4月も半ばを過ぎてからは春の嵐が吹き荒れ、大荒れの海が続いている。
 波はうねりを伴って高く、海に近づくことさえできず、憂悶の日々を過ごしていた。




 先週久しぶりにいつもの海岸に行ってみたがまだまだ大きなうねりが残っていた。

 そして、どんよりとした、今にも泣き出しそうな空が海面に垂れ下がっていた。



 それはまるで、春たけなわの圧倒的な生命力に打ちのめされた、惨めで憂鬱な今の自分の気持ちを暗示しているかのような、ひたすら暗くて重い索漠とした夜明けの海だった。

 釣り人はパラパラといるが、魚の気配は全くない。



 左中指の腱鞘炎(ばね指)も相変わらず治癒の兆しも見せず、痛みも増すばかり。

 おまけに3回目のコロナワクチン接種の副反応が酷くて3日間も発熱したまま寝込んでいた。接種から5日が過ぎた今も倦怠感が取れず釣りに行く気力もない。




 気晴らしに思い切って活毛蟹を買った。

 北海道産なので、あがって(死んで)いないか心配だったがどうにか活きていた。

 酒蒸しにする。



 身をほぐしながら熱燗片手に貪るようにどんどん食べていく。

 味噌がまた美味い。甲羅酒も最高だった。束の間だが、至福のひととき。



 朝どれの天然真鯛が小ぶりとはいえ、なんと1匹丸物で二百円台。2匹買う。

 まだまだ子を持って丸々としたお腹をしている綺麗な桜鯛。



 ロキソニンを飲み続け、微熱と指の痛みに耐えながら三枚に捌く。

 脂も乗ってとても美味しそうな身だった。

 刺身に、昆布締め、鯛めし・・・少しだけ楽しみ。



 季節の息吹にこれ以上負けないよう、旬の実りをいただく。
 熟れた真っ赤な苺。


 初鰹。なのに脂が乗って美味。




 相変わらず仲の良い、かんたろうとトン。

 ふたりを見ていると、憂悶の日々にパッと明るい花が咲いたように心が和む。



 生後10ヶ月のトン、少し貫禄が出てきた。



 階段から覗く姿が、かんたろうにそっくり。




 窓から外を覗く姿もよく似ている。

 思わず微笑んでしまう。




 たまにはトンのゲージに入っておとぼけのかんたろう。



 おやすみ、かんたろう。

 連休明けには久々に石鯛釣りに行く予定だ。

 もうすぐ五月、薫風漂い、全てが輝ける爽やかな季節がやってくる。

 私の悶々とした憂鬱な心の闇にも、いつの日か明るい光が燦々と輝き爽やかな薫風が漂う、そんなときは来るのだろうか。



 天気晴朗なれど、波高し。
 春の訪れとともに波も高くなってきた。



 この日、久しぶりに竿を引ったくってゆく強烈な当たりがあった。

 太陽はすでに登りきっていて、写真をとってそろそろ帰ろうとしていたときだった。



 波が高くうねりがあるので、ラインが緩まないよう暴れる魚にリールのドラグを強く締め強引に寄せてきたが、最後の波打ち際の抵抗でバラしてしまった。

 何と、フロントのアシストフックが1本切れていた。長い間交換してなかったので、おそらく少し劣化していたのだろう。

 悔やんでも悔やみきれない。



 ところが、それが悪夢の始まりだった。

 周りは釣れるのに、私だけ何の当たりもない日が二日連続で続いたのだ。ナブラはなかったが70センチクラスのメジロが回遊していたはずなのに、二日とも何故か私にはカスリともしなかった。

 特に二日目はあちこちでお祭り騒ぎの中、虚しくジグを投げ続ける私の隣で、明るくなってからやってきた年配の方が目の前で大きなメジロを連続で6匹も釣り上げていた。 

 それを目の当たりにした私は全身を雷に打たれたようなショックと、ひどく惨めな、落ち込んだ暗い気持ちの中、ひとりとぼとぼと海岸を後にした。




 いつの間にか桜の花が満開になっていた。

 この桜の、真っ盛りの、不思議な生き生きとした美しさ。



 耳を澄ますと桜の花びらから凄まじい勢いで春の息吹の音が聞こえてくる。

 爛漫と咲き乱れている桜の森の満開の下にいると、私は何故か不安になり、憂鬱になり、空虚な気持ちになる。



 私の嫌いな春がまたやってきたのだ。

 自然の圧倒的な生命力に打ち負かされ、私を憂鬱な気分にさせる、春の息吹。

 おそらく海岸でも、春の海が生み出す賑やかな強い生命力に私は打ちのめされたのかもしれない。



 そして、魚が釣れないのでスーパーで地元の桜鯛を買った。

 なんと、1匹700円



 脂がノリノリにのっている。



 二日寝かして、刺身で。塩でも、醤油でも美味い。残りは昆布締めにした。




 毎朝のルーチン。

 ドアの向こうで、かんたろうとトンが仲良くこちらを覗いて、遊ぼうと誘う。



 仲がよく、見ていて本当に微笑ましい。

 憂鬱で不安な心が少し和らぐ瞬間だ。



 トンはよく太った。それでもまだまだ子どもなのだろう、よく遊ぶ。

 二本足で歩くトンの姿に、かんたろうもびっくり。



 うちに来た頃のトン。こんなに小さく、幼かった。



 恥ずかしいのか顔を隠す、トン。



 おやすみ、かんたろう。

 そろそろ石鯛釣りだ。

 打ちのめされた今の私には、沖磯の静かな孤独な海が似合っている。




 今週に入り、突然暖かくなった。
 左手中指のばね指が痛むのでしばらく釣行も控えていたが、寒さも緩み少し痛みがマシになってきた。
 まさに春うららのこの日、久しぶりにいつもの海岸に出かけた。



 陽気に誘われてか、平日なのに釣り人は非常に多い。

 しかし、まだまだ水温は低いのか誰も釣れていないようだった。痛む指をかばいながら頑張って投げ続けたが、何の当たりもなかった。




 指も痛いし、食べるしか楽しみがないのでスーパーの駅弁フェアを覗いて、ついつい買ってしまった。

 銀座久兵衛の「ばらちらし」。

 昔、本物も何度か食べたことがあるが、この駅弁は値段が本物の半額以下なのにとても美味しかった。

 さすがは久兵衛店主自らの監修だと感心した。

 


 このバラ寿司を食べながらふと、もう、東京に行くことも、銀座久兵衛で寿司を食べることも二度とないのだとしみじみと思った。


 あの仕事も家庭も充実していた、人生そのものが輝いていた頃を思い出しながら味わった、この寿司の後味には、仄かな哀愁のようなものがまとわりついていた。



 お酒のつまみにどうしても欲しかった、釧路のいかめし。



 ビールも熱燗もすすむ。

 しかし、北海道に行くことももうないだろう。しみじみとそう思った。

 家族で旅したあの大雪の札幌での楽しい光景が今、まざまざと浮かび上がる。



 翌日まで賞味期限が持つので思い切って定番の「ますのすし」も買う。



 この鮮やかで立派なマスを目の前にすると、出張で何度か行った富山の情景や、仕事仲間の笑顔が、昨日のことのように目に浮かぶ。そして、氷見のぶりをはじめ本当に美味しい食べ物の数々・・・。

 新幹線も走り便利になったが、もう二度と行ける日は来ないのだろう。

 



 トンは少しだけ大人になった。



 私の言うことがわかるみたいだ。そして、すごく甘え上手になった。



 しかし、かんたろうと遊ぶときは悪戯な顔に戻る。



 遊び出したら止まらない。



 追いかけあって、家中を走り回る。



 ふたりのせいで、襖も障子も破り放題でボロボロだ。



 トンと遊ぶようになって、かんたろうは、少し幼い表情になった。



 おやすみ、かんたろうとトン。


 もうすぐ春爛漫の、私を憂鬱な気分にさせる、嫌な桜の満開の季節がやってくる。