標高3千メートルを超えるチョケキラオの山の斜面に、山頂を目指して巨大な石を組んだ階段状に昇る広大な遺跡が広がっている。
もしかしたらこれも、ピラミッドを想定して造られたのではないかとロミは思った。
だとしたら、標高3700メートルのサクサイワマンの山上に造られたピラミッドより、はるかに大規模なピラミッドになる、いったい何の目的で造ろうとしたのだろうか。
紅い月に照らされた遺跡の頂点の入り口にある、石柱の門から現れた若く荒々しいインカの戦士は、石段から見上げているロミと妖精たちと、その間のテラスに跪くユパンキの4人には目もくれず、憎悪に燃えたその視線は、広場に停止したフェアリーシップに向けられていた。
ロミは思念の翼をさらに大きく広げ、戦士の憎悪に燃えるエネルギーを愛と癒しのエンパシーで包み込もうとした。だが、石柱の門の奥に潜む暗黒の闇の中から、戦士に続いて無数の鬼火が現れると、その憎悪のエネルギーは、更に強固な怒りのエネルギーへと変わった。
そして鬼火に囲まれた戦士は怒りに燃える目で、フェアリーシップ・ユマに向かって迫ってくる。
ザ・ワンの宇宙少女マリアは、手のひらで掲げるドラゴンボウルに思念を送り、虹色の光の渦を増幅させてゆき、ロミのエンパシーを強固な波動で守った。インカの戦士と、その周りに揺らめく無数の鬼火は前進を止められ、門柱のテラスの段に留まった。
ロミは、テラスに留まった戦士と無数の鬼火たちに思念の言葉をかけた。
――どうして?
――何を怒っているの?
――話してごらんなさい、誰もあなたたちを責めたりはしないし
――誰もあなたたちを苦しめることも無い、ここはあなたたちの世界だわ。
黄金のトーガを纏い、大きな金の翼を広げる女神を前にして、戦士と鬼火たちは戸惑った。
そして、若く荒々しい戦士は鬼火たちに押されるようにして前に出た。
――なぜ、我らの世界に足を踏み入れた。
――なぜ、ザ・ワンの王女がそこにいて、我らの思いを邪魔をするのだ。
――なぜ、我らを亡ぼした邪神の使いの舟をここに連れてきたのだ。
ロミは、思念の翼を閉じ、黄金色の心眼を閉じて、いつもの優しい笑顔を彼らに向けた。
――私はあなたに呼ばれてここに来たのよ、何もあなたたちを邪魔することはしないわ。
――ザ・ワンの神の子マリアは、あなたたちの思いを断ち切る者ではありません。
――そしてこの世と、あの紅い月とを繋いでくれる、あの紅の舟になぜ怒りの炎を上げるの?
戦士はロミの発する愛の光が眩しいと思い、青銅の盾で顔を覆い、目を閉じて語った。
――我らが祖先、マンコ・カパックとその一族によて開かれた高原に、初めはザ・ワンが来て神の家と豊かな耕地を開きこの国は栄えた、幾世代も繋がれてインカの国は栄えた。
――大洋のモアイから海岸のパチャカマ、そしていと高き神の都クスコに至るまで、栄耀栄華の帝国は万世に亘るものと思われていた。
戦士が思いを語る間、ロミはずっと愛と癒しのエンパシーを送り続けていた。
――だが、北の国から鉄の鎧をまとったコンキスタドールがやってくると、何故か、神の使者であるはずのザ・ワンはこの地を去り、我らを見捨てて去ってしまわれた。
戦士が語るとともに、鬼火たちの勢いも弱まり、ロウソクほどの小さな炎となってしまった。
――皇帝が殺され、都を追われたマンコ・インカ・ユパンキがこの山に落ち延び、太古からあったピラミッドを再興し、この山で新たなインカの都を築いたものの、ザ・ワンに見捨てられた我らには、もう生き延びる力は無かったのだ。
――見よ、あの紅い舟を、あの船と共に、我が父マンコ・インカ・ユパンキはこの地を捨てて、遠国へ逃げてしまったのだ。
――かつて英雄と呼ばれたユパンキ王に見捨てられた我らは、大挙押し寄せたコンキスタドールに滅ぼされ、我はこのピラミッドの上で八つ裂きにされたのだ。
怒りに燃えた若き戦士は青銅の盾を投げ捨てると、重い剣を大きく振りかぶり、フェアリーシップ・ユマに向かって投げつけた、その時。
「だめよユパンキ!」
フェアリーシップから悲鳴のような声が上がったが、それまで、黙って地に跪いていたユパンキは飛び上がり、回転する諸刃の剣をその身で受け止め、加速された勢いに押されて、英雄ユパンキはそのままフェアリーシップ・ユマの船上に落ちていった。
天空に巨大な紅月が昇り、鬼火たちは紅い炎を上げ、聖なる山の頂を紅々と染め上げた。
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