川崎フロンターレより、ご招待頂き昨年の多摩川クラシコ以来、等々力競技場でJリーグを観戦した。🙇
昨年9月15日の多摩川クラシコの時は、23年ぶりの等々力来訪ながらも武蔵小杉駅から迷わずに行けたが、今度は湘南新宿ラインの改札から出た為に、前とは違う景色に着いていけずに見事に迷ってしまった。

意外と複雑で大きな武蔵小杉駅では土地勘の無い者は、正規の北改札から出ないと等々力競技場へは辿り着けない事が分かった。

道に迷ってスタジアム到着は遅れたが、運良くバックスタンド中央でポツンと一つだけ座席が空いていたので、そこに着けた。

3連休中日という事もあってか、大阪からもアウェーエリアを埋め尽くすほど沢山のセレッソサポーターが乗り込んで来ていた。

等々力競技場では、選手入場前のサポーターによるトランペットのファンファーレも雰囲気があって好きである。

ハーフタイムでは、競争イベントでJRA GIレースのファンファーレが聴けたのが良かった♪

10ヵ月ぶり3度目となる等々力観戦は、10ヵ月前の多摩川クラシコと同じような所からの観戦だった。

そして、10ヵ月前と同じくマルシーニョが先制ゴールを決めた。

10ヵ月前の多摩川クラシコ観戦では、このままフロンターレが1-0で勝ったが、今季下位に低迷しJ1リーグ4試合連続ドロー中のフロンターレが、このまま行くとは思えなかった。

案の定、前半は1-0で折り返すも、後半に入り77分に途中出場のブエノに同点ゴールを決められた。

しかし、直後の79分に小林が鮮やかなボレーシュートを決めてフロンターレが勝ち越し!と思われた。

歓喜に沸く等々力のスクリーンも79分に小林のゴールで2-1フロンターレがリードした事になっている。

ところが、VARで小林のゴールは取り消しとなった。

その前のプレーで家長の折り返しが、かつてフロンターレに在籍した三笘の1㎜とはならずにラインを割っていたようだったが、特に判定が覆った場合はスタジアムの観客にも説明してもらいたいもの。

プロ野球では審判がマイクで説明してくれるが、サッカーではそれが難しいながらも問題のシーンをスクリーンで映像を流すくらいならできるだろう。

ラグビーみたいに、スタジアムアナウンスでも良いと思う。

公式戦6試合連続勝ちが無いフロンターレには、残酷な勝ち越しゴール取り消しだっただけに、せめてものスタジアムの観客にも理由が分かるような配慮があっても良かっただろう。

長いVARと選手の負傷対応で後半ロスタイムが8分までなったが決着は着かず1-1ドローで終わった。

今季は苦しんでいるが、J1を盛り上げるためにも浮上してきてもらいたいもの。

福岡マラソン2024エントリーから凡そ2ヵ月、待ちに待った抽選結果が6月28日に発表された。


ホームページで結果を見たところ、初エントリーながら当選の吉報となっていた。


参加が確定すると、迅速に参加料金の支払いを済ませ、宿泊ホテルと航空券の手配も済ませた。


後は、ユーロ&コパ·アメリカが終わったら、この夏は徹底的にトレーニングで鍛える。


どの程度の倍率だったかは分からないが、福岡マラソン2024に初エントリーながら参加させてもらう事への感謝と、抽選で参加者が決められた以上、全力で臨まなければならない責任も感じている。


現在の施設に勤めるようになってから、今年の10月で勤続10年を迎える事を記念してニ度目のマラソン遠征を決めた。


大会当日である11月10日は、トーマス姪の10歳の誕生日である事にも運命を感じる。


旅も楽しみだが、福岡マラソン2024も好成績を残して思い出に残る遠征にする。




Jリーグオリジナル10同士の浦和と鹿島は昔から「Jリーグの赤は我」と互いにライバル心を持ち、スタジアムでは赤と赤が激しくぶつかり合う。


連日ユーロ観戦の息抜きに、そんな赤と赤のレッドダービーを埼玉スタジアムで観戦した。

新国立競技場が完成するまでは、サッカー観戦の中心は埼玉スタジアムだった。

埼スタ観戦時は、最寄りの浦和美園駅ではなく東川口駅から歩くのがトーマス流アクセスだった。

町田ゼルビアのギオンスタジアム⇔鶴川駅の男気コースなんてものがあるが、本当の男気コースはトーマス流アクセスの埼スタ⇔東川口駅なのだ。

所要時間は、(快足)トーマスタイムでギオンスタ⇔鶴川が45分に対して、埼スタ⇔東川口は60分。

交通事故発生率が全国的に高い埼玉の道路だけあって歩いていてやばい事も時折ある。

歩道も路側帯も無い車道だけの道が凡そ2㎞ほど続く通称DEATH ROADが最大の難関だ。

他にも歩道の信号が青に変わった直後に早歩きで歩いても渡り終わる前に青信号が点滅するような所もある。

スマホ見ながらとぼとぼ歩いていたら、渡りきる前に信号が赤に変わってるのが気が付かない愚か者もいるだろう。

狭い路側帯の右側通行なんてクソチャリは、向こうでは普通なんじゃね!って思うほど出くわしたりする。

町田ギオンの男気コースを凌ぐ、埼スタの超男気コースを歩いて埼玉スタジアムまでやって来たのは2022年7月23日パリSGのジャパンツアー以来凡そ2年ぶりだった。

自ら【レッドダービー】と名付けたほど、試合前からスタジアムはダービーのような熱い真っ赤な空気が充満しているようだった。


選手入場時、浦和のコレオに期待したが何も見られず、鹿島は大きめのフラッグが広げられていた。

浦和戦選手入場時のfirst impressionは、30年も変わらない伝統で、清水エスパルス戦選手入場時の雷神と同じくスタジアムで聴くとボルテージが上がる時である。

9戦無敗の首位争いを演じる鹿島と4戦未勝利の10位浦和の一戦は、前半は両チームの勢いがそのまま出た45分となった。

しかし、前半エース鈴木優磨に2ゴール決められ、窮地に追い詰められていた浦和を救ったのは、76分から交代でピッチに投入された武田英寿だった。

交代直後の77分に、自身J1初ゴールで1点返すと、後半ロスタイムにはフリーキックを直接決めて劇的ドローに追い付いた。

ウィキペディアによれば、武田英寿はレジェンド中田英寿が名前の由来らしい。

中田英寿が、当時世界最強リーグだったセリエAのASローマでスクデットに輝いた日から凡そ3ヵ月後に誕生したのがレッドダービーの浦和の救世主だった。
スクデットに向けて大きく前進したユベントスとの天王山で1ゴール1アシストの大活躍を演じた中田英寿を思わせるような武田英寿の夜だった。

調子が上がらない浦和の起爆剤となる事を願いたい。

出来る事なら、カシマスタジアムでも折り返しのレッドダービーを観戦したかったが、残念ながら8月17日は東京ダービーと重なる為に断念せざるを得ない。

でも、またいつか真っ赤に燃え上がるレッドダービーをスタジアムで観戦出来る時を楽しみにしている。