自分はここ4-5年で間違えなく対人関係における大きな心境の変化があった。


ひと昔前の自分てのは一方的な暑苦しさを持っていてなんか情熱的、誰でもかまわず仲良く話そうとしていて、その様はまるで擦れていない田舎の少年、ご近所さんが困ってたら当然助けます!みたいな


職場に入ってきた新入りの人たちは当時の俺と同じく不安なんだからおれが助けてあげなきゃ!


イジメは絶対にゆるさねぇ!新人は誰であれ当たり前にコミュニティに誘ってやるんだ!居場所を作ってやるのが普通だろ!だって同じ職場なんだぜ!みんなで仲良くしようぜ!って感じ


ピュアで暑苦しくてモテない少年


全然求められてないのに張り切ってしまう


そんなんがさ、東京の社会でさ、東京みたいな義理人情が希薄な地域でさ、よー真剣にそんなこと思ってたよな


奇跡だ、生けるピーターパンだ、


今は至って普通


無理して感覚の違う人と関わらないし、気が合う人とか話しやすい人だけ頻繁に話す、タイプの違う人はお互いに興味がない、仕事をする上で問題がなければok


なんかとても大人って感じ、そして快適


意識せず自然に変わってきた事だけれど、むしろ世間の多くの大人たちの感覚と似通ってきたのだろうか


あんまり不特定多数の人間とむやみやたらに仲良くなろうとしてみたり話そうとしてみたりすることがなくなった


なんかさ、イメージですよ?あくまで


地方で会社経営してて社員にも愛されている、そこではお山の大将でとにかく気前のいい社長のおっちゃんってそんなイメージあるんだよな


地域との繋がりも深くて慕われていて稼いでるのにマインドがまるで少年のよう





人って変わりますね


自然に仲良くなっていく人間以外への興味がない


いやー楽だ、楽だっていうか本来の自分のままで背伸びしない生き方


無理にこじ開けようとしない


そう言ったことを恥ずかしながら20代中盤の時には出来なかった


いや、言い訳をさせていただきたい


多分高校辞めて以来社会と関わらずほぼピーターパンのまま27で初めて就職したんだけどその時ってきっと精神年齢16歳って感じ


なんか、変なおじさん


色んな人にオタクの小学生みたいに興味持って質問しまくったり3割くらいやんわり失礼なこと言ってたり、誰に対しても警戒心を抱かずキラキラと目を輝かせていた童貞のおっさん


そんなことずっとやってらんなかったわ


ふと思った


今後はやりたいことだけする


以上。


  






















音楽。


何年も、日々出勤しては退勤して、それを何回も何回も繰り返していずれ何の変哲もない日常になって

ごくごく普通に一般的な社会人ってやつをやってきた。


10代の頃塾の帰り道で聴いたBUMPは毎回鳥肌がたっていたんじゃないかってくらい自分の感性を揺さぶっていたんだけれど、一度大人になってしまえばその生活は考えるべき山積みの優先事項や課題で追われていて真っ直ぐにピュアな気持ちで、いわば真っ白なキャンバスの状態で音楽を楽しむことは出来ていない。


いや多分音楽を楽しむこと自体はできるんだけれど揺さぶられる強さが子供の時のそれとは違う。


実はつい6〜7年くらいまでそんな風に音楽を聴けていた気がする。


当時は曲聴いて突然跳ね上がったその溢れ出す衝動が抑えきれずどこかにそれを吐き出したくなってその気持ちをまんまブログに書き殴った。


ほんとに、ほんとに幸せだった。


とても安上がりな幸せだったんだけれどどんな幸せより幸せだった。


今は小さく楽しむ。


文字通りの嗜好品、生活のアクセサリ、単なる趣味。


当時はドラッグ、モチベーションの大部分、ワクワクさせる夢、気持ちのスイッチ。


普段は忘れているんだけど、今日は仕事終わりの帰り道、電車の中YouTubeで車輪の唄のライブ動画観てしまって変なスイッチが入ってしまった。


その勢いのままアプリ開いて指動かして気持ちそのままに言語化。


泣いちゃうよ、こんな、人生で一番聴いてきた曲。


すっごい久しぶりにギター練習したくなった。


ずっと優先事項に浮上してこなかった音楽。


エモいね。


今の生活の中でエネルギー注ぐ比率入れ替えてみようかな。


一瞬で中学生に戻されてしまった。


さ、明日もまた仕事だ、がんばろう。









先日誕生日を迎え34と化した


ここ一、二年、自分は昔よく年上の大人たちが口にしていた “30代からやってくる体の衰え” みたいなものを一つ一つを順当にクリアしていってる


そんな運動後に一日空けてやってくる筋肉痛や肌の衰えなど絶対に他人が気にならない程度の年齢の衰えを感じながらもいわゆる世間一般的な、30代の多くがそう過ごすであろう一般的な社会生活をこなす大人になってしまった


ちょうど10年前アルバイトで社会復帰し始めた時の自分はゴリゴリに対人恐怖症を抱えたままで、同世代の健全な若者たちに対する強い憧れや羨望を抱えたまま大量の不安とニートを卒業したいというほんの少しの淡い期待を抱いたまま働き始めてた


バイトに週三日通えるだけでその充実感は凄まじく、日々少しづつ人が怖く無くなっていくフェーズなんかは本当に目をキラキラと輝かせていた


いつかは彼女ってやつも欲しいな、オラ手を繋いでみてえ、みたいな


あと一人暮らしや勉強もしてみてえ、おら自分の稼いだ金で誰かにご飯ご馳走してみてえんだ!的な



いやこれ大袈裟じゃなくまじでそこからスタートしてるんだけれど、その当時はとにかく一般的な社会生活が少しずつこなせるようになっていく日々が楽しくて楽しくて、もうそれだけでお腹いっぱいで幸せだった


地の底を突き抜けて更にその下まで落ち込んだ自己肯定感もその活動ステージに応じて上昇していった


ただその頃から周りがやっていないような突飛なことをするのは好きだったけど


27で就職して一般的な社会生活、いわゆる会社員としてその与えられた業務に一生懸命従事することや自分自身で生活をしていくことが板についてから数年、突然思い立ったかのように会社辞めてワーホリで2年、帰国してまた会社員に戻って同じ生活を2年弱、そんな感じで何周かした上で34と化した現在、バイト始めた頃のような一般的な社会生活に対する憧れは当然消え普通に生活をしている自分がいる


結婚とかそういうのはまた別の話だけれど、自分の人生における最大の正解は昔のまま、少なくとも自分の周りの人間は誰もやっていないことをする。突飛であればあるほどワクワクするしモチベーションが上がる、それを燃料に稼働することが理想なんだけれどそれはすなわち実行すればするほど社会から逸脱していくということでもある


変人を強く望んでいる、にも関わらず会社員として日々アリさんのように真面目に働き今のところ突き抜けた変人にはなれていない


現実問題、今現在の自分は一般企業で働くことが大正解だ、だし誤解しないでいただきたいのはいつまでもピーターパンとして夢みがちな独身おじさんでいるつもりもないしそこには必ず安定した生活基盤が必要であり、それを超えて何か突飛なことをするつもりは毛頭ない


絶対にない


ただそれと同時に今感じている “普通” を続けるつもりも毛頭ない


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二兎を追うこと。


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すると気付かぬうちに所属する環境に影響を受け行動や思考がそこに寄ってい、とか思ったんだけど自分でこれ書きながら途中でそれは嘘だなって思いました、思ったんで訂正します。


所属しても自分個人の思考が寄ることはないけど、求められることを一生懸命頑張ると結果仕事に関する意識的な行動は一般社会に寄ってしまうことになる


面白いか面白くないかでいうと面白くない、全てのケースではないんだろうけど安定的で一般的な社会生活 vs 突飛で不安定、それでもワクワクするような独自世界はきっと初めの頃は完全にトレードオフで、どちらか片方を先に失うつもりでいないと最終的には得られる可能性のあるその二兎を追えないという答えに辿り着く


数々の精神疾患を巧みに使いこなしニートととして睡眠と散歩を担当しながら社会復帰を望んでいた自分


社会復帰してから徐々に一般的な都内在住会社員男性に近づき最早辿りつきそれから暫く経った自分


喉から手が出るほど渇望していた自分は手に入ってしまった


また突然ワーホリに行くようなことはしない、あれは30代ラストチャンスの目標として失うものがない自分の取るべき選択だった


目標があったのだけれどとはいえ突然フリーター化してオーストラリアで職場を半年ごとには転々


今は、現在の生活を大きく失わないまま新しいことを開拓していくフェーズだ


数年単位で金を貯めて数百万単位で自分に投資をしなければ


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どこかへ行きたい


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20代のような挑戦の仕方はできないけれど、30代なら30代なりの挑戦方法があるのは間違えない


マンネリは許さない、ここに関しては例え爺さんと呼ばれる年齢になっても真剣に向き合っていたい


ずっと楽しい人生、ずっと楽しい毎日は無理でもそっちならいけると思っている、少し長期的にみたときに楽しくいることはできる


新しい景色や世界を手に入れるための努力が少しづつ実り始め、実際にその望んでいた世界に徐々に入り込んでいくフェーズは生きる醍醐味ではないかと思う


社会復帰し始めた頃のキラキラしていた自分が一番よく知っている感覚、週に数回のアルバイト、彼女もできたことない、健康な高卒として元気に働く25歳のアルバイターワタナベが、今より全然何も持っていなかった頃の自分が感じた幸福度は異様だった


そしてその幸福度が今現在何をどれだけ持っているかという事実には全く関与せず発生するというのがまた面白い


望んでいたステージに時間をかけて上がっていく幸せは、上がった事実だけが起こしてくれるわけでその出発ステージを問わないという


その事実が自分に “どこかへ行きたい”と強く思わせてくれる起爆剤になっている


将来的に辿り着きたい場所へ向かうための日々を34になった自分がまた改めて言語化することによってその気持ちを再確認し、年齢とともに変化していく体とは裏腹にギアチェンジしていくためのおっぱい


間違えた


決意。




















自分の書いてきた記事を時々読み返す時があるんだけど、年数が経てば経つほどその時の自分の記事が恥ずかしいことになっている


人間てやつは面白い、当時感じたことやその状況を生々しく書いてある記事を読んでいるとその感性や考え方が経過する時間や環境と共に常に変わり続けていることがハッキリと伺える


記事前半の何年間かの自分はあまりにも情熱的に人と向き合っていた、あと普通に痛い、文章から溢れ出る自称物語の主人公感が否めない、


当時出来上がった記事を読み返した時には決まって自分はまた最高な記事を書き上げてしまった。という感想がほとんどだったのに数年後に読み返すととても恥ずかしく、痛々しい


とまで言いつつ実はそれを全くもって否定するつもりはない、なんでかって当時には当時にしか出せなかった熱量という名の厨二病感があってむしろそれが色んな行動に対する膨大なエネルギーに変換されていた


そのエネルギーが捨て身で新しい環境に飛び込む行動力やモチベーションをくれた


そこで発生する日々の失敗や後悔、自己嫌悪や悲しい経験を途中経過として認識する術、次の成功に対するこだわりやプライドとして消化された


実は自分のSNSは今でも十分痛々しいのだけれど、当時の若気の至り的な痛々しさから変わり者のおっさんが社会から逸脱していく痛々しさに変わりつつある


そして結構気に入っている


結果自分は痛々しい。


ただ痛々しくないとできないことってあると思っている


他人の目を気にする意識、空気を読む力、周りの人間の意見や反応を洞察する防衛本能


全部ない


ないし要らないと思っている


他人の目を気にしないことで失われる沢山のことと引き換えに手に入れたものは自分の中の本質的な欲望や考え方により忠実になってきた自分


少し触れづらい話題にいの一番にとっついていくような、違うと思ったことに対して大きく異論を唱えるような、停滞した流れを断ち切る大胆さを手に入れた


要するに昔より更に好き勝手やるようになってしまったってことだ


側から見たら単に悪化に見えるかもしれないこれも自分からしたら立派な成長に思えていたり


昔より圧倒的に生きやすい


自分の中に太く生える幹のような譲れない考え方とか仲間に対する忠誠心とか絶対に失いたくない価値観とか


なんかその幹は昔より絶対に太くなっているにも関わらず近年は音もなく自分の中にとても静かに自生している


みたいなことを記事を読み返してて思ったけど、この記事もきっと5年後に読んだら違和感だらけ毛だらけ廃だらけなんだろうなきっと


完。









本来であれば長旅の疲れからもう寝ていても全然おかしくはない深夜の2時、俺はなぜかクッソ重いスーツケース引き摺りながら高級ホテルを横目に一晩寝れるだけの、しかもそんな高くない宿を探し求め人生で初めて降り立つ街の夜を歩き彷徨っていた。

 

その後最終的に辿り着いた繁華街の外れ、宿を失いホテルの前で明らかに🥺顔をしている自分に元従業員の青年が話しかけてくれた。彼は直前まで働いていたらしく辞めたことで従業員用キーを返しに来ていたらしい。まだ持っていたキーでロックされていたドアの施錠を解除してくれた。

 

二十歳前後、何人だったかは全然忘れたけど顔立ちからはヨーロッパとかそっち系、とにかく宿を探している自分を手助けしてくれるよう。藁をもすがるような状況だったのでその時自分は多分Thank youを連呼しながらもひたすら”頼む、空いててくれ”と願ってその日の運命をその青年に託した。

 

青年は空き部屋があるかどうか確認するため管理人室のドアをノックしてくれた、一つ返事では出てこなかった管理人が10秒遅れくらいでのそっと出てきたあと受付で空き部屋を確認してくれるという。

 

現実的な料金の寝るだけホテルが目の前に、ワンチャン助かったとか思いながら受付で待っているとなんと空室があるという。

 

しかも料金も$100ちょいで良心的、歩き回ったその最後に完全勝利を確信し青年に感謝を伝えいざホテルの部屋へ。

 

 







まず充電ができるという奇跡、シャワー浴びれる奇跡、荷物地獄から解放される奇跡、そして最後に疲労困憊の中寝れるという一番の奇跡を目の前に部屋へ入室。

 

まず、風呂場が汚い。

 

まあまあまあ、でもしゃーない今日寝るだけだしさ、そんな風に思いながらももらった注意書きを読んだり充電したり、インスタでも更新しようかと部屋の写真撮ったりしてた。

 

小さめGが。

 

うん、まあ、絶対に嫌だけどさ、こいつさえ退治すれば、まあ、うん、絶対に嫌ではあるけど。

 

受付にG退治用の殺虫剤もらいに行ったら檜スプレーみたいな頼りない代物をよこしやがったんだけど”何もない”or  “檜スプレー “の状況で文句を言うわけにもいかず全然ありがとうでもないんだけどとりあえずありがとう言って再入室、一匹のGに対して多分10回以上吹きかけた。

 

そこまでせんでも…ってくらい念には念をいれ弱らせ撃退に成功した。

 

今後のGに怯えながらも、シャワーの水圧と角度にツッコミどころだらけでまるで海外の受刑者にでもなった気分になりながらもシャワーを浴び終えた。

 

あー最悪だったとか思ってベッドに寝転がった。

 

 

絶対に嫌なそいつが壁に、枕元に、ベッドの溝に、

 

あ、なに?お前ら家族で住んでんの?って感じで無数に発見され始めた。

 

いやあの数はもはや親戚一同だな、入国初日のキラキラモードも流石にそこまで来ると完全に冷め切っていた。それはまるでスターとって一気に一位に躍り出て調子乗ってたのにスター切れたあとパックンに襲撃されたり他にも甲羅とかいろんなものでボコボコにされ最下位まで落ち込んで諦めモードで走行するキノピオみたいな状況で最後Gファミリーが優しくお出迎えしてくれた。

 

俺泊まったのホテルだと思ってたのにどうやら$100ちょい払った挙句G宅にお邪魔してしまった。

 

青年、お前には感謝しているよ、それは間違えない、救われたと思ったのも事実だ、ただな

 

絶対に泊まれねえ。

 

空腹、疲労、G、土地勘なし、絶対絶命の渡邊。

 

俺ここ泊まれねえけどどーする、どーすんの。

 

続く。