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山本文緒さんの『自転しながら公転する』。伊野尾さんのウォールで知って、読みたくなり、一気に読み終えた。始まりから終わりまで、途中で止めることができないほど次から次へと何かがおこる。登場人物の思いがいろいろな面から描かれ、こういう状態や思いの時ってあるなぁ!と思いつつ次にどのようなことになるか⁇と引き込まれると食事とトイレの時以外は読み続けて最後まで読んでしまった。

ーーーー少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよーーーー登場人物が語るが、離婚、鬱を経験した著者の口から出ているように感じる。
内容については書きません。ご自身で読んでお楽しみください。
久しぶりに読書を楽しんだ、と実感している。おススメです。






『揺れて歩く』ある夫婦の一六六日 清水哲男

詩人清水哲男さんの年老いたご両親の、一六六日の文章と写真による記録である。

清水哲男さんが残したものは、写真や文章でなく、かれが写真の中のご両親に注ぎつずける思いである。若いとき理解できずに小さなわだかまりを作ったかなしみ、自分も年老いてきて理解できる指物師の父親の手の強さと暖かさ、その横で七十五年毎日短歌をつくりつずける母親のこころのふかさ。

ほとんどひとつの部屋で向かいあって座り、テレビを聞きながらいつしかねむる二人の部屋を流れる風は、時が始まる前から吹いており、時が過ぎ去ってもそこに吹いているようにやわらかくあたたかい。

生きている間にお母ちゃんの歌集が見たいと、母親を父親が説得した。二万七千三百七十五首から三百六十六首を息子が選び、そして母親が九十歳の時に第一歌集ができ、父親が喜んで荷をほどき、妻はにこやかに見ている。

母親は、百までずっと一緒に生きていたいといつも言う。父親は自分が先に逝った時に妻が困らないようにと、気づかれないように心を配り準備する。九十一歳の母親と八十六歳の父親。

酸素ボンベを外せない肺気腫の父親の肺に癌がみつかる。
タクシーの中で「人生というのは、完成するものなのかなあ---------」という息子に、「人生に完成も完結もあるもんかい。偶然の積み重ねじゃ」と父親は笑って語る。

妻と息子に遺言を語り、「(モルヒネは)俺には不要や。お母ちゃんやら、孫やら、兄弟やら、最後までみんなの顔を見ていたいし、みんなの声を聞いてたいんや」「心配すんな。がんかて笑て死ねるわい」と笑う父親。

父親の誕生日に、母親が号泣し、「こんなうれしいことはない。長い人生で、いちばんうれしい日やわ」と言う。その部屋を満たしているのは何にも換えることができない、時間からもこの世のものすべてからも切り離された完全なものだっただろう。

ここまでがこの本の世界の半分である。こまかい影ややわらかい歩みやおだやかな呼吸は、読んでご自身で感じてほしい。

妻のことを配慮して死に向かう父親。仕事で鹿児島へ戻らなければならない著者は、ベッドの父親の最後の言葉を電話で聞くことになる。

母親がこう言う。「人間ていうのは、おおきな意識のなかを生きてるんやなあということや。目の前にある現実を生きてるのとちがうねんやわ。〈うち〉ていう小さな意識ともちゃうねん。もっと大きな意識の中を生きているねんで。ーーー」

生を揺れて歩き、死に揺れて近づいていく、その時感じる風が時や空間よりおおきなところを吹いているのを感じられたら。それはどんな感じだろうかと想像している。




          






『ナショナリズムー名著でたどる日本思想入門』 浅羽通明、ちくま新書。

ナショナリズムに関する本を同時に、十数冊読み進めている。橋川文三氏で三冊、北一輝について五冊、丸山真男氏で四冊、久野収氏で二冊、他数冊という具合だ。いろいろな著者のいろいろな著書を同時に読み進めると、ひとつはっきりとしたメリットがある。読んでいる一冊を距離をおいて判断できることである。

そして、その中には期待よりも著者の言葉、つまり命がこめられていない時があり、少しがっかりする。多くの場合、そうした本については何も書かない。書くわたしも心地よくないし、万が一、その著者や出版社の人が読むと嫌な思いをするだろうと考えるからだ。

しかし、「ナショナリズム」については書かないといけないと思っている。

副題で「名著でたどる日本思想入門」とあるように、「ナショナリズム」にまつわるいろいろな本からの引用で成り立っている。

内容は次のようになっている。
序章・・・・日本ナショナリズムとは何か
第一章・・ナショナリストの肖像
第二章・・郷土のナショナリズム
第三章・・友情のナショナリズム
第四章・・国土のナショナリズム
第五章・・文化のナショナリズム
第六章・・革命のナショナリズム
第七章・・男気のナショナリズム
第八章・・歴史のナショナリズム
第九章・・社会のナショナリズム
第十章・・軍備のナショナリズム
終章・・・・日本ナショナリズムの現在

著者は、小林よしのり氏のナショナリズムを引き出してきて、こう語る。「なぜ、『ネイション』=日本が大事なのかも、合理的に説明するのは不可能である。」こうした理知的な考察がある半面、「ナショナリズムとは、思想というよりも、意識しようとすまいと、我々のほとんどがその上に乗って思想し行動している前提のごときものなのだ。」・・・・・これは誤りである。ナショナリズムは思想ではない、それはわたしも同感である。しかし、その上に乗って思想し行動している前提ではないだろう。もし、それを呼ぶなら、郷土愛・パトリオティズムというべきだろう。

ナショナリズムは国家に属することではぐくまれるのか、教育によって植えこまれるのか、それは民族を越えるのか。現代の中国・ロシアを見ても、戦前の日本の植民地での皇国教育の結果を見ても、ネーションに属することで育ってくるのではなく、また教育によって植えこまれるものでもない。

著者も、パトリオティズムは自然な人間の感情であり、その感情からどのようにナショナリズムへと移行していったかをさぐろうとする。それが、第二章から十章までの内容である。

しかし、友情、国土、文化、革命、男気、歴史、社会、軍備、それらを通してナショナリズムが成立する様子を書こうとすればするだけ、ナショナリズムは見えなくなっている。友情、国土、文化がナショナリズムの幹となり、独立した自尊心を育てたのか?著者は、自尊心と劣等感を併せ持ちつつ、自尊心の方へ踏みだすのがナショナリズムととらえているようだ。よって、「日本人の穏やかさ」「日本独自の美意識」「男気に感動して集まる義侠心」がナショナリズムのぼんやりとした中身として書かれる。その後は、朝鮮戦争・ベトナム戦争特需による高度成長の自信、そして、最近の軍備を強化することが「普通の国家」になることであり、最終的には、誇れる「伝統」をもつことがナショナリズムという。

著者は、「ナショナリズム」を思想として考えている。ナショナリズムはパトリオティズムを国家が組織化し、ネーションに集めた幻であろう。ネーションが権力を持っている限り、ナショナリズムを超える感情は生れてこないだろうと思う。

多民族を強制的に同一化しようとする、戦前の日本のようなネーションが多く、また、民族の違いで殺戮を繰り返しているネーションも、東南アジア・南アジア・中近東・アフリカ・ヨーロッパに多く存在する。まだ私たちは、ナショナリズムを俯瞰する視点を手にしていないのではないだろうか。百五十年前、民族主義(トリビアリズム)を見降ろす眼をもっていなかったように。

現在の評論界が「ナショナリズム」をどこまでとらえているか、どのようにとらえようと考えているかを知るには最適である。

(2014.01.12)





『差別と日本人』野中広務・辛淑玉、角川書店。


野中広務氏、自民党時代、その考えは私と違うところが多かったが正直な人だという印象をもった。同じ自民党内で意見が違う政治家に対しては、他党の議員よりも人間関係が壊れてもかまわないという姿勢で語っていると思ったからだ。


辛淑玉氏、次回に書くつもりの『悪あがきのすすめ』で知った。私は周りからは「わがまま」と見られているようだが、私自身は、相当辛抱して、その時の会社や取引先に合わせてきたつもりだった。鬱になって、そこから回復するために「わがままの勧め」のような本を読んだ。その一冊である。


被差別部落出身であること、在日朝鮮人であること、そのことが生きることにどのような苦しみを与えるか。どうして、人は差別するか。


野中氏の選挙運動中、ポスターに『部落出身』とちらしを貼った石原慎太郎氏の運動部門、北朝鮮が、最も北朝鮮を批判した野中氏を何度も交渉代表として要望したか?・・・・多分、言ったことを実行する誠実さを感じたのだろう?!と思っているが。また、辛氏は在日の立場から野中氏の思いを引き出す質問役になっているる。


・・・・・辛 「・・・野中さんはどんな日本人ですか。」 野中 「『日本人』って、僕はそんな狭い感じで考えたことはなかったですね。・・・・・」 辛 「自分が日本人だって意識したことはあまりない?」 野中 「ないな。」・・・


政治的な考えはいろいろあるだろう、しかし、どのような視点で生きて政治を考えているか、それは政治家にとって重要だし、政治家を選ぶ私たちに必要な眼ではないだろうかと考えさせられた。


自民党を好き嫌いに関係なく、政治を考える、政治に携わる人には読んでほしいと思う本である。


(2014.10.25)





『ナショナリズム』 姜尚中、岩波書店


ナショナリズム、何がナショナリズムか、それは国民にとってどういうものか、私たちはなかなか明確に言葉にできないのではないのではなかろうか。


「国体」、「日本という国」について、過去の思想家、学者の書き遺したところから、探っていく。
そして、分かるのは、ほとんどが、その言葉が意味するところを定義すること、歴史的に説明できないままに使って来たということである。

本居宣長の美意識といっしょにした「日本」という国の捉え方、そのまま明治に「政治」と「美」を混同したまま第二次世界大戦に突入した。戦後、和辻哲郎、南原繁、江藤淳、丸山眞男が「日本の国体」をどのように考え、過ち、悩み、どのように明らかにできないままに現在にいたったかが書かれている。

多くの引用があり、その引用される文書の歴史性や内容をある程度理解していないと分かりづらいというのは、本当の感想である。読者として想定されたのが、学者や政治学を学ぶ学生だったのだろう。それだけが残念である。

姜氏は在日韓国人である。あとがきの次の文には彼の思いが現れている。「教科書問題や小泉首相の『靖国参拝』問題で違和感というよりは強い反発を感じたのは、世論の多くがまるで判を押したように外圧に屈するなというかけ声をあげたことである。・・・わたしのような在日韓国・朝鮮人もまた、内側の『外』として封じ込められるべき『鬼胎』の係累にすぎないのか。『国体』がその境界を変え、『異民族』をあるときは『臣民』にーーーいかも二流以下の『臣民』にし、あるときは『外地異民族』にしてしまうその身勝手なご都合主義こそ、わたしが『国体』ナショナリズムに向き合おうと思った隠されたモティーフである。」

この思いは、私にとっても同じである。17世紀まで、日本の政権の権力の外で、琉球国であった。1609年から島津藩の植民地となり、そのまま明治になると鹿児島県になった。よって、私の中に流れる文化は、日本の歴史のそれではない。その私にとって、ナショナリズムは、多くの時、政権の望む考え方に国民を導くためのものにすぎない。しばらく、ナショナリズムについて考えてみようと思う。

ナショナリズムとは何か?真剣に考えたい人にはお薦め。理解するために、何度も何度も読み直す必要があるだろうが、ナショナリズムの闇とその縺れ方を知るためには、良い経験だろうと思う。
(2013.12.27)

5年前に書いたが、手はくわえなかった。






『日本浪漫派批判序説』 橋川文三、未来社。

ナショナリズムとは何かとかんがえて読んで来て、「日本浪漫派」に来てしまった。四十年前に読んだ本が多い。しかし、今読むと。昔はなんとポイントを間違えたり、重要なところをおとしていたと気づく。著者の言葉で言えば、「新しい『時代閉塞』の現状」にもがく学生だったと思う。その時には気づかないものだ。

歳をとってみなおすということは良いものだ。しかし、歳をとってもかわらない人や状況がある。正体不明のまま、人びとを戦争へ鼓舞するし、そのなかで自然の美と歴史に酔えた「日本浪漫派」もそのひとつである。

著者がこれらの評論を書いたのは約六十年前、私が生れた頃である。

内容は次のとおりである。
一章 日本浪漫派批判序説
二章 ロマン的体験
三章 停滞と挫折を超えるもの

一章にこうある。「こうしたいわば原体験(第二次大戦までのできごと)としての日本ロマン派は敗戦の衝撃によって滅びたとされているが、それは事実としては正しくないばかりでなく、この種のロマン主義、この種の民族主義を醗酵させた母胎としての心性は、とくに三十代以下の世代に、広汎に認められる。」・・・・四○年前の文章である。著者は、私たちの世代は、生活の困窮や息苦しさのなかで、なにらかの「ロマン」を求め、それが第二次大戦前の「日本浪漫派」に似ているのではないかと四○年前に書いているる

著者が指摘する「日本浪漫派」とは何か?

こう書いてある。「日本人の生活と思想において、あたかも西欧世界における神の観念のように、普遍的に包括するものが『美』にほかならなかったということができよう。」・・・・これについては、別書について書く時に書こうと思うが、これが日本の歴史かもしれない。もしかすると、世界の歴史かもしれないと思っているが、それはまだまだ考える必要があるだろう。

第三章で、戦前からの浪漫主義で生きる石原慎太郎、それを反論で破れない大江健三郎、その他の四○年前の姿が、対談・シンポジウムでの発言から描かれている。

わたしは、四○年日本の知性は変わらなかったと、落胆とやはりかという納得をもちながら読んだ。多くの方が昔読んだだろう。あれから四○年たって読むと新しく見える事がある。おすすめである。

気になるのは四○年前の日本の国民の精神が、今と変わらないことである。多分、わたしたち国民の精神は、もしかすると永遠に変わらないのかもしれない、という危機感を感じたというのが正直である。

(2014.02.19)

4年前に書いたが手は加えないことにした。







『ナショナリズムーその神話と論理ー』橋川文三 紀伊國屋書店。


5年前に書いたが、考えはほとんど変わらないので、誤字を訂正する以外、手を加えないことにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

日本のナショナリズムはどのように作られてきたか、いろいろな考えがあるだろう。橋川氏は歴史を追いながら、その時代の人びとの国に対する思いを探り、日本のナショナリズムの生れる様子を書いている。

内容は、三章に分れている。
序章 ナショナリズムの理念ーひとつの謎
第一章 日本におけるネーションの探求
第二章 国家と人間

そもそもナショナリズムとは何か?自分が住む土地、仲間を愛し、そのために戦うパトリオティズム、同じ民族で守り合い、外からの攻撃に対抗するトライバリズムとどのように違うのか。それを政治学者、一般国民はどのように誤解してきたのかが序章に書かれている。

また、パトリオティズムが究極の姿をとると、そのためにどれほど他者に残酷になり、テロルを行うか、ルソーの思想を受け継いだロベスピエールとその仲間の言葉と行動にあらわれてくる。・・・・「祖国愛の中には何か恐ろしいものが含まれている。それはすべてを公共の利益のために、憐れみの心も、恐怖の心も人間愛の心もなしに犠牲とするほどに排他的なものである。」(サン・ジェスト)。その現れを、私たちは、ソ連内部の三千万の粛清に、中国共産党の二千万の粛清に見る事ができる。

そして、その二重性が、ルソーの思想そのものに、一方では世捨て人であり無政府主義者であり、自然を熱望し、社会的因襲に反抗し、他方で、スパルタをたたえ、集団への個人の没入を説くというかたちで現れているという。

この二重性は私たちも抱えているものかもしれない。

第一章で著者は、日本にナショナリズムが意識されたのは、ペリーの来日によると書いている。それまでは、各藩の中で藩命に従って生きていた武士が、藩の枠を越えて手を結ぶ必要があった。

西郷隆盛は、尊王攘夷は、尊王のための目標であり、攘夷は皆をひとつにするたんなる方便であると、開国の理由を尋ねられて答えている。しかし、その思想を身を持って信じていたのは吉田松陰であると、吉田松陰の残した文献と手紙で紹介している。江戸末期の日本で国学がどのように理解されず、そしてうけいれられていったかを、島崎藤村の『夜明け前』から詳細に引用している。

第二章で、板垣退助等薩長土肥の軍隊が会津藩を攻めた時、会津藩士は抵抗したが、一般人は全く無抵抗であった。このことが、普仏戦争でフランス国民がドイツ軍に抵抗したことを知っていた板垣退助に大きいショックを与える。

皇族・華族481戸、士族408,861戸、平民6,854,111戸(明治9年統計)を考えると、外国と戦うとなった時、平民があてにならないなら大きい戦力不足である。そこで、戸籍法と徴兵令、そして、教育によるナショナリズムが上から教え込まれた。

自由民権運動も、福沢諭吉の書物も、簡単にまとめると、「愚かな国民を国家の役に立つようにすべきである」という内容である。

「・・・・・政府はいぜんたる専制の政府、人民はいぜんたる無気無力の愚民のみ、或いはわずかに進歩せしことあるも、これがため労するところの力と費やすところの金とに比すれば、その奏功見るにたるの少なきは何ぞや。・・・」(『学問のすすめ』福沢諭吉)

私は、日本のナショナリズムは、明治政府によって意識的に作られ教育されたものであるがゆえに、そこに欠けているところがあると思っている。それが、故郷を愛するパトリオティズムである。そして、国家は国民のものでなく、政権と経済界を握る一部の人間のものであるという感覚が政治家と経済界にあり、それは明治以来変わっていない。同じように、政府と国民の関係の根本は変わっていないのだろうと思う。

自由民権運動や福沢諭吉の考えを見直しつつ、明治時代にどのように国はナショナリズムを作って行ったか分かりやすい解説書である。現在の日本国政府を理解するためにも非常にお薦めである。

(2013.12.29)





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『わが闘争(上・下)』アドルフ・ヒトラー。角川文庫。

6年前に書いた。その時にはドイツでは州に没収されていた著作権が、2015年に著者であるヒトラーの死後70年になりフリーとなり、それまで研究のためとインターネットでひろがった形でしか読めなかったのが出版され販売された。そのために一部手を入れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

高校時代に読んだきりで関心もなかったが、今回は内容を確認しておこうと思って読んだ。2015年まで発売禁止だったドイツでドイツ語で出版された。歴史的な説明書がつくというが、その内容はどうだろう。

出版されていない時代も、ドイツ語圏のナチス信奉者は、古い本をコピーして読んでいた。出版されると、紅衛兵が毛沢東語録を掲げたように、右翼青年たちが掲げるだろう。また、1925年に第1卷、1926年に第2卷が出版されたこの書物は、ミュンヘン一揆で投獄されたヒトラーが印税目的に獄内で口述で書き始めた。ナチスが政権を取ると、結婚する夫婦への贈り物となり、信奉者はもちろんだが、反発する人間も政権に反対する考えをゲシュタポの追求から隠すために、ほとんどのドイツ人が買った。ヒトラーは膨大な印税を手に入れた。また、金正恩は幹部に配ったという。

現代の日本を見ていて、同じような方向性をもった思想がひろがっていくように思えるので、確認のために再度読んでおこうと思った。

上巻の内容は、生まれてから世界大戦敗戦、ドイツ11月革命、ドイツ労働者党、ミュンヘン一揆の失敗までである。・・・これを上巻で「民族主義的世界観」と題して書いてある。ミュンヘン一揆の失敗(クーデター失敗)の死亡者に捧げ、最終章の前は「民族と人種」という題で、アーリア人とユダヤ人について書いてある。下巻は、「国家社会主義運動」という題で、国家・党・民族・同盟・宣伝方法・突撃隊と組織について、具体的な方策を書いてある。

さて、この二巻を読んで気付いたことと、疑問に思ったことは二つである。しかし、重要だと思う。

気付いたこと、あるいは、推定されることの一つ目は、著者は新聞は読んでいるが、自書で攻撃しているマルクス、レーニン、ローザルクセンブルグ等社会民主党とスパルタクス団、等の著作はほとんど読んでいないだろうし、もしかするとユダヤ人を知るのに重要な旧約聖書もきちんと読んでいないと思われる。いたるところで、矛盾、あるいは混同している。

しかし、それは、彼自身の思想の正しさを証明するための引用されているだけなので、内容理解に誤りがあっても良いという考えかもしれない。つまり、まるで、著者が得意である演説のように・・・・・細かい内容を聴衆は気にしないし、覚えないから、印象に残すべきことを何度も語ることが演説のポイントであると書いているが・・・・そのようにこの本を書いているのではないかという点である。多分当たっているだろう。

二つ目は、疑問に思ったことである。どうして彼はユダヤ人をあれほどに嫌うようになったかである。少年時代は気にしていなかった。それが、ミュンヘンへ出て、新聞を読み、経済を気にし始めた時、突然彼はユダヤ人を「ゴミ」とか「汚れ」、そして「劣性民族」と言い始める。多分、それは「シオンの賢人の議定書」・・・・最近でもテーマにすると売れる、ユダヤ資本が全世界を動かしている、その始まりは1890年のユダヤ人の賢人の集まりで決まったというフィックション・・・を読み、本気にしたか、これを利用しようと考えたと思われる。

「わが闘争」のテーマは政治学でも、国家学でもない。徹底したプロパガンダであり、自分が考える政治・軍事・国家運営の夢である。

そして、彼はそれをすすめることになる。
骨子は、次のようにまとめていいだろう。

①人種にも優性と劣性があり、優性な人種が残って行くべきである。そこに、身障者の断種・強制避妊からユダヤ人虐殺までいく政治の方向を決定した根本的な思想がある。日本人ももちろん劣性のグループに入る。そのことを気づいて、ドイツとの同盟に反対した軍部の人間もいた。しかし、差別されるものは、自分が差別できるものを探しだして差別するという人間の本質のままに日本政府は進んだ。

②国を治めるのは、無能な議員たちでなく、有能な数名で良い。国民は、身体を鍛えよき軍隊となって、国家の繁栄のために尽くす方が幸せである。よって、国家のために死ぬものは幸せである。

③宣伝は、国民を導くのに重要である。簡単な言葉で、何度も何度も聴かせ覚えさせるべきである。細かいことや、難しいことを国民は忘れる。

④植民地を拡大したり、国家を併合したりするが、国家は運営することが目的でなく、美しい国民が育つため(美しくない人種は消し去って)の環境をつくることである。それを拡大して行かなければ豊かにならないが、そのために軍事的に優れるべきである。(簡単にいうと、彼は、広い国家は他国から攻撃されても簡単には滅ぼされない。アメリカを攻撃するのは大変である。農業には土地がいる。先ず広い土地を確保することである。そこでソ連への侵略が計画され、イギリスとは同盟を結ぶべきであると考える。そして実際、イギリスの政治家の中にドイツとの同盟をすすめる人びとが現れた。)・・・・・簡単にまとめるとこのようになる。

当時のイギリス、アメリカ、日本の経済・軍事の直感的な把握や、戦勝国の要求に妥協した前政権の愚かさや、仮想敵国であるイギリス・アメリカの軍艦にまさる設備をひとつは持たせる日本海軍のすぐれている事等、細かい。しかし、ユダヤ資本を攻撃しつつ、アメリカ国家についてはその優秀性でほめっぱなしであり、日本は黄色人種であるために、人種としてほめられない等の言葉がある。(それで、戦前アメリカは対ドイツ戦になかなかふみきれなかった、もちろんドイツ系アメリカ人がいることも影響したと思う。また、日本では完訳版は出版されなかった。しかし、ドイツ語版がドイツ語学科ではテキストとして使われた。)  
            
読み終わって思うのは、これがドイツ語版で出版された今、また、国粋主義者・軍事主義者・人種差別者の読むべき本になっているだろうと思う。政治・経済について専門的な言葉はないし、内容は、我々は良い、Bは悪い、良いものが支配すべきだ、という簡単な内容だからである。

70年たって、ヨーロッパの人々が利口になっていてほしい。薦める本ではないが、どういう内容か確認のためには読んでおいて良いと思う。というのは、経済が厳しいと、知らず知らず、ヒトラーの政策・軍事政策を良しと思う日本人がでてくるし、政治家にもあらわれるだろうと思うからである。

(2012.05.12)

そして現に、ワイマール憲法をいつしかナチス憲法にしていたヒトラーのように、現在の日本国憲法をそのまま新しい日本ーー実際は古い日本と同じだがーーの憲法に内容理解を変えて行くべきだと発言する人々が日本の政権を握っているのだから。歴史はふりかえってみると、そうなのか‼︎というのがあるのだろう。人間は多分、ここ数千年、あるいは存在してから個人という存在についての思想は進歩してないと言っていいのではないだろうか。





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『2030年世界はこう変わる』米国国家情報会議編、講談社。


もとCIAの内部にあった米国国家情報会議は、毎日、そして週、月、年単位で、さらに中・長期レポートを大統領に提出している。

その中期レポートである。大きく立花隆氏の名があるが、序文を書いている。2012年12月のレポートである。


内容は次のようになる。

第1章 メガトレンド 『2030年世界』を決める4つの構造変化

     ①個人の力の拡大

     ②権力の拡散

     ③人口構成の変化

     ④食料・水・エネルギー問題の連鎖

第2章 ゲーム・チェンジャー 世界の流れを変える6つの要素

     ①機器を頻発する世界経済

     ②変化に乗り遅れる「国家の統治力」

     ③高まる「大国」衝突の可能性

     ④拡がる地域紛争

     ⑤最新技術の影響力

     ⑥変わる米国の役割

第3章 オルターナティブ・ワールド

     シナリオ① 「欧米没落」型

     シナリオ② 「米中協調」型

     シナリオ③ 「格差支配」型

     シナリオ④ 「非政府主導」型


また、南アジア、東アジア、欧州についていくつかのシナリオを中に書いてある。


基本的なポイントは幾つかある。

・中国とインドの中間層の購買力が全世界の半分を占めること。

日本はもはや復活しないこと。

・アメリカが「世界の警察」の役割から離れること。


アメリカ政府は自らを「世界の警察」と思っているのだと、その自国を認識する力の無さ、あるいは自己認識の誤りには驚く。


しかし、中国が石油を輸送するために海洋の支配力を伸ばそうとしてくるとか、現在の南シナ海の状態を考えるとその予想は当たっており、その他の予想・・・人口の都市部への集中、先進国の中間層が仕事を失う、バングラディシュ、エジプト、インドネシア、イラン、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、韓国、トルコ、ベトナムの合計国力がEU27ケ国の合計を超えるという予想も外れないだろうと思わせる。今アメリカが軍事的、経済的に進出してる国の名がならぶ。


そして、多分当たっているだろうと思われるのは、国際関係、気候変動、核拡散問題、テロ集団が増え不安定な国家が増加、地球は2度気温上昇、水と資源不足等である。


他にいろいろな予想が書かれている。それはご自分で読んでいただきたい。アメリカが何を考えているか、わかりやすい。


(2015.12.15)


2年半ほど前に書いたが、それからの世界の動きは書いた内容を追いかけている感じがする。









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『日本を滅ぼす〈世間の良識〉』森巣博、講談社現代新書。


いつもの鋭い斬り方の森巣節が、一段と鋭い。帯にこうある。

「嘘つきメディア、舐めた政府、踊る国民、そろそろ現実を見ないか?・・・どうやら日本国内では、おかしなことに気づかない(あるいは気づかないふりをしている)ほうが安全なようだ。それゆえ、おかしな部分が見えてきだすと、自動的に制御がかかる。見えているのに、見えてないこととする。自衛本能による、メンタル・ブロックなのだろう。知らねば、その事象は存在しないことと同義だ。」


これだけで、内容が、現在の日本の何を明らかにしようとしているかわかるであろう。


目次から、いくつかの節の題をあげてみよう。


・利潤の私益化・費用の社会化

・自国メディアの不甲斐なさを、他国メディアによって知る

・のりピー報道ヒステリーについて考えてみた

・史上最強となりえた横綱を殺したのは、だれか?

・大本営原発部発表「大丈夫・心配ない・安全・ただちに健康に・・・・」

・胡桃の木と日本人は叩けば叩くほど収穫できる、のか?


政治家・企業トップ・官僚がどのように個人的利益を得て、その費用を国民に押し付けているか? 政治家に接待される記者たちが中心となる日本のメディアは真実をかけず、海外のメディアがそのことまでどのように報告しているか? のりピーはあれだけマスコミに叩かれ、押尾は保釈されたのは、押尾が所属するEXILE事務所の顧問が元警視総監と元法務大臣だからで、のりピーの本音は、EXILEから始まりすべての芸能人の尿検査をしてほしかったはずだ、なぜなら芸能界と暴力団のつながり、薬の使用は当然のようになされているから。朝青龍は引退させられたが、昔、大鵬他数名の力士が拳銃を隠してアメリカから持ち込んでもおとがめなし、現在でも多くの力士が違法賭博場に出入りしていても告発されないのはどうしてか? 政府と東電がどれだけ偽りの発表をなし、国民の動揺がおさまったところで徐々に真実を発表するのはどうしてか? また、国際機関が「住民の命の危険」を忠告し続けているのに、政府は「大丈夫」といい続けるのは、二十年後何十万単位で死ぬ人が出ても、原因関係をさかのぼって証明するのが大変なので国民があきらめるのを計算しているのではないか? これまでの薬害問題や公害病のように。政府は国民からいくらでも搾り取り、死者がでることも気にしない、それは満州から関東軍が逃げ、国民は捨てられたのと同じではないか?


これらは、内容の本の一部である。また、実際の数値、現実に起こった事件とその時間的経緯の中で何が起こり、何が隠され、国民はその問題をどのように忘れていったか、詳しく書いてある。


現在の日本に異常さを感じる人には、それが何からきているもので、過去にどのような異常なことが見逃されてきたか知るために読んでほしい。また、異常さを感じない人には、異常なできごとがどのように隠されてきたか、知るために読んでほしい。


(2014.08.23)



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