2025年10月19日(日)山寺立石寺での観光を終えた後は、NDソフトスタジアムでJ2リーグ第33節モンテディオ山形vsロアッソ熊本を観戦する。


当初は、2時間の闘いと思われた山寺立石寺での登山が、思いの外凡そ半分の早期決着となった為に電車を待つ事になったが、予定通り11:22発の電車に乗れた事は何よりだった。


山寺駅からNDソフトスタジアムが在る天童南駅までは、凡そ20分くらいで到着する。


山寺駅を出発してから凡そ半分の羽前千歳駅で乗り換えるまでのJR仙山線は、車内はガラガラに空いていた。


ところが、羽前千歳駅でJR奥羽本線に乗り換えてからは、通勤通学ラッシュみたいな混みようだった。


J2リーグの開催日だからなのか?それにしても、部活動の高校生が多かったようにも思えた。


電車は、3輌ほどのワンマンで、「降りるお客様は、一番前の車輌までお越し下さい」なんて言ってたが、これでは一番前まで行ける訳もなく、近くのドアからも開閉式ボタンを押して出られるようにしていた。


多くの乗客が、天童南駅で降りた。


駅を降りて直ぐに目に飛び込んできた光景も、さすがに将棋の街だった。


ここからモンテロードと呼ばれる道を通ってNDソフトスタジアムへ向かう。

モンテロードには、所々で案内標識が有るので、初めてでも迷う事は無かった。

NDソフトスタジアムへ到着した。

初めてのスタジアムだけに、サッカー観戦以外に観光気分も湧いてくるもの。



スタグルは、山形牛ラーメン。

東北では、初めてのサッカー観戦となる。


両チーム共に、リーグ終盤戦で残留争いも昇格プレーオフ争いもしてない安泰圏同士の戦いで緊迫感には欠けるが、バックスタンド中央のいつものトーマスポジションで、初めての東北でのサッカー観戦を楽しんだ。

遠征前に、両チームの試合を数試合TV観戦してるので、レギュラーメンバーは大体覚えていた。

モンテディオ山形は、攻撃型のチームで破壊力は、J2でも上位クラスを誇る。

しかし、守備に難があるのが、今季上位進出を遠ざけた。

後半66分に、山形が誇る土居→ディサロの攻撃のホットラインが開通してチーム得点王のディサロがゴールを決めて先制するも、その後は、熊本の反撃を受け、78分に相手のシュートリングで追いつかれる勿体ない失点を喫していた。

その後は、アイジーの壁と称される山形GK渋谷のファインセーブもあって敗戦の危機を救い、安泰圏同士の戦いをドローで終えた。

試合観戦を終えて、天童南駅へ向かった。

将棋の街の駅のホームから見えた駒は、桂馬の裏側?
何で桂馬なのかな?と謎にふけながら駒を見ていると、モンテディオ山形ユニフォームを着た同じ歳くらいの男性から声を掛けられた。

「FC東京からモンテディオへレンタル移籍した寺山翼を観に来たんですか?」と尋ねられた。

どうやら、この男性は、FC東京をスタジアム観戦した時に来場者プレゼントで貰ったFC東京のバッグを見て尋ねたようだった。
山形の試合でFC東京のバッグとなれば、そのように思われるのは仕方ないが、正直に答えた。

自分は、東京に住んでいるがFC東京のサポーターではない事と東北+函館を旅行中だという事。

NDソフトスタジアムで観戦した試合でもフル出場した寺山翼は、山形でもレギュラークラスの選手なので名前は覚えていたが、FC東京からレンタル移籍している選手というのは、その時に初めて知った事で、それも男性に伝えた。

でも、来場者プレゼントで貰ったFC東京のバッグのお陰で、現地のモンテディオサポーターの方とサッカー談議が叶う貴重な時間に恵まれた。

天童南駅で電車を待っている間から羽前千歳駅で乗り換えるまでの凡そ20分ほどだったが、中身の濃いサッカーの話や雪国山形県ならではの事も男性から聞かれた。

寺山翼選手が山形へレンタル移籍してたのも、この貴重な時間をもたらした要因だろう。

寺山翼選手は、2026年もモンテディオ山形へのレンタル延長が決まっている。

モンテディオ山形は、2025年シーズンこそ不本意だったが、毎年プレーオフ圏内には顔を出すだけに、新スタジアムが完成するまでにはJ1の舞台へ上がる事を願いたい。


山形の旅を終えて仙台まで戻って来た。

東北新幹線の切符を買うが、指定席が満席でグリーン席を買う羽目になった。

仙台から盛岡までは、凡そ40分しかないだけに2,800円も追加料金が係るグリーン席は勿体なかった。

盛岡へ戻ってからのディナーは、前日に大阪王将でテイクアウトした時にメニューで見た大阪カレーが気になっていてので、6年ぶり甲子園復帰祝いも兼ねて店内でオーダーした。
ところが、実際に来たのは何の変哲もない具も何もない味気ないただのカレーにがっかりだった。


すっかり夜になった盛岡は、東北らしいひんやりとした気候だった。

東北へ来てから3日目で、まだ暖かい東京の気候との違いを肌で感じるようになった。

10月中旬だけに、東京はまだジャンパーは必要ないが、夜の東北では、ジャンパーが無ければ肌寒いくらいの気候だった。

翌日は、日中は青森だが、夜は函館だけに、もっと寒くなる。

天気も青森を旅する午前中は雨予報となっているのも気にかけていた。

でも、函館山で夜景を観る頃は晴れ予報なのは救いだった。

東北+函館遠征も実質的な旅は、翌日が最終となる。

明日に備えて、東北+函館遠征3日目を締めた。

東北+函館遠征記 vol.7終わり
vol.8へ続く

2025年10月19日(日)

東北+函館遠征3日目の朝を迎えた。


遠征も折り返しの後半となるこの日は、山形県を旅する。


先ず、立石寺を訪れ五大堂から景色を眺めた後で奥の院を巡って、その後は、NDソフトスタジアムでJ2リーグモンテディオ山形vsロアッソ熊本を観戦する。


前日の秋田県田沢湖巡りとは違って、遠い山形県なので朝早い出発だが、この日は、トーマスが参加を断念した盛岡シティマラソン大会が行われるので、それで良かっただろう。


6:30頃ホテルを出発して盛岡駅へ向かったが、マラソン大会参加者の姿もちらほら見られた。


大会会場は、盛岡駅から2駅の岩手飯岡駅にあるきたぎんボールパークで、フルマラソンのスタート時刻は9:00である。


トーマスが、盛岡駅に到着した時は、まだそれほど混雑していなかったが、あと1時間もすれば大分混雑するだろう。


盛岡シティマラソンで盛岡の街が賑わう前に、7:11発の東北新幹線はやぶさへ乗り、盛岡を脱出するようにして遠征3日目を始動した。


東北新幹線はやぶさは、仙台駅で降りて、JR仙山線に乗り継ぐ。


仙台駅は、通りかかっただけだが、2015年8月23日以来10年ぶりだった。


今回の東北+函館遠征で宮城県を外したのは、10年前にコボスタ宮城(当時の名称)で楽天vsソフトバンクを観戦した時に訪れたからだった。


仙台まで来れば、仙台も観光したくなるところだが、その気持ちを抑えてJR仙山線に乗り込んだ。


9:26立石寺がある山寺駅に到着した。

県内でも有数の観光名所だけあって、降りる人の数も多かった。
日曜日という事もあって観光客も多かったのだろう。

何気に1駅手前で通過した面白山高原駅というのも面白い駅名で気になった。
おもしろやまこうげんと読むみたいだが、駅前が登山の入り口となっていて、グルと思われる2人の登山客が入っていくのを見た。

駅とは思えぬような歴史的な風情を感じさせる山寺駅の姿に感銘した。
ここから、5分ほど歩いたところに立石寺という山の中に建てられた山寺がある。

たていしてらではない!りっしゃくじと読む!

駅を降りる時には『奥の院まで往復で2時間かかります』という貼り紙を見た時には、少しゾッとした。

次の目的地であるNDソフトスタジアムへ行くために、山寺駅から11:22発の電車に乗る予定でいる。

9:26に山寺駅に到着した時点で、2時間の猶予も無いのだから不安にもなった。

事前に調べでは、山頂までは成人男性で30〜40分と聞いているので、往復でも1時間半くらいだろうと見ていたが、地元駅で『往復2時間』というのを見たのが暗雲だった。

天気は曇だが、前日と違って雨予報は無い。

暗雲に向かって山寺を登山する時が来た。


立石寺は、熊ではなく猿が出るのか!?
熊よりは、猿の方がマシではないかな…。と思いつつ淡々と階段を登った。

本格的な登山は、ここで入山料500円を払ってからだろう。


間もなくすると、せみ塚と呼ばれる多くの観光客がカメラを構える所へ来たが、ゆっくり観てる暇も無かったので、サクッとフォトして先を急いだ。

これが噂の立石寺14cm階段。片足しか入らない程の幅しかない。

上を目指して無我夢中でガンガン1000余段と称される階段を登り、20分程度で五大堂に到着した。

成人男性で30〜40分かかると言われてるような場所だけに、『あれっ!?もう着いたの!?』って感じだった。

東京タワーのメインデッキまで600段の階段も10分くらいで登った実績もあるので1000余段の階段も30分はかからないだろうとは思っていたが、山寺駅の『奥の院まで往復2時間』という貼り紙で暗雲の中をひたすら進んでいただけに、あっさりと五大堂へ着いた時には拍子抜けした気分だった。

でも、早く到着できた分、景色を存分に楽しめた。

立ち込めてた暗雲が、一気に晴れた瞬間でもあった。

これなら、余裕で11:22発の電車に間に合う。



五大堂から見た山寺駅も乙なものだが、あっさり感も入り混じる微妙な感じだったか…。

落書きするな!とはっきり書いてあるが、ここまで来ると集団心理が働き行為に及ぶ者も居るだろう。
でも、捻くれ者のトーマスは、こんなのに付き合うようなマネはしない。

五大堂から近い所に、奥の院がある。
奥の院と山頂の土産物屋で買い物してから山寺立石寺を下山した。

山寺駅まで1時間ちょっとで戻って来た。

『奥の院まで往復2時間』は、完全なはったりだった。

脚に自信がある健脚には、結論的に大した事はなかった。

実際に、奥の院まで小型犬も元気に登って来ている姿も見ているので、人間も負けてられないだろう。

山寺駅へ戻った時には、一つ前の電車に乗れるかな?という思いにもなったが、それは甘かった。

11:22発の前は、10:16発だった。

幾ら健脚でも、9:26に到着してから50分で戻るのは困難だろう。

大分時間を余らせていた。

健脚だった事が招いた想定外の事象だった。

駅の隣に見晴台を見つけて登った。

見晴台から見た五大堂も粋なもの。
五大堂からも、こちらを眺めただけに、染み染みとした瞬間だった。

有り余る時間は、休憩所も利用した。
これから向かう天童市は、将棋の街でもある。

ようやく電車の時間が近づいてホームへ行くが、駅は無人で、切符は素通りに驚いた。
山形県内でも1,2を争う観光名所である立石寺があって、観光客も多く利用する駅が、こんなので良いのか!?と思った。

せめてもの自動改札くらい作ろうぜ!って感じだった。

遠征後半の前半である山形県立石寺巡りは、これで終わり。
この後は、NDソフトスタジアムへ向かうが、記事は、ここで一旦締めさせて頂きます。
東北+函館遠征記 vol.6 終わり
vol.7へ続く

先月2025年11月に、24年ぶりの映画館での映画観賞となった栄光の虎動を観た時から、次は、栄光のバックホームが観たいと決めていた。


9月26日に、ベルーナドームで西武vs日本ハムを観戦した時に、栄光のバックホームの出演者が球場に来ていて試合前に映画の紹介を行っていた時から気になっていた映画でもあった。


吉祥寺駅前にある吉祥寺オデオンで誕生日月の割引が適用されて1,200円で観賞した。
2025年の阪神タイガースを振り返るドキュメンタリーだった栄光の虎動とは違って、2001年の少林サッカー以来本当の意味での24年ぶり映画観賞は、栄光のバックホームだっただろう。

映画観賞終了後は、すすり泣くような音が、うっすらと聞こえるような事もあった。

元阪神タイガースの選手だった横田慎太郎さんの生き様を描いたストーリーで、映画の内容は想像が着くだろう。

横田慎太郎さんが、28歳という短い生涯に幕を降ろしたのは、ルルが急逝した凡そ2ヶ月前と近い事もあって思う事は色々とあった。

映画を観ていれば、悲しくなるような描写は確かにあるが、それよりも横田慎太郎さんの生き様を通して生きていくための希望と勇気を伝える映画だろう。

野球がやりたくて仕方なかった横田慎太郎さんは、元気であれば現役時代にロッテで活躍した実父である横田真之さん以上の選手になっていたかもしれない。

今も虎の主力として活躍していたかもしれない。

前の日まで普通に元気だったルルが急逝した時も同じような気持ちになったが、志半ばで、この世を去らなければならなくなった方々のためにも元気で身体が動く事を当たり前と思わずに、感謝して全力で生きていかなければならない事を教えられた。

病気や怪我は無くとも、生きていれば辛い事やムカつくなるような事だってあるだろうが、それに負けずに頑張る希望と勇気をもらった栄光のバックホーム映画観賞だった。