天気晴朗なれど、波高し。
 春の訪れとともに波も高くなってきた。



 この日、久しぶりに竿を引ったくってゆく強烈な当たりがあった。

 太陽はすでに登りきっていて、写真をとってそろそろ帰ろうとしていたときだった。



 波が高くうねりがあるので、ラインが緩まないよう暴れる魚にリールのドラグを強く締め強引に寄せてきたが、最後の波打ち際の抵抗でバラしてしまった。

 何と、フロントのアシストフックが1本切れていた。長い間交換してなかったので、おそらく少し劣化していたのだろう。

 悔やんでも悔やみきれない。



 ところが、それが悪夢の始まりだった。

 周りは釣れるのに、私だけ何の当たりもない日が二日連続で続いたのだ。ナブラはなかったが70センチクラスのメジロが回遊していたはずなのに、二日とも何故か私にはカスリともしなかった。

 特に二日目はあちこちでお祭り騒ぎの中、虚しくジグを投げ続ける私の隣で、明るくなってからやってきた年配の方が目の前で大きなメジロを連続で6匹も釣り上げていた。 

 それを目の当たりにした私は全身を雷に打たれたようなショックと、ひどく惨めな、落ち込んだ暗い気持ちの中、ひとりとぼとぼと海岸を後にした。




 いつの間にか桜の花が満開になっていた。

 この桜の、真っ盛りの、不思議な生き生きとした美しさ。



 耳を澄ますと桜の花びらから凄まじい勢いで春の息吹の音が聞こえてくる。

 爛漫と咲き乱れている桜の森の満開の下にいると、私は何故か不安になり、憂鬱になり、空虚な気持ちになる。



 私の嫌いな春がまたやってきたのだ。

 自然の圧倒的な生命力に打ち負かされ、私を憂鬱な気分にさせる、春の息吹。

 おそらく海岸でも、春の海が生み出す賑やかな強い生命力に私は打ちのめされたのかもしれない。



 そして、魚が釣れないのでスーパーで地元の桜鯛を買った。

 なんと、1匹700円



 脂がノリノリにのっている。



 二日寝かして、刺身で。塩でも、醤油でも美味い。残りは昆布締めにした。




 毎朝のルーチン。

 ドアの向こうで、かんたろうとトンが仲良くこちらを覗いて、遊ぼうと誘う。



 仲がよく、見ていて本当に微笑ましい。

 憂鬱で不安な心が少し和らぐ瞬間だ。



 トンはよく太った。それでもまだまだ子どもなのだろう、よく遊ぶ。

 二本足で歩くトンの姿に、かんたろうもびっくり。



 うちに来た頃のトン。こんなに小さく、幼かった。



 恥ずかしいのか顔を隠す、トン。



 おやすみ、かんたろう。

 そろそろ石鯛釣りだ。

 打ちのめされた今の私には、沖磯の静かな孤独な海が似合っている。