「わたし」を使い切る、ということ
昨日は、京都にて研修講師のお仕事でした。
●有能に見えること
●スゴイと思ってもらうこと
●カッコよく成し遂げること
そんなものは、ドウデモイイ。
「今あるわたし」を使って、
この場に何を成せるだろう。
「今あるわたし」を使って、
この人のために何ができるだろう。
そこに、一瞬一瞬、とことん集中する。
「わたし」という存在は、
「わたし」以上にも、「わたし」以下にもなれない。
ただただ、リアルな「わたし」をさらけ出し、
「わたし」のすべてを使い切る。
そんなとき、きっとなにかを残せたと。
そんなとき、これからなにかが始まると。
そう、信じたい。
「わたし」を使うご縁を頂けたことに、心からの感謝。

そんなことを、ありありと、
感じさせて頂けた1日でした。
今日も、あなたが「あなた」を楽しんでいますように
●有能に見えること
●スゴイと思ってもらうこと
●カッコよく成し遂げること
そんなものは、ドウデモイイ。
「今あるわたし」を使って、
この場に何を成せるだろう。
「今あるわたし」を使って、
この人のために何ができるだろう。
そこに、一瞬一瞬、とことん集中する。
「わたし」という存在は、
「わたし」以上にも、「わたし」以下にもなれない。
ただただ、リアルな「わたし」をさらけ出し、
「わたし」のすべてを使い切る。
そんなとき、きっとなにかを残せたと。
そんなとき、これからなにかが始まると。
そう、信じたい。
「わたし」を使うご縁を頂けたことに、心からの感謝。

そんなことを、ありありと、
感じさせて頂けた1日でした。
今日も、あなたが「あなた」を楽しんでいますように

「あなた」と「わたし」だからこそ、成せること
昨夜は、CTIジャパンのコーチング説明会
のサポートをさせて頂きました。
人と人が響き合い、根底から変化が起こる場は、
ほんとうに美しい。
思えば、まだ、アメリカで学生生活をしていたとき、
Co-active Coachingという本を手に取り、
「こんな関係性ってスゴイ」
と思ったのが、わたしとコーチングとの出逢い。
人と人がほんとうの意味でつながり合うって、
どういうことだろう?そのとき、なにがおこるんだろう?
そういうときに、人は最もそのひとらしいのだろうか?
そんなことを、毎日考えていました。
今でも、わたしにとってのコーチングとは、
コーチ対クライアント、というよりも、
「人」と「人」との本気の関わり合いであり、
「無意識の意識化」、つまり魂と魂との対話、でもあり、
人間としての生存欲求みたいなものです。
(もちろん、お仕事としての使命は、
ちゃんと果たしますが。笑)
========================
本能である、他人とつながり合いたい群居意識。
理性脳である、「わたし」でありたいとする自己主張。
========================
これらを併せ持つ、わたしたち。
両方を自己の内面で共存させるには、対話が命。
そのためには、この世という土俵の中で、
相手とどっぷりと向き合い、聴き、自己開示する。
違う個性を持った「あなた」と「わたし」だからこそ、
ひとりでは成し得ない、なにかを成せる。
**************
それこそが、人生であり、
「生きている」というリアル感。
**************
だから、世の中のあらゆる空間や関係性、
家庭、学校、職場、友人関係、通りすがりの出逢い、
において、「人と人がつながる心からの対話」が
アタリマエになされれば、
「コーチング」や「カウンセリング」
というお仕事が、世の中から消える。
むしろ、そんな世界になればいいなと思っています。
今日も、あなたが、
素敵な対話を楽しんでいますように
のサポートをさせて頂きました。
人と人が響き合い、根底から変化が起こる場は、
ほんとうに美しい。
思えば、まだ、アメリカで学生生活をしていたとき、
Co-active Coachingという本を手に取り、
「こんな関係性ってスゴイ」
と思ったのが、わたしとコーチングとの出逢い。
人と人がほんとうの意味でつながり合うって、
どういうことだろう?そのとき、なにがおこるんだろう?
そういうときに、人は最もそのひとらしいのだろうか?
そんなことを、毎日考えていました。
今でも、わたしにとってのコーチングとは、
コーチ対クライアント、というよりも、
「人」と「人」との本気の関わり合いであり、
「無意識の意識化」、つまり魂と魂との対話、でもあり、
人間としての生存欲求みたいなものです。
(もちろん、お仕事としての使命は、
ちゃんと果たしますが。笑)
========================
本能である、他人とつながり合いたい群居意識。
理性脳である、「わたし」でありたいとする自己主張。
========================
これらを併せ持つ、わたしたち。
両方を自己の内面で共存させるには、対話が命。
そのためには、この世という土俵の中で、
相手とどっぷりと向き合い、聴き、自己開示する。
違う個性を持った「あなた」と「わたし」だからこそ、
ひとりでは成し得ない、なにかを成せる。
**************
それこそが、人生であり、
「生きている」というリアル感。
**************
だから、世の中のあらゆる空間や関係性、
家庭、学校、職場、友人関係、通りすがりの出逢い、
において、「人と人がつながる心からの対話」が
アタリマエになされれば、
「コーチング」や「カウンセリング」
というお仕事が、世の中から消える。
むしろ、そんな世界になればいいなと思っています。
今日も、あなたが、
素敵な対話を楽しんでいますように

今日、大切なひとのはなしを聴いてあげよう
みなさま、こんにちわ。
本日は、カウンセリングを学ばせて頂いた、
日本メンタルヘルス協会の
衛藤信之先生が教えて下さった、大好きな詩
をご紹介いたしますね。
ーーーーーーーーーーーーー
子供の話に耳を傾けよう
(教育学者 デニス•ウェイトリーより)
きょう、少し、あなたの子どもが
言おうとしていることに耳を傾けよう。
きょう、聞いてあげよう、
あなたがどんなに忙しくても。
さもないと、いつか子どもは
あなたの話を聞こうとしなくなる。
子どもの悩みや要求を聞いてあげよう。
どんなに些細な勝利の話も、
どんなささやかな行いもほめてあげよう。
おしゃべりを我慢して聞き、
いっしょに大笑いしてあげよう。
子どもに何があったのか、
何を求めているかを見つけてあげよう。
そして言ってあげよう、
愛していると。毎晩毎晩。
叱ったあとは、
必ず抱きしめてやり、大丈夫だと言ってやろう。
子どもの悪い点ばかりをあげつらっていると、
そうなってほしくないような人間になってしまう。
だが、同じ家族の一員なのが誇らしい
と言ってやれば、子どもは自分を成功者だと思って育つ。
きょう、少し、あなたの子どもが
言おうとしていることに耳を傾けよう。
きょう、聞いてあげよう。
あなたがどんなに忙しくても。
そうすれば、子どもは
あなたの話を聞きに戻ってくるだろう。
ーーーーーーーーーーーーー
これは、すべての人間関係に言えることだと思います。
ですから、詩の中の「子ども」の部分を、
上司、部下、夫、妻、彼、彼女、
あの人、この人に変えても同じこと。
(組織の場合、抱きしめる、愛しているは、
褒める、信頼しているなどでしょうが。笑)

先日、山口県萩市の松下村塾を訪問しましたが、
吉田松陰のお父さまは松陰の成すことに、
「おまえの命だよ、好きにお使い」
とおっしゃったそうです。
親であろうと、子供であろうと、
夫婦であろうと、師弟であろうと、
相手は自分のモノではなく、独立した存在であり、
自分の期待通りに動かそうなどとは、驕り。
だから、ひとつひとつの出逢いに
感謝しようということなのでしょう。
日々、尊敬してやまない方々とご縁を頂きますが、
人を惹きつける経営者(人格者)の方ほど、
こちらが恐縮してしまうほどに謙虚で
「聴く達人」でいらっしゃる。
ほんとうに、頭がさがります。
相手の話をさえぎったり、
「あるべき論」を説教したり、
たくさん語ってくれた相手の話を
「要するに~ってことね」などと一言で片づけない。
そういう人間になれるよう、
引き続き、切磋琢磨してゆきたいと、
改めて思った次第です。
あなたが今日も、
大切なひととの関係性を、
育んでいますように
本日は、カウンセリングを学ばせて頂いた、
日本メンタルヘルス協会の
衛藤信之先生が教えて下さった、大好きな詩
をご紹介いたしますね。
ーーーーーーーーーーーーー
子供の話に耳を傾けよう
(教育学者 デニス•ウェイトリーより)
きょう、少し、あなたの子どもが
言おうとしていることに耳を傾けよう。
きょう、聞いてあげよう、
あなたがどんなに忙しくても。
さもないと、いつか子どもは
あなたの話を聞こうとしなくなる。
子どもの悩みや要求を聞いてあげよう。
どんなに些細な勝利の話も、
どんなささやかな行いもほめてあげよう。
おしゃべりを我慢して聞き、
いっしょに大笑いしてあげよう。
子どもに何があったのか、
何を求めているかを見つけてあげよう。
そして言ってあげよう、
愛していると。毎晩毎晩。
叱ったあとは、
必ず抱きしめてやり、大丈夫だと言ってやろう。
子どもの悪い点ばかりをあげつらっていると、
そうなってほしくないような人間になってしまう。
だが、同じ家族の一員なのが誇らしい
と言ってやれば、子どもは自分を成功者だと思って育つ。
きょう、少し、あなたの子どもが
言おうとしていることに耳を傾けよう。
きょう、聞いてあげよう。
あなたがどんなに忙しくても。
そうすれば、子どもは
あなたの話を聞きに戻ってくるだろう。
ーーーーーーーーーーーーー
これは、すべての人間関係に言えることだと思います。
ですから、詩の中の「子ども」の部分を、
上司、部下、夫、妻、彼、彼女、
あの人、この人に変えても同じこと。
(組織の場合、抱きしめる、愛しているは、
褒める、信頼しているなどでしょうが。笑)

先日、山口県萩市の松下村塾を訪問しましたが、
吉田松陰のお父さまは松陰の成すことに、
「おまえの命だよ、好きにお使い」
とおっしゃったそうです。
親であろうと、子供であろうと、
夫婦であろうと、師弟であろうと、
相手は自分のモノではなく、独立した存在であり、
自分の期待通りに動かそうなどとは、驕り。
だから、ひとつひとつの出逢いに
感謝しようということなのでしょう。
日々、尊敬してやまない方々とご縁を頂きますが、
人を惹きつける経営者(人格者)の方ほど、
こちらが恐縮してしまうほどに謙虚で
「聴く達人」でいらっしゃる。
ほんとうに、頭がさがります。
相手の話をさえぎったり、
「あるべき論」を説教したり、
たくさん語ってくれた相手の話を
「要するに~ってことね」などと一言で片づけない。
そういう人間になれるよう、
引き続き、切磋琢磨してゆきたいと、
改めて思った次第です。
あなたが今日も、
大切なひととの関係性を、
育んでいますように
