なにわコラリアーズ 第28回演奏会
2022年5月14日に「住友生命いずみホール」で開催された,なにわコラリアーズの第28回演奏会を聴いてきました。この2年間に開催予定だった第26回と27回はコロナため中止。3年越しの演奏会,指揮者と40名の歌い手さんの想いが溢れてました。
第1ステージ Missa Mater Patris (Josquin des Pres曲 / Elliot Fornes編)
第2ステージ 男声合唱組曲「世界でいちばん孤独な歌」(寺山修司 詩 / 山下祐加 曲) 委嘱初演
第3ステージ 男声合唱組曲「月光とピエロ」 (堀口大學 詩 / 清水脩 曲)
第4ステージ 合唱による風土記「阿波」 (三木稔 曲)
第5ステージ アラカルト~いい歌,旅気分♪
詳細曲目は,なにわコラリアーズのホームページ等をご参照ください。
第1ステージはJosquin Des Prez 作曲 Elliot Forbes編曲のMissa Mater Patris。このミサは日本では皆川達夫が編集した版での演奏が多く,ハーバード大学グリークラブの指揮者だったForbes氏の版によるものはあまり聴かない。1983年の東西四大学で福永陽一郎指揮の同志社グリークラブが演奏しているので,なにわコラリアーズはこの版を使用するのだろう。
Forbes版は皆川版より(原曲より)半音低く編曲されているので,一部にパートや音の相違がある。また,musica fictaと呼ばれる中世音楽の演奏方法に対する解釈の違いにより,音も違う部分がある。皆川は自ら原譜から解読して編曲しているのだろうけど,Forbes氏は別の人(A. Smijers)が解読した楽譜をもとに編曲をしている。優越はつけられないけど,男声合唱の効果としては Forbes版が優れているかもしれない*。
* 2022/5/17追記 「せき」様のご教示で,同志社の演奏に対する「前川屋本店・御主人」の説明を知った(山古堂ブログ内)。これによると,Forbes版は「そのオリジナルの音の配置を極力替えずにおいてあります」とのこと。漠然と「皆川版がオリジナルに近い」と思っていたけど,音の配置についてはForbes版の方が近いらしい。
http://yamakodou.blog54.fc2.com/blog-entry-26.html
2022/5/20追記
Forbes版が典拠したAlbert Smijersの楽譜があったので,皆川版も並べてKyrieの冒頭を示す。Albert Smijers(1988-1957)はオランダの音楽学者でジョスカン・デ・プレの権威だった人。英語版Wikipediaによれば,生前に44巻,死後に11巻を出版した。楽譜は1950年出版の第26巻とされているが,Forbes教授は「第3巻に基づく」と記している。別の出版があったのかもしれない。
ジョスカン・デ・プレの原曲を作為なく現在の楽譜に書き直すと,この形になるのだろう。
声部表記のAltus,Superiusは現在のアルト,ソプラノのもととなったが,altusの原意は「高い」,superiusは「最高の」。ルネッサンス音楽の基礎はテノール(「保つ」の意味)で,その上にスペリウスをおいた。当時のテノールは低音パートだった。のちに響きを補うためテノールの高音側にcontra tenor altus,低音側にcontra tenor bassusが追加された(contraは「に対する」の意のラテン語で英語のcounter)。低音部のテノールに更に低音のバッスス,高い方の低音部アルト,最高音のスペリウスというイメージ。「定旋律をテノール,和音の基本はバッスス,華やかに旋律を歌うスペリウス,アルトゥスはその3つの声部のあちこちいき音域的・旋律的に3つのパートを補う」とされていた。
ジョスカン・デ・プレの頃から,それぞれ役割を持っていたパートが均等な役割分担に移行し,全てのパートが同じモチーフ(旋律)を模倣し,重ねて歌っていくスタイルに変わっていった。
少なくともこのミサではアルトゥスが最高音を歌っているのでトップ(T1),スペリウスは(T2),テノールはバリトン(B1),バッススはバス(B2)として良さそうだが,Forbes版は半音下げたうえで「現代のパート音域に合わせ,これらのバートを頻繁に再配列している」と書いている。
例えば原曲のKyrieでバスは最初から最後まで歌いっぱなしだが,編曲では冒頭部をバリトンに移している。高音部の歌唱もバリトンに移している。冒頭のスペリウスパートはトップに移しているが,中間部ではバリトンに移している。Agnus Deiでは原調でバスにハイGがある箇所はトップに移すなど,歌いやすさ重視の編曲になっている。
皆川版は原調通りだが,冒頭はトップとセカンドの歌唱になっている。Forbes版と同様に旋律はかなり自由に移されている。同様の配慮がされているのだろう。自分には優劣の判断はできない。
タイトルの Mater Patris(et fillia)は「御父の母にして娘」。よくわからないけど,聖母マリアのことらしい。この場合はフランスの作曲家Antoine Brumelの三声のモテットによるいわゆるパロディ・ミサ曲。
ヴォーカル・アンサンブル・カペラのCD「ジョスカン・デ・プレ ミサ曲全集第1集」の解説によれば,このモテットは多くの写本があり,当時から愛好されていたらしい。Brumelはおそらく1512年頃に亡くなり(皆川版では1515年頃), Missa Mater Patrisは 1514年に初めて出版されたため,Brumelへの哀悼歌ではないかという説がある。また,Josquin Des Prez の他のミサや作品と作風が異なるため,実はBrumelの作ではないかという説もあったが,「新ジョスカン全集」では,詳細に様式比較された上で,彼の真作として掲載された。
このミサの異色さの一つに,全曲の約1/3が和音の塊が連続して使われるホモフォニックな構成で,この時代の作品として大変珍しい。それゆえに,ホモフォニックな演奏に慣れた現代の合唱団でも親しみやすい。とはいえ,2/3はポリフォニーだから各声部の追いかけあいが浮かび上がる歌唱が必要で,各パートは対等に鳴らないといけないけれど,なにわコラリアーズのように強力なトップがいる合唱団ではなかなかむつかしい。
個人的に最も好きな部分は,Sanctus-Benedictusでテノール系の掛け合いのあと,ベースに先導されHosannaが鳴る部分。静謐で敬虔なハーモニーの中,ベースの動きがたまらない。Forbes版ではff,再現部ではsempre ffだけど,あまり音量を上げないほうが良い気がする。
第2ステージは男声合唱組曲「世界でいちばん孤独な歌」。本来は昨年初演の予定だった。日本語の委嘱作品,なにわコラリアーズの良さがフルに発揮された好演で,最初から最後まで楽しめた。大学合唱団でも歌われていきそう。第1曲「だいせんじがけだらなよさ」が何のことか分からなかったけど,これは「おまじない」なので,ある読み方をすると意味が通じる。なるほど,そういうことですか。
第3ステージは男声合唱組曲「月光とピエロ」,第4ステージの合唱による風土記「阿波」。なんだか70年代風の選曲で,どちらも作曲家が所属する合唱団のために書いた曲。清水と東京男声合唱団はよく知られている(はず)。三木は「東京リーダーターフェル55年史」によると昭和36年から団員で,昭和38年の同団の定期演奏会は全て三木が作曲した曲で行われた。この「阿波」(「もちつき」以外),「バリトン独唱,男声合唱及びオーケストラのための『レクイエム』」,オペレッタ「牝鶏亭主」という豪華版。
「月光とピエロ」はちょっと忙しく歌われた感。テンポが速いとかではなく,フレーズのためが少ないというか,歌い急がれたというか。「ピエロは身が軽いからこれで良いんだ」という意見もあるかもしれないが。
「阿波」は好演。「たいしめ」の祝い唄,「東西東西,鎮まりたまえ」で始まる「たたら」の宗教的な味わいに,新型コロナの終息を祈らざるをえない。
第5ステージは「アラカルト~いい歌,旅気分♪」。なにわコラリアーズの十八番,世界の歌めぐり。気持ちよく聴かせていただきました。
以上