キャロモアの古代遺跡に満天の星空が戻り、幾筋もの流れ星が落ちていくと、妖精たちの庭にはもとの穏やかな静寂が訪れた。
ガンコナーいたずら妖精フィニアンは、彼の妹たちパンシー愛らしい少女妖精とともに、宇宙人の末裔、少女神マリアの疲れ切ったその姿を抱き守る、聖少女ロミの愛と癒しの姿を遠巻きにして、無数の精霊たちとともに見守っていた。
妖精たちが見守っているロミはドレスの胸を緩めて、エンパシーを使い果たし、自分の乳房の間に眠っているおやゆび姫マリアを、慈しむように両手でそっと優しく抱いていた。
あの憎むべき悪鬼ディアボロは、マリアの氷の矢を、怒りの雷イカヅチを受容した。何万年という永い怨嗟の、悲しみの魂たちを抱き、ある意味守り続けていた悪鬼ディアボロは、あのときもマリアを待っていたのだ。
ロミが戦ってきた悪鬼たち、スペースドラゴンであり、遥か銀河の果ての妖怪たちは、何のために炎を噴き上げていたのだろうか。
今、愛するマリアを、戦いに疲れ果て、動くことも出来ない少女神をその手に抱いて、ロミはその思いに耽った。これまで確かに、神に見放されていた悲しき魂たちを、私は癒し解放した。
だが、あの怨嗟の魂たちを守ってきた宿主、ドラゴンたちに何の罪があるのだろうか。
ロミは、愛すべきおやゆび姫の少女神をその手に抱き包み、愛おしみながらも考えた。
それは神の思し召しなのだろうか、それとも、悪鬼を虐げることを良しとする、思いあがった私の傲慢だったのではないかと。その傲慢な思いに、この小さな美しきおやゆび姫を巻き込んでしまったのではないかと、思い迷い身を縮ませて、涙を流しながらロミは星空を見上げた。
妖精の国スライゴーの曇りなき満天の星空に、幾筋もの彗星が流れて行き、季節を報せる恒星たちの正確な軌跡は、惑星たちの揺れ動く交錯とともに、星々の世界は時の無常をこの地上の人々に、そして愛と癒しの女神ロミにも告げていた。
ロミの涙は尽きることもなく続いたが、スライゴーこの地の妖精の長でもあるフィニアンは、ゆっくりそろりと近づいて、かつての聖少女、今は女神となったロミに言葉を捧げた。
「ロミ様、もはや12時の鐘が打たれようとしております」
ロミはその言葉に身を起こし、地平線に落ちようとしている月を見た。
「そうね、間もなく妖精の女王とイングランドの王子の婚礼が始まるのだったわ」
ロミはマリアの衣装を左手に持ち、右の手のひらで彼女、乳房の間で眠り続けるおやゆび姫を抱き包んだまま立ち上がった。
「フィニアン、時の鐘が鳴るまであとどのくらい?」
「ロミ様、もう10分ほどで12時になります」
「それだけあれば十分だわ」
ロミは、目を閉じて心眼を開いた。
――トム、太っちょトーマス、私に力を貸して。
ロミの思念はおやゆび姫を抱いたまま、かつてのトーマスの分身、銀河ワームを掴まえた。
ワームホールはロミの思念に圧倒されて、白い闇のホールを開いた。
光の速度を遥かに超えて、時空を超え、白い闇のホールは二重層のグレートウオールの壁をも超えて、時間を浪費することなく、一瞬の間にアンドロメダ銀河へと到達した。ロミはそこへ戻り、もう一度アンドロメダのブラックホールに入った。
――お願い神様、私にあの子を返して。
――アンドロメダは私の分身よ、トリスタン・ダ・クーニャで出会い、海の悪鬼と戦い一つになった私とアンドロメダ、私はこのままあの子を見捨てることは出来ないわ。
――お願い神様、あの子を私に返してください。
アンドロメダのブラックホールは暗黒のまま、ロミを時空の狭間に閉じ込めてしまった。
「ロミ、アンドロメダはこの銀河の女神です、あなたの地球へ行ったことはありません」
――だってあの時、40年前に私が救った少女アンドロメダは、ずっと私の中にいた。
――そしてこのあいだ、トニー・マックスを探して三嶺のすり鉢池からここへ来たときに、神様、あなたがあの子を引きはがしてしまったのでしょ。
「ロミ、この銀河の守護神アンドロメダは私なのよ、あなたの言う少女アンドロメダは私ではありません、それはあなたの内にあるもの、あなたは砂漠の海で宏美に戻りましたね、それまで宏美のいない間に、あなたは架空の少女神アンドロメダを創造し、聖少女ロミの生きる証として、彼女をあなたのアイデンティティ-としていたのではなかったかしら」
――神様、では、なぜ私は少女アンドロメダを失ってしまったのでしょう。
「何故でしょう、心の内を開いてごらんなさい」
――心の内?
「そうです、あなたは人間なのです、神ではありません、人間は心を持っています」
――神様、あなたに心はないのですか?
「いま、あなたとお話をしているのは、あなたの心の鏡と思ってください。この宇宙に、神はひとりであり、神は八百萬ヤオロズなのです。私があなたに答えることは何もありません、あなたが自分で心の内を開くのです」
「もし応えるとすれば、それは一つだけ、ロミ、あなたは一人ではありません」
――待って、神様、行かないでください。
ブラックホールは白い闇に変わった。
ロミは一瞬視力を失い、超重力を受け、ホワイトホールとなったワームをすり抜けた。
ホワイトホールの中で、ロミは自問した。
――少女アンドロメダは、私の心の内にいるの?
――私は一人ぼっちではない?
――私は、神ではなく、人間だから、だから私は、一人ぼっちではないのね。
――神様、ありがとう ・ ・ 感謝いたします。
ロミと、5フィート3インチの可憐な姿に戻ったマリアは、フィニアンの杖が広げた光の粒に包まれて、スライゴーの大聖堂の広場に設けられた舞台の上に降り立った。
広場に集まった住民と観光客は5万の大観衆となり、突然現れた美しい女神の姿に驚き、一瞬の静寂のあと、嵐のような大歓声を上げた。
2091年を迎えるカウントダウンまで、あと3分、二人の女神の前に、足元だけを照らされたウエディングドレスを着た妖精の女王と、白い騎士姿のイングランドの王子が歩み寄ってきた。
仲立ちとなる神父の役は、古代王家の末裔フレッド・ク・ホリン・ケネディ-が聖書を持ち、白いトーガをまとい堂々とした姿勢で照明を浴びていた。そして、その後ろに、同じく白いトーガを纏った真梨花が、結婚の指輪を飾った宝石箱を両手で差し上げ、微笑みながら立っていた。
妖精の女王とイングランドの王子は神父の前に頭を垂れた。
「由緒正しきメーヴ女王の末裔、アイルランドの妖精の女王と、古代イングランドよりサクソン族の王家の血脈を引き継ぐ王子の、結婚の儀をはじめます」
広場の大観衆は静まり返り、照明を浴びる妖精の女王とイングランドの王子の後ろ姿を見守った。そしてロミとマリアは光の粒に包まれたまま、儀式のお芝居を真横から見守っていた。
「汝トニー・マックスはこの世の終わりまで、妖精の女王を守り愛することを誓うか」
「誓います」王子は聖書に手を当てて答えた。
――まあ、トニー・マックス。
「そして妖精の女王ガートルード、そなたはこの王子を終生愛し慈しむことを誓うか」
「誓います」妖精の女王も聖書に手を添えながら答えた。
――ああガーティー、おめでとう。
神父は真梨花から指輪を受け取り、二人に手渡した。
妖精の女王とイングランドの王子は、顔を向けあい。互いに指輪を差し入れると、そっと肩を抱き合い、目を潤ませて誓いのキスをした。
そして、ガートルードとトニー・マックスは、その美しい笑顔を大観衆に向けた。
ロミとマリアは、この儀式が本物であることを知り、思わず声を上げてしまった。
でもその声は、広場の大観衆の、嵐のような感動の声にかき消されていた。
大観衆の声を抑えるように、ク・ホリン神父は大きく手を広げた。
「諸君!声を合わせてカウントダウンを数えよう」
テン、ナイン、エイト
(ロミはガトルードに駆け寄った、そして彼女を抱きしめた)
セブン、シックス、ファイブ
――おめでとうガーティー。
――ありがとうロミ。
フォー、スリー、ツー
( 5万の大観衆は声をそろえて時をよんだ)
ワン、ゼロ!
(大聖堂の上空に、一斉に花火が打ちあがった)
その花火の向こうにロミは見た。
巨大クジラの上に消えたスペースドラゴンを
母ワームのピラミッドに消えたディアボロを
そしてこのスライゴーの太古の遺跡に消えた、
超古代からのダーナ神、ディアボロの最後の笑顔を
ロミはマリアとともに、
遠ざかっていく彼らに向かって微笑み、
愛と癒しのエンパシーを送った。
今は心の内にいる、
少女神アンドロメダとともに。
ロミと妖精たちの物語 第2部 終わり
そして明日から
第3部が始まります
以下の画像は
作者の勝手なイメージですので
あしからず( ◠‿◠ ) /
写真はそれぞれお借りしたものです
ロミ(絵島宏美)
ガートルード
ミドリ(清家碧
マリア
真梨花
see you !
写真と動画はお借りしています