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いきょくのまねーじゃーのブログ

市立砺波総合病院の整形外科医です

「かかりつけの…」

 

 「かかりつけの水道屋さんに相談してください。」こんなことを言われたと妻が言う。先日、アパートの水道メーターの交換があった。その後から、トイレと洗面所の水道がチョロチョロとしか出なくなった。幸い、台所と浴室は問題がない。

 

 メーター交換の案内のチラシに書かれた市役所の電話番号に電話をした。担当の人は、交換をしてくれた業者さんに問い合わせをしてくれたそうだ。その答えは、「メーターの交換でそんなことは起こらない。」との一言だった。妻は「どうしたらいいのでしょうか?」と聞いたところ、「かかりつけの水道屋さんに相談してください」。

 

 この問題点は二つある。まずは、メーターの交換で水圧が下がることがないと言い切れるのか。ネットで「水道 メーター交換 水圧」で検索すると、その可能性はあるとする記事がいくつも出てくる。何を根拠に業者さんは、「そんなことない」と言い切ったのだろうか。案内のチラシには、工事をした業者名も記載されていた。この業者さんの信用に関わるように感じた。もう一つが、「かかりつけ…」である。少なくとも担当してくれた業者さんは、「かかりつけ…」になっていただきたくはない。

 

 話は変わるが、先日、転倒して救急搬送された患者さんを診察した。幸い、骨折などなく、軽症だった。病状説明すると、説明には納得された様子だった。しかし、帰り際に家族から「最近、なんか調子が悪いんですけど、どこでみてもらったらいいのでしょうか?」と聞かれた。整形外科の疾患の可能性は否定しきれないが、加齢に伴う衰えが問題なのかもしれない。

 

 「どんなふうに悪いのでしょうか?」と聞いたが、「なんとなく」。「今回の怪我では、緊急性はないので、調子悪かったら、改めて日中に来てもらおうか。必要あれば検査もするしね。」と言ってごまかした。しかし、もう一度あの場面に戻れるなら、「かかりつけの先生に相談して」って言えばよかった。「かかりつけ…」便利な言葉である。

 

 話を戻す。残念ながら、「かかりつけの水道屋さん」は、持っていない。そのため、私の部屋の洗面所の蛇口からは、今日もチョロチョロ…。いざと言うときには、かかりつけ医はあったほうがいいかもね。もしかすると、水道屋さんもかな?

新たな白衣

 

 7月1日、能登半島地震から早くも半年。今年も半分過ぎてしまった。久しぶりにブログを書こうと思う。能力が落ちて仕事が遅くなったのか、それともいろんなことに手を出し過ぎているのかわからないが、ブログを書く気が起きなかった。

 

 今日から、白衣が新しくなった。レンタルの白衣が病院から提供されて、数年に一度更新される。白衣には、名前の書かれたタグがつけられており、週に1〜2回、洗濯に出すと返ってくるシステムである。昨日まで使っていた白衣は、回収された。そして、まっさらな白衣に袖を通した。

 

 白衣と言ってもさまざまである。有名デザイナーの高級白衣も世の中にはある。そんな中、当院では看護師の白衣の色(白衣の色というのも日本語としておかしいことに気づいたが、書き換えない)が変わった。このことは先日、全国ニュースでも大きく報道された。

 

 

 今朝、いつものように病棟へ行くと、看護師がどこか恥ずかしげに見えた。暗くて、血液が付着しても汚れが目立たなさそうだというのが個人的な第一印象であった。表現が正しいかどうかはわからないが、私の目には「なす」の色、いわゆる紫色である。紫色は、古代から高貴な色とされてきた。一言でいうなら、上品である。心理学的には、神秘的なイメージがあり、「疲労回復や興奮を落ち着ける効果の他、感性を刺激したり、個性を感じさせたりする効果」があるとされる。ジェンダーレスが注目されて報道されたようにも見えるが、日勤と夜勤の区別を服装でしたかったようでもある。

 

 医師の白衣も事前に要望を聞かれていた。看護師さんの紫色のユニフォームと同型の紺色のものを選ぶこともできた。ちなみに妻はそれを選んだ。サイズが男女共有であり、Sサイズを選択したようだが、「大きすぎる」と嘆いていた。ちゃんと確認しないのがよくない。悪いのは白衣ではない。

 

 私自身は、医師になってから、ずっとスタイルを変えていない。保守的と言えばいいのか、変化に弱いのである。白いケーシーに長白衣が私のスタイルである。写真で姿を見せてもいいのだが、写真を取ってみると、新しい白衣であることがわかり難いのでアップするのはやめておく。今までと同じデザインで、同じサイズのものを選んだので、ズボンの長さもピッタリである。

 

 私が当院に赴任したのが、平成12年7月1日。何年目かわからなくなってしまった(数える気にもなれない)が、当院での新たな1年が始まった。心新たにがんばりたいと思う。新たな白衣は、糊付けされているのでパリパリ(洗濯に出すとふにゃふにゃ;笑)。襟付きを選んだ私は、襟を正すにはちょうど良い、新たな白衣。

 

 

怒られてもいいかな

 

 規則は守らなければいけない。それは当然のことであるが、あえて書いておく。しかし、「例外のない規則はない」という言葉もある。そんな言葉も思い出した。少し前になってしまったが、日本ハムファイターズの新庄監督が、阪神のユニホームを来て球場に出場されたニュースを目にして考えさせられた。

 

 野球では、監督が選手と同じユニフォームを着ることになっているため、NPBから注意を受けたと報道されている。野球規則を調べてみると、『 自チームの他のプレーヤーと異なるユニフォームを着たプレーヤーは試合には参加できない。』(3-03-C)とあるが、監督のユニフォームの規則はない。しかし、『出場停止処分中の監督、コーチ、プレーヤーは、ユニフォームを着てクラブの試合前の練習に参加することはかまわないが、試合中は、ユニフォームを着ることはできず、プレーヤーが試合にたずさわる場所から離れていなければならない。』(6-04)とある。つまり、監督がユニフォームを着ることが試合に参加することになるとも解釈できる。そんな小難しいことはこれくらいにしておく。

 

 新庄監督のパフォーマンスは、観客を喜ばせて、プロ野球を盛り上げることにつながるように感じた。一方で、新庄監督は、「…いくら怒られてもいいかなって」とコメントが記事にある。

(https://www.sankei.com/article/20240529-JPCV3BWN7RJNRPXW4UN3E7MIOU/)

 

 子供の頃から、「お利口さん」でいることを求められてきたように思う。みんなと同じように、行儀良くすること求められてきた。しかしながら、私自身は、規則破りの名人だとある意味自負している。「保育園を逃げ出して家に帰った」というのは、まだ保育園児だったからと許されたのだろう。高校時代は、ひどかった。校則違反の制服を着ていたし、授業時間にお菓子を食べて怒られたことが何度かあった。遠足をサボって、友達と麻雀していた、教室に野良犬を連れてきて、お弁当を分けてあげた、…書けばキリがない。ただ、休学処分を受けたことはない。許容される規則違反だったのかもしれない。(喫煙で休学処分を受けた同級生がいたが、これは未成年喫煙禁止法という法律の違反であり、許容されない違反だろう)

 

 話は変わるが、「病院内ではマスクを」というのは規則だろうか。そんな法律はどこにもない。もしもそんな法律があったら、今頃、私は法律違反で病院に立ち入り禁止になっているだろう。最近、よくマスクを外して診療している。流石に手術中はマスクするけど。

 

 診察室に入ってくると、マスクを外す高齢者は少なくない。マスクをして挨拶をすることは、無礼だと思っているようだ。その通りである。その証拠に新庄監督は、試合中、ずっとマスクをされているが、タイガースのユニフォームをきた時ばかりは、マスクを外されていた。礼儀ということだと思う。

 

 感染対策はいらないとは言わないが、病院だからといってマスクをしているのは、ある意味無礼だと思う。無礼を許してもらえるときは、過ぎていると思っている。そもそも、マスクで感染が防げるなんて本当だったら、逆にマスクをしない現在の世の中で、感染が広がらないのは、科学的にどう解釈すればいいのだろう。こんなことを書いて…「怒られてもいいかなって」ね。(笑)

 

追記 ちなみに「怒る」って感情的なことなのよね。科学的ではなくてね。