2022年7月2日、日付が回っているので正確には3日の深夜に書き始めている。
例年にはない短さで梅雨が明けたため予期せぬ早さで真夏を迎えた。
自分にとって近年の夏は毎年地球規模での環境変化を肌で感じて、真剣に向き合おうとすると思わず目を逸らしたくなるような笑えない季節になってしまった。
本来大好きなはずの夏、あまり人には共感されないけどどんなに灼熱な昼間でも夏の街を歩いている時は気持ちがいい。汗だくになっても時々建物の中で休憩したりしながらプラプラできればずっと楽しい。そんな自分が悲しいのはいま目の前にある暑さではない。
"暑くてやってらんねーよ" ではなくて地球環境の変化という世界的な課題に "自分に何ができるか?" という意識の方が強い。
ただ読んでいる人ももうお気づきの通り自分も、そして恐らくこの記事を読んでいる人も一緒だとは思うけど別に僕らは官僚でもなければ世界的な大企業のCEOでもない、いわゆるまんま一般人な自分が直接地球環境変化の進行に大きな影響を起こすことは今の時点ではほぼ不可能だ。
ただ近年の夏のニュースで流れてくる"過去最多"とか"過去最高"、"観測史上最も"などの言葉を耳にする度、そして今読み進めているビルゲイツ著の"地球の未来のために僕が決断したこと"を読んでいる時も、そして何ならこの灼熱の夏の日々を生きていてもそうだけど何の影響力もないふっつーの会社員である自分がそんな現状に対して危機感を覚えて居た堪れなくなっていたりする。
最初に説明しておきたいのはこの記事は"自分の思う温暖化に対する人類より良いアプローチ"のアイデアや今後の展開の想定を書いていくだけであって個人個人が何をどうしようこうしよう!と言ったものとは少し違う。
ただ自分が感じているその危機感を情報とともに発信することで少しでも同じように共感できる人が居ればそれはもう十分であると思うし、こんな記事を長々と書いている理由もそれなんだと思う。
こういったことに対しての意見であったり思惑を強く書き記すときは勘違いのないように自分の思っている意見の詳細を丁寧に書き記すことで何が言いたいのかを勘違いなく理解してもらえるように意識して文章を構成していこうと思う。
現代の人類はエネルギーとテクノロジーをほぼ全ての場面で駆使しながら生きている。使っている、ではなくて実はもうないと生活できない。もっというと最低限の衣食住に4つ目として付け足されるほどのテクノロジー、その存在ありきで2022年の生活は回っている。
そして当たり前にテクノロジーとエネルギーは二つで一つだ。
自分は今有楽町のドトールコーヒーで一人この記事を書いている、文字を打ち込んでいるのはMacBookで店内のエアコンは長時間いると冷えすぎてお腹下すくらい、そこまで行かなくとも自分の家で度々効かせるエアコンも、そして今真上からそのMacBookと自分を照らす電球も、あとはあれもこれもいくらでもウンタラカンタラ。
電車も毎日使う。
自分同様に大都市での人々の生活も、規模の大きな生産、製造業には必ず膨大なエネルギーが付いて回る。
もちろん世界中全ての場所が東京と同じ水準で人口も多くテクノロジーが集中していて激しくエネルギーが消費されているわけではないのでその場所によっては使用量に大きな差が出る。
ただ世界規模で見ても戦争が落ち着いて国民が自分達の生活に注力できるようになってからの世界というのはテクノロジーの進化が目まぐるしく、今この瞬間にもより便利に、そしてより効率的にさせようと日々色んな場所で色んなことが進行している。
その何でもできてしまう世界と引き換えに人類は莫大なエネルギーを生産する必要があり、その燃料の生産が起因して地球の気温が上がってしまっているわけだ。
改まっていうほどのことではないけど現代社会で電力がなくて何ができようか。使うことはもう最前提である。
事前にはっきりと言っておくけれど温暖化の進行を防ぐのはエネルギーを0まで使わなくなることではない、いや単純に地球環境のこと考えたらそうなんだけどそれは人間の社会生活が破綻するのであり得ない、それは痩せるためにダイエットコークに切り替えた。くらいナンセンスな対応策である、いやもはや対応策ですらない。(ただ他の生き物からしたら勝手に発展して勝手に暑くして社会生活が破綻するとか知ったこっちゃねーよな話なんだけれども、まあ、人間って勝手だよなぁとか時々思ってしまうので私)
ただもちろん使わなくていいエネルギーは節約すれば良いと思う、エネルギーってそもそも有限なのだから。
現在地球を気温を日々上げ続けているその原因はもうご存知の通り化学的に証明されている。
ないと生活ができないそのテクノロジー、それらを稼働させるための燃料、その燃料を化石由来で生み出す時に発生するのがいわゆる"温室効果ガス"である。
化学的に言えばその温室効果ガスにはいくつもの種類があるみたいだけどここではまとめて総称する。(細かいこと言うと自分も美味しく食べている牛のゲップなんかにも二酸化炭素より温室効果が高いメタンガスが含まれているらしい、そもそも生産、製造業に温室効果ガスの発生はつきものだ)
テクノロジーが自分たちにとってどれだけ必要か、を別の角度から捉えると"そのままの環境ではもう既に生息が厳しくなってきている”ということが見えてくると思う。
全ての時間、全ての場所でエアコンのない東京の夏を想像してみてほしい。
自分には命の危険のある熱中症でぶっ倒れない自信はない。
人類がエアコンというテクノロジーを使わずとも生息可能な戦前のような環境はもうとっくに終わってしまっていて、今は建物の中など限られたスペースを冷気で冷やす電子機器エアコンありきで毎年の夏を迎えている。
そんな温室効果ガスを発生させない発電方法、いわゆる自然エネルギー(太陽光、水力、風力)が注目されているのは当然で、例えコストをかけてでもなるべく地球に影響のないように努力している企業やそこまで行かなくともできる限りのことをしようとしている人々はもうすでにわんさか存在する。
記憶に新しいのは国連で印象的なスピーチをした少女グレダ(その後自分の敬愛するマララのインスタグラムに登場していたのは個人的に胸熱だった笑)
ただコストの問題以前に自然エネルギーでは生み出せる電力に限りがありすぎて今の時点ではそれだけでは到底人類が使っている量のエネルギーは賄えない。
発電方法以外の対応策で言えば温室効果ガスを吸収する森林、その伐採を制限することやガスを吸収する人口的テクノロジーも存在する、ただ温室効果ガスのプラスマイナス(収支)を0にするには程遠いのが現状。
例えば仮に、人々に地球環境の変化についてをより深く認知させることをゴールとする
正直自分も含め、日々の生活に一生懸命な僕らが目の前の仕事やプライベート、お給料のことや人間関係のことも、これからの進路のことや大切な人との出会いや別れが日々ある中で一見目の前には存在しない温暖化のことにどう意識を注ぐというのだ。
いやマジで正直な感想として人間まず自分の生活を守ることが最優先であると思う、そんな地球規模のことへの関心なんて二の次、三の次、もしくはどうでもいいなんてのは正直当たり前のことであると思う。
自分のようによっぽど興味がなければそんなこたあ一個人がどうこうできるものでもないわけだし。
が、しかしここで自分が強く言っておきたいのは一人一人が注力する必要はないと思っている、もっというと例えば能動的にならなくともその現状がもっと人々に知れわたる仕組みになっていて、そうした上で政府がどうルール設定するのか、巨額の費用が投資された研究がどこまで進むか、結局そこが鍵になってくると思う。
個人的には報道機関が"暑い"という現状だけをたくさん伝えているように思うので、それとセットで必ずなぜそうなってしまったのか、そしてどのような事でそれを抑えられるのかや世界が取り組んでいる現状をより具体的に報道することでももしかしたら少し違ってくるかも、とは思う。
テレビをつけても"動物園のパンダも暑そうです"とかアイスを食べる子供へのインタビューとか現状をひたすら伝えているだけなことが多いのでなんかそこはもっと踏み込んでらいいのにとか思うけど、まあ民放って慈善事業じゃないのでそんな程度なんだろうけど。
法を整備する上で大切なのは国民に納得してもらうことであり、一見マイナスに見えるその政策をなぜそこまでして実施するかなどを知ってもらう必要は当然ある、なぜそれが必要なのか。そのために夏以外にももう少し人々にその現状を知ってもらうことは何かアクションを起こす上では効果的であると思う。
別に自分が何か変化を起こそうなんてことは思っていない、もしマジでやるのなら政治家になるかグレダのような類まれな発信力や頭脳を必要とする。(もちろんそれを諦めているわけではないが、この記事は自分が思うことについてそのまま書いているだけなので自分の今後の関心ついては語らない)
これはコロナの時も思ったけれど個人的には政府主導の行動制限も時には強くあっていいと思っている、なぜそうするのかをしっかりとした根拠に基づいて発信していれば出てくる文句は最小限に抑えられると思っている。
みんなではないけど自分とっての損か得かだけでその政策を捉える人も世の中には多い、自分も含めた地球環境や人類、未来にとっての損か得かを含めて良いことなら人間はみんなで生活しているんだから必要な政策であれば少しの我慢はしょうがないこと。
ここまで散々書いといて結論は他人本意、そこに委ねているように見えるかもしれないがもちろんその人に興味さえあれば個人にもできることはたくさんあると思う。(その影響力は大きくはならないかもしれないが)
かくゆう自分も環境問題に関わる仕事には非常に興味がある、ただじゃあ研究者や国連職員になるんですか?って言われたら困るけれどでもどんな形であれそれには興味がある。
散々いうけれど変な話デカすぎる話ってのは国家レベルで影響力を持つ政府が、世界的な影響力を持つ人物や機関がどう舵を切るかによってほぼ全てが決まってしまうと思う。(その法律を作る政治家を決めるのは日本では国民投票であるわけだけど)
その人たちが一人で何かをするわけではないけれど消費者の全体的な流れを作るのは良くも悪くもやはり政府であるのは事実だ。
個人レベルで出来ると思うことは情報を知る、と言うより現状どうなっているかを知る、知った上で政府やCOPの取り組みへ賛同、協力するなど大きな決定にすぐに乗っかれることは今後の自分ら、地球のために有効的であると思う。
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自分の思いをそのままぶつけたみたいな記事になったけどいいや、すっきりしたんでok、寝ます