ロミと妖精たちの物語206 Ⅴ-4 パリの空の下③ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

動き出したドラゴンは、ゴーフォ、ゴーフォ、ゴーフォと、喉の奥から苦悶のような息を吐き出しながら、充血した眼を見開き、鋭い爪を立ててロミに近づいてくる。ワニのように牙を剥いた口からは、火炎の息がロミに向かって吐き出されてきた。

 

バルコニーに並んでいた、気のいい優しくておとなしい都会の精霊たち、パリのシメールたちは、あわてて聖堂の屋上部分、回廊に囲われた内部にあたる鐘楼の中に逃げ込んだ。

 

「こりゃ本物のドラゴンだ」

フィニアンは、すかさずトネリコの杖を回し、ロミと妖精たちの周囲に結界を作った。

可愛い妖精のマドレーヌは、再び姿を変えて、戦闘少女エスメラルダに変身した。

 

「ジャン!お止(や)め!この人は聖少女ロミさまだよ」

マドレーヌが声を掛けても、ドラゴンは火炎を吐き続け、エスメラルダを飲み込んでしまった。

 

ロミは静かに息を吐き出し、そして回廊の中にいる精霊たちに向かって心を合わせた。

――ねえみんな、ドラゴンの思いはどこに有るのかしら、彼は何を思ってここにいるのかしら。

 

すると、精霊たちは右に左に揺れながら、真心で話してくれる聖少女に応えた。

(ロミ様、あなたの心で伝えて行けば、あのドラゴンは静かになります)

 

――そうなの?

(もちろんです、淋しいくせに、淋しいと言えない、淋しいやつなのだから)

 

――まあ、それではきっとあの人は、ほんとの愛を知らない淋しい人なのね。

(そうです、愛しているくせに、好きと言えない、悲しいやつなのです)

 

ロミは思念の翼をゆっくりと広げてゆき、目の前で炎を噴き出すドラゴンに向かった。

――汝の思いは何処に有りや、汝の思いの中に、愛は、優しさは有るのか。

 

ロミの言葉を聞いても、ドラゴンはもっと強く、激しい憎悪の火炎を噴き上げた。

 

憎悪の火炎を受けても、ロミは思念を使わず、夏の衣服を脱ぎ捨て一糸まとわぬ姿になると、自身の身体を投げ捨て無の境地に置いた。

 

すると、ドラゴンは怒りの炎を消して息を潜め、その場に凍り付いたようになり、聖少女の作り出した精神世界に、中空を浮かぶロミの裸身の下の深い水の底に、その身と思いを潜めた。

 

ロミは、身体を動かすことなく心眼を開き、その黄金色の瞳から強烈な光、眩しいほどに強い愛と癒しの光を浴びせて、愛しているのに淋しいドラゴンの、その身と心を包んだ。

 

やがて鐘楼の中に静寂が広がり、無数の精霊たちの愛と優しさの、思いと重力がいきわたると悪鬼のドラゴンは倒れ、愛と癒しの鐘の下に、その身をひれ伏した。

 

回廊の内側、聖堂の屋上にあたる鐘楼に、時を超え磁場を超えた空間が広がると、フィニアンはロミに向かって黄金色のトーガを投げ広げ、トーガはふんわり彼女の身体を包んだ。

 

そしてロミのエンパシーに共鳴して、大鐘(おおがね)エマニュエルがゆっくりと揺れてゆくと、南北二つの塔を揺るがすほどの音が鳴り響き、その圧倒的な音圧の下、ドラゴンの翼からは無数の哀しき魂たちが解き放たれた。

 

ローマの同化政治に抗(あらが)い、神を見失ってしまったガリア人(びと)の魂たちがいた。

長い歴史の中で、彷徨い続けたゲルマン兵士やバイキング、サクソン族もいた。

そしてその陰で、虐げられた女子供たちの魂もいた。

 

ノートルダムの大聖堂を護るシメールたちは、この寺院の聖母マリアに祈りを捧げ、宇宙少女マリアは、彼らの祈りに合わせてドラゴンボウルを掲げ、ボウルから広がる虹色の渦は光となって、歴史に取り残されていた魂たち其々の行くべき神の道へと誘い、ロミは身を起こし、両手を合わせ神々に祈った。

 

そして妖精の長フィニアンは、その扉を開けた。

 

大聖堂の鐘の音とともに、天国への階段がつながり、ドラゴンに囚われていた、いや護られてきた大勢の魂たちは、虹色の光に包まれて、その階段を昇って行った。

 

全ての魂たちが階段を昇り終え、神の国へと消えて行くと、精霊とシメールたちに囲まれて、ロミは抜け殻となったドラゴンを抱き包み、その額に口づけをした。

 

ドラゴンの身体は溶けてゆき、そこからマドレーヌが甦り、彼女は一人の男を連れていた。

可愛い妖精に戻ったマドレーヌは、ロミの前にその男を連れてきた。

 

「ロミ、この人がジャンよ、アランソン公のジャンというのよ」

威風堂々とした美丈夫は微笑み、そして恭しく、ロミの前に膝を落とし頭(こうべ)を垂れた。

 

 

次項Ⅴ-5に続く