Jリーグオリジナル10同士の浦和と鹿島は昔から「Jリーグの赤は我」と互いにライバル心を持ち、スタジアムでは赤と赤が激しくぶつかり合う。


連日ユーロ観戦の息抜きに、そんな赤と赤のレッドダービーを埼玉スタジアムで観戦した。

新国立競技場が完成するまでは、サッカー観戦の中心は埼玉スタジアムだった。

埼スタ観戦時は、最寄りの浦和美園駅ではなく東川口駅から歩くのがトーマス流アクセスだった。

町田ゼルビアのギオンスタジアム⇔鶴川駅の男気コースなんてものがあるが、本当の男気コースはトーマス流アクセスの埼スタ⇔東川口駅なのだ。

所要時間は、(快足)トーマスタイムでギオンスタ⇔鶴川が45分に対して、埼スタ⇔東川口は60分。

交通事故発生率が全国的に高い埼玉の道路だけあって歩いていてやばい事も時折ある。

歩道も路側帯も無い車道だけの道が凡そ2㎞ほど続く通称DEATH ROADが最大の難関だ。

他にも歩道の信号が青に変わった直後に早歩きで歩いても渡り終わる前に青信号が点滅するような所もある。

スマホ見ながらとぼとぼ歩いていたら、渡りきる前に信号が赤に変わってるのが気が付かない愚か者もいるだろう。

狭い路側帯の右側通行なんてクソチャリは、向こうでは普通なんじゃね!って思うほど出くわしたりする。

町田ギオンの男気コースを凌ぐ、埼スタの超男気コースを歩いて埼玉スタジアムまでやって来たのは2022年7月23日パリSGのジャパンツアー以来凡そ2年ぶりだった。

自ら【レッドダービー】と名付けたほど、試合前からスタジアムはダービーのような熱い真っ赤な空気が充満しているようだった。


選手入場時、浦和のコレオに期待したが何も見られず、鹿島は大きめのフラッグが広げられていた。

浦和戦選手入場時のfirst impressionは、30年も変わらない伝統で、清水エスパルス戦選手入場時の雷神と同じくスタジアムで聴くとボルテージが上がる時である。

9戦無敗の首位争いを演じる鹿島と4戦未勝利の10位浦和の一戦は、前半は両チームの勢いがそのまま出た45分となった。

しかし、前半エース鈴木優磨に2ゴール決められ、窮地に追い詰められていた浦和を救ったのは、76分から交代でピッチに投入された武田英寿だった。

交代直後の77分に、自身J1初ゴールで1点返すと、後半ロスタイムにはフリーキックを直接決めて劇的ドローに追い付いた。

ウィキペディアによれば、武田英寿はレジェンド中田英寿が名前の由来らしい。

中田英寿が、当時世界最強リーグだったセリエAのASローマでスクデットに輝いた日から凡そ3ヵ月後に誕生したのがレッドダービーの浦和の救世主だった。
スクデットに向けて大きく前進したユベントスとの天王山で1ゴール1アシストの大活躍を演じた中田英寿を思わせるような武田英寿の夜だった。

調子が上がらない浦和の起爆剤となる事を願いたい。

出来る事なら、カシマスタジアムでも折り返しのレッドダービーを観戦したかったが、残念ながら8月17日は東京ダービーと重なる為に断念せざるを得ない。

でも、またいつか真っ赤に燃え上がるレッドダービーをスタジアムで観戦出来る時を楽しみにしている。