西村賢太の「人もいない春」を読んだ! | とんとん・にっき

とんとん・にっき

来るもの拒まず去る者追わず、
日々、駄文を重ねております。


西村賢太の「人もいない春」(角川文庫:平成24(2012)年1月25日初版発行)を読みました。ずいぶん前に買っておいた本ですが、やっと読む順番が巡ってきた、といった感じです。この本は、2010年6月に角川書店から刊行された単行本を文庫化したものです。

本のカバー裏には、以下のようにあります。
小さいころから執念深く、生来の根がまるで歪み根性にできている北町寛多。中卒で家を飛び出して以来、流転の日々を送る寛多は、長い年月を経(た)てても人とうまく付き合うことができない。アルバイト先の上司やそこで出会った大学生、一方的に見初めたウエイトレス、そして唯一同棲をした秋恵・・・。一時の交情を覆し、自ら関係破壊を繰り返す寛多の孤独。芥川賞受賞作「苦役列車」へと連なる破滅型私小説集、待望の文庫化。

目次
人もいない春
二十三夜
悪夢―或いは「閉鎖されたレストランの話」
乞食の糧途
赤い脳漿
昼寝る
解説 南沢奈央

たとえば「人もいない春」のこんなところ、偶然入った日本ハムファイターズと南海ホークスの試合。彼と同い年ぐらいの飲み物を売っていた女の売り子と、やはり同い年ぐらいの男の売り子、二人が観客の少ない外野席スタンドの一角でなにか三言、四言しゃべりあっている姿を目で追います。

貫多はそんな二人の姿を試合から目を離してかたみに眺め、しみじみ羨ましくならなかった。きっと彼女らは昼は普通に学校へゆき、週に一回程度、夕方以降の数時間をそこで小遣い稼ぎしているのであろう。で、このバイト先でごく自然なかたちで知り合うようになった二人はすっかり意気投合した上で、すでにいろいろとうれしいことにもなっているのであろう。すでにいろいろと、気持ちのよいことも行っているのであろう。彼女らは、時や場所に関係なく、さまざまなシチュエーションの中で闊達に、自らの若さを、青春を、十全に謳歌しているのに違いない。貫多はそれが心底から羨ましく、男の方は半殺しの目に遭わせた上でスタンドの外に投げ落とし、女の方は尻の穴まで犯してやりたい程に(したことはないのだが)妬ましくもあったが、しかしこれは妬んでも羨んでも、結句は自分の生活や歪んだ根性が一層惨めったらしく思われるだけの話だった。

そして「人もいない春」の結びは、こうです。
「とりあえず、あすこで二週間ばかし働いて生活を安定させる第一歩としよう。で、少し金を貯めたら、まともな仕事先を探してみよう。ぼくの人生はそこからだ」。彼はまた狂人の独り言みたいに呟いて、完全に自らの心を建て直した気配だったが、しかしながらそれはどこか意気の上りきらぬ、惨めなカラ元気じみたものでもあるようだった。

西村賢太:
1967年7月、東京都江戸川区生れ。中卒。2007年「暗渠の宿」(新潮文庫)で野間文芸新人賞、11年「苦役列車」(新潮社)で芥川賞を受賞。刊行準備中の「藤澤清造全集」
(全五巻別巻二)を個人編編輯。著書に「どうで死ぬ身の一踊り」(講談社文庫)、「二度はゆけぬ町の地図」(角川文庫)、「小銭をかぞえる」(文春文庫)、「廃疾かかえて」「随筆集 一私小説書きの弁」(ともに新潮文庫)、「寒灯」(新潮社)ほか。

過去の関連記事:
西村賢太の「夢魔去りぬ」を読んだ!
西村賢太の「無銭横丁」を読んだ!
西村賢太の「下手に居丈高」を読んだ!
西村賢太の「けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集」を読んだ!
西村賢太の「蠕動で渉れ、汚泥の川を」を読んだ!
西村賢太の「棺に跨る」を読んだ!
西村賢太の「廃疾かかえて」を読んだ!
西村賢太の「暗渠の宿」を読んだ!
西村賢太の「随筆集 一私小説書きの弁」を読んだ!
西村賢太の「小銭をかぞえる」を読んだ (記事なし)
西村賢太の「どうで死ぬ身の一踊り」を読んだ!
西村賢太の「小説にすがりつきたい夜もある」を読んだ!
西村賢太の「寒灯・腐泥の果実」を読んだ!
山下敦弘監督の「苦役列車」を観た!
西村賢太の「歪んだ忌日」を読んだ!
西村賢太の「苦役列車」を読んだ!