セブに来てすぐの頃は慣れてなくて神妙な面持ちで控えめに様子を伺う少年のようだった自分も、留学生活が4ヶ月も経過した頃には完全に慣れきって調子乗りまくっていた。まさにノリノリマサノリだったあの頃。を更に超越しそこから一周回って最早古株の長老的領域に達し始めていた。

 

セブ島語学留学、例えばもっと大学とか高校へのしっかりした留学と違って単に語学学校だから、別に制限があるわけじゃないんだけど留学生の中でも半年って結構MAXの長さだった。

 

いや、まあ他にもいたんだけど滞在期間半年って人に会うと "お、お主も選ばれし猛者ですね?"とか"次々と出会いそして次々と帰っていく人々を見送り自分だけ居残り続けるその経験をこれからあなたもすることになるのです"


とは言うわけないけどそんな心境だった。

 

ノリノリまさのりは次のクラスルームまでの移動で校舎の廊下を歩くときなんかもうマインドだけは一丁前にオレ様。


"お、新入りくんたちだね、とてもフレッシュだ、君らも僕と同じようにこれから色々とここでの留学生活を経験しそして大人になっていくのだよ"的な

 

いやそんなことを実際に口にして歩いていたわけないんだけどあくまで自分の長老的マインドの説明として少しばかり誇張気味に説明をしている。

 

何百人ている学校だったからみんな知らないんだけどさ、なんか古株になってくると入学当時から最新までそれぞれの時期にそれぞれの知り合いがいてなんかどの地層の化石も少しつづは必ず顔馴染みだよ、みたいな。いやなんか変な例えしたな伝わるかないや伝わるだろな。


自分がとてつもなく顔の広い人脈お化けのような気になっていたんだけど今思うと留学先という特殊な環境が生んだただの留学マジックだった。

 

そんな普段では絶対に起こり得ない非現実的な状況が起こり続けたような半年間だった。

 

入学して比較的すぐ、たまたまのタイミングで校内の食堂でお昼一緒に食べたのが日本人女子6人に俺一人という状況で思わず"いやこの状況日本じゃまずあり得ない、マジ家族に報告しようかな"と冗談ぽく口にしたのを覚えている。

 

まあ余裕のよっちゃん俺は今日も授業が終わったら慣れてるから一人でどっかフラフラ出かけるぜー、なんてったっておれは余裕だからな!的な状態にいたことを説明したかった。


さあ、また楽しいだけの留学生活、最初の頃とはまた違った楽しさで余裕ぶっこいて毎日好きなことしながらフラフラと過ごしていた。

 



ユンスンイル。


この一人青年に出会ってからの最後の1ヶ月半の留学生活はというと突然激流の波に合流したかのように目まぐるしく展開していった。


最高な経験と同時に恐ろしく苦い経験もセットになって押し寄せてとにかく一息もつくことのなかったかのような、それくらいまるで忘れられない激動毎日になった。


いやそれはそのユンという青年一人がその全てに影響した。というわけではなくてそいつも含め気づかぬうちに二人してその激流に突入していった。したら他にも色んな人を巻き込んで大きな波になっていった。の方が正しい。


彼に出会ってから毎日は良くも悪くももう人生で2度と経験することがない、というかもう2度と経験しなくてもいいとハッキリそう思える思い出の一ページだ。


普段はあまり開かない古いアルバムみたいに、しまっておいて時々見返すのがちょうどいい。



韓国人の気さくで明るいクラスメイトのエラちゃん。


授業でゲームして負けた人が罰ゲームみたいな高校生みたいなノリは半年間を通してずっとあって、そのエラちゃんと同じだった朝イチのグループクラスもそんな感じだった。


なんか英語の授業ってより朝イチの楽しいレクリエーション息抜きクラスみたいな笑。


だから罰ゲームで音楽に合わせて踊ってみたり、会話で聞き取れなかった言葉に"トッポキ?"って聞き返したり、空気の読めない先生が話の流れで韓国の生徒にあの金正恩に一つだけ質問ができるとしたら何を聞く?なんて聞くもんだから韓国の生徒が回答に困りその場が若干気まずい空気になった時も自分の"What kind of food do you like?"の一言でその場を爆笑の渦に包んだり、なんかおれってば国際的にウケる天才。とか思っちゃったりしてましたはい(その直後には必ずビビンネンミョン!て言ってました)


だから気さくな日本人みたいな感じでエラちゃんとも完全なる校内ヨッ友。


見かければ楽しく冗談を言ったりしていたんだけど。


ある日クラスでエラちゃんが、"私の友達で日本語が話せる韓国人がいるんだけど話してみて!"みたいに言われた時があって、名前も聞いてなかったしなんか軽く"へー、そーなんだー"くらいにしか聞いてなかったからそのまま過ぎ去っていた。


花金、金曜の夜の校舎の一階ロビーはお祭り騒ぎだ。


次の日から全生徒が同じスケジュールで迎えるであろう2連休を前に夜遅くまで外で遊んで門限の時間に帰って来ても熱気冷めやらぬ、と言った感じで多くの生徒が楽しそうに飲みの延長で談笑していた。


おれがバカみたいにサンタクロース〜とか言って袋の飴玉手当たり次第知り合いに配ってる時だった。


エラちゃんの近くから明らかな韓国フェイスの、黒いキャップを被った、短いハーフパンツの青年から流暢な日本語が聞こえた気がした。


エラちゃんが言ってたのあいつだろうな。


続く。






















まず今おれはどこで何をしているかというとオーストラリアのブリスベン空港という空港から近くのブリスベンシティまでおれを連れて行ってくれるair trainの駅のホームにいて、ベンチに腰掛けながらまさにこれを打ち込んでいる。



航空便は全て予定通りと言っていい範囲で動いてくれたため入国の日時に寸分の狂いもなかった。

しかし一つ予定通りいかなかったのは空港までのピックアップだ。理由などは後々の記事で説明するとして今夜直接シェアハウスを訪れることは難しそうだ。最初は空港で寝るかーとか思ってたけどまあせっかくだしシティにでも繰り出してホテル探すかーとか考えてる。

飛んだ災難だ!なんて思っていない、むしろゾクゾクしている。

海外渡航に付き物な小さなトラブルや回り道は旅好きなおれの変態な感性を強く刺激しむしろこの観たことも聞いたこともない何も知らないこと街の不確かな夜が楽しみになってしまっている。

この記事を書き始める前にそもそもなんでそんなところにいるかは時を遡って話そう。とその前にまずはBlogの説明を。


2019年から始めた個人Blogはいま幾つかのシリーズに分けて書き進められている。フィリピンでの半年間の語学留学、しっかりと精神疾患に打ちのめされた20代前半までの日々、あとはその時々で適当に思いついたものを好き勝手書くだけの単発記事を同時進行で書き進めている。ただ超がつくスローペースで。

そして今になってそこにとうとう現在進行形のどうしても書いておくべきストーリーが割り込んできたため過去の回想とリアルタイムな今が入り混じっていよいよカオスになってきたごった煮Blogである。

過去と現在をしっかりと行き来しながら過去を忘れずに、そして現在もたくさん愛せるように、そんな自分が最高な未来を作れるようにここからはリアルタイムなストーリーを一つ紛れ込ませていく。


2022年9月25日、語学留学でフィリピンへ旅立ったのはほとんど4年前、その時はまるで下手くそだった旅行の準備だとか海外渡航も昔に比べたら少しは板についてきた。少しの経験を積んでからは何が必要で何が不要かは何となくはわかるように。

おれは何を間違えたか30にして会社員を辞め人生を全くの異次元角度から切り込んでみようと思いワーキングホリデーvisaにて海外渡航を決めた。ワーホリvisa渡航者のその生活の中身は無数であり無限だ。

ワークvisaであればその目的は仕事、ステューデントvisaであれば基本は学業、そして30までは無敵と称されその要件に難しいものがないほぼ無条件の最強なワーホリvisaは何してもいい。さあどんな生活をしてやろうかと意気込んでいざ出発を。

現地で買って全然間に合う消耗品も以前はバカみたいに詰め込んでいてこのスーツケース痩せ型の小学3年生一人入ってる?くらいにはなってしまっていた、流石に今回はだいぶマシになった。

旅立つ準備はok、最悪予定通り行かなくても要所を抑えておけば海外渡航は安心だ、その要所の中でも最も重要な通貨についてはWISEっていう最強のサービスによって心配する必要はなくなった、自分のみずほのメイン口座とオーストラリアのネット口座を繋げて世界中どこでもスマホアプリ一つで簡単に換金、送金し合えるお手軽サービスだ、しかも特筆すべきはその恐ろしく手軽な手数料、現金の準備は最低限でok、足りなくなったらチャージする想定で給料を得るまでの数週間をすごorz

wiseについての記事になってしまいそうだ。

兎に角ああどうしようと困ることがないように要所を詰めてきたため合計33時間の乗り継ぎも出発前に何の心配もなかった。※実際に空港では追加チャージをしてみたりATMから現金を降ろしてみたりカードで直接非接触会計をしてみたりとそのオプションの全てを試してみた。

そんな心理的余裕もあったため途中乗り継ぎ空港のシドニーでは7時間半のトランジットでオペラハウスの方を少し探索することにした。

と、その前に少し話を戻してチャンギ空港でのトランジットについて話そう。

そもそも合計33時間、合計乗り継ぎ回数2回のフライトを選んだのには訳があった。

乗り継ぎの方がチケットが安いなんてことはもうご存知の人が多いと思う、実は金額以外にもう一つ大きなわけがあって単純に空港で何時間も滞在して待つトランジットってやつをやってみたかった。

ターミナルって映画、あの映画ほんとに好きなんだけどあれ観てから空港に長時間滞在しながら過ごすことにどこかで憧れを持っていた。

それでいてチャンギ空港を知る友人から話を聞いたりしたらもう楽しみで仕方なかった。4人くらいからチャンギの乗り継ぎは楽しいなんて聞いたからもうベストチョイスでしかない。

結果チャンギ空港での滞在は確かに楽しかった、てか空港の規模とか乗り継ぎエリアが広すぎてなんなら絶対退屈しない、海外のデカいショッピングモールにいる気分だった。








到着後すぐ取り敢えずのチキンバーガーを食べて後は関係のないターミナルまであれこれと歩いて探索した。自分の降りたエリアよりも更に充実したショップ/レストランエリアではシンガポールの屋台飯を再現したフードコートエリアやフリーのシアター、あとはもちろん有料だけど屋外プールとか、世界的ハイブランドの店が乱立して夜通しで営業していたり、そこには出発した成田とは比べ物にならない楽しさがあった。0時を過ぎてからもiPhoneのお店とかadidasとか営業してて眠らない街みたいだったな。

成田なんて朝7時以降ですら全てのレストランやってなくて送ってくれた両親と3人でローソン飯、多分親と一緒の時にコンビニでご飯済ませたの初めてなんじゃないかと思う、まあそもそもチャンギとは利用者重要も比べ物にならないんだろうけど。

大手航空会社を使うようなお金持ちさん達は豪華なラウンジで優雅に寛ぐことも、そんなファンシーなラウンジを横目に巨大なターミナル内をグイグイ歩いた。

スーツケースを預けているとはいえ背中にMacBookの入ったバックパック、手には5冊の本が入った紙袋を持ちながらある程度しっかり疲れるくらいには冒険。

屋台エリアで得体の知れない麺を頼んだら臭みも癖も強いチャレンジ飯だったり、ある程度気が済んだ時にはスマホの充電も10%を切っていた、チャージできる休憩スペースで出国の数日前に購入したマルチポートアダプタが活躍した、3つのデバイスを同時充電しながらメイウェザーと朝倉未来の試合結果に酔狂していた。

靴を脱いでソファに足を上げスマホをいじっているとその時間はまるで自分がトランジット上級者にでもなったような気分だった。

てかスマホも自分も疲れた。休憩で少し回復すると気持ち程度の余った時間でyoutubeで英語リスニング、歯磨きしてさあ次のフライトへ。

チャンギでこれだけ書いてしまうと一向に進まない気がするので今回はここで強制終了、次はシドニーでの観光のことちゃんも書きます。

成田→
チャンギ(シンガポール)今ここ!→
シドニー→
ブリスベン

ひよこひよこ🐣🐤🐥





2022年9月24日土曜日、明日はワーキングホリデービザによる海外渡航のフライトが予定されていて、もうこれから数年間向こうで暮らし始めるその前日だってのに今日もいつも通りに色んな思考がおれの頭の中をグルグルと駆け巡っている。


普段は当たり前に出来ている事やついこの間まで当たり前に出来ていたことを頭で考えてやろうとすると上手く出来なくなる。

例えば歩行や呼吸のように大体の人たちが無意識レベルで当たり前に行なっていることに意識を向けて頭で考えてやろうとするとどうしても不自然になってしまうあれ、なんだろ、前まで上手く出来たんだけどなってことなんて山ほどある。

もちろん人はみんなそう、もう俺たちはそういう生き物なんだってことを受け入れるところまではきた、自分の思考の現在地はそれを受け入れた上でどう上手く発動させないか、または発動したと気づいた時にどう向き合うのがベストか。ってところで色々とまた考えてる。

いやーほんとに、自分の人間としてのスペックだとかそんな物は昨日と何一つ変わらないのにそんな理由で突然スムーズに行かなくなることがある、生きている時間の経過とともに知識も経験も積み重なっていくと仮定してそれでも昔の方が全然上手くできていたのに、とか。もっと言うと昨日は上手くできたのにとか、いやーわかると思うけどとても悔しい気持ちになる。

ただそこで"なんでなんだ!?"って突き詰めることをしなくなった。

何故ならさっき言ったように人とはそう言うもんなんだから、なんならその感じが人間味あって周りからのサポートを生んだり関係性を育んだりする。

完璧にロボットみたいに一度やらかしたミスをもう生涯において侵さない。なんて友達いないだろそんな奴とか思ってしまう。

だから受け入れてる。その場であー悔しい、意識した瞬間スムーズにいかない!とかなってもそんなんは"あーおれだおれだ、しゃーない"って思う。

ただそーなった上で更に一枚上手に行くにはそこを早いところ切り離して何食わぬ顔で変わらずに日々に取り組みに戻ったりそれをキッカケとして他のところまで氾濫を起こさないことだ。

昔よりは全然できるようになった、てかそんな自分に気づいたら途中で考えるのをやめてYouTubeで好きな漫才師検索してケラケラ笑って寝るってことができるようになった。

安定した。

突き詰めてもしょーがない事ってのはある。自分のやらかしたミスも相手の読めない気持ちも白か黒か迷宮入りした問題も。

そこでグッと堪えてその日限りに終わらせたらいつか消滅するんだから、ブログにでも吐き出してぶつけると消化されたり。

違う記事でも書いたんだけど本当にここは俺の掃き溜め、時としてリハビリ施設、時として自分という人間を他に主張するための発信ツールとして機能している。

全部兼ねてる。



ここからは更に超絶上手な超人がやっているであろう事。

メイウェザーって最近話題だけどさ、あの人見てると思う、誰も追いつけないくらい猛烈に練習して完璧に仕上げてから試合挑んだら少しのことではビクともしなくなるんだなって。

メイウェザーは5階級制覇王者であり、50戦無敗のまま現役を引退した世界最強のボクサーのうちの一人。彼の言葉には幾つもの有名な言葉があるんだけど、その一つに聞いてから強く離れない言葉がある。

"お前らが休んでいる時、俺は練習している。
お前らが寝ている時、俺は練習している。
お前らが練習している時は、もちろんおれも練習しているさ"

あの人のあの自信や立ち振る舞いは無知や無鉄砲の世間知らずの自信と違って明確に裏付けされた巨大な何トンもの岩のような自信だ。

無知や無鉄砲の自信てのは少しやられると中身スッカスカだから、いきなり0になってしまう。

おれが実際に彼のようにそれをやるかどうか、やりたいかどうかはまた話が違う、でもそこまでの鉄壁の崩れない自信や実力は努力に裏付けられているという事実を僕らは知らなければいけない。

もし彼のしてきた努力を少しでも耳にしたなら彼が凄まじい金持ちである事やスーパーアスリートであることをそのまま羨ましがることは出来ない。

最初の話に戻るけどおれがその時のコンディションや頭で考えたり意識し過ぎてしまったことによって少し上手くいかなかったと感じるそれをどうにかしたいのなら、そうなってしまった後のマインドセットへのアプローチも当たり前に必要なんだけどそんな事あってもへっちゃらなくらい、なんならそもそもそんな上手く行かないとすら思わなくなるような根本的解決策はメイウェザー方式の他にないんだと思う。

事象を起こさなくさせるのではなく、事象に対して動じなくなるくらい、自信失くす方が困難ってくらい努力と準備を積み重ねる他にないんだと思う。

今のおれがそれを出来るとかじゃなくて、自分にできる限りの努力をしてまだその先に手を伸ばそうと思うなら、こうして記事化でもして自分の意識の根底に刷り込んでいく。

大きな山を作る日々の積み重ねなんですわ。

登ったら神様が素敵なご褒美をくれるんだって。

それはそうと今日は職場に寄ってきた、話したかった人たちと会えた素敵な1日でした。

ふふふ。

ひよこひよこ🐣🐤🐥

 

 

今でも忘れはしない2018年6月の日商簿記検定2級本試験の日。

 

勉強を開始したその日から9ヶ月かけて一発合格目指しながら毎日電卓叩いてきたんだからそりゃ当然落ちるわけにはいかない、なんせ落ちたら楽しみにしてる留学行かせてもらえないんだから。

 

ただこんなことあんま声を大に言えないけど資格としては別にハイレベルな物ではない、だって9ヶ月の勉強期間なんだから。

 

難関大学行くために朝から晩まで勉強してる学生たちとか医学とか法律とか、同じ数字系でも会計士とか当然そんな物ではないけど、対人恐怖症とか妄想の症状で高校やめてから7年も家にいた身からすると十分にしっかりとした勉強だったことは間違えない。

 

そんな自分が試験中に心が折れそうになって焦ったのはその問題の大体を解き終わった頃、取り敢えず一通り自分の回答を見返すと大きな5つの設問の内の一つを勘違いして解いていることに気付いた。

 

そのセクションはそれが丸ごと一つの大きな問題になっていて一つの表に順に計算した解答を一つ一つ埋めていく物だった。

 

だからどこか一箇所でも狂い始めるとその箇所以降の解答が芋づる式に全て狂う仕組みになっているという巻き返しが図れない少し怖い設問だった。

 

逆にそのステップさえ狂わさなければ難しくなってくる後半部分までは綺麗に連なって点数を稼げる美味しい場所でもあった、だからそれ次第で天国か地獄か、ハイリスクハイリターンな設問であったことは間違えない。

 

解いていく途中のだいぶ序盤、何かの拍子でどこかをすっ飛ばし稼げるはずの問題をボタンのかけ違いのように一つずつズレた状態で解答し大部分を間違って解答していた。

 

一回は終わったとハッキリそう思った。

 

難易度的に解き直せないのではなく問題なのは残り時間だった。

 

いい感じに解き終わって"難しくて解けない箇所もあったけど自己採点では一応合格ライン取れてるはず!あとは見直しや"くらいに思っていた自分の背筋が凍った。

 

イヤイヤやばいやばい、リアルに落ちる説出てきた、とか思って諦めスイッチがオンになりかけた、残り時間的に猛烈な勢いで解き直すか諦めるかがこれまたなんとも言えない絶妙な残り時間で一瞬そんな発想に至った。

 

ただ結局そんなの一択だった。

 

冷静になって考えてみれば可能性が0になるか0〜になるかの選択なんてほんとは愚問なはずだし、ただちょっと流石に焦っていたんだと思う。

 

スイッチを入れ直した。

 

実はそんな状況でもがき始めたまた別の大きな要因の一つに塾の担当講師のいくつもの印象的な言葉があった。

 

一つ前の記事でも書いたように普段の授業から本試験対策まで本当にわかりやすく、そして綺麗事だけを並べずにハッキリと本当のことを教えてくれる先生だった。

 

どのように勉強していくか、本試験をどのように解くか、本試験中もうダメかもしれないと思った状況でどう考えるかまでその術の全部を授業内で説いてくれた。

 

具体的に自分の例と過去の例を出しながら真に有効的なアドバイスをこっちの気持ちも汲み取りながら猿でもわかるように説明してくれた。教壇では教室全体に向けて"例えば正直こんな人はハッキリ言って難しいです、そこで褒めて受かってくれるのならいくらでも褒めます、ですが受かるためには受かるための準備をしっかりしてほしいんです"と熱を込めて言ってくれた。

 

試験に対してのこっちからの質問が出て来なくなるほど、大事なことは全て先に伝えてくれていた。

 

今思うとあんなに優秀な人、まさにプロだ。そうハッキリ思える資格講師であった思う。

 

まあ褒め言葉なんで、塾の名前言っちゃいますけど当時2018年の池袋TAC、簿記検定3〜2級の担当講師だった、個人的なコミュニケーションなんてほぼ取らなかったけど今でも本当に感謝してる。

 

実際にその人の言っていた状況と丸々同じような状況に陥った時、一瞬焦ったのにペンを止めずにできる限り巻き返そうと思えたのは授業中の印象的な言葉の刷り込みがあったお陰だ。

 

正確な記憶ではないんだけど最後の十数分だったと思う、ギアを一気に上げて急いで解いた。試験が終わるまさにその瞬間まで、結果どこまでだか分からないけど点数を少しは巻き返せた。はず。

 

終わってみてそのまま感じたこと言うとちゃんと巻き返せたところもあったせいか"いやー今回のはほんとに分からん、受かっててもおかしくないし落ちててもおかしくない"だった。

 

要は過去問数年分やってみて合格ラインに到達した年がちょうど半分、打率5割だったのと同じ、最後頑張ってみた結果受かっててもおかしくないなって思えるとこまでは巻き返せた。

 

あとはもう神のみぞ知る、結果が出るまでの間心配してソワソワすることなんてスーパー無駄なの本能レベルで理解してたからその2週間くらいの間は単発でバイト入れてみたり友達と会ってみたり自由気ままに過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

というより合否で変わってくるその進路を結果が出る前に具体的に計画し始めるわけにも行かず、あくまでニュートラルにフワフワと浮いていた。

 

初夏のその2週間は穏やかに、そしてゆっくりと流れていった。

 

簿記の試験、受かってたらいいなぁ。

 

続く。



2022年7月2日、日付が回っているので正確には3日の深夜に書き始めている。

 

例年にはない短さで梅雨が明けたため予期せぬ早さで真夏を迎えた。

 

自分にとって近年の夏は毎年地球規模での環境変化を肌で感じて、真剣に向き合おうとすると思わず目を逸らしたくなるような笑えない季節になってしまった。


本来大好きなはずの夏、あまり人には共感されないけどどんなに灼熱な昼間でも夏の街を歩いている時は気持ちがいい。汗だくになっても時々建物の中で休憩したりしながらプラプラできればずっと楽しい。そんな自分が悲しいのはいま目の前にある暑さではない。

 

 "暑くてやってらんねーよ" ではなくて地球環境の変化という世界的な課題に "自分に何ができるか?" という意識の方が強い。

 


ただ読んでいる人ももうお気づきの通り自分も、そして恐らくこの記事を読んでいる人も一緒だとは思うけど別に僕らは官僚でもなければ世界的な大企業のCEOでもない、いわゆるまんま一般人な自分が直接地球環境変化の進行に大きな影響を起こすことは今の時点ではほぼ不可能だ。

 

ただ近年の夏のニュースで流れてくる"過去最多"とか"過去最高"、"観測史上最も"などの言葉を耳にする度、そして今読み進めているビルゲイツ著の"地球の未来のために僕が決断したこと"を読んでいる時も、そして何ならこの灼熱の夏の日々を生きていてもそうだけど何の影響力もないふっつーの会社員である自分がそんな現状に対して危機感を覚えて居た堪れなくなっていたりする。

 

最初に説明しておきたいのはこの記事は"自分の思う温暖化に対する人類より良いアプローチ"のアイデアや今後の展開の想定を書いていくだけであって個人個人が何をどうしようこうしよう!と言ったものとは少し違う。

 

ただ自分が感じているその危機感を情報とともに発信することで少しでも同じように共感できる人が居ればそれはもう十分であると思うし、こんな記事を長々と書いている理由もそれなんだと思う。

 

こういったことに対しての意見であったり思惑を強く書き記すときは勘違いのないように自分の思っている意見の詳細を丁寧に書き記すことで何が言いたいのかを勘違いなく理解してもらえるように意識して文章を構成していこうと思う。

 


 

  • -現在の地球

現代の人類はエネルギーとテクノロジーをほぼ全ての場面で駆使しながら生きている。使っている、ではなくて実はもうないと生活できない。もっというと最低限の衣食住に4つ目として付け足されるほどのテクノロジー、その存在ありきで2022年の生活は回っている。

 

そして当たり前にテクノロジーとエネルギーは二つで一つだ。

 

自分は今有楽町のドトールコーヒーで一人この記事を書いている、文字を打ち込んでいるのはMacBookで店内のエアコンは長時間いると冷えすぎてお腹下すくらい、そこまで行かなくとも自分の家で度々効かせるエアコンも、そして今真上からそのMacBookと自分を照らす電球も、あとはあれもこれもいくらでもウンタラカンタラ。

 

電車も毎日使う。


自分同様に大都市での人々の生活も、規模の大きな生産、製造業には必ず膨大なエネルギーが付いて回る。


もちろん世界中全ての場所が東京と同じ水準で人口も多くテクノロジーが集中していて激しくエネルギーが消費されているわけではないのでその場所によっては使用量に大きな差が出る。


ただ世界規模で見ても戦争が落ち着いて国民が自分達の生活に注力できるようになってからの世界というのはテクノロジーの進化が目まぐるしく、今この瞬間にもより便利に、そしてより効率的にさせようと日々色んな場所で色んなことが進行している。


その何でもできてしまう世界と引き換えに人類は莫大なエネルギーを生産する必要があり、その燃料の生産が起因して地球の気温が上がってしまっているわけだ。

 

改まっていうほどのことではないけど現代社会で電力がなくて何ができようか。使うことはもう最前提である。

 

事前にはっきりと言っておくけれど温暖化の進行を防ぐのはエネルギーを0まで使わなくなることではない、いや単純に地球環境のこと考えたらそうなんだけどそれは人間の社会生活が破綻するのであり得ない、それは痩せるためにダイエットコークに切り替えた。くらいナンセンスな対応策である、いやもはや対応策ですらない。(ただ他の生き物からしたら勝手に発展して勝手に暑くして社会生活が破綻するとか知ったこっちゃねーよな話なんだけれども、まあ、人間って勝手だよなぁとか時々思ってしまうので私)

 

ただもちろん使わなくていいエネルギーは節約すれば良いと思う、エネルギーってそもそも有限なのだから。

 

現在地球を気温を日々上げ続けているその原因はもうご存知の通り化学的に証明されている。

 

ないと生活ができないそのテクノロジー、それらを稼働させるための燃料、その燃料を化石由来で生み出す時に発生するのがいわゆる"温室効果ガス"である。

 

化学的に言えばその温室効果ガスにはいくつもの種類があるみたいだけどここではまとめて総称する。(細かいこと言うと自分も美味しく食べている牛のゲップなんかにも二酸化炭素より温室効果が高いメタンガスが含まれているらしい、そもそも生産、製造業に温室効果ガスの発生はつきものだ)

 

テクノロジーが自分たちにとってどれだけ必要か、を別の角度から捉えると"そのままの環境ではもう既に生息が厳しくなってきている”ということが見えてくると思う。

 

全ての時間、全ての場所でエアコンのない東京の夏を想像してみてほしい。

 

自分には命の危険のある熱中症でぶっ倒れない自信はない。

 

人類がエアコンというテクノロジーを使わずとも生息可能な戦前のような環境はもうとっくに終わってしまっていて、今は建物の中など限られたスペースを冷気で冷やす電子機器エアコンありきで毎年の夏を迎えている。

 


 

  • -発電方法、そして発信者たち

そんな温室効果ガスを発生させない発電方法、いわゆる自然エネルギー(太陽光、水力、風力)が注目されているのは当然で、例えコストをかけてでもなるべく地球に影響のないように努力している企業やそこまで行かなくともできる限りのことをしようとしている人々はもうすでにわんさか存在する。

 

記憶に新しいのは国連で印象的なスピーチをした少女グレダ(その後自分の敬愛するマララのインスタグラムに登場していたのは個人的に胸熱だった笑)

 

ただコストの問題以前に自然エネルギーでは生み出せる電力に限りがありすぎて今の時点ではそれだけでは到底人類が使っている量のエネルギーは賄えない。

 

発電方法以外の対応策で言えば温室効果ガスを吸収する森林、その伐採を制限することやガスを吸収する人口的テクノロジーも存在する、ただ温室効果ガスのプラスマイナス(収支)を0にするには程遠いのが現状。

 


 

  • -人々の意識、そしてどのように変化が生まれるのか

例えば仮に、人々に地球環境の変化についてをより深く認知させることをゴールとする

 

正直自分も含め、日々の生活に一生懸命な僕らが目の前の仕事やプライベート、お給料のことや人間関係のことも、これからの進路のことや大切な人との出会いや別れが日々ある中で一見目の前には存在しない温暖化のことにどう意識を注ぐというのだ。

 

いやマジで正直な感想として人間まず自分の生活を守ることが最優先であると思う、そんな地球規模のことへの関心なんて二の次、三の次、もしくはどうでもいいなんてのは正直当たり前のことであると思う。

 

自分のようによっぽど興味がなければそんなこたあ一個人がどうこうできるものでもないわけだし。

 

が、しかしここで自分が強く言っておきたいのは一人一人が注力する必要はないと思っている、もっというと例えば能動的にならなくともその現状がもっと人々に知れわたる仕組みになっていて、そうした上で政府がどうルール設定するのか、巨額の費用が投資された研究がどこまで進むか、結局そこが鍵になってくると思う。


個人的には報道機関が"暑い"という現状だけをたくさん伝えているように思うので、それとセットで必ずなぜそうなってしまったのか、そしてどのような事でそれを抑えられるのかや世界が取り組んでいる現状をより具体的に報道することでももしかしたら少し違ってくるかも、とは思う。


テレビをつけても"動物園のパンダも暑そうです"とかアイスを食べる子供へのインタビューとか現状をひたすら伝えているだけなことが多いのでなんかそこはもっと踏み込んでらいいのにとか思うけど、まあ民放って慈善事業じゃないのでそんな程度なんだろうけど。

 

法を整備する上で大切なのは国民に納得してもらうことであり、一見マイナスに見えるその政策をなぜそこまでして実施するかなどを知ってもらう必要は当然ある、なぜそれが必要なのか。そのために夏以外にももう少し人々にその現状を知ってもらうことは何かアクションを起こす上では効果的であると思う。

 

別に自分が何か変化を起こそうなんてことは思っていない、もしマジでやるのなら政治家になるかグレダのような類まれな発信力や頭脳を必要とする。(もちろんそれを諦めているわけではないが、この記事は自分が思うことについてそのまま書いているだけなので自分の今後の関心ついては語らない)

 

これはコロナの時も思ったけれど個人的には政府主導の行動制限も時には強くあっていいと思っている、なぜそうするのかをしっかりとした根拠に基づいて発信していれば出てくる文句は最小限に抑えられると思っている。

 

みんなではないけど自分とっての損か得かだけでその政策を捉える人も世の中には多い、自分も含めた地球環境や人類、未来にとっての損か得かを含めて良いことなら人間はみんなで生活しているんだから必要な政策であれば少しの我慢はしょうがないこと。




  • 個人レベルでの戯言

ここまで散々書いといて結論は他人本意、そこに委ねているように見えるかもしれないがもちろんその人に興味さえあれば個人にもできることはたくさんあると思う。(その影響力は大きくはならないかもしれないが)

 

かくゆう自分も環境問題に関わる仕事には非常に興味がある、ただじゃあ研究者や国連職員になるんですか?って言われたら困るけれどでもどんな形であれそれには興味がある。

 

散々いうけれど変な話デカすぎる話ってのは国家レベルで影響力を持つ政府が、世界的な影響力を持つ人物や機関がどう舵を切るかによってほぼ全てが決まってしまうと思う。(その法律を作る政治家を決めるのは日本では国民投票であるわけだけど)

 

その人たちが一人で何かをするわけではないけれど消費者の全体的な流れを作るのは良くも悪くもやはり政府であるのは事実だ。

 

個人レベルで出来ると思うことは情報を知る、と言うより現状どうなっているかを知る、知った上で政府やCOPの取り組みへ賛同、協力するなど大きな決定にすぐに乗っかれることは今後の自分ら、地球のために有効的であると思う。

 


 

自分の思いをそのままぶつけたみたいな記事になったけどいいや、すっきりしたんでok、寝ます