Jリーグにとって17年ぶりとなるオールスター開催。


トーマスにとっては1995年以来31年ぶりのオールスター観戦となった。


17年ぶりに復活したJリーグオールスターは、Jリーグ全60クラブが集結して6チームによるトーナメント方式で優勝を決めるという、新しく生まれ変わったものとなった。


2026年6月12日(金)

Jリーグオールスター開催前日となる、この日は味の素フィールド西が丘で公開練習を観覧した。

1995年の夏に一度だけU-20日本代表の試合を観戦した事があるスタジアムで、ピッチとの距離が近くて選手を間近に観る事ができるスタジアムである。

公開練習は、オールスターに参加する6チームがピッチの半分だけ与えられて各チーム1時間ずつ練習を行なうというもの。

バックスタンドから見て右半分が、J-Eastに割り当てられて、左半分がJ-Westに割り当てられていた。

最初に登場したのは、J2J3East A&West Aの両チームだった。

1時間が経過して両チームの練習が終わった後で、J2J3East B & West Bが登場して、その中には、キング カズが居た。
さすがにキング カズだけあって、周囲からは、この日一番の歓声が挙がっていた。

こんなに間近で観れた事は、幸運だった。

暫くは、キング カズがアップする所を近くで観れた。



J2J3East Bチーム監督である槙野監督もカズの次に存在感を放っていた。
オールスターでは最年少の青年監督だけあって、現役選手並みの動きも見せていた。
全体的に、槙野監督率いるJ2J3East Bが最も声が出ていて元気だった。

J2J3East & WestのBが練習している頃に、気づくとトーマスの直ぐ斜め後方で柵にもたれかかるようにして練習を眺めるおじさんがいた。

時折、通りかかったファンが、そのおじさんに記念撮影をお願いしていて、そのおじさんも快く応じる所を何度か見た。

そのおじさんは、トーマスの直ぐ近くで30分ほど練習を眺めていたが、誰なのか分からなかったので、そのおじさんと記念撮影はしなかったが、有名な人なのかな?って感じはした。

その日は、おじさんの正体が分からずじまいだったが、翌日におじさんの正体が判明したのだった。

オールスターの中で行われた百年構想リーグの表彰式で、ベガルタ仙台の森山佳郎監督である事が分かった。

現役時代を少し知っている人だった。

Jリーグが始まったばかりの頃にサンフレッチェ広島で活躍した選手で、ひょうきんだった印象もある選手だった。

その当時から30年が経って、すっかり見た目も変わっていたので全く分からなかった。

元Jリーガーである森山佳郎さんである事が分かっていれば、トーマスも一緒に記念撮影をお願いしていただけに、勿体なかった。

J2J3East & West Bの練習が終わった後で、最後にJ1East & Westの選手達が出てきた時は、メインイベントだけにスタンドは騒然となったが、トーマスには選手は知っていても顔と名前が一致する選手が殆んどいなかったのが虚しかった。
東京ヴェルディの森田晃樹くらいしか分からなかった。

直ぐ近くでは、J1Westの選手達がウォーミンクアップを行っていたが、清水エスパルスの吉田豊くらいしか顔と名前が一致する選手はいなかった。


前日公開練習に訪れた観客の公式発表。
日中は、雨模様だった影響もあるかもしれない。

3時間もスタジアムで公開練習を観たのは初めてだった。

翌日のオールスターが楽しみになった公開練習の観覧だった。


2026年6月13日(土)
国立競技場で、Jリーグオールスター観戦の日を迎えた。

Jリーグ全60クラブで総勢197人の選手達がプレーするという、ギネスもののオールスターといっても差し支えないだろう。
6チームのトーナメントで、優勝チームには賞金1,000万円が入るのだから単なるお祭りだけでは済まされない戦いになるだろう。(因みにプロ野球オールスターはチームとしての優勝賞金は無い)


Jリーグオールスタートーナメント開幕戦は、J2J3East同士の対決。

この開幕戦で、最もお目当てだったキングカズがスタメンで登場した。
Jリーグ創世記を知るサッカーファンには、キングカズはアイドルである。
もうスタジアムでプレーするところを観る事はないだろうと思っていただけに、最後にもう一度キングカズがピッチでプレーする姿を観れた事は幸運だった。

でも、さすがにJリーグの真剣勝負のピッチに立つのは厳しいかなという感じは見られた。

どちらにしても、スタジアムでキングカズを観るのは、これで最後の可能性が極めて高いので、そのプレーを目に焼き付ける事にした。

13分にカズは、スタンドからの拍手に見送られてピッチを後にした。

カズが所属するJ2J3East Bは、残念なから0-2で敗れて5位6位決定戦に進む事になった。


トーナメント2戦目のJ2J3West同士の対決は、J-West Bが1-0で辛勝した。


トーナメント3戦目の5位6位決定戦は、J2J3East B vs J2J3West Aの対決となった。

カズはスタメンからは外れたが、10分に槙野監督と共にピッチに登場した。
カズ&槙野監督のツートップという共演で試合は行われた。

監督は、現役時代センターバックが本職だっただけにFWのポジションでも守備に走る姿も見られた。

試合は、2-0でカズ&槙野監督率いるEastが勝ったが両者共にゴールは決めなかった。


トーナメント準決勝を迎える4戦目からは、J1が出てきてオールスターのメインイベントを迎える事になるが、ここからが大波乱のオールスターを迎える事にもなる。

先ず、準決勝第1試合J-East同士の対決は、スコアレスドローでPK合戦に突入した。

どちらかが決めて、どちらかが外した場合に即決着という方式のPK合戦は2人目でJ1横浜Fマリノスに所属する天野純が外したところでJ2J3East Aが決勝進出を決めた。

ところが、準決勝第2試合でもJ1WestがJ2J3West Bに0-1で敗れるという波乱が起こった。

決勝戦のカードは、J2J3East A vs J2J3West Bというまさかの下剋上で勝ち上がったチーム同士の対決となった。
各大陸王者が集って行われていた少し前のクラブワールドカップでは、南米が準決勝で破れる事はあったが、欧州&南米が揃って準決勝でこけた事はなかった。

Jリーグオールスターでは、そのような大波乱が起こってしまった。

前後半なしの30分1本勝負の影響もあっただろう。

90分の試合であれば、どうなってたかは分からない。

PK合戦も5人制であれば、結果が変わる事も有り得る。

それにしても、この様な事を予想できた者は、どれくらい居ただろうか?


まさかの3位決定戦が、J1同士の対決となってしまった。
しかし、このトーナメントで最も中身の濃い試合だったのは、3位決定戦だっただろう。

僅か20分の試合ながら2-2で打ち合い、その後のPK合戦でも3人までは全員決めた。

4人目の香川がパネンカをセーブされたところで決着が着いて、J1Eastが3位決定戦に勝利した。

あれだけ緊迫した20分の試合とPK合戦だっただけに、パネンカで終わったのはがっかり感もあったが、オールスターだし日本サッカーを牽引してきた香川なので仕方ない。。。


華やかなセレモニーが行われた後で、J2J3East A vs J2J3 West B このオールスタートーナメント決勝戦が行われた。
思えば、オールスターといえばEast vs Westが基本だった。

このトーナメントでは、5位6位決定戦&3位4位決定戦、何れもEastが勝った。

そして、2度ある事は3度目もあるとばかりに、決勝戦もEastが1-0で勝利した。

J2J3East Aが優勝で終わった。

17年ぶりに復活したJリーグオールスターは、斬新なものでJ2、J3のレベルもJ1に匹敵するくらいの高さがある事も分かった。

でも、12:00のオープニングセレモニーから21:00のアフターマッチセレモニーまで最初から最後まで観戦は長かった。

それでも、これだけ多くの観客を集めたのだから成功と言えるだろう。
でも、当日券も販売していたし、所々で空席も見られたので、本当に6万人も入ってたのかな?と感じた事も付け加えておく。

トーマスにとって31年ぶりのJリーグオールスター観戦は、前日の公開練習から9時間の本編まで長い2日間だったが、メモリアルで楽しいオールスター観戦シリーズだった。



銀座三越にて開催されている武豊デビュー40年記念展を観覧した。


今は、競馬が行われる土日は仕事してる時であるが故に競馬からは完全に離れているが、1996年〜2001年頃までは重賞レースがある日には東京競馬場と中山競馬場まで足を運ぶほど競馬に熱かった時もあった。

それから、2003年頃からは凡そ10年ほど仲間内でPOG(ペーパーオーナーゲーム)を行なっていて、馬券とは違った形で競馬を観ていた時もあった。

馬券とPOGで競馬にのめり込んでいた時代もあったので、武豊騎手に対する思い入れもある事から銀座へ向かった。

先ずは、武豊騎手のパネルがお出迎え。

競馬を語る上では、最も外せないのが全ての競馬関係者が目指すとされる日本ダービーだろう。
武豊騎手にとっても夢であり悲願でもあったダービージョッキーまでの道程は長かったが、(2026年現在)6度もダービーを勝ったのは本当に凄い。

1998年武豊騎手日本ダービー初優勝となったスペシャルウィーク。

武豊騎手にとっては、夢を叶えたレースだったが、実のところトーマスには詳細は省くがGⅠレースでは最も馬券で忘れられないくらい悔しい思いをしたレースだった。

当時は東京競馬場で観戦していたが、レース後頭が呆然とする中で「豊」コールが聞こえていたのを覚えている。

豊さんの悲願だったダービーを勝った瞬間を東京競馬場で観ていたと言えば悪くないが、その当時は、とてもそんな気分ではなかったのが蘇る。


豊さんの悲願達成の翌年であるアドマイヤベガでのダービー連覇の時は、東京競馬場観戦で、本命サイドだったが馬券も取った。



ディープインパクトは、POGで所有していた馬でもあってトーマスをダービーペーパーオーナーという気分だけでもダービー勝利を味わせてくれた孝行馬だった。



武豊騎手のGⅠ勝利数も凄すぎる。
安田記念勝利で、JRA GⅠ 85勝になった。
地方、海外を合わせればGⅠ勝利数は128勝まで昇る。

ずらりと並ぶGⅠ勝利レースのパネル。

武豊騎手で多くのGⅠレースの馬券を取らせてもらったが、人気馬に乗る事が多く、儲けさせてもらった印象はあまり多くない。

その中でも、ディープインパクトで菊花賞を勝った時の小ネタを紹介する。

菊花賞が行われる前日の土曜日に東京競馬場のターフィーショップで、ディープインパクト三冠記念ポロシャツを見つけて購入した。
つまり、ディープインパクトが菊花賞を勝って三冠馬となる前から三冠記念ポロシャツを手に入れたのだ。

ディープインパクトが菊花賞を勝ったから良かったが、もし負けてたら大変な代物を手にしていたが、それもそれで良いところだった。


写真パネルの他に、武豊騎手に関する映像コーナーや武豊さんの私物が展示されているコーナー(撮影不可)もあった。


JRA史上最強の騎手である武豊騎手のデビュー40年記念展は、競馬ファンなら楽しめるものなので、最終日6月15日まで期間は迫っているが是非銀座まで訪れてみると良いだろう。


武豊デビュー40年記念展の観覧を終えた後は、秋葉原へ移動してルイーダの酒場へ行った。
2月の東京観光で初めて訪れた時以来だった。

その時は、イベント形式で行われたが、今度は平日でまばらに空席もあるような感じなので、普通の飲食店みたいな感じだった。

東京観光の時の記事でも紹介したが、秋葉原のルイーダの酒場は、ドラクエ好きが集まる飲食店である。


2度目となる今回は、最初のサービスドリンクで若き勇者をオーダーした。
その時に持ってきた店員さんの言葉は「アリアハンの王様が呼んでいます」だった。

これから、ドラクエⅢの世界を旅するみたいだった。

メインには、マドハンドカレーをオーダー。
店員の言葉は、大凡想像していた通り「マドハンドが現れました」「仲間を呼ばれる前に召し上がり下さい」だった。

ドラクエをプレーしてた時は、マドハンドにわざと仲間を呼ばせまくって大量の経験値を獲得した事もあった。

別のテーブルでは、別の店員が「(マドハンドに)仲間を呼ばれたら追加料金になります」なんて言われていたが…。


デザートには、モーモンブランをオーダー。
ドラクエ経験が無さそうな女性店員が持ってきたのでドラクエ風の言葉は無かった。

美味しそうだったからオーダーしたが、あまり印象に残ってるモンスターではなかった。

調べれば、初登場がドラクエⅨなので無理も無かった。

序盤で出てくる弱いモンスターだが、ドラクエに精通している店員さんの言葉も聞きたかった。


ドリンクには、ドラゴンクエスト40周年お祝いスパークリング(記念コースター付き)をオーダーした。
ドラクエも武豊さんも同じ40年とは奇遇と思いながら飲み干した。


最後に、スライムのぷるぷるドリンクをオーダーした。
店員の言葉は、「スライムが現れました」「機嫌が悪いので注意して下さい」だった。

機嫌が悪いというのは、敵モンスターではないスライムなのか!?と思ってしまったが、どうなのだろうか…!?


テイクアウトに、前回は売り切れていたちいさなメダルチョコを買った。



そして、最後の会計では、ショッキングなやらかしをしてしまう。

会計は、6,990ゴールド(円)だった。

ポイントカードは、1,000ゴールド毎に一つスタンプが貰えるところ、10円の差でスタンプを一つ逃してしまった。

最後に、ギガンテスから『つうこんのいちげき』を喰らった気分になった。

2度目のルイーダの酒場は、苦い終わり方だったが、今後の教訓とする。

2026年5月22日(金)

東京ドームで、巨人vs阪神を観戦した。

東京ドームでの虎観戦は、昨年3月ドジャース戦以来だが、東京ドームでの伝統の一戦は、2016年5月29日以来10年ぶりの観戦となる。
トーマス姪るりが満1歳で虎デビューした時以来の東京ドームでの伝統の一戦観戦となった。

その間、甲子園での伝統の一戦観戦は有るが、東京ドームでの伝統の一戦観戦がそこまでご無沙汰だったとは意外だった。

コロナ以降は、初めての巨人戦観戦となる。

その為なのか…?スタメン発表を聞いて巨人の選手達が先発投手含めて知らない選手が並んでいる事に驚いた。

こんな事で本当に伝統の一戦なのか!?と自問自答してしまう事態だった。

そもそも、昔から個人的にあまり伝統の一戦というものをあまり意識する方でもなかった。

伝統の一戦=クラシコ。

クラシコと言えば、やはり世界最大のクラシコは、世界6億5千万人以上が観戦するとされるレアル・マドリードvsバルセロナだろう。

野球は、年に20数回も対戦があるからなのか、年に2回しか対戦がないサッカーほどクラシコ=伝統の一戦というものの重さが感じられない。

それでも、数あるスポーツの中で日本最大の伝統の一戦は、間違いなく巨人vs阪神だろう。
東京ドームは、バックネット後方でも2,500円と言う料金で売ってくれるのは良心的である。

神宮みたいにダイナミックプライシングが無いのもありがたい。

バックネット後方は、ミックスゾーンなので両チームのファンが観戦するエリアである。

虎ユニフォームの方が多かったが、両隣が巨人ファンだったのはうざかった。

でも、序盤から阪神打線が爆発して7点を先制する展開だったから良かった。

その流れを創ったのは、トップバッターに抜擢されたルーキー立石だった。

プロ初の猛打賞。

打ち取られた2打席もヒット性の打球であり5安打でもおかしくない内容だった。

4回表で7-0楽勝ムードも、2日前は0-7から大逆転で勝った事もあって、逆展開だけは勘弁してくれ…と何処か安心しきれないところもあった。

終盤に高橋遥人が捕まって3点差まで追い上げられたが、ホームランで終わったのが不幸中の幸いだった。

ドリスは、ハラハラドキドキだったが、岩崎まで繋げば安心。

簡単には勝たせてくれないのが、やはり巨人戦なのかな…、って感じだった。

暫く観ないうちに知らない選手が並ぶ巨人打線だったが、知らないからこそ不気味でもあった。

東京ドームでの伝統の一戦勝利は、2015年7月12日以来だった。


11年ぶりの伝統の一戦勝利は、クリーンナップも確り仕事を果たしたが、最も記憶に残る活躍を演じたのはルーキー立石に違いない。


2026年5月24日(日)
国立競技場で、Jリーグ百年構想リーグ清水エスパルスvsガンバ大阪を観戦した。

国立(ここ)は静岡。でも、昨年は『ただいま』だったが、何故か!?今年は『おかえり』だって!?
『ただいま』なら分かるが、『おかえり』って何だ!?

何はともあれ、国立競技場で清水が主催する試合は、東京都内でも国立競技場エリアは静岡と化すのは間違いない。





でも、巨大な国立エリアを静岡と化した試合で、何故か清水エスパルスは勝てない!?

昨季開幕戦のヴェルディとのアウェーゲームや2002年天皇杯決勝と言った主催試合ではない国立競技場の勝利はあるが、清水主催の国立での勝利は確かな情報ではないが20世紀まで遡らなければ無いと思われる。

国立競技場に雄々しく響き渡る、清水エスパルスの代名詞とも言える選手入場時の『雷神』




しかし、ACL2決勝でC・ロナウド率いるアル・ナスルを倒してアジアタイトルを獲ったガンバ大阪は、清水から国立の呪縛を解き放つには相手が悪かった。

清水は、後半58分に負傷退場の宇野に替わって途中出場した弓場がゴールを決めて先制するが、直後の61分に交替直後のガンバ大阪南野に同点ゴールを決められた。

終始、ガンバペースで進んだ試合で勝ち越しゴールを決めたのもガンバ大阪南野だった。

サッカー王国静岡からサッカーの聖地国立競技場まで、これだけ多くのファンが詰め掛ける。

WEST地区の試合にも関わらず、EASTで行われるスタジアムで最多入場者数とは、これも凄い事。
いや…、国立(ここ)は静岡でした!


でも、2022年から始まった清水エスパルス年に一度の国立の旅は、5度目も不発に終わった。(2分3敗)


最後に、当記事のアディショナルタイム!!!

国立競技場で買った和菓子の福袋。
左下の日付に注目してもらいたい!
2025年ではない!!!
これは、やらかしてしまったぁぁぁー!!!