ロミと妖精たちの物語160 Ⅳ-46 聖なる山の頂きに⑳ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

フェアリーシップ・ユマに向かって投じられた両刃の剣は、空気を切り裂くように音を立てて回転し、そのまま真っ直ぐユマの頭部を目がけて飛んだ。

 

その刹那、地に伏していたユパンキがその鋭い剣先に向かって飛び上がった。

 

紅い月の光に照らされ、インカの英雄の姿が空中に浮かび上がると、剣を投げた若い戦士は目を見開き驚愕の叫びをあげた。

 

「父上!」

 

剣に切り裂かれたユパンキの身体は、紅に染まる小型宇宙船フェアリーシップ・ユマの直前、広場の石畳に撃ち落された。

 

突然現れた父王マンコ・インカ・ユパンキの姿に向かって、インカの若い戦士は、一瞬の躊躇(ためら)いの後、猛然と父ユパンキのもとに走った。

 

「父上!」と叫びながら。

ロミとマリアは動じることなく道を開け、ユパンキの子を通した。

 

父のもとに駆け寄った戦士は膝を下り、剣の左右の二つに分かれた父の身体を抱きしめた。

戦士はふたたび叫び声をあげた。

 

「なんという事をしてしまったのだ!父上、父上ー」

若い戦士は、大きな声で泣き叫び二つとなった身体を抱き締めた。

 

泣き崩れる戦士に向かって、ロミはゆっくりと近づき、そして彼の肩に手を触れた。

 

「あなた、そんなにきつく抱いてはいけないわ」

ロミの言葉に、戦士は目を開いた。

 

「ちょっと君、もう手を放したまえ」

右側に抱かれたフィニアンが言うと、左側のファンションがため息をついた。

 

「うん、もうあなた痛いじゃない、フィニアンおじさんと一緒に抱くなんて最低ね」

 

そして、フィニアンとファンションが立ち上がると、剣の向こうにユパンキが倒れていた。

何が起こったのか理解を超え、若い戦士は呆然としたままその場に座り込んだ。

 

倒れているユパンキの肩を、愛の妖精ファンションが指先でつついた。

ユパンキが目を開き、驚きの顔を見せると、フィニアンが言った。

「ユパンキさん、もう大丈夫だよ、この子がねファンションが取り替えっ子の術を使ったんですよ、さあ起きて、あなたの息子さんが来ているよ」

 

ロミと妖精たちは離れ、暫くユパンキ親子だけにした。

「トゥパク・アマルよ、もう泣くのはやめなさい」

ユパンキは我が子トゥパク・アマルを抱きしめた。

そして、この城を後にしてから、ビルガバンバの砦で起こった戦いと死の出来事を説明した。

 

「私もお前も、太陽の神を見失い、死の国へ行くことが出来なかったのだ」

トゥパク・アマルは、父が先に戦いに敗れて、死んだことを理解した。

そして、石柱の門に揺れ動く鬼火たちを指し示した。

 

「父上、あの者たちも、同じくここに幽閉されてしまっていたのです」

ユパンキは石柱の門にいる鬼火たちにも、インカ帝国の滅亡までの話をした。

 

「皆の者、あの神の舟は決して裏切り者ではない、今日もこうして神の使者の子を連れて、お前たちを神の国へと導くために来てくれたのだ」

「わたしもマチュ・ピチュの儀式が済めば、お前たちのいる死の国へ上る、いやそこは神の国、天国なのだ、先に行って待っていてくれ」

 

トゥパク・アマルは、あらためて父王を抱きしめて応えた。

 

ユパンキは鬼火の群れを連れて、階段を下り広場へと戻った。

そして、ドラゴンボウルを捧げ持つマリアの前に、トゥパク・アマルと共に跪(ひざまず)くと、鬼火たちも人の姿に戻り同じく跪き、王とともに頭(こうべ)を垂れてインカの祈りを捧げた。

 

ドラゴンボウルの光の渦は、広場を満たし、天空の紅い月に向かって拡がった。

ロミは目を閉じ心眼を開き、思念の翼を広げた。

 

――インカの人々よ、神に祈りましょう。

――今こそ暗黒の時を、苦しみを浄めて洗い流すとき、善き心根を取り戻すことが出来れば、あなた達の前に天国の道が開かれるでしょう。

 

ロミの傍らに立つ愛の妖精ファンションは、ウルバンバの精霊たちに深く祈りを捧げた。

 

ロミは思念の翼を大きく羽ばたき、いま目の前にいる、天国への階段を昇るインカ人だけではなく、ウルバンバの高原に残るインカ人の魂の跡に向かって、そして、そこにその時生きていた,あらゆる生き物たちの魂の跡に向けて。

 

ロミはその大きな瞳を潤ませながら、愛と癒しのエンパシーを、

 

天空に輝く紅い月の光にも負けない、彼女自身のまごころを送り続けた。

 

 

次項Ⅳ-47へ続く