私がいまここに居る?という事は癌から生還したという事ですが。

 

その病院は当時の郵政省の持ち物だったので、作りはまあまあ。

病室にベッドをギュウギュウに押し込む訳でもなく看護婦さん達にとって大学病院よりは働きやすい職場であったような気がします。

穴場でオレンジ色の煉瓦の外壁もお洒落だったので。

 

キムタク&常盤貴子主演のテレビドラマ「ビューティフルライフ」のロケに後日使用されていたのです。

 

常盤貴子の通う外来は丁度呼吸器外科だったので見ていて、あー俺が通ってる所なんて思ったり

 

病室も大体作りは同じなので俺が寝てた部屋だ~なんて

 

地獄の苦しみも数年経つと忘れてしまうんですね・・・・・

追々過酷な抗癌剤治療について書いていきます、私は24時間×5日連続点滴を3クールやりました。

それだけで治ると信じ込まされていました。(肺真菌症という偽りの告知をされて、薬も真菌を殺す点滴だと知らされていました)医師と家族の相談の結果なのですが

 

入院すると色々な検査が待ち受けているのは前記の通り・・・・


なに!これっと思ったのは、肺まで長い針を刺し込んで細胞組織をもぎり取る検査


小さな検査室に入ってエコーを見ながら主治医D先生が位置確認。


部分麻酔をしたと思うがもう定かでない


「行きますよ~ちょっと我慢して下さい」

恐くてその機械?を直視しなかったが結構な力で胸の上からグイグイ刺し込んでというか

金槌で叩きながら入れてたような気もする


ぼんやり肺に針刺したら穴が開いて死ぬんじゃないかな~?と思ってた

正確には縦隔という肺と肺の間なので、穴が開いてもすぐ塞がるのかも知れませんが、自分が何の病気なのか入院3日目程度では知る由もなく、退院するまで告知もされず・・・・・


血液検査は毎朝6時、土日以外毎日ありました。怖かったです叫び

腕中が針のアザだらになりまた。当時もの凄く痩せていて看護婦さんみんなにいいわ~ドキドキ血管がよく見えてと喜ばれたものでした・・・・・





私が何故今頃思い出したように過去の闘病日記の様な文章を書いているのか?

多分それは自分が生きた証を残したいと思ったからかもしれません。


「東京タワーの見える病室」 とは


私の遺書です。