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苫米地英人博士のメソッドを実践していくブログです!

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やさしさとかいしょのなさが裏と表についている

やさしさとかいしょのなさが裏と表についている



雪の季節に雪椿。


頷いている女性の一人一人にえらい人生を感じます。



歌の出だしからとんでもない歌詞だけれども、


とにもかくにも名曲。


いやー、素晴らしい。




凍てつく寒さ、積雪に耐えて咲く花🌸雪椿。




彼女は雪椿のような人だ。
厳しい環境の中でも、静かに、しかし確かに自分の色を失わない。

白の世界に灯るその紅は、凍てつく空気のなかでよりいっそうあざやかだった。




『国宝』は、舞う雪の白に激しい血の赤、男の生だったけれども、『雪椿』は、しんしんと積もる雪の白に口紅の赤、そんな女の生。





初めの一歩を踏み出すじゃ解らない

初めの一歩を踏み出すじゃ解らない


なんか女性って、生理明けの日みたいな動かないで爽快感が得られるようなものが好き、ではないですか。



つまり、自分はカーテンを開けて一歩踏み出すだけで別世界みたいな、こういうイメージ。



で、私が言ってるのは、それはヤンキーとレディースがセックスして強くなったと感じるような幻覚、錯覚、何も贅沢してない、と言う現実の話。


実際は、


初めの一歩を踏み出すじゃ何も解らないが正解


なのです。



で、それでも何十歩、何百歩進んだ先に、本当の爽快感、本当の新しい世界が広がっている、のです。





男性で言うと、いつかビッグとか、いつか逆転ホームランとか、


そんなのあるか(そんなの無い)と言っているのです、


で、夢が無いとか思われるのですが、そうじゃなくて、そんなこと思ってる方が夢が無い、のです。



これで言うと、一歩や十歩で、何か見える訳ない、のです。



で、♀「お金があれば今すぐこうなれるのにお金が無いから出来ない私は可哀想😭」って、アホか、なのです。



お金の問題じゃない、お金の問題じゃない、お金の問題じゃない、のに、話をすり替えるし、通じない、のです。


しかも、それがキツイのが、子供の話ではなく、大人の話なのです。



この子が、最初の1ページで投げてたら話にならないでしょう。

でも、それを平気でやって、なおかつ自分は悪くないと自己正当化するのが、ほとんどの大人なのです。


この階段を数分、登ったら、


ばーん、と、この景色みたいな。


一切の過程が無いのです。


一切の過程が無いのをプッツンと言うのです。

女性の貧困も、子供の貧困も、欲しい欲しいしかないのです。


欲しいけど、自分の力で取りに行かない、のです。

で、「一歩を踏み出せば(本気を出せば)」とか自分に都合の良い妄想をするのですが、現実は甘く無いとか厳しいとか手前の感想(妄想)はどうでも良くて、自分が思う思わないに関係なく、こう、なのです。



「一歩を踏み出せば⚪︎⚪︎」って、たとえば専門学校は入学してもらえば入学金が貰えるからで、たとえばサブスクなら入会してもらえば月会費が貰えるからで、要は、変なこと吹き込まれているうちに洗脳された(本当に頭がおかしくなった)のです。


繰り返しますが、教科書の1ページくらいで世界は変わらないし、登山の一歩目で世界は変わらないし、ヤンキーとレディースがセックスしたぐらいで世界が変わる訳がない、のです。

ゲームで、1日で世界を救ったコドオジくらい、何も変わってない、のです。


試験勉強で言うと、やり切ることで変わり、やり切らないと何も変わらない、のです。


どんなに金があったって、一歩を踏み出すだけでここに到達する訳ない、のです。




どこからどう見ても、宣伝文句に踊られて、ショッピングに浪費しただけ、なのです。


自己投資っぽいけど、金で装飾しただけで何も成長してない(何か成長した、いい気になってる)のです。


で、これをずっとすることで、コドオバが誕生する、のです。



ホント、繰り返しますが、自分がこうしなきゃ、



これは無い、のです。


太った人が、1万円の服を買うより、



痩せて千円のTシャツの方が美しい、のです。

と言うか服がなくても(0円でも)美しい、のです。


「こんなことして意味あるの」と解らないながらも進む先にお宝がある、のです。






人間は何をするにも精神的処女膜がある

人間は何をするにも精神的処女膜がある


で、この精神的処女膜を破ることを「自分の殻を破る」とか、「一皮剥ける」とか、「一回り大きくなる」とか、「大人になる」とか、言う訳です。


で、そこには最初に恐怖や痛みを伴う、のです。


だから、多くの人は、今の世界、今の自分から出ない、のです。



しかし、やったら素晴らしい世界が待っている、のです。


富士山を登るのは、怖いし、足が痛いし、大変だけど自分の足で登った後に朝日を見れば、それはやって良かったと一生の思い出になる、のと同じ、なのです。







逆に、処女を守り(自分を守り)家から出ないで、ずーっと何もしなかったら、その人の人生何だったの、というくらい何も無い、のです。




で、これは、物理的な処女の話ではなくて、何歳でも、これからでも、何に対しても、同じなのです。


たとえば私なら、台湾に行かなかったら、台湾の思い出は、行かない自分によって何も無かった、のです。



あるいは中国語の試験に受かって良かった、と思うことも無かった、のです。



今回の話で言うと、最初は精神的苦痛や困難もあったけど、私は精神的処女膜を破ったことで、良い思い出になったし、一回り成長した、のです。


で、そんな私だから、たとえばベトナムやベトナム語に何も精神的苦痛や困難が無いかと言うと、


そんなことはなく、未経験のあらゆるもので精神的処女膜(痛みや困難)は存在する、のです。


例えるなら、プロ野球選手がサッカーやったら簡単かって、そんなことない、のです。


で、みんな他のことをやらなくなるのですが、そうするとどんどん退化してしまう、のです。


日本で言うと、日本で良いとか言い出して、外に行かない、のです。


だからそうすると、自分の殻を打ち破った思い出もないし、成長もない、のです。



富士山で言うと、自分が登らないから充実も、達成感も、もちろん成長も思い出も無い、のです。



でも、日本人はそうではなく、テレビやゲームや会社や旦那が面白く無いから、みたいな話になっている、のです。


ヤンキー、レディースが、親や学校のせいにするのと、多くの日本人はもはや同じ、なのです。



いや、だから、そうするとコレは無い、のです。


会社でも学校でも、やったーと上手く行くことはない、のです。






ドラマやアニメ、YouTubeなど、他人の話に感動しても「自分がやって良かった」という本当の感動(充実)には一生、至らない、のです。


死んだ魚の目をしたブヨブヨの心身で、ただ延命だけ(先送り、後回し、現実逃避)しても…なのです。










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