主食はバナナです -15ページ目

主食はバナナです

副食はリンゴです

韓国旅行へ行った。

韓国の素晴らしさを満喫したが、
帰ってくると「やっぱり日本がいいな」と思う。

海外旅行へ行った友人達は口々に言う。
「やっぱり日本が一番だね」

韓国からの留学生の先輩が兵役のため母国へ戻る前夜に言った。
「日本は本当に良い国だよ」

実家の両親が言う。
「何だかんだやっぱり日本が一番だよ」


・・・


そんな『良い国』日本で、自殺率が異常に高いのは何でだろう。

元気だった友人が突然鬱になったと知らせを聞くのは、
倒産しかかっている会社に通う父親の背中が昔に比べて小さく見えたのは、、
インターネット上で声にならない悲鳴を聞いてしまうのは、、、なぜ?
目の前に渦が見える

全ての人間が渦に巻き込まれていく

いや、全ての人間が渦に巻き込まれたいと願っている

一人ひとりが渦の中で幸せを探す

それが渦の原動力となる

その結果、渦が全ての人間を不幸へと流していく

そんな光景が、はっきりと見える

喜びも悲しみも正義も悪も倫理も道徳も

全てを渦が飲み込んでいく

渦の中の人間には本当の幸福など訪れない

自分が不幸だと気付かない人間だけが幸福なのだ
「うまい文章」って何だろうとよく考えています。
難解な単語を飛び交わせたり、豪華絢爛な形容詞をベタベタに塗りたくったり、
簡単なことをわざわざ分かりにくくして煙に巻く行為は、
「うまい文章」から自ずから遠ざかっていく結果に帰着するでしょう。

かといって全てが理系論文のような事務的な文章では、
ちょっと味気ない気がします。
(シンプルだし客観性があるし清潔な文章だとは思いますが)

最近思いついたのは語と語の無限の組み合わせに想像力を働かせるのが、
「うまい文章」を書くには重要じゃないかということです。

僕が文章を読んでいて「おっ」と思う瞬間は、
名詞や形容詞、名詞や動詞などの語の組み合わせ方が普段とは違っているときで、
そんなときは珍種の生き物でも発見したかのように足を止めてしまいます。

しかも意外な結合によって生まれたもの同士が更に順々に手を繋いていく結果、
語と語の奇抜な結合が多重構造を形成することで小気味の良い変拍子を刻み、
加えて通奏低音として力強いメッセージが響き渡っている、
そんな文章に出会ったときは頭がクララのようにクラクラしてしまいます。

つまり『こんな珍しいパーツ持ってるんだぜ』という自慢では駄目で、
『そこにそのパーツを使っちゃうんだー面白い』とか言われながら、
かっこいい城とか船を作っていくのが理想なのです。
まあ今のはLEGOの話ですがね。

そもそも文章というのは単なる文字の羅列に過ぎないですよね。
単一では意味を持たない記号同士の関連性から意味というものが浮上してきて、
その意味と意味との関連性からいわゆる『行間』が読者の頭に幽霊のように突如現れる。

猫がキーボード上を歩いていたら小説が書ける可能性も0ではないし、
結局は0を1にするような作業ではなく、組み合わせ方の問題なんだよなあ。
だから『うまい文章』を書くのは原理的に不可能な話ではないですよね。
イマジネーションを飛翔させ東奔西走させねばならぬ。


ちなみに今までうまい文章をカッコつきにしてきたのは、
文章が上手いor下手だという話は単なる技巧の話であって、
文章を書く上で本質ではないな~と感じているからです。

本当に伝えたい強い気持ちやメッセージがあれば、
技巧の話とは別次元で読み手の心を揺さぶるわけです。

残念ながら今の自分の中にはそういう強い気持ちや衝動が存在しない。
立派な入れ物を必死に作ろうとしているが、何を入れたいのかが分からない。
入れるものの寸法が全く分からないのに、固液気のどの状態なのかも分からないのに、
入れ物だけを作る意味はあるのか。

だんだん抽象的で無益な自問自答になってきたので、この辺で筆を置きたいのだけれども、
筆など持ってはいないし、キーボードは既に置いてある。
何を置いたら文章を書き止められるんだろう。
ちょっと思いつかないから、セオリー道理に筆を置くことにしますので、
置くための筆をコンビニに買いに行くために文章をここらで止めます。
藤田省三セレクション (平凡社ライブラリー)/藤田 省三

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いやー表現力語彙力が半端ない(笑)
文章をこねくり回していて読みづらいとこも多々ありますが、
この日本語力は圧巻です。
(内容のクオリティは僕のようなチンカスレベルでは判断しかねますw)

吉田松陰が、

「本を読む者はその精力の半分を筆記に費やせ」

と言ったという記述があった。

だから俺も拙い文章を必死にブログに書いていこうと思います。
人生論 (新潮文庫)/トルストイ

¥420
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読もうとしてなかなか読めず、
本棚で熟成されていたトルストイの『人生論』を読んでみた。
が、やっぱり半分くらいで断念した(笑)

同じようなことを何度か繰り返している気がしたし、
はっと目が覚めるような文章にも出会わなかったし、
神や愛などのキリスト教的世界観がなかなか理解しがたかったです。

気が向いたらまた読もう。
『嬉しい』は生きる目的です。
生きるということは、幸福を望み、獲得することと同じだし、
幸福を望み、獲得することは、生きることと同じである。
というのはトルストイの「人生論」の第一章の冒頭部で語られるフレーズです。

『悲しい』は生きる目的を裏側から支えます。
悲しみが存在しなければ幸福も存在し得ないからです。

『痛い』は体が発する赤信号です。
生命の持続のためには非常に重要です。

『怖い』は命を脅かす危険から逃げようとする気持ちです。
これまた重要ですね。

『くすぐったい』は・・・
くすぐったい?
くすぐったいって、生きる上で必要か?
イラナクネ???(°Д°)

しかし、物事の価値とは何ぞや?と考えてみた。

物事の価値はその物事の中に絶対的に存在しているわけではない。
その物事と外界との具体的な相互作用の中に流動的に存在している。

使われなければ価値など存在し得ないし、
使われ方によって価値が変わる。

だから『くすぐったい』という一見不必要そうな感情を、
有効利用できないかと三日三晩考え続けた。

その結果「可愛い女の子をくすぐってキャッキャする」のがベストだと閃いた。
ちょっと不器用な男の子でも、ちょっとツンとした女の子でも、
脇をくすぐった時のリアクションは万国共通普遍的。
場を支配していた(ペンギンも慌てて服を着るくらいの)冷たい空気が、
くすぐりに誘発されたキャッキャキャッキャによって融解しはじめ、
あの子もキャッキャ、僕もつられてキャッキャキャッキャ、
キャッキャキャッキャがキャッキャキャッキャで、
キャッキャキャッキャもキャッキャキャッキャで、
あぁ!俺も可愛い子とキャッキャキャッキャしてぇぜ!
歩いても 歩いても [DVD]/阿部 寛,夏川結衣,樹木希林

¥3,990
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ホームドラマです。
ほとんどの場面が家の中です。
小さい頃に経験した親戚の集まりの独特な空気を思い出したとさ。
レビューめんどいので内容紹介をコピペ。

↓↓↓

夏の終わりに、横山良多は妻と息子を連れて実家を訪れた。
開業医だった父とそりのあわない良多は失業中のこともあり、ひさびさの帰郷も気が重い。
明るい姉の一家も来て、横山家には久しぶりに笑い声が響く。
得意料理をつぎつぎにこしらえる母と、相変わらず家長としての威厳にこだわる父。
ありふれた家族の風景だが、今日は15年前に亡くなった横山家の長男の命日だった…。
無限のパラドックス―パズルで学ぶカントールとゲーデル/レイモンド スマリヤン

¥3,675
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論理パズル、パラドックス、無限、集合論などを物語調で面白く紹介する本です。
難しくて読み飛ばした部分もありましたが、結構楽しめました。

無限というものは知的好奇心を刺激しますね。
考えてみれば身の回りには無限だらけです。

時間軸の過去の方向には無限が広がっている。
時間軸の未来の方向にも無限が広がっている。
自己の外側方向には無限が広がっているし、
自己の内側方向にも無限が広がっている。

人間はあらゆる無限軸が交差する地点で、
有限な領域を切り取りながら生きている。
『世界は有限だ』と思い込みながら毎日を過ごしているわけです。

そんな思考の額縁を取っ払って頭を柔らかくするために、
魅惑的な無限の世界に思いを馳せるのもたまにはいいのかもしれません。
今日は買い物をするために新宿へ行ったんですが、
ジュンク堂にふらっと立ち寄ってしまったため、
ひたすら本を立ち読み(実際は座り読み)してしまい、
買い物できなかったw

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら/岩崎 夏海

¥1,680
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とりあえずこれ読んだ。
ちょっと読んですぐ飽きてしまった。

拝金/堀江 貴文

¥1,470
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次にこれ読んだ。
これもちょっと読んですぐ飽きてしまった。
(どっちもちゃんと読めば面白いのかなぁ?)

最後にこれを読んだ。

若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)/内田 樹

¥1,575
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みんな大好き内田樹先生ですね。
内容はマルクスの著作を若者に噛み砕いて教えるという感じ。
冒頭を読んでこんなことを感じた。

どんな本も自分が抱える諸問題のうちの一つも解決してはくれない。
自分自身の思考と行動で解決するためのきっかけを与えてくれるだけだ。

うーん、言葉にすると陳腐だなあ。

マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)/マルクス

¥483
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マルクスを読んでみようかと図書館で共産党宣言と資本論を三冊くらい借りてきた。
パラパラめくったけどちゃんと読める気がしない。

でも『理系なのに学生時代に資本論を全て読んだ』って言ったら武勇伝になる気がする。
ものすごく高尚な暇つぶしだと思って読んでみようかな。
素晴らしい本を読んだとか、面白い映画を発掘したとか、
すげー美味しいお酒を飲んだとか、まあどんなことでも良いのですが、
とにかく感動する瞬間ってやつがあるわけです。

俺は夜行性なので、夜に感動体験をすることが多いです。
(もしくは夜という時間帯が感受性を高めているのかもしれませんが)

そんなときは興奮して眠れないので、散歩がてらコンビニに行ったりします。
すると夜空に向かって叫びたくなるわけです。

「地球のみなさーん!聞こえますかー!
 俺は○○に感動しましたよー!」

みたいな。

そういう感動の叫びが実際に世界中に届いたらいいのに。
こう、流れ星みたいに夜空を流れるっちゅーわけ。
そんで、他の誰かが叫んだ声とかも流れ星になって聞こえてくるわけ。
「私は○○に感動したんだよー」
みたいな。
ロマンチックですね。

しかしですね、すごく面白い映画がテレビでやった夜なんかはですね、
感動の流れ星が大量発生するわけです。
そんで、星同士が衝突事故を起こし、
破裂した欠片が地球に降ってきたりして、
地球は滅びてしまうわけですね。

そういう地球の滅び方もありっちゃーありだな
何の話だっけこれ