佐伯一麦自選短編集「日和山」を読んだ! | とんとん・にっき

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佐伯一麦自選短編集「日和山」(講談社文芸文庫:2014年6月10日第1刷発行)を読みました。


本の帯には、「病と生命、危機と回復。作家の人生と併走し、紡がれ続けた小説世界」とあり、本の裏表紙には、以下のようにあります。


新聞配達の早朝の町で、暗天に閉ざされた北欧の地で、染色家の妻と新たな暮らしを始めた仙台の高台の家で、そして、津波に耐えて残った小高い山の上で――。「私」の実感をないがしろにしない作家のまなざしは常に、「人間が生きていくこと」を見つめ続けた。高校時代の実質的な処女作から、東日本大震災後に書き下ろされた短篇まで、著者自ら選んだ9篇を収録。


僕が読んだ佐伯一麦の著作を年代順に並べてみると、驚いたことに、何らかの「賞」を受賞しています。

1991年「ア・ルース・ボーイ」により第4回三島由紀夫賞を受賞
2004年「鉄塔家族」により第31回大佛次郎賞を受賞
2007年「ノルゲ Norge」により第60回野間文芸賞を受賞
2014年「渡良瀬」により第25回伊藤整文学賞を受賞

そして、今回読んだのは、
2014年「日和山 佐伯一麦自選短篇集」(講談社文芸文庫)


そもそも僕が佐伯一麦の本を最初に読んだのは、仙台在住の知人から「鉄塔家族」(日本経済新聞社:2004年6月25日第1刷)をいただいたことによります。548ページもある本です。どういう理由で「鉄塔家族」をいただくことになったのか、そのあたりは思い出せません。初出が、日本経済新聞夕刊2002年7月29日から2003年11月15日とあります。「鉄塔家族」は2004年に第31回大仏次郎賞を受賞しています。僕が「鉄塔家族」を読んだその時点で、「1984年「木を接ぐ」で海燕新人文学賞、1990年「ショート・サーキット」で野間文芸新人賞、1991年「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞、1996年「遠き山に日は落ちて」で木山捷平文学賞など、数々の文学賞を受賞しており、新聞の連載小説を担当することになったのも、それなりの力量が評価されたからでしょう。


まず、「鉄塔家族」

東北のある地方都市で暮らす小説家・斉木、草木染作家・奈穂と、街のシンボル「鉄塔」の麓で暮らす人たちの平穏な日常には過去の暗い影がつきまとう。しかし、自然に抱かれた生活に見出すささやかな歓びと、お互いに引かれ合う人たちが、彼らの疵を癒し、新たな家族をつくる。


そして、「ノルゲ」

妻の留学に同行するため、ノルウェーに旅立った主人公。北欧の透き通った空気、太陽とともにある季節。さまざまな人びと、そして言葉との出会い。ノルウェーでの一年の体験、その心に映るものを、繊細に、大胆に、編み、織りあわせた希望の再生の物語。


「鉄塔家族」より前にくる「渡良瀬」

茨城県西部の町にある配電盤製造の工業団地。28歳の南條拓は、東京での電気工としてのキャリアを捨て、一工員としてここで働き始めた。昭和の終焉も間近なざわついた空気のなか、葦原の広がる乾いた大地に新天地を求め、妻と3人の幼子を伴い移住してきたのだ。


「渡良瀬」の前にくる「ア・ルース・ボーイ」

loose〔lu:s〕a.(1)緩んだ.(2)ずさんな.(3)だらしのない.…(5)自由な.―英語教師が押した烙印はむしろ少年に生きる勇気を与えた。県下有数の進学校を中退した少年と出産して女子校を退学した少女と生後間もない赤ん坊。三人の暮らしは危うく脆弱なものにみえたが、それは決してママゴトなどではなく、生きることを必死に全うしようとする崇高な人間の営みであった。


こうして佐伯の作品をみると、小説の主人公を佐伯一麦のその時の生活がパラレルなことがわかります。佐伯の小説はいわゆる「私小説」ではありますが、「鉄塔家族」にあるように、「自然に抱かれた生活に見出すささやかな歓びと、お互いに引かれ合う人たちが、彼らの疵を癒し、新たな家族をつくる」歩みを、細密な描写で一作一作描き出します。


saeki

今回の「日和山 佐伯一麦自選短篇集」の特徴的なことをあげれば、もちろん「自選短篇集」だということ、一篇だけ取り上げられた初期の作品「朝の一日」は、文字通りの処女作であり、高校時代の新聞配達の経験を元にした作品だということ、「日和山」は東北大震災以降に書かれたもので、この短篇集のための描き下ろし作品だということ、です。


文庫本の解説で阿部公彦は、以下のように述べています。

言うまでもなく佐伯は現代日本作家を代表する一人で、入念に彫琢されたその文章には比類のない味わいがあるが、代表作や決定版という形で一作だけを取り上げるのにはなじまない書き手でもある。私小説色の強いその作品世界は彼の人生とつねに併走しており、その絶えざる進行感ゆえ、一点のみからその全貌をうかがい知るのは難しい。


阿部は、佐伯は作家としてはさまざまな賞を受賞して高い評価を受け順調に歩みを進めてきた、としながらも、

私生活では波乱の連続でもあった。作家と電気工という二足のわらじを履き、家庭の危機に心身ともに疲弊した時期もあった。深刻な病にも苦しんだ。やがて新しい伴侶との新生活がはじまり、北欧での異国体験もあった。老いていく両親との関係は少しずつ変化し、そしてあの大地震。そのときどきの環境や経験の中で作品はさまざまな形をとり、物語の見せ方は少しずつ変わってきた。・・・本書では作家の生活がひとまず安定を得た1996年の「遠き山に日は落ちて」以降の、全体として「回復」を感じさせる時期の短篇作品に比重が置かれている。


佐伯一麦:

1959年宮城県生まれ。高校卒業前に上京。週刊誌記者、電気工などを経て作家活動に専念。1984年「木を接ぐ」で海燕新人文学賞を受賞。「シュート・サーキット」で野間文芸新人賞、「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞、「遠き山に日は落ちて」で木山捷平文学賞、「鉄塔家族」で大仏次郎賞、「ノルゲ Norge」で野間文芸賞、「還れぬ家」で毎日芸術賞を受賞。他の著書に「雛の棲家」「木の一族」「誰かがそれを」「光の闇」「渡良瀬」ほか、古井由吉氏との共著「往復書簡 言葉の兆し」など多数。


日和山 目次

 朝の一日

 栗の木

 凍土

 川火

 なめし

 青葉木ミミズク

 誰がそれを

 俺

 日和山

著者から読者へ

解説 阿部公彦

年譜

著書目録


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