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禁断の別居生活

溜まりにたまった心労から、別居を提案しました。
この先、離婚に進むのか、復縁するのか、全く分かりません。

週末、地元の大きなお祭りがあって、夫も早く帰れるというのでみんなで出掛けました。

その夜、次の結婚記念日の旅行の計画をしてきた。

私の好きな場所。



思わず、テンション上がってあっという間にホテル調べて予約した、私。




我ながら単純だわ…。


なんなら、その時に仲直り&夫婦再スタートってことにして、ケーキ予約しておこうかなとか、考えちゃった。


ほんと単純。



でも、素直に嬉しいと思えた私は、別居を始めた頃よりは少し、心が柔らかくなったのかな。


きっと、再び話し合いをするときには、またいやな気持ちになるのだろうけど、

また話し合いをする日がくるかもしれないと思えた日でした。
別居生活はあまりにも動きがなく、仕事が立て込んできてますます何も考えられなくなっているので、こどものことを投稿してみます。




長男が赤ちゃんの頃、それまであかちゃんの世話をしたことがなかった私は、大人だけの生活とはあまりにも違うことに戸惑いました。


ただひたすらに赤ちゃんが泣く度に、オムツ?おっぱい?だっこ?メリー止まっちゃった?と要望を聞きながら試しながらお世話をする毎日。

大変、と思っている間もありませんでしたが、その状況を楽しむため、息子を『○○先生』と呼んでいました。
(例:たろうくんだったら、たろう先生)

学校の先生というよりは、医者や政治家のイメージです。



泣けば『先生がお呼びだわ!』と飛んでいき、
先生がおなががすいたと口をパクパクさせればどうぞと我が身を差し出し、
先生から香ばしい香り(赤ちゃんの時はそうでもないけど)がすれば、仰せのままにおしもの世話をし、
寒ければ布団をかけ、暑ければ布団をよけ、蹴られれば元気なあんよだと褒め称え、ずっと見ていたくても目を隠していないいないばぁをし…。


なんでも先生のおっしゃる通り、先生が快適に過ごせるように、先生のお好みを忖度して、生活していました。





数年後に娘が生まれたとき、赤ちゃんの世話に関しては少しだけ余裕があり、お兄ちゃんになった息子のケアに必死だったので、娘の仰せのままにはしませんでした。

その代わり娘は大きな声で主張し、兄のおもちゃを奪い、母に頭から飛び込んできました。


そこで、娘のことは『かいじゅう○○ごん』と呼びました。
(例:はなこちゃんだったら、はなごん)




『○○先生』と『○○ごん』は家族の中だけで通じる愛称です。

かわいいかわいい、先生とかいじゅうです。






前置きがながーくなりました。

先日、芸能人が自分の息子を『隊長』と呼んでいるのを、『自分の息子を隊長と呼ぶのは違和感がある。人気取りのためなのか?』と言う人がいました。

私は私の話をし、子育てあるあるなのかもよ、と言いました。

そして、私が○○先生や○○ごんで呼んでいるのを変な人だと思って見てた人もいるのだろうな、と反省しました。

もしかしたら、夫もそういう第三者的な覚めた目で、呆れながら見ていたのかもしれないな、と思いました。

妻がおかしくなったと思っていても不倫をしてよい理由にはなりませんがね!!
気づいたら、別居生活も丸半年が過ぎていました。


当初はこんなに長くなるとは思ってなかったんだけどな…。


今となってはこのままでいいやって感じ。


助けてほしいときは近くにいるし、
お金も入れてくれるし、
文句が言いたいときは(右から左にぬけてるけど)言わせてくれるし。









夏休み前、私が忙しかったのもあり、週2でこどものお迎えしてくれてました。



週2でお迎え、できんじゃん!!


と突っ込みたい気持ちをぐっとこらえてお礼を言いました。






夏休みが終わった今週は一度もお迎え行けるよとは言いません。


秋から私の仕事が忙しくなるのが心配すぎて、考えるだけで気分が悪くなります。


今から毎日お迎えからねかしつけまで頼めるベビーシッターを探さないとかな。。。












職場の雰囲気も、かなり、悪いです。

というか、大人の集まりなんだから、誰と誰がいがみ合ってるとか、イチイチ介入しなくてよくない?

みんな仲良くとか、無理でしょ。

愚痴です、ただの。
ほんとにすみません。







夫の不倫に関する行動は、分かりません。

してるかしてないか。

してるのは問題外だとしても、してなくても、どの程度反省しているか。

最近の会話からは、夫も修復を諦めたように感じられます。