さて、「労働契約申込みみなし制度」についてはTwitterでも触れてはいるのですが、そもそも労働者派遣法は理解するのが非常に難しい法律ですから、ここでは復習を兼ねて詳細な解説をしたいと思います。

 

【1】派遣受入期間制限の復習から

⑴事業所単位の派遣受入期間の制限

派遣労働者の役務の提供を受ける期間は、原則として、同一の事業所において「3年」が上限です。したがって、吉田朋子さんという派遣労働者を同一の事業所で3年間受け入れた場合において、さらに派遣労働者の役務の提供を受けたいと希望する場合は、別の派遣労働者を受け入れるしかありません。


*さらに、吉田朋子さんとは別の派遣労働者による役務の提供を受けようとするときは、事前に過半数労働組合等の意見を聴かなければなりません。これは常用代替を防止するための手続です。

 

⑵個人単位の派遣受入期間の制限

ある事業所において、吉田朋子さんという派遣労働者を「人事課」において3年間受け入れた場合には、それ以上「人事課」において吉田朋子さんを働かせることはできませんが(事業所単位の派遣受入期間の制限)、「組織単位」を変更して、例えば「営業課」において吉田朋子さんをさらに3年間使用することは可能です。

*この場合も、事前に過半数労働組合等の意見を聴く必要があります。

 ※同一の事業所における部署(組織単位)を変更すれば、それぞれの部署における派遣受入期間の上限は「3年間」となります。

【2】最高裁判決が契機となって労働契約申込みみなし制度は作られた!
労働者派遣法第40条の6の規定による「労働契約申込みみなし制度」は、「パナソニックプラズマディスプレイ〔パスコ〕事件・最2小判平成21年12月18日」の最高裁判決をきっかけとして制度化されたものです。
 
これは、労働者派遣事業として厚生労働大臣の許可を受けていないA会社と業務請負契約を締結したパナソニックが、A会社の労働者Xをパナソニックの工場内で具体的な指揮命令をして働かせたという事案であり、実態としては労働者派遣なのですが、A会社は厚生労働大臣の許可を受けていないため、「違法派遣(いわゆる偽装請負)」に該当するものでした(Xの告発により、労働局からも労働者派遣契約を締結するよう是正指導を受けていました)。
そのため、A会社を退職した労働者Xは、パナソニックの労働者である(パナソニックとの間で黙示の労働契約が成立している)と主張して提訴したものです。
 
最高裁判所は次の2点について判示しました。
①違法な労働者派遣(偽装請負)であるとはいえ、実態が労働者派遣である以上、特段の事情がない限り、派遣元(A会社)とその労働者との間の労働契約が無効となるものではない。
②違法な労働者派遣(偽装請負)であるとはいえ、実態が労働者派遣である以上、派遣先(パナソニック)と労働者Xとの間に黙示的な労働契約が成立していたものと評価することはできない。
 
※黙示の労働契約・・・当事者による明示の意思表示がなくても、事実上の労働関係から判断して労働契約が成立しているものとして扱うことをいいます。黙ったままでの労働契約が認められるのかどうかについては、労働契約法第3条第1項の規定により「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、・・・」とあり、「労働者及び使用者の合意」を必要としていることから、裁判例では容易には認めない傾向にあります。
 
〔注〕この最高裁判所の判決に対しては、派遣先(パナソニック)が偽装請負という脱法目的で労働者派遣の役務の提供を受けているのだから、派遣労働者が希望するのであれば、派遣先との間の黙示の労働契約の成立を認めてもよいのではないかという意見が多く出ていました。
そのため、平成24年の労働者派遣法改正により「労働契約申込みみなし制度」を創設して、平成27年10月1日から施行することとされたのです。
 
【3】労働契約申込みみなしの要件と効果
⑴派遣先が、次の①~⑤のいずれかの行為を行った場合には、派遣先は、派遣労働者に対して労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、派遣先事業主が当該行為を行ったことにつき「善意無過失」であるときは、労働契約申込みのみなし効果は生じない。
①派遣労働者を派遣禁止業務に従事させたこと。
②厚生労働大臣の許可を受けていない無許可事業主から労働者派遣の役務の提供を受けたこと。
③事業所単位の派遣受入可能期間の規定に違反したこと。
④個人単位の派遣受入可能期間の規定に違反したこと。
⑤労働基準法等の適用を免れる脱法目的で、業務請負契約等を締結し、労働者派遣契約を締結することなく労働者派遣の役務の提供を受けたこと(偽装請負)。
 
〔注〕善意無過失・・・派遣先が①~⑤の行為に該当することを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がないことをいい、この場合は、労働契約締結の申込みを行ったとみなすことはありません。したがって、労働者が承諾の意思表示をしても、労働契約が成立することはありません。ただし、「法の不知は、これを許さず」との法諺があるように、派遣先が善意無過失であることを立証することはかなり困難だと思われます。
 
※なお、派遣先の行為が上記①~⑤の違法行為に該当するか否かについては、派遣先又は派遣労働者からの求めに応じて、厚生労働大臣が必要な助言をすることができることとされていますから(法第40条の8第1項)、実務上は、この厚生労働大臣の判断が決め手になるものと思われます。
 
⑵派遣先は、上記①~⑤の行為が終了した日から1年を経過する日までの間は、労働契約の申込みを撤回することができない。
契約の申込み(プロポーズ)とは、相手方の「承諾」があれば当該契約が成立するものであるので、当該1年の期間内に労働者が承諾の意思表示をした場合は、労働契約を締結しなければならない。
 
〔注〕派遣先は労働契約の締結を強制されるわけですが、この制度は、厚生労働省(※)によれば「民事的な制裁」として創設されたものであるとされており、違憲であるとは解されません(一部には違憲であるとの指摘もありますが)。
 
※厚生労働省は、本制度の趣旨について「善意無過失の場合を除き、違法派遣を受け入れた者にも責任があり、そのような者に民事的な制裁を科すことにより、労働者派遣法の規制の実効性を確保すること」(平成27年9月30日職発0930第13号)と述べています。
 
⑶労働契約の内容は、派遣先が違法行為を行った時点における労働契約と「同一の内容」の労働契約とする。したがって、派遣先による労働契約のみなし申込みに対して派遣労働者が承諾をしたとしても、派遣先の正社員になれるとは限らない。
 
⑷派遣先が①~⑤の行為を終了した日から1年を経過する日までの期間内に、派遣労働者が「承諾」又は「不承諾」の意思表示を何もしなかった場合には、労働契約申込みの効果は消滅する。
 
⑸派遣先が「国又は地方公共団体」であるときは本制度の適用はないが、国又は地方公共団体は適切な措置を講ずる義務を有する。
 
【4】厚生労働大臣による助言・指導・勧告・公表
労働契約申込みみなし制度において、派遣労働者が「承諾の意思表示」をしたにもかかわらず、派遣先が当該派遣労働者を就労させない場合には、厚生労働大臣は必要な助言、指導又は勧告をすることができる(法第40条の8第2項)。
 
厚生労働大臣が派遣先に対して派遣労働者を就労させるべき「勧告」をした場合において、派遣先がこの勧告に従わなかったときは、厚生労働大臣は、その旨を「公表」することができる(法第40条の8第3項)。