【1】労働基準法における強制労働の禁止
労働基準法において、解釈上最も難解な条文規定は第3条、歴史的に最も重要な条文規定は第5条だと言われています。
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
この第5条に違反した使用者には、労働基準法で最も重い法定刑が定められています。
第5条の規定に違反した者は、これを1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金に処する。(法第117条)
これを「いい(1年、10年)兄さん(20万円、300万円)が強制労働で逮捕さる」なんて語呂合わせで覚えたりもしますね(笑)
さて、この罰則規定について、具体的な施行期日については今後「政令」によって定められますが、おそらく令和7年度から次のように改正されることとされています。
第5条の規定に違反した者は、これを1年以上10年以下の拘禁刑又は20万円以上300万円以下の罰金に処する。(法第117条)
「懲役刑」と「禁錮刑」については、これを区別する実益がないということで、今後は、懲役刑と禁錮刑を廃止して両者を統合し、すべての法律の罰則規定において「拘禁刑」とします。
暴行、脅迫、監禁については、それ自体が、刑法上の犯罪に該当するのですが、令和7年度以降に予定されている法定刑で列挙してみます。
●暴行…2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料(刑法208条)
●脅迫…2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金(刑法222条)
●監禁…3月以上7年以下の拘禁刑(刑法220条)
これらに比べると、労働を強制したときの法定刑は、より重くなっていることが分かります。
これを刑法第199条の殺人罪における法定刑と比べてみましょう。
●殺人…死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑(刑法199条)
さすがに殺人罪のほうが重いのですが、殺人罪で最も軽い法定刑は「5年の拘禁刑」であるのに対し、強制労働罪で最も重い法定刑は「10年の拘禁刑」ですから、場合によっては、強制労働罪のほうが殺人罪より重くなることがあり得ます(※)。
※ただし、今まで労働基準法違反の罪で「懲役刑」が下された事例は非常に少なく、せいぜい4~5年に1件程度というくらいであり、ほとんどは「罰金刑」で済まされています。使用者を懲役刑に処したら企業経営に支障が生じることがあり得ることに配慮しているとも考えられますし、また、職位の低い係長であっても、その係長が一人でも部下を持ち、その部下に対して労基法上の一定の権限を有していれば、その限りにおいて「使用者」に該当しますから、そのような労働性の強い者までをも懲役刑に処することは過酷すぎると裁判所は思っているのかもしれません。しかし、中には本当に度し難い使用者もいるのですから、もう少し処断刑を重くしてもよいのではないかと考えます。
★係長に対する労働基準法上の刑事責任を肯定した最高裁判例としては「入善町事件・最2小判昭和47年2月10日、刑集26巻1号)」があります。
なお、強制労働罪は、暴行、脅迫、監禁等の手段により労働を強制した時点で成立し、現実に労働者が働いたか否かは問われません。
また、強制労働罪は、「労働者の意思に反して労働を強制すること」が必要なので、「詐欺」の手段、つまり労働者を欺いて(騙して)働かせても、それで直ちに労働基準法第5条違反になるものではありません。騙され欺かれた労働者としては、騙され欺かれているうちは「働こう、働きたい」という意思を持っているからです。
【2】ILO第29号条約(強制労働ニ関スル条約)
強制労働の禁止は、1930年の国際労働機関(ILO)の第29号条約(強制労働ニ関スル条約)においても定められています(日本は1932年(昭和7年)11月21日に批准しています)。
もちろん、労働基準法第5条も、このILO条約を考慮して定められました。
ILO第29号条約では、「本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と定めています。
現代仮名で表現すると、「本条約において「強制労働」とは、ある者が処罰の脅威の下に強要せられ、かつ、その者が自ら任意に申出したものに非ざる一切の労務をいう」ということです。
<強制労働=処罰の脅威の下で強要されること+任意でない一切の労働>
すなわち、「使用者から罰せられるのではないかという脅威の下で、しぶしぶ労働すること」という意味ですが、「処罰の脅威」というのは労働基準法第5条にはない要件です。
なお、ILO第29号条約を補強・補完するものとして、1957年のILO第105号条約(強制労働の廃止に関する条約)がありますが、日本は2022年(令和4年)7月19日に批准しましたので、その批准の発効は、2023年(令和5年)7月19日となります。
このILO第105号条約の概要は、以下の通りです。
この条約を批准する国は、次に掲げる手段、制裁または方法としてのすべての種類の強制労働を廃止し、これを利用しないことを約束する。
- 政治的な圧制もしくは教育の手段、または政治的な見解もしくは既存の政治的・社会的もしくは経済的制度に思想的に反対する見解を抱き、もしくは発表することに対する制裁
- 経済的発展の目的のために、労働力を動員し利用する方法
- 労働規律の手段
- ストライキに参加したことに対する制裁
- 人種的・社会的・国民的または宗教的差別待遇の手段
この条約を批准する国はまた、前記のような強制労働を即刻かつ完全に廃止するために必要な効果的な措置をとることを約束する。
【3】過失犯は処罰されない!
労働基準法は、犯罪の構成要件と罰則を定めている刑罰法規ですから、「刑法総則」が適用されます。
例えば、刑法第38条第1項は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」と定めていますが、同項本文は「故意犯(故意による犯罪)」を処罰するという意味であり、例外として、同項ただし書により、法律に特別の規定がある場合に限って「過失犯(過失による犯罪)」を処罰することができるということです。
労働法関連法規にも社会保険関連法規にも「過失犯」の規定はありませんから、過失による犯罪を処罰することはできません。
だとすると、使用者が「私は強制労働が犯罪になるなんて知らなかったんだ」とか「労働者に時間外・休日労働をさせるときは36協定の締結・届出が必要だなんて知らなかったので処罰を受けることはないよな。私はうっかり割増賃金を支払うのを忘れていたんだ」などと言い出したらどうなるでしょうか?
この点に関して、刑法第38条第3項は「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。」と定めています。
すなわち、法律の内容を知らなかったとしても、故意による犯罪ではないと主張することはできないのです。これは「法の不知は、これを許さず」という法諺で表されます。
一人でも労働者を雇って企業経営を行っている以上、労働基準法その他の労働法や社会保険法の内容くらい知っておくのは当然のことだということですね。
【4】法令用語としての「その他」の使用方法
「暴行、脅迫、監禁<その他>精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」を記号で表せば、「A、B、C〈その他〉D」となり、よく法律辞典などでは、A、B、C、Dは並列関係を表すなどと説明されます。
しかし、この説明だけでは、例えば、社労士試験における選択式問題の空欄を埋めることはできません。
〈その他〉の前に来るA、B、Cは、「単語」で表されることがほとんどであり、〈その他〉の後ろに来るDは「概説的・抽象的な語句(フレーズ)」が来ます。
これ、〈その他〉を〈又は〉に置き換えても文として成り立つのが特徴です。
「暴行、脅迫、監禁〈又は〉精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって」としても、何もおかしくありません(※)。
★これは、「その他」に英語の “or” のニュアンス(又は、すなわち)が含まれているということなのです。
※労働基準法第15条第1項は「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間〈その他の〉労働条件を明示しなければならない。」とあります。「A、B、C〈その他の〉D」においては、AやBやCは、Dという集合に含まれる要素として包含関係にあると言われます。このとき、〈その他の〉を〈又は〉に置き換えてしまうとかなり違和感を覚えるはずです。「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間〈又は〉労働条件を明示しなければならない。」…かなり違和感ありありの文になってしまいましたね。
以下、実例で試してみましょう。
厚生年金保険法第92条(時効)の冒頭は「保険料〈その他〉この法律の規定による徴収金を徴収し、…」とあります。
ここで、「その他」を「又は」に置き換えてみましょう。
「保険料〈又は〉この法律の規定による徴収金を徴収し、…」としても、何もおかしくありません。
ただし、「その他」の後ろに来る語句はちょっと抽象的な印象を受けます。
もう1つ、総括安全衛生管理者の業務を規定する労働安全衛生法第10条第1項第3号を見てみましょう。
「健康診断の実施〈その他〉健康の保持増進のための措置に関すること。」とあります。
〈その他〉を〈又は〉に置き換えると・・・
「健康診断の実施<又は>健康の保持増進のための措置に関すること。」となります。
「健康の保持増進のための措置」だと概説的ないし抽象的ですが、具体的な「健康診断の実施」も「健康の保持増進のための措置」の1つです(※)。
※労基法5条においても、暴行、脅迫、監禁それぞれは、「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」の1つですよね。そして、「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」として、さらに、長期労働契約、労働契約不履行に関する賠償予定契約、前借金相殺、強制貯金のようなものがあるわけです。
「健康の保持増進のための措置」としては、「健康診断の実施」がまず挙げられますが、それ以外にも、「健康診断の結果に基づく事後措置」、「作業環境の維持管理」、「作業の管理及び健康教育」、「健康相談」などもあるわけです。
社労士試験の選択式問題で、「その他」の前後が空欄になっていたら、以上のようなことを思い出して解けばよいのです。
①「その他」を「又は、すなわち」に置き換えても意味ある文として成り立つこと、
②「A、B、Cその他D」において、Dの典型例となり得る単語はA、B、Cで表すことができること、
③Dの具体的な単語はA、B、C以外にもあり得ること、
ということですね。