自分の中に少しでも創作意欲が湧いたら逃さないようにすぐ行動にでたい

普段から物事に対する熱量の落差が激しすぎるため、その熱は一瞬でブチ上がったかと思えば吹いたらロウソクの火のように簡単に消えてしまうこともある

そもそも自分自身気持ちの高低差が激しい人間だから

ブログは基本いつでも書きたいけれど気持ちのスイッチが入った時でないと書けないし、そのスイッチが入ってないと書いてみてもしっくりくる言葉や展開が全く出てこない

文章書き始めた段階で同じ文章を何度も書き直して記事が進まない日は絶対そう、勢いもエネルギーもないから結局下書きで終わる

つい先程突然書けそうになったから熱が冷めないうちに

前からずっと温めてたテーマで、曲と記憶について








ほんの数年前まで自由に過ごせる時間に上限がないような生活をしていたので音楽は聴き放題だった

どんな道を歩いていても、電車に乗っていても、自分の部屋で過ごしていても

そこには常になんらかの音楽が流れていた



人間の記憶ってのは当然その音だけを覚えてるわけじゃないからその時の目に映った景色とか光景、感じた気持ち、感情までセットで同じ記憶に紐付くことになる

久ぶりに聞いた曲で普段は忘れている感情とか景色がブワッと広がるように蘇るのは本当は気持ちを覚えていて、でも記憶の引き出しにしまっているだけなんだっていつも思う

数えきれない思い出のその度にそれと紐づいてる曲があるとすれば、その曲をきっかけとして忘れている感情もフォトアルバム開いたみたいに思い出せる

留学いってすぐの10月、BUMPの新曲が出てたからすぐiTunesでダウンロードして聞いていた

いま留学日記で散々書いてる話の子に食事の誘いを断られてしまったその次の日の夜、学校から一番近い地元の古いショッピングモールに買い出しに行った

30分かからないくらいの道のりを、夜道を一人歩いて

どんな場所でもそこを歩くことが好きだ

車に乗って通り過ぎるだけでは気付かない沢山のことに気づけて、ゆっくり綺麗な景色をスマホに収めることもできて、その日の気候を肌で感じたら気づけば記憶にはたくさんの情報が紐づいている

一瞬で思い出せるかもね










※セブの夜道一人スマホ歩きは何が起こるかわかんないです、幸いおれは半年間歩きまくっても何もなかったけど、歩くなら事前に情報と対策を

全く大したことではないのに人生で初めて経験するような寂しさだった

日本には一緒に暮らす家族がいて地元にもずっと遊んでくれる友達が少し、親戚もいるし、なんなら留学先でも日本の友達だけでなく初めての海外の友達ができ始めていたり

自分のごく僅かだったコミュニティが急速に広がり始めていた頃(2018年10月21日にセブに到着した時点ではその2年前に始めたインスタグラムのフォロワーが僅か18人、71件もの投稿が上がっていたから頻繁にあげてたんだと思う笑)

その寂しさはおれの社会からは誰一人いなくなってないはずなのにまるでぽつんと海外で一人みたいな感覚だった

それまで恋愛で涙するなんてダセェくらい思ってた山の手のお坊ちゃんがちゃんと寂しかった

泣いてはいないけどね

モールについて必要なものの買い出し、はっきり記憶してないけど多分ノートかペンかなんか文具が必要だった

だからモールの一階の文房具売り場にいた

(閉店後のモール)

ちょうどその時耳に流れていたのがバンプの曲
話がしたいよ

その時の自分の寂しさとこの曲の孤独感がバッチリ合ってしまってこの曲を聴いていなかったら覚えてなかったであろう感情の高ぶりを覚えた

"持て余した手を自分ごとポケットに隠した
バスが来るまでの間のおまけみたいな時間
街がたてる生活の音に一人にされた
ガムと二人になろう、君の苦手だった味"

藤原基央が人生で初めて書いた曲からずっと曲に一貫してるのは"寂しさ"

でも一人じゃない、彼は一人じゃない

こんな歌い出しあの声であのメロで歌われたらそりゃそうなるわ!ってくらいこの曲にはそれが出てて笑

別に告白する!とかそんなん考えてなかったし付き合いたい!とかそんなんも思ってなかった

ただ好きだって気持ちが伝わって欲しかったのとあとやっぱり単純に色んなこと話したかったんだと思う

あの二人部屋を一人で使っていて部屋の中で確かに感じた気持ちも、その子が帰るまでにどうしても手紙を渡したくなってわざわざ一人でデカい方のモールに買いに行ったのに季節ものの便箋しかみつからなくて巨大なモール内を学校寮の門限気にしながら必死に走り回った記憶も

帰国した後でさえこの曲を聴くとその時の全てが一瞬で蘇った

あの日の夜、南国の小さな島国で確かに感じたこと、あのモールのエスカレーター裏の文房具売り場の光景も

ブワッと一瞬で蘇って少ししたらまたすぐ消えるんだいつも

これは余談になるけど実はこの記事をあげる前日の夜にこのテーマでブログを書き始めて、家に着く前の最寄り駅からの帰り道は当然その曲を聞いたんだけど

これ偶然なのか徐々になのかわからないけどいつもみたいにすぐ感情が直結しなかった

いや記憶としては知ってるしそもそもその記憶が頭にある前提で曲を再生してるから忘れてなんかいないんだけど感情と光景がパッと出てこなかった

いつものあの一瞬であの夜のガイサノカントリーモールにタイムスリップする感覚がなかった

記憶にも鮮度があって薄れていくものなのかもしれない

それでもそれを思い出してきた自分をしっかり覚えているから出来事としては残り続けるよね、直接繋がるツールとして時々聞いていたんだけどな

では話を戻して

その後もこの曲が寂しい記憶にならないように日々聴いていたはず、実際にこの曲に紐付く強い思い出はその後も続いたから、同じくらい心に強く残る思い出はそれ以外にも付けたはずなのに

時々聞いた時に蘇る思い出はいつも同じ

毎回最初の出来事

いや長々と何が書きたかったかっていうと誰にでもある、曲を聞いて思い出す感情

別に恋愛じゃなくても

おれにも大好きな曲にはそれぞれ聞いていた時の思い出が伴う

常に音楽と過ごす生活を言葉で表したらこんな感じなんだろうか

無数にある思い出も全部一つ一つが音楽と繋がってたら素敵だな

さて、今日は休みだ…

うっほーい、ひよこひよこ🐣

でもあんな風に自分から頑張ったの初めてだったと思う

いや留学始まってすぐ恋するとかマジで予想外過ぎて幸先いいんだか悪いんだかあと22週間どうすんだって感じだよなほんと

お互いの語学力からマジで簡単な会話しかできなくて成り立ってるかどうか微妙なレベルだった

それでもなんでもいいからなんか話したくて、これ知ってる?とかパッタイ好きなんだよ!とかめっちゃ頑張ってた(必死かお前)

日本のアニメとか漫画が好きな子だったからそれこそスマホで画面見せ合ってこれ?とかそんなレベル笑
(成人した大人同士の会話でこの感じは後にも先にももうこれが最後でしょうね)

まともにコミュニケーション取れないのに出会って2週間の頃にはもうなにしてても可愛く見えた

授業中には先生からなに聞かれても大抵答えられないから口を半開きにしながら小さくあーって言ってマジでキョトンと首を傾げるんだけどまるでケンシロウかのようにおれの秘孔という秘孔をつきまくってきた、いや勝手に突かれまくってた (最終的には答えられないのをhahaって言って笑って誤魔化すんだけど周り誰も笑ってないその光景がめっちゃ面白かったよね)

だからいきなり2週間後にお別れって結構ショックだった

いや変なんだよ、だって出会って2週間だし全然話せてないのにそこまで深く落ちるって

滞在が4週間だけだと発覚したその日の夜には2人だけのつもりで明日の夜ご飯いかない?って送ってたよね、気づいたら送ってたようん

ん?

いやいや、ん?え?うそでしょ?まさかねぇ

はっはっはっ

はいそうですなんのステップも踏まずいきなり正面突破

下手かお前ほんとボケ穴があったら入りたいあー入りたい入りたい

当時のおれにそんなこと客観視する余裕なんてあるわけもなく勢いで

てかその子たちが部屋に戻った後も企業から来てる友達にうわマジかー、帰んのかーとか散々話しててその流れでもう送っちゃえよ!みたいな流れになったけど誰か冷静に突っ込んでくれても良かったけどなーゴリゴリに否定してくれてもよかったのになぁ世知辛いなぁ
みつを。

まぁ当然さ、いつもはさ、すぐ付くはずのさ、既読がさ、つかないんだよね

その間には妹さんから訳わかんないLINE届いて、あ、これ今姉妹会議してるやつや、やば時間稼いでるこれ、わおつらたんって、そこで初めて我に返るわたし渡辺訳わからず既読付かずワダカマリ打ち返せず Yeah

結局次の日の朝に丁寧にごめんさなさいって言ってデート断ってくれた

もっと言うと返信が来なかったから悟って追送で"話したいことあったんだけど、でも校内で話すだけでも充分楽しいから全然それでもいいよ、今日みたいにさ!って送ってたから"ごめんなさい、でも校内で話すのはokだよ"って返してくれた

あの時のおれに言いたいことは山ほどあるけどまず言うならお前次の日わかりやすく落ち込みすぎ

向こうも気使うわそんな廊下でしゃがんでボーッとしてたら

友達それみて大丈夫?って言ってたもんな笑

あとこの記事のためにその子とのLINE遡ったけどやりとりの時の文法がorz

でもメッセージのやりとりは調べまくるからとても英語の勉強になりましたとさ

気持ちがあったのはほんと

ほんとのほんと

おれ基本的に自分から女の子に声かけて食事誘ったり積極的にメッセージすることなんてやらないのによっぽどハマった子にはこんな感じになるんだおれって思った

最後の一コマだけクラスが同じだった

その3日後くらいには気を取り直して"授業後に少しでいいから校内のカフェで話さない?"って言って誘って来てもらった


時期的にはこんな映画がやってたような頃だったなぁ

次回のこのシリーズでまた続き出します。

ひよこひよこ🐣
テレビでニュースを見なくなってから久しい

世間の出来事に疎くなってきてるからYou Tubeのニュースチャンネルを登録してる

最近のニュースは大陸の新型ウイルスについてか米大統領選の話題がほとんど

You Tubeをうろうろしているとホームにはオススメ動画が

自分の閲覧履歴からそのチャンネルの別の動画がおすすめされているから俺の場合、お笑いとか野球の名場面集とかYouTuberとか

その中に"2ch伝説のスレ"なるものが

2chの流れをそのままゆっくりスクロール形式で流しているだけの動画なんだけどタイトルが"自殺するからお前らの人生で一番幸せだったこと語ってくれないか"というもの

いやーなんかいかにも2chらしいというか、"お前ら"の時点で2chっぽい

ネット少年じゃなかったから詳しくないけど自分が中高くらいの時にめっちゃ流行ってたこの変な匿名掲示板

会話形式の掲示板の先駆けでそれを題材にした本とか映画とかヒットしてたなぁ、今どーなってんのかしら

お、なんだ?と興味を引くようなタイトルだったからどこかで見たんだろうけどそもそも2chってなりすましだらけで信憑性はどこにもない

その上で楽しむみたいなところあるけど

でもなんかみんなすげーいいこと言ってて映画観た後みたいな気持ちになった

自分の場合で考えてみたけど人生で一番幸せだったことなんてそんなすぐ簡単に出てこない

人生において一番幸せだったことねぇ

質問を人生における忘れられない出来事、強く頭に残り続ける記憶とかに変えたら出てきそうだ

多分5歳だったその年のクリスマスの朝の記憶

サンタクロースからもらったプレゼントをリビングで開けてる時

中にはちゃんとお願いしたメガレンジャーの合体ロボットのおもちゃが入ってて隣の部屋で寝てる両親にすぐ報告しにいった

ちゃんとお願いしたものが入ってたって

そのあと朝の間はそれを夢中になっていじり倒していたんだけどその時の光景はきれい残ってる

ワクワクするような高揚感、子供の頭には不安要素なんてなくて、ただ幸せなだけ

前日の寝る前だってめっちゃワクワクしてるはずなのに子供だから寝ちゃうんだよな

少年野球でそれまで補欠だった自分が8番の背番号をもらった時

高校受験直前なのにBUMPのコピーバンドすることになってとりあえずバンド名だけ決めようぜ!って言ってる時

高3の夏に初めていくつか野外フェスに参加した時

初めてまともに続いたバイト先で移動する社員の人からもらったメモを使っただけの簡単な置き手紙、それまでもらったどんなレターセットよりも全然価値があるような気がしたし初めて外で人から認めてもらえたって感じた

思い出せばあるなぁ本当に嬉しかった出来事

そんなこと書いてたら手紙書きたくなってきたな

手紙を書いて渡したいと思える人が少しでもいるって幸せなことだ

例え渡せなかったとしても手書きで伝えたいほど思いが強いってことだ

留学先でもお別れのたびにたくさん書いたな

おれは小学一年の頃からもらった手紙全部とってある

勉強机の引き出しに今も

くれた人でさえ忘れてるような手紙でもずっと大切に持っておくその幸せな思い出ごと

時々引き出し開けて触って読んで

まだまだ捨てたもんじゃないなって思えたらそれが正解

また久しぶりに読んでみようかな、こんな同級生いたなぁーとか、顔思い出したりしながらね笑

バイバイ👋
ちょうど一年前が記念すべき最初の投稿、この頃はまだセブにいて、留学生活にもだいぶ慣れて落ち着いてたのでそれまでのストーリーを自分の気持ちも交えて発信したくなったんだと思う。きっかけはなんであれ何も続かなかったおれが不定期にしろしっかり今日まで続けられたのは少し嬉しい笑。一年経ったのかぁ


年が明けてから少し経った

実にぬるい滑り出しである

んもー楽しみにしてたオリンピックが目前に
数字の切りもいいし、若い頃にできなかったことじゃんじゃかじゃんじゃかやる年。





去る1月15日には祖父が88歳の誕生日を迎えその当日に永眠した。

1/3に親戚で集まった時には参加していて次は米寿?なんて話してたくらいで最後の最後まで脳はバリバリに現役だったな

亡くなる9日前には電話もしたくらいだしな

ここは本音を吐き出す心情吐露ブログだから正直に書くと式の当日悲しい気持ちや寂しい気持ちには全くならなかった

おじいちゃん亡くなったなぁってくらい

おれには感情がないのかなって思ったよね

容態が急変してからの4日間は呼吸困難な状態でそれでも誕生日までしっかり生きるなんてなんかうちの爺ちゃんらしかったなぁ

亡くなる直前には母の姉である叔母さんに微かな声で"さよなら"と言ったらしい

そしてうちの母にはいつも伝えている感謝の気持ちを動作で示したという

いつも言っている"ほんとうにいつもいつもありがとう"を言葉なしで手を合わせたらしい

死の間際にそれをやるってことはよっぽど強く意識に刷り込まれてた気持ちなんだと思う

極限の状態になった時に伝えるのは一番強く思ってきたことなんだろうな

自分の誕生日を迎えたその数時間後の朝方亡くなるなんてまるでその日を迎えたから安心してその安心感と共にそのまま逝ってしまったみたいだ

お坊さん的な人がお経を唱えてる間はいろんなことを考えた

普段は全く信仰しない宗教を人が亡くなった時だけきっちり決まり通りやるのはなんか違和感だよなとか

多分代々みんなやってて当たり前になりすぎてるんだろうな、故人を偲ぶというだけなら親族で集まる会とかだけでもいいのにとか

安らかに眠るかどうかはほんとうにお経を唱えるかどうかなんだろうか?とか

姉は自分のお腹の子がいつ産まれてもおかしくない状況だったため欠席したけどもし産まれていたらひ孫も同じ誕生日だった

まぁ祖父の命日もその日だ

数年前にしてくれた話を思い返したり

広島に原子力爆弾が投下された時中学生だった祖父がそれについての新聞の文面をはっきり鮮明に覚えていた話

テキ、シンガタバクダンシヨウカ、みたいな文面の話

まぁおれがそういう関連の話めっちゃ好きでわざわざ自分から終戦当時の話を聞き出したんだけども

88年の人生の中には数えきれない物語があったはず

多分それの1%も知らないけどそんなもんだよな、でも和菓子を買ってくといつもとても喜んでしっかり感謝の気持ちを伝えてくれる人なのは知ってた

次会ったときには"けんちゃんこの前和菓子くれたでしょ〜ほんとにいつもありがとねぇ"って言うから、うし!次もかってこ!って毎回思えた

物をあげた人が一番嬉しい気持ちになるのはもらった人がお世辞なく心から喜んだときなんだって

それはおじいちゃんから学んだのかな

嬉しければ伝えればいいのかー

みんないい時も悪い時も絶対あってああでもないこうでもないって言ってるうちに人生終わるんだろうな

そんな時になにも感じないってどうなんだ

でも思うこととか感じることはめっちゃあるんだよな、なのに気持ちはめっちゃ普通

以前は誰かのことを思って涙を流したことなんてなかったんだけど留学先で初めて

留学日記その5の旅行帰りの時に一回と帰国の飛行機の中でも一回

もう、なんていうの、号泣だったからさ、自分でも驚いたよね、エコノミーなのに両脇の人すいませんでしたはい

家族のこと好きじゃないけどな、関係もそんなんじゃないし

でもその2回は確かに家族のことを思って泣いていた

おれにも心あるんだなーとか思ってたら祖父の葬式ではこれだよ

なんだそれ

凄く楽しくて幸せを感じた時にふと振り返ると自分の今までがちゃんと繋がっていて意味をなしていると強く感じる

バガボンドっていう漫画のキャラ、宝蔵院の胤栄という槍術の達人のじいさんの台詞が何かのたびに顔を出す

海を泳ぎきって陸にあがり振り返って初めてどこをどれだけ泳いできたかがわかる

泣いた時は一区切りついて一旦陸に上がっていたのかもしれないね



誰かになにかを言われたらその度に萎縮するような人生は終わった

ビビってる暇もダラダラしてる暇もないや

今年は全部変える

ひよこひよこ🐣🐤🐥