にも、ロミは微笑みを忘れず、ドラゴンたちに気を使いながら訊ねた。

「それにこのドラゴンたちはどういう人たちなの?」

 

マドレーヌは壁を背にして、手すりに並ぶドラゴンたちを見回して、ロミに応えた。

「ジャンはね、昔の英雄の一人よ。イングランドからパリを取り戻したの」

ロミは遠い昔の英雄譚を想像し、宵闇の中に浮かび始めた天空の星々を見上げた。

 

「そして、このドラゴンたちはシメールというの、建物の外壁に縦に並んでいる雨水除けのガーゴイルと違って、彼らは聖堂に集まる人々の悪気を吸い込んで、外から来る魔物に向かってそれを吐き出して、聖堂に近づかないように見張っているのよ、もちろん昼間の観光客の前では、怖い顔を隠して、とぼけた道化師や動物のような姿でいるのよ」

 

ロミは、石造りの重厚な手すりの上に並んでいるシメール、ドラゴンたちを見回した。

「ほんとうね、みんなの顔つきが変わって来たわ」

「もうこの時間、私たちしかいないから、みんなほんとうの顔に戻ってきているの」

 

マドレーヌは再び回廊を回り始め、ロミの手を引いて言った。

「前にあなたが来てくれた時、あれはもう5年も前になるかしら」

「ええ、まだ私がサイボーグ戦士と呼ばれていたときね」

「そう、あのときの哀しき魂たちを守っていたドラゴンが、あの人、ジャンなのよ」

彼女はまたしても、ロミに振り返った。

 

「それで、こないだの冬至の夜に彼は現れて言ったの。ロミ様を呼び出してほしい、ロミ様が手に入れたドラゴンボウルの力をお借りしたいのだ、とね」

「あらだめよ、だってドラゴンボウルはマリアが持っているのよ」

 

ロミの返事を聞き流して、マドレーヌは次に角を曲がった。

「あっ、見てあそこ、マグノリアの樹が見えるでしょ。あの樹はね、世界中のマグノリアと繋がっているのよ、ほら見て、マリアさんを連れてスライゴーの叔父さんが降りてきた」

 

ロミは裏庭を見おろして、驚いたように声を上げた。

「まあ、フィニアン!」

 

マグノリアの樹の下から、グリーンのスーツに黄色い蝶ネクタイ、いつもの気障なスタイルで現れたフィニアンは、ロミに向かってウインクをした。

そして、後から下りてきたマリアの手を取り、二人の頭上でトネリコの杖をクルリと回した。

 

見えない馬車に乗って、フィニアンとマリア、二人は回廊の上に現れた。

「やあロミ、お待たせしました」

フィニアンはロミの手に口づけをした。

「ロミと違ってね、マリアはとても忙しいのだよ、でも、間に合ったようだね、マドレーヌ」

そしてマドレーヌの頬には、優しいキスをした。

 

「フィニアン、あなたはいつこのことを知ったの?」

「もちろん去年の冬至の翌日に、マドレーヌから聞きました」

なぜかロミは、プンプンと口をとがらせて言った。

「なんで私に話さなかったの、フィニアン」

 

「いや、それは、あなたの試験勉強の邪魔をしてはいけないと思ってね」

「もう、私だけが知らなかったというわけね」

 

それでも、マリアが抱き着いてキスをすると、ロミの顔には笑顔が戻った。

「さあ、マドレーヌ、ジャンについてのお話を聞かせてちょうだい」

 

するとその時、マドレーヌが黙って指をさしたところにいる、大きなドラゴンが眼を開けた。

ドラゴンは背に張り付いていた翼をゆっくりと開きながら、ロミに向かって動き出していた。

 

次項Ⅴ-4に続く