地球で生まれ、地球で育った宇宙少女マリアは、その身を離れロミの翼の中に入った。
目を閉じてロミと一体となると、二人は氷の塔から抜け出して大気の抵抗を受けることもなく意識だけの存在として、南極大陸の遥か上空へ無抵抗の内に飛翔している自分の自由を感じ、閉じた瞼の向こうには、太陽の巨大な光の熱量を感じた。
さらに思念の翼の速度が上がるとともに、熱い太陽の光は遠ざかってゆき、やがて宇宙空間に広がる蒼黒の冷たい闇を感じることが出来た。
――マリア、目をあけて。
マリアはロミの思念の言葉を受け、閉じていた瞼を開いた。
彼女が初めて見る宇宙は、眩しいほどの星々の輝きだった。
思念の翼に包まれて、始めはゆっくりと感じられたそのスピードは、星々の輝きがまるで雲海を突き抜ける飛行機ように近づき、そしてその光は瞬時にして、彼方へと遠ざかっていった。
――マリア、今私たちは、あなたの育った太陽系を離れたわ。
――残念だけど、この太陽系にザ・ワンの船は見つからなかったわ。でもこれから、範囲を広げて周回してみようと思うの、いい?もっとスピードを上げるわよ。
――しっかりと私の中で身を構えて、これから何が起こっても、私を信じて付いて来てね。
マリアはしっかりとロミの言葉を受け、感情の合意を送り返した。
ロミの思念の翼はスピードを上げた。
オリオン腕の下方にある暗黒帯を通過するときには、遥か彼方に太陽系を望み、上方にある眩しい星系帯を通過するときは、すでに太陽系の遥か彼方にあり、その残影さえ見ることは無く、眼前に燃え上がる星々の重力を、地球太陽系の規模を遥かに超える、圧倒的な輝きで感じることとなった。
――超光速で飛翔するロミの思念の翼はオリオン腕の100光年立方の宇宙を駆け巡った。マリアは時間という概念を失い、ただ光と闇の繰り返すパノラマの中に、まるで1個の天体となって人間という小さな自我も無くしていた。
マリアは南極大陸に一人ぼっちとなった後、氷の塔に侵入してきたヘンリーを通して世界を知ることが出来た。彼は亡霊でありながらケルトの妖精として世界と繋がりを持ち、180年にわたってマリアに世界を見せてきた。
TV受像機も彼が南極ツアーの豪華客船から貰い受けててきたもので、その受像機によって地球上の様々な街や人々を観察することが出来た。
マリアが体験してきた地球上の大自然や、都会の人工物による光の芸術は、今観ている宇宙の光景に比べてなんと小さいことだろうと、思考を超え宇宙の一部として感じることが出来た。
そして今、ロミと共に宇宙空間を飛翔するマリアは、この宇宙の中に父親を乗せた船が旅をしていること、そして間もなくその船に自分が乗ることを夢想した。
だが、生命体を乗せて運ぶ宇宙の船を、ロミたちは探し当てることが出来なかった。
――マリア、探し方を変えるわ。もう一度太陽系に戻って、やり直してみようと思うの、今度は重力に向かって進むので、とっても大変よ、あなた、付いて来てね。
ロミは返事を待たず、12時方向に揺れる亜空間ワームホールのパイプを掴んだ。宇宙の質量、時空を無視した獰猛なワームホールは、まるで原始生命のように蠢いていた。
ロミはそのワームホールの中に入り、思考を止め、心眼を閉じ、その力場に身をゆだねた。
それは一瞬のことだった、ロミとマリアはワームホールに入り込むと同時に、そのワームホールの出口から飛び出した。途方もない距離と時間を所有しているはずの亜空間ワームホールの中を、思考を閉ざしたロミとマリアは、その距離と時間を超えて、瞬時にして通り抜けた。
そして再び心眼を開くと、そこに宇宙船がいた。
巨大な宇宙船は闇の中に留まっていた。眩い星々の輝きが走る宇宙空間の中で、その船のまわりだけ、まるで暗黒ホールのような絶対的な闇が、絶対的な重力に閉ざされていた。
ロミは、目の前にあるその絶対暗黒を前にして、翼を閉じてマリアの心を包み、黄金色の心眼を大きく見開き、その暗黒に浮かぶ巨大な船を鋭く見据えた。
次項 Ⅱ-19に続く
BABYMETALの写真と動画はお借りしています。