山の神の使い | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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こんな記事と
 


その後こんな記事を書きましたが、

 

 

白山の旅日記を上げようと思っている間に時が過ぎ、「あれも書きたい」「これも書きたい」と思いながらひとつも書けていませんニコニコ汗

 

 

今は、熊について気になりまくっていたのが、自分の中でだいぶ落ち着きました。

クマはアイヌ語で「キムンカムイ(山の神)」と言い、その後秋田県の鳥海山のふもとのマタギのドキュメント動画を見て、「熊は山の神の使い」という精神にほんの少しだと思いますが私の中で触れました。

マタギは熊を撃つ(かつて仕事として撃っていた)。そしてマタギにとっては熊は山の神の使い。マタギと熊の関係性は涙が出るほど、ハートに響くものがありました。

熊が気になって仕方なかったのは、私自身が山や大地の神様に会いたいと願ったことから始まっていたのだと思いました。

昨年の4月末にそう思って訪れた愛媛県大三島の大山祇神社の時に放った願いがずっと続いていたのだと理解ができて、

 


山の神との交流を自分の中で深めるために、「クマ(熊)」を通してあれやこれやと見ていたのだと思いました。

過疎化で里山の人口が減り、里山に人の手が十分に入らないことや(森と畑や民家の間の草が伸び放題になることで熊が身を隠せてしまう)、ますます進む気候変動により熊の食べ物が山の中で十分ではなくなっていたり、登山者が増えることで、もともとは熊たちの間で山中での自然な住み分けができていたのが(子熊を連れたメスは強いオスから子熊を守るため、そういうオスに出くわさないように力関係で自然に住み分けていたりする)人を避けることで住み分けの境界線があいまいになったり、熊たちが人が食べるものの味を覚えてしまったり、人に慣れ過ぎてしまったりと、あらゆる理由で、熊の生息地が今までと変化してきて、その結果里山や街にまで熊たちが降りてきてしまって人身被害も今年かなり起きています。

 


私は奈良に住んでいますが、子どもの頃には、こんなところで熊なんて出会うと思っていなかったよ~という家族でハイキングに行ったようなところにまで今や熊の目撃があったりするので、環境の変化に衝撃的に驚かされながら色んなことについてあれこれの角度からちょっと前まで見ていました。

同時に登山者が年々増えていること、自分自身も葛藤しながら結局登山に行って、あーだこーだと考えていたわけですが(それがトップのリンク二つの記事ですが)、最近もニュースになっていましたが、山での遭難事故が後を絶たず、遭難や滑落、予期せぬ事故で命も沢山失われています。

今年は過去最多で7月~8月だけでも山岳遭難738件。行方不明者や死者は61人。その後も毎日のように、、と言っても過言ではないほど遭難の救助要請があるという現実です。

そういう事実が分かって、自分が個人的に気になって考えていただけではなく、顕在意識ではイマイチ知らないままでも本当に今特に沸き立って起きている現実とシンクロしていたのかと思った頃に、アルピニストの野口さんのニュースがありました。ネパールのマナスル登山中に呼吸困難で危険な状態になり救急搬送され、マナスルをあきらめると決意したという記事を見て、私はとても何かを教えてもらった気がしました。

 

 

野口さんは亡くなった友人の登山家との約束でマナスルに何度もチャレンジしていたため、悔しいし生き残ったことさえ申し訳ないと感じてしまったけれど、マナスルを諦める決意をしたこと、それは「弔い合戦」を終わりにし、「これから先は一人旅だ」と野口さん自身が語っていて、その言葉に私には新しい光のようなものを感じました。

登山家は命がけで努力をされているのだろうし、山の厳しさは誰よりも知っていて、山は人生そのものでもあるのじゃないかと思います。そういう人が上の記事でも書いているように、

「やっぱり、山は登るものではなく、下から眺めるものなのかもしれませんね…」と言うというのは、私にはすごく、何か腑に落ちるものがありました。

アホみたいに何の意味があるのやらと思いながらも、熊のことが気になったり、そんな高い山に自分ごときが入ることがどうなのか?と妙に気になってしまって葛藤してしまっていた自分に、野口さんのその言葉は、「そんな山に入るべきではない」という意味ではなく、どれほど山を愛していても努力していても、命がけで向き合っていても、「山って下から眺めるものなのかも、、」と、そういう思いもどこかにあるからこそ守れるバランスや、調和されるものがあるような気がして、それは何か私を真ん中にストンと落としてくれました。

「山の神よ~」と願った私が、こういったことを悶々と考えたり、考えるからこそ調べたり情報が入ってきて、私に結局何かを触れさせてくれている。自分の放った願いの結果、私はきっとこういうことに自分の中で触れることになったのだと。


クマは山の神の使い。

カエルは大地の精。


そうとは知らず、「山や大地の神に会いたい」と願ったら、シンボルを超えてリアルなものが気になったり触れることになったりして、人生ってなんて面白いんだろう(笑)

今でもアマガエルたちはうちの玄関外に現在も4、5匹程住んでいますが(笑)


あれやこれやと思っても、自分が惹かれた方へ、導かれてると感じた方へと動いていく。

来年は四国の剣山に登るということが、白山登山の前に既に来ていて、あれほど「熊のいない山プリーズ」と思っていたのに、四国で唯一熊の生息地であるのが剣山っていう(笑)

四国は熊は絶滅寸前だったようなのですが、奈良よりもずっと少ないので、誰もそんな対策して剣山に登る人はいないと思いますが、万全な対策で登ろうと思います。

しかも、上の記事で「刀(剣)のアップデート」って書いているくらいだから、剣山であることも何かあるのだと思うけれど、いつもなんでそうなのか、なんで気になるのか、分からないまま動くしかないという感じなので、きっとそれは近くなってからとか動いてから初めて見えてくるものがあるのでしょう。





 


 
 

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