今のところ今年の梅雨は晴れ間が多い。
 この日の夜明けには有明の月が、群青色の空に淋しそうにぽつりと浮かび上がっていた。



 すでに夏の到来を思わせるような真っ赤な太陽が辺り一面を見事な黄金色に染め上げてゆく。

 そして知らぬ間に、悲しみの月は儚く消えてしまっていた。

 輝く曙光を全身に浴び、昇りゆく太陽に向かって思いっきりジグを投げる爽快感がたまらない。



 思わず我を失い時を忘れる、まさしく至福のひととき。しかし、まだまだこの海岸には生命感が希薄で、ダツと手のひらサイズのシオくらいしか当たってこない。 




 久しぶりに沖磯に石鯛釣りに行く。この日も梅雨の晴れ間でまだ湿度も高くなく、穏やかな清々しい朝だった。



 ひとり、磯で竿を出せる悦び。幸せなひとときがゆっくりと流れて行く。

 この日は生き餌が手に入らず、全て冷凍物の餌だった。



 冷凍の赤貝、エビ、イカにはサンノジ(ニザダイ)が猛烈にアタックしてくる。



 冷凍バフンでどうにか小さなイシガキダイ1匹釣れた。



 ルアーを投げると小さなシオ(カンパチ幼魚)の軍団が足元まで追ってくる。ルアーが大きいので見切られたり、ミスバイトが多くなかなか掛からないが、どうにか2匹釣り上げた。


 

 餌も無くなったし疲れたので12時で終了。

 帰ってすぐシオとイシガキを捌く。





 イシガキは二日ほど寝かせる。

 シオは三枚に卸した後、中骨を丁寧に抜いてムニエルに。

 小さくても味が濃く、美味だった。



 別の日、冷凍庫にオキアミのブロックがあったので溶かして近くの岸壁へ。



 オキアミを撒きながら、渓流竿で軽いガン玉一個つけての脈釣り。

 竿が満月のように曲がり、しなってなかなか上がって来ない・・・繊細なやりとりがとても面白い。大きなシオには何度か切られたが、小魚がいっぱい釣れて、午後のひとときを満喫した。




 早速家に帰って、全ての魚を丁寧に捌いていく。



 カサゴは刺身に。

 新鮮な大きめのカサゴの身は透明感があり伊勢海老にも似たねっとりとした甘みが口の中でとろけて、絶品。熱燗で流し込む。



 コッパグレ、キュウセン、オオモンハタ、アイゴ、ヘダイなどは卸したあと小骨を抜いて一晩寝かせる。

 そして油で揚げて南蛮漬けに。

 シオはまたしてもムニエルで。




 真夜中のトン。大人しくゲージに入って寝ている。

 もうすぐ一歳、可愛らしい真っ黒の瞳に癒される。



 相変わらずかんたろうはマイペース。



 そして相変わらずの仲良し。トンはかんたろうに甘えっぱなしだ。

 ふたりを見ながら、私は朝焼けに儚く消えていった有明の月を想う。

 梅雨の晴れ間にほのぼのとした時間がゆっくりと流れてゆく。

 幸せか、淋しくないか、かんたろう、トン?

 ここに来て、よかったか。

 



 毎日がほとんど同じことの繰り返しで、ただ時だけが静かに、そして無意味に過ぎてゆく。

 気がつくとゴールデンウィークも過ぎ、五月も終わりが近づいている。



  ふと1ヶ月以上ブログを更新していないことに気づく。あまりの時の流れの速さにたじたじとなり、強烈な焦燥感に襲われ、果てしない虚しさを覚える。



 ただ、こうやって毎日のように夜明けの海に向かってジグを投げ続けていると時を忘れ、何とも不思議な忘我の境地に陥ることがある。



 魚が釣れなくても、圧倒的な自然を目の当たりにすると、何も考えない、恍惚とした愉悦感に襲われる。

 海を見ている自由の時間。昔から憧れ、求めていたものはそれだけだった気がする。

「老後は毎日ただ静かに海を眺めているような幸せな老人になりたい」とテレビで誰かが言っていたのを思い出した。




 この日久々に朝から晴れ渡ったので、気分を変えて近くの岸壁にサビキ釣りに出かけた。



 エサはマルキューの「あとは釣るだけ」。これだと手も汚れず、匂いもない。



 まだまだ、魚の活性は低く、他の釣り人はいない。

 小さなムツ。



 定番のイソベラ。



 小アジだけ持って帰る。



 高温でカリッと唐揚げにする。

 ビールのつまみに最高。

 サビキ釣りは手軽なのでまた行こう。




 毎朝のルーチン。

 台所に入れてくれと、ドアから覗くかんたろうとトン。



 目が怖い。




 かんたろうに甘えるトン。



 ドヤ顔でこちらを見てくる。



 暑くなったのか、トンは最近畳の上に寝そべることが多くなった。



 仲の良さに思わず笑みがこぼれる。



 虚しい毎日の繰り返しの中で、本当に癒されるひとときだ。

 ありがとう。

 おやすみ、かんたろう、トン。

 長生きしろよ。




 4月も半ばを過ぎてからは春の嵐が吹き荒れ、大荒れの海が続いている。
 波はうねりを伴って高く、海に近づくことさえできず、憂悶の日々を過ごしていた。




 先週久しぶりにいつもの海岸に行ってみたがまだまだ大きなうねりが残っていた。

 そして、どんよりとした、今にも泣き出しそうな空が海面に垂れ下がっていた。



 それはまるで、春たけなわの圧倒的な生命力に打ちのめされた、惨めで憂鬱な今の自分の気持ちを暗示しているかのような、ひたすら暗くて重い索漠とした夜明けの海だった。

 釣り人はパラパラといるが、魚の気配は全くない。



 左中指の腱鞘炎(ばね指)も相変わらず治癒の兆しも見せず、痛みも増すばかり。

 おまけに3回目のコロナワクチン接種の副反応が酷くて3日間も発熱したまま寝込んでいた。接種から5日が過ぎた今も倦怠感が取れず釣りに行く気力もない。




 気晴らしに思い切って活毛蟹を買った。

 北海道産なので、あがって(死んで)いないか心配だったがどうにか活きていた。

 酒蒸しにする。



 身をほぐしながら熱燗片手に貪るようにどんどん食べていく。

 味噌がまた美味い。甲羅酒も最高だった。束の間だが、至福のひととき。



 朝どれの天然真鯛が小ぶりとはいえ、なんと1匹丸物で二百円台。2匹買う。

 まだまだ子を持って丸々としたお腹をしている綺麗な桜鯛。



 ロキソニンを飲み続け、微熱と指の痛みに耐えながら三枚に捌く。

 脂も乗ってとても美味しそうな身だった。

 刺身に、昆布締め、鯛めし・・・少しだけ楽しみ。



 季節の息吹にこれ以上負けないよう、旬の実りをいただく。
 熟れた真っ赤な苺。


 初鰹。なのに脂が乗って美味。




 相変わらず仲の良い、かんたろうとトン。

 ふたりを見ていると、憂悶の日々にパッと明るい花が咲いたように心が和む。



 生後10ヶ月のトン、少し貫禄が出てきた。



 階段から覗く姿が、かんたろうにそっくり。




 窓から外を覗く姿もよく似ている。

 思わず微笑んでしまう。




 たまにはトンのゲージに入っておとぼけのかんたろう。



 おやすみ、かんたろう。

 連休明けには久々に石鯛釣りに行く予定だ。

 もうすぐ五月、薫風漂い、全てが輝ける爽やかな季節がやってくる。

 私の悶々とした憂鬱な心の闇にも、いつの日か明るい光が燦々と輝き爽やかな薫風が漂う、そんなときは来るのだろうか。