2024年4月マンスリー(最終版):GW中の日本円変動率大爆発を解剖する | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

2024年4月マンスリー:

GW中の日本円変動率大爆発を解剖する

「市場の失敗」か「政府の失敗」か

悪魔は細部に宿る

2024年5月7日

 

①   GW中の日本単独でのドル売り・円買い「覆面」連続介入の怪

 

GW中に日本円の対ドル変動幅が週間で8円強も大変動を記録しました。連休中に海外へ出かけていた旅行者はもちろんのこと、既に休暇モードに入っていたと見られる大方の国民を驚愕させたことは想像に難くありません。

 

日本円や米ドル等各国通貨の交換比率を決める外国為替市場は、一国経済に小さくない影響を与えるため、GW中とはいえ突如として発生した為替市場の急激な大波乱を軽々に見過ごす訳にはいかないことは自明でしょう。

 

いずれにしても、今回の日本政府・財務省による日銀を介する我が国単独での連続「覆面」為替介入には、解せない点が少なくありません。

 

なお、「覆面」を付したのは、為替介入を実施した我が国の通貨当局が、為替市場の参加者はおろか、介入相手先の米国通貨当局とも、事前はもとより事後的にも連絡を取り合っていないと見られ、内外での説明責任を全うしていないと言う意味で、深刻なステレス為替介入であったと見られるためです。

 

「悪魔は細部に宿る」とも言います。

 

GW中の日本円急落と為替介入の詳細を以下再検証することから、4月(臨時)マンスリーとして、連休直後の機会をとらえて今後の日本復活の道を改めて探ってみたいと思います。

 

さて、日本円の対ドル160円台への急落(4月29日(月)午前)を受けて、日本政府・日銀は祭日にもかかわらず同日午後、ドル売り・円買いの「覆面」為

替介入を実施し(推定5兆円)、日本円は一時155円台まで急反発しました。

 

しかし、米通貨当局との協調介入が明らかに存在しないと見られる、日本単独の「覆面」での為替介入効果は一時的に過ぎません。大方の予想通り、その翌日に当たる連休谷間の4月30日(火)の為替取引からは、介入前通りのドル高・円安を基調とした1ドル158円に向けた展開に再び回帰し始めました。

 

1日当たりの為替取引金額(フロー)は、現在では、通常1000兆円規模を大きく超えるとみられています。仮に10兆円程度の大規模公的為替介入であっても、為替レートを持続的に反転させることは、相手国との国際協調介入なしであればなおさらのこと、至難の業であることは自明です。

 

ところが、我が国の通貨当局は、再度日本時間5月2日(木)早朝5時直後という意外でまた「奇妙な」タイミングで、ドル売り・円買いの「覆面」為替介入を再実施し(推定3兆円)、日本円は一時対ドル152円台まで急騰しました。

 

折しも、5月2日午前3時(日本時間)には、当時世界中の金融関係者が注目していたといっても過言ではない米金融政策の現状維持を決めたFOMC声明文が公表されたばかりでした。

 

また、同3時半から約1時間にわたって続いたパウエルFRB議長の記者会見では、同議長が最近のインフレ加速の兆候を認めながらも、再利上げの可能性には否定的な見解を明言したため、米債券市場及び米株式市場は共に日本時間午前5時に当たる米国金融市場通常取引終了時には、まちまちながらも、ほぼ波乱なく無難に終了していました。

 

その矢先での、米金融・通貨当局を軽視、あるいは無視し、最悪の場合には侮辱するとさえ誤解・曲解されかねないタイミングでの、我が国の政府・日銀による唐突な2度目のドル売り・円買い「覆面」為替介入には、率直に言って、筆者もかなりの驚きと違和感を禁じ得ませんでした。

 

このように執拗で悪質とも解釈されかねない我が国政府・日銀による単独での「覆面」為替介入は、まるで先の戦争におけるパールハーバーのような日本の一方的な対米宣戦布告を彷彿とさせるものだったといえば、筆者の思い過ごしというものなのでしょうか…。

 

 ②   WSJは円急落とドル切り下げ為替変動が壊滅的な報復関税を招くと警告 

 

実際、米有力経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、日本政府・日銀が最初に覆面為替介入を実施した翌日4月30日に、直ちに、「円急落とドル切り下げ為替変動が壊滅的な報復関税を招く可能性も」とのタイトルを冠する社説を遅滞なく取り上げて、同紙とその米読者からの通貨介入への関心の高さをうかがわせています。

 

その中で、特に半年後の11月に迫って来ている次期米大統領選で、異端で広く知られているトランプ共和党候補が日本の通貨安競争に対抗すべく、対日報復関税等を既に検討中と見られる等との警告を紹介し、日本円急落とドル売り為替介入が米国で政治問題化する懸念を指摘しています。

 

いずれにしても、米国では好景気が持続しているとはいえ、インフレ高止まりや執拗な米通貨高などを背景に、それでなくとも高齢問題に悩む現職バイデン大統領にとっては、特に接戦州米中西部ラストベルト(朽ちた製造業地域)を中心に、さらなる米国通貨ドルの変動率の高まりで大苦戦をますます強いられる状況となることは間違いないでしょう。

 

なお、先週末の米金融市場では、市場予想をやや下回った米4月雇用統計発表を受けて米長期金利が低下したこと等を背景に、日本円は対ドルで151円台まで一時続騰しました(5月3日(金)夜)。

 

しかし、GW明けの5月7日午前中の東京市場では、日本円が対ドル154円台で取引されており、為替市場の大波乱も小康状態の兆しがひとまず見えてきたかに見えます。

 

いずれにしても、ドル売りには我が国の外貨準備高に高々約150兆円という制約がある以上、為替介入の回数や規模にも自ずと限度があり、ドル円レートの今後の推移は将来の日米の経済ファンダメンタルズの展開次第ということに変化はないと見られます。

 

ところで、イエレン米財務長官が、「各国は異なる政策を採用することが可能で、市場における為替レートの調整はその一部だ」とし、「市場が決定する為替レートを持つ大国」にとって、介入はめったにない状況に限定されるべきだと主張しました。同発言は国際金融論の原理原則通りであり極めて説得的です(4月26日付ロイター記事)。

 

また、同米財務長官は、5月5日付のブルーンバーグ記事によれば、記者団に「介入の有無についてコメントするつもりはない」と述べ、「それはうわさだと思う」とし、円相場は「比較的短期間にかなり動いた」と述べた上で、「こうした介入はまれであるべきで、協議が行われることが期待される」と、自由と民主主義を標榜する米国の通貨当局としての「大人の対応」を見せているのは流石と言わざるを得ません。

 

③   「進む円安 投機的な動きは容認できぬ」は問題なしとしない

 

一方、日本側では、読売新聞が4月30日の朝刊で上記小見出しのタイトルを冠した社説を掲載しました。4月29日の初回の覆面為替介入直後にタイムリーに言及した我が国の社説は、主要紙では読売以外になくそれ自体は評価に値します。

 

しかし、「投機的な動きは容認できない」とする同社説の論旨は、政府・日銀と歩調を合わせて我が国通貨当局の歓心を買うことはあっても、遺憾ながら問題なしとしません。

 

なぜなら、繰り返しますが、国際金融市場での為替取引は現在一日当たり通常1000兆円規模を超えると見られており、10兆円程度の「大規模」な公的為替介入でも約1%程度の市場インパクトしか持ち得ません。

 

しかも、既述のように、為替介入先の相手国アメリカ通貨当局との協調介入でない限り、日本単独でのしかも米国側との事前協議を実施していなかったと見られる一方的な「覆面」為替介入ではなおさらのこと、為替介入は一時的な効果しか生まないことは自明というものです。[1]

 

むしろ、日米長短金利差が現在もそして将来も拡大すると金融市場が期待(予想)する限り、短期・中期的には一段の円安こそが合理的と見ざるを得ません。

 

例えば、日米長短金利差が現在約5%あり今後もそれらが継続するものと日米等の世界の投資家の大多数が将来を予想するとしましょう。また、日米の証券投資家の保有する証券ポートフォリオの平均的な満期が共に約10年間であると仮定しましょう。

 

そうであれば、米国証券への投資からは5%で将来10年間も利回りが期待できることになります。結局、ドル建ての米国証券投資の将来の期待リターンは累積で5%×10年間の約50%になり得ます。

 

したがって、日米の将来期待リターンを均衡させて、棚から牡丹餅ともいうべきアービトラージ(裁定)を解消するためには、通貨ドルは将来でなく現在直ちに50%増価(上昇)して、その後10年間にわたり徐々に円に対して減価(減少)していくと予想しなければ、日米の10年間にわたる期待リターンが均衡しないことになります。

 

こうして、購買力平価が前提とする長期は別として、国際金融市場が、当面、日米金利差が維持されるか、むしろそれが拡大すると期待(予想)する限り、金利平価でみるとドル円レートの160円突破を含む一段の円暴落も短期・中期的には否定できないことになります。

 

④   政府・日銀は失敗確実な単独覆面為替介入よりも、1ドル約108円の購買力平価を長期で達成すべく金融と財政の持続的なポリシー・ミックスを確立せよ

 

しかし、長期的に見ると、ドル円レートは日米の購買力平価に向けて収斂していくことが望ましく、またそのような予想が実現する蓋然性は長期では小さくありません。そこで、ドル・円レートの長期購買力平価の意義を、現在、再評価しておくことは有益であり、また極めて重要でもあります。

 

なぜなら、足元の日本円の対ドル為替レート水準は、日本経済全体の長期的な実力を反映する購買力平価とは大きく乖離していることは疑いないからです。短期・中期ではともかくとして、大きな歪みを長期的に放置し続けることは日本経済全体としての厚生を大きく損ないかねません。

 

例えば、円急落は一方で自動車等を代表とする輸出可能財や、他方で輸入ワインと競合する国内ワインなどの輸入競争財という輸出と輸入の両面における貿易財の価格を大幅に押し上げます(貿易財の相対価格を上昇させます)。

 

逆に、円急落は例えばレストラン、理髪、あるいは出版等の国内向け財・サービスなどの非貿易財価格貿易財価格と比べた相対価格で見て大幅に低下させます。

 

結果、経済資源の効率的配分を、貿易財に有利に、非貿易財に不利にすることで、為替レートの変動の大きさ次第では深刻に歪めかねず、経済全体の厚生上大きな問題を惹起しかねません。

 

それでは次に、実際の米ドルと日本円の購買力平価は、一時急落した時点でのドル円為替レート160円と比較して。一体どの水準にあるのでしょうか?

 

(絶対的)購買力平価を容易に説明する指標として、既に有名で人気のあるビック・マック指数があります。英エコノミスト誌によれば、2024年1月時点のビック・マックは日本では480円であり、アメリカでは5.69ドルであることから、ビック・マックでの日本円とドルの購買力平価は1ドル=84.36円(=480÷5.69)と計算できます。

 

他方、同じように近年注目されてきている人気の購買力平価を図るやり方にスタバのトール・ラテ方式があります。おなじく英エコノミスト誌によれば、2024年1月のスタバでのトール・ラテは日本で450円、アメリカでは3.45ドルのようです。こうして、スタバの日米トール・ラテ価格を比較してやれば、日本円とドルのスタバ購買力平価は1ドル=130.43円(=450円÷3.45)と計算されます。

 

仮に日米の消費者がビック・マックとトール・ラテだけを、毎日それぞれ購入・消費し続けるとすれば、ビック・マックとスタバのトール・ラテの消費バスケットの単純平均値1ドル107.40円が2024年1月時点での(絶対的)購買力平価ということになります

 

かなり乱暴な議論に見えますが、必ずしもそうではありません。

 

というのは、国際通貨研究所も、最新の2024年1月時点データに基づく日米のインフレ率格差を基にした相対的購買力平価は、マックとスタバの平均的な算出結果とほぼ同じ1ドル約108円と推定しているからです。

 

こうして、長期的みると、ドル円レートがおよそ108円程度と見られる購買力平価に向けて長期的に収斂していくことが我が国の経済厚生上最も望ましく、覆面為替介入があった1ドル160円はこの長期均衡レートからは大きく乖離していることも事実なのです。

 

しかし、現在と将来における日米の長短金利差予想からみた金利平価の観点からは、当初介入時の1ドル160円でも必ずしも円安とは見ることはできず、一段の円暴落を否定できないことになります。 

 

結局、ワシントンDCにあるブルッキングス研究所の著名エコノミストであるロビン・ブルックス氏が、4月29日時点のツイッター等で既に喝破したように、日本の通貨危機は、コアCPIインフレが過去2年間も約3%もの上昇を示してきているにもかかわらず、(政府・日銀が「基調的なインフレ」は2%物価安定目標にまだ未達だ等と強弁して)利上げしない、あるいは利上げできない、または、少なくとも金利正常化に極めて後ろ向きである点などを考慮すれば、やはり既に我が国の債務危機に変質してきてしまっているとみざるをえないのかもしれません。

 

そもそも、1970年代以降約50年間以上も続いてきている変動為替相場制の下では、外的ショックには国内の金融・財政政策というマクロ経済政策を駆使することで、国内経済への影響を遮断し得るという「隔離効果」が国際金融理論上前提にされており、またそのように期待されてきています。

 

我が国の通貨当局は失敗することが確実な単独覆面為替介入でなく、長期的には日本経済全体にとって最も望ましい1ドル約108円の購買力平価を達成すべく、いまこそ金融と財政の持続的なポリシー・ミックスを確立すべき時なのです。

 

⑤   「為替は物価に大きな影響なし」植田日銀総裁発言が円暴落の引き金を引く!

 

いずれにしても、4月29日(月)に1ドル160円台への日本円急落の直接の引き金となったのは、GW直前の4月26日(金)に金融政策の現状維持を決めた日銀会合後の記者会見で、植田日銀総裁が「為替は物価に大きな影響なし」と強弁したことにあったことは間違いありません。

 

日銀はマイナス金利を直前の会合(3月19日)で解除したばかりだとはいえ、約3%のインフレ下で、長短金利をインフレ調整後の実質ベースで大幅なマイナス圏深くに抑圧し続けることで、過度に景気刺激的でインフレや資産バブルを煽りかねない危うい金融緩和政策を維持し続けてきていました。

 

特に、3月会合ではYCC撤廃という大義名分にもかかわらず、実際には植田日銀が長期国債の大規模買い取り(月間約5兆円規模)によって量的金融緩和(QE)を従来通り続けることで、事実上、長期金利を約1%の水準で釘付けする政策を継続してきていたのです。

 

このため、3月日銀会合以降、日米長短金利差がむしろ拡大しかねないとの懸念や思惑が(国際)金融市場で生まれ、それらを背景に実際にも大幅な円安が既に現実のものとなってきていたのです(3月18日約149円⇒4月25日約155円)。

 

このままでは引き続き円安とインフレとの間の悪循環が一段と増幅するのではとの懸念の中で、注目されたGW直前の日銀会合(4月26日)でしたが、現状維持を決めた金融政策決定会合声明文公表後の日銀総裁定例記者会見で、植田総裁は最近の為替の動きが物価に「今のところ大きな影響を与えているということではない」と強弁してしまいました。

 

遺憾ながら、同発言は明らかに「自信過剰」か「認識の不調和」に陥っていると見ざるを得ません。[2]

 

いずれにしても、こうして誠に遺憾ながら、黒田前日銀のみならず植田現日銀も物価や通貨の番人ではなく、政府の番犬に過ぎないことが、植田総裁の一言で国際金融市場に知れ渡ってしまったということなのかもしれません。

 

そもそも、日本のインフレも、欧米のインフレと同様に、「一過性」とみることは困難です。

 

2020年に発生したコロナ禍を乗り切るべく、G7主要国がそれぞれほぼ一様に、金融政策と財政政策の双子の積極的な総需要刺激政策を実施した結果が、2021年以降の世界的なインフレの高進であるとみざるを得ません。

 

日本はG7の一員であり、G7がほぼ一様に採用してきていたマクロ経済政策による総需要刺激政策の下で、我が国のインフレだけは例外だというのは明らかに詭弁に過ぎません。

 

2021年後半以降に台頭してきた世界的なインフレ加速を受けて、FRBやECB等のG7主要中央銀行は、日銀を除き既に2022年春から大幅利上げに動いてきています。

 

欧米の名目政策金利水準は既にインフレ率をかなり超えてきており、その結果、実質政策金利が既にプラス圏で維持されて久しく、将来のインフレ低下(デイスインフレ)への必要条件を既に満たしてきています。それでもインフレ低下が欧米金融・通貨当局の期待通りには進んできていないのが実情なのです。

 

筆者がかねてから主張してきていたように、日銀もFRBらと同時に2022年春に金融政策を正常化に向けて、少なくとも徐々に動き出してさえいれば、日本円暴落や2%をかなり超えてしまっているインフレ高進を許すことも回避できていたでしょう。

 

しかし、日銀はようやく2024年3月にマイナス金利を解除したに過ぎません。そして、4月月26日の日銀会合までには、日本円が既に対ドルで155円まで大幅下落してきていたのです。

 

繰り返しますが、植田総裁は金融政策の現状維持を決めた4月日銀会合後の記者会見で、我が国ではまだ基調的インフレが2%に達成していないとも強弁しています。

 

このように「日銀文学」にいつまでも固執しているようでは、事実上、政府・日銀は既に2%インフレ目標政策を反故にしたのも同然というものでしょう。

 

その後の4月29日における1ドル160円台への通貨急落は必然だったと言っても過言ではありません。

 

結局、日本円の1ドル160円台への急落は「市場の失敗」というよりも、「政府の失敗」だったと言わざるを得ません。

 

⑥ 自民補選全敗とアベノミクス三番煎じの岸田自民党政権の危機(本節は4月29日付朝日新聞社説からかなりの部分を引用)

 

ところで、4月29日の日本円急落のもう一人の犯人を見つけることも可能かもしれません。

 

というのも、GW連休初日の4月28日(日)に、裏金問題発覚後、初めての国政選挙となった三つの衆院補欠選挙自民党が全敗していたからです。いずれも元は自民の議席であり、退潮は明らかです。裏金事件への岸田政権のこれまでの対応が、国民の信頼回復につながっていないことを如実に示した結果と見るべきでしょう。 

 

唯一、自民党が新顔を立てた島根1区は、細田博之衆院議長の死去に伴うもので、96年の小選挙区制導入以降、細田氏が当選を重ねてきていました。地力に勝る「自民王国」で議席を失ったことは、党への不信がそれほど根深いと知るべきでしょう。

 

細田氏は裏金づくりを続けていた安倍派の元会長でした。首相は2度、応援に入り、「党改革ののろしを、ここ島根からあげていただきたい」と訴えましたが、通じませんでした。

 

真相究明も関係者の処分もおざなりで、政治資金の透明化にも後ろ向きでは、言葉だけだと見透かされたようです。

 

細田氏は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係を指摘されながら、まともに説明責任を果しませんでした。疑念に正面から応えず、その場しのぎを繰り返す。裏金問題にも通じる、議員のこうした姿勢を改めねば、支持の回復は難しいでしょう。

 

島根で自民の厚い壁を破った立憲民主党は、長崎では日本維新の会との野党対決を、東京では候補者9人の混戦をいずれも制し、野党第1党としての存在感を示しました。

 

とはいえ、裏金事件という「敵失」に負うところは大きく、次の衆院選で政権を託すに足ると認めてもらうには、政策面でも態勢面でも、まだまだ努力が欠かせません。野党をまとめ、消極的な自民に思い切った政治資金改革を迫ることができるかも問われます。

 

衆院選で、政権批判票の分散を避けるには、野党間の選挙協力や候補者調整は避けられません。

 

基本政策のすり合わせなど、高いハードルもありますが、与党に「政権を失う恐れ」を突きつけることは、国民に向き合う政治への転換に資するに違いありません。

 

いずれにしても、このような我が国の最近の政治情勢が、植田総裁による「為替は物価の大きな要因にはまだなっていない」等との強弁とともに、日本円の急落を促したと見ることは決して不自然ではないでしょう。

 

⑦ 失われた30年の真の教訓を探る

 

奇しくも、毎日新聞が4月30日付で、為替介入問題とはほぼ無関係でしたが、小見出しのタイトルを冠した社説を掲載してくれていたことは、通貨や失われた30年の関係を改めて見直すという観点から、少なくとも筆者にとっては有益でした。

 

もっとも、失われた30年を決定付けたのは、必ずしも平成バブル崩壊とは限りません。

 

ましてや、同社説が主張するような、人材や不確実性などという抽象的で曖昧模糊としたものが、失われた30年の真の教訓とは筆者には思えません。なかんずく、精神論に帰着させるのではお話になりません。

 

もっと基本的な経済原則に反する客観的で深刻な足枷、制約条件あるいは根本原因が、失われた30年には存在しているはずです。

 

逆説的に言えば、現在の令和バブルは平成バブルを、日経平均株価が4万1千円台に一時肉薄したように、既に2024年3月中旬には凌駕しています。

 

しかし、平成バブル崩壊前の三重野元日銀総裁によるバブル退治に懲りたからといって、令和6年の今、アベノミクスの異次元金融緩和継続で円安・株バブルを、岸田ノミクスや植田ノミクスのように再び煽ってみても、我が国の物価安定と持続的経済成長の果実はいつまで経っても見込めそうにありません。

 

実は、失われた30年と言われる日本の長期停滞の核心には、GDPで見るとその約6割という大宗を占める個人消費の長期停滞があります。しかし、その消費の長期停滞は平成バブルの生成とその崩壊で始まったわけでは決してありません。

 

それはまず、第一に、1997年4月における消費税率5%への恒久的引き上げで一段と悪化し始めたことがGDPと消費の長期統計から明白です。

 

例えば、消費税率5%への恒久的な引き上げ直後に、日本経済は直ちにマイナス成長に陥り、その結果として当時大幅円安が生まれました。

 

それは同時に円安・ドル高に連れ高となった(対ドル固定相場制を採用していた)タイ・バーツをはじめとする東南アジアや東アジアの主要国のほとんどを含むアジア地域の全般的な通貨危機に伝染していきました。

 

しかし、アジア通貨危機はそれだけにとどまらず、次に、同通貨危機がブーメランのように跳ね返ってきて再び日本経済を襲い、我が国の景気の一段の悪化を招いただけでなく、究極的には日本の金融危機を引き起こすという我が国経済とアジア地域経済全体の悪循環にまで増幅していきました。

 

当時、ワシントンDCの世界銀行でトルコやパキスタン担当のエコノミストとして9年間奉職してから1996年に日本金融市場に舞い戻ってきたばかりの筆者にとっても、それは予想を超える驚きの連続の日々でもありました(詳細はクルーグマンとオブストフェルド両氏が著したアメリカ経済学部教科書「国際経済学」をご参照)。

 

特に、1998~1999年における連鎖的な日本の金融破たん(山一証券倒産、北海道拓殖銀行のみならず日本長期信用銀行などが次々に廃業に追い込まれた)の悪夢を思い起こさない人はまれではないでしょうか。

 

第二に、次に、消費長期停滞が一段と深刻化したのは、2014年4月におけるアベノミクスの下での、消費税率8%への恒久的引き上げ時だったこともGDP統計と消費のデータを見れば明々白々です。

 

アベノミクスの1丁目1番地であった異次元金融緩和は2013年4月に既に開始されてきており、一時1ドル80円を割り込む等それまで継続していた当時の急激な円高もついに円安に転じて、輸出主導で景気回復に向かい、2%インフレ目標政策はほぼ一年間ですでにほとんど達成されてきていました。

 

しかし、誠に遺憾ながら、アベノミクスはその開始後の1年後の2014年4月に消費税率8%への恒久的引き上げを断行してしまい、日本経済は再び厳しい景気後退に陥りました。

 

当時の黒田日銀総裁は消費増税後の景気大幅後退の中で、2014年10月末に悪名高いハロイーン・バズーカ砲を放ち、それまで量的緩和(QE)を中心としてきていた異次元金融緩和は、その後、マイナス金利(2015年1月)やイールド・カーブ・コントロール政策という事実上の長期金利釘付け政策(2016年9月)という深みにますますはまり込んでいきました。

 

2023年4月、黒田日銀体制から植田日銀体制に移行後も、異次元金融緩和継続のシンボルとなってきていた感のあるマイナス金利がようやく解除されたのは、わずか2か月前の2024年3月のことに過ぎません。

 

しかし、この間、特に2022年春から、一般消費者は明らかに2%をかなり超えてきた物価上昇という高インフレの下で、生活費高騰の危機やインフレ税の高まりに苦しんできたのは明らかです。

 

それでも、金融政策の正常化を頑なに遅らせてきたアベノミクス踏襲というツケ回しの結果こそが、第一に、自民党主流派安倍派を中心とした政治とカネの不祥事を背景とする自民補選全敗という日4月28日(日)夜の衝撃でした。

 

その付け回しの結果の衝撃の第二波こそが、その翌日の昭和の日4月29日(月)の午前における日本円が対ドル160円台超えの急落に他ならなかったのではないでしょうか。

 

このような政治危機と通貨危機という双子の危機の中で、あるいはそれらが日本の債務危機に転化する中で、政府・日銀が2度にわたって我が国の同盟国である米国の通貨当局との協議さえも実施しない、なりふり構わないドル売り・円買いの連続覆面為替介入に追い込まれていったのです。これらは自業自得とはいえ、実に衝撃的と言わざるを得ません。

 

まるで、映画のクライマックス・シーンの断末魔を見るかのような我が国の政治・経済・金融上の戦後最大の危機の展開を、今、我々は目の当たりにしているのかもしれません。

 

いずれにしても、誠に遺憾ながら、日本政府・日銀は、マクロの金融と財政政策によって、民間主導の持続的成長のための双発エンジンとなる消費と投資の好循環をもたらし、同時に日本経済の物価安定を図ることに既に失敗してきて久しいと見ざるを得ません。

 

その結果が失われた30年なのです。

 

長年の政府の失敗は明らかであり、それを市場の失敗に責任転嫁することはもはや不可能であり、また許されません。

 

失われた30年の教訓を真に学んでいない我が国は、誠に遺憾ながら、いまや政治、経済、金融面での戦後最大の危機に直面しているとみざるをえません。

 

このままでは、令和バブル崩落がもたらす経済損失は、日本円が160円台に急落したように、計り知れないとさえ見ざるを得ないでしょう。

 

 既に、3月マンスリー「平成超え令和バブルの大崩落がやってくる」で詳述したように、①通貨急落とインフレ加速、②消費長期停滞、③少子化という3重苦に呻吟する日本経済を救うためには、①消費税撤廃に向けた消費税率5%への恒久的引き下げに②政策金利の実質プラス圏への大幅利上げを含む金融政策の正常化を組み合わせるという、客観的で明確なマクロ経済政策面でのポリシー・ミックス以外に日本大復活への道はないでしょう。正に、国民の自覚と意志がいま試されているのです。

 

⑧ 市場予想をやや下回った4月米雇用統計に小躍りする米金融市場に死角あり

 

本マンスリーの最後で、世界経済と国際金融市場の今後を展望するために、直近の最重要経済指標のひとつであった米4月雇用統計の結果をより詳しく考察しておきましょう。

 

5月3日(金)の日本時間夜9時半に公表された4月の米非農業部門雇用者数は、前月比17万5千人増加に止まり、市場予想の24万人増を下回りました。また、4月の失業率は3.9%と前月の3.8%から上昇(悪化)しました。加えて、平均時給は前月比0.2%の増加に止まり市場予想の0.3%を下回り、前年同月比では3.9%増加となり、2021年6月以来の小幅な伸びにとどまりました。

 

もっとも、同統計は市場予想をやや下回った程度に過ぎず、米インフレ高止まりのリスクを必ずしも完全には払拭してはおらず、米長期金利低下や米株高を背景とする米金融市場の5月上旬における好調さは、不調だった4月金融市場に反して、再び慢心しているだけに過ぎないのかもしれません。

 

いずれにしても、4月米雇用統計を消化した今、米経済にとっての当面の次の焦点は5月15日(水)に発表される米国の4月CPIデータでしょう。

 

というのも、日本のGW中に発表されており注目度は低かったものの、4月の米ISM製造業および非製造業の景気指数は、それらのヘッドラインである総合指数がいずれも前月比で低下しました。

 

例えば、前者は3月の好調さを示唆する50超えの50.3から、4月に49.2へと低下し、後者も3月の51.4から4月に49.4へと共に低下しています。

 

しかし、その内訳指数である物価(仕入れコスト)指数は、逆に、それぞれ1か月前と比較して、かえってかなり上昇したことが懸念されます。

 

例えば、全産業の約15%を占めると見られる製造業部門の物価指数は3月の55.8から4月に60.9まで5.1ポイント上昇し、残り85%を構成する非製造業セクターの物価指数も3月の53.4から4月に59.2へと5.8ポイントもの上昇を記録しています。

つまり、米国経済は景気後退とインフレ併存という悪名高きスタグフレーションに再び向かいつつある可能性を排除できません。

 

スタグフレーションに関しては、先週5月1日のFOMC後の記者会見でパウエル議長がこれを明確に否定して注目されました。

 

しかし、パウエル議長は今回も正しいか否かは保証の限りではありません。

 

というのも、2021年から2022年初頭にかけての米国インフレ加速という転換点を、同議長は明らかに見逃してしまったという「前科」があるためです。  

 

折しも、サマーズ氏はブルーンバーグのウォール・ストリート・ウィークのインタビューの中で、現行の金利スタンスがどれほどタイトなのか、FOMCは判断を誤ったとの見方をあらためて示しました。

 

また、「政策は有意に抑制的だとパウエル議長が確信を持っているならば、それは間違いだと私は考える」とのサマーズ氏によるこれらの主張に、筆者は全く異議がありません。

 

いずれにしても、世界経済と国際金融市場における当面の最大の注目材料は5月15日(水)公表予定の米4月CPIデータとなることは確実でしょう(翌日公表予定の日本の2024年1~3月期GDP発表も注目です)。

 

 

中丸友一郎

元世界銀行エコノミスト

 


[1] なお、日本通貨当局は5月7日午前、「投機などによって過度な変動、無秩序な動きがある場合には、マーケットが機能していないわけですから、政府が適切な対応をとらなければならないことがあります」と弁明したようですが、日本円がたとえ160円台を大きく超えて一段と急落したとしても、それは「市場の失敗」なのか、あるいは「政府の失敗」なのかは、少なくとも異論のあるところではないでしょうか。

 

[2] なお、自信過剰や認識の不調和はバブル心理の典型例として知られています。