フェアリーシップ・ユマに向かって投じられた両刃の剣は、空気を切り裂くように音を立てて回転し、そのまま真っ直ぐユマの頭部を目がけて飛んだ。
その刹那、地に伏していたユパンキがその鋭い剣先に向かって飛び上がった。
紅い月の光に照らされ、インカの英雄の姿が空中に浮かび上がると、剣を投げた若い戦士は目を見開き驚愕の叫びをあげた。
「父上!」
剣に切り裂かれたユパンキの身体は、紅に染まる小型宇宙船フェアリーシップ・ユマの直前、広場の石畳に撃ち落された。
突然現れた父王マンコ・インカ・ユパンキの姿に向かって、インカの若い戦士は、一瞬の躊躇(ためら)いの後、猛然と父ユパンキのもとに走った。
「父上!」と叫びながら。
ロミとマリアは動じることなく道を開け、ユパンキの子を通した。
父のもとに駆け寄った戦士は膝を下り、剣の左右の二つに分かれた父の身体を抱きしめた。
戦士はふたたび叫び声をあげた。
「なんという事をしてしまったのだ!父上、父上ー」
若い戦士は、大きな声で泣き叫び二つとなった身体を抱き締めた。
泣き崩れる戦士に向かって、ロミはゆっくりと近づき、そして彼の肩に手を触れた。
「あなた、そんなにきつく抱いてはいけないわ」
ロミの言葉に、戦士は目を開いた。
「ちょっと君、もう手を放したまえ」
右側に抱かれたフィニアンが言うと、左側のファンションがため息をついた。
「うん、もうあなた痛いじゃない、フィニアンおじさんと一緒に抱くなんて最低ね」
そして、フィニアンとファンションが立ち上がると、剣の向こうにユパンキが倒れていた。
何が起こったのか理解を超え、若い戦士は呆然としたままその場に座り込んだ。
倒れているユパンキの肩を、愛の妖精ファンションが指先でつついた。
ユパンキが目を開き、驚きの顔を見せると、フィニアンが言った。
「ユパンキさん、もう大丈夫だよ、この子がねファンションが取り替えっ子の術を使ったんですよ、さあ起きて、あなたの息子さんが来ているよ」
ロミと妖精たちは離れ、暫くユパンキ親子だけにした。
「トゥパク・アマルよ、もう泣くのはやめなさい」
ユパンキは我が子トゥパク・アマルを抱きしめた。
そして、この城を後にしてから、ビルガバンバの砦で起こった戦いと死の出来事を説明した。
「私もお前も、太陽の神を見失い、死の国へ行くことが出来なかったのだ」
トゥパク・アマルは、父が先に戦いに敗れて、死んだことを理解した。
そして、石柱の門に揺れ動く鬼火たちを指し示した。
「父上、あの者たちも、同じくここに幽閉されてしまっていたのです」
ユパンキは石柱の門にいる鬼火たちにも、インカ帝国の滅亡までの話をした。
「皆の者、あの神の舟は決して裏切り者ではない、今日もこうして神の使者の子を連れて、お前たちを神の国へと導くために来てくれたのだ」
「わたしもマチュ・ピチュの儀式が済めば、お前たちのいる死の国へ上る、いやそこは神の国、天国なのだ、先に行って待っていてくれ」
トゥパク・アマルは、あらためて父王を抱きしめて応えた。
ユパンキは鬼火の群れを連れて、階段を下り広場へと戻った。
そして、ドラゴンボウルを捧げ持つマリアの前に、トゥパク・アマルと共に跪(ひざまず)くと、鬼火たちも人の姿に戻り同じく跪き、王とともに頭(こうべ)を垂れてインカの祈りを捧げた。
ドラゴンボウルの光の渦は、広場を満たし、天空の紅い月に向かって拡がった。
ロミは目を閉じ心眼を開き、思念の翼を広げた。
――インカの人々よ、神に祈りましょう。
――今こそ暗黒の時を、苦しみを浄めて洗い流すとき、善き心根を取り戻すことが出来れば、あなた達の前に天国の道が開かれるでしょう。
ロミの傍らに立つ愛の妖精ファンションは、ウルバンバの精霊たちに深く祈りを捧げた。
ロミは思念の翼を大きく羽ばたき、いま目の前にいる、天国への階段を昇るインカ人だけではなく、ウルバンバの高原に残るインカ人の魂の跡に向かって、そして、そこにその時生きていた,あらゆる生き物たちの魂の跡に向けて。
ロミはその大きな瞳を潤ませながら、愛と癒しのエンパシーを、
天空に輝く紅い月の光にも負けない、彼女自身のまごころを送り続けた。
次項Ⅳ-47へ続く