気がつくと、3ヶ月もブログを更新していなかった。

 そして、いつの間にかとても寒くなっている。

 この日の夜明け、海から霧が一面に立ち込め漂っていた。久しぶりの気嵐、海霧。気温は−1℃、しかし水温はまだ20℃以上ある。



 時だけが私の前から足速に過ぎ去ってゆくようだ。

 時間の感覚が薄れ、時の流れが麻痺して、ただ周りの季節だけが静かに移り変わってゆく感じがする。

 ちょうどこの海霧のように、これまで生きてきた人生の全ての事象を覆い隠してゆくような、そんな虚無の日々を送っている。 



 今はただ、海と猫に囲まれ釣りをしながら静かに生きている。 

 水平線から昇りゆく見事な太陽の曙光を浴びながら、ひたすら大海原に向かってジグを投げ続ける。



 すると、時々魚が釣れてくれる。

 自然の恵みに感謝。



 寒くなってきて、魚も大きくなってきた。

 この日は75㎝のメジロ。よく暴れ、最後まで楽しませてくれた。



 シオも大きくなって48㎝。これもまたゴンゴンと暴力的に暴れる。



 ゆっくり底の方をしゃくっているとゴツんと、小気味いいあたりが。珍しくマゴチ、50㎝。



 天気がよくポカポカ陽気の日は、近くの漁港に出かける。

 ふかせ釣り、アジング、ちょい投げにエギングと欲張る。

 お金もないし、なかなか沖磯へ石鯛釣りには行けない。



 ふかせ釣りにはコッパグレやアイゴ、タカノハなど。結構楽しい。



 ぶっ込み釣りには、オオモンハタやカサゴなど根魚が遊んでくれる。



 ダイソーの5グラムのマイクロジクには尺クラスのメッキアジが釣れた。

 寒くなって湾内に入ってきているようでよく釣れる。これまた楽しく嬉しい。



 とりあえず刺身で食べる。



 メジロやシオ等とても食べきれないので、3枚におろして小骨も取って一夜干しに。それでも干物も余るので冷凍に。




 日々、自由な時間を過ごす、トンとかんたろう。



 寒くなってきていつもくっついている。

 とても仲良しだ。



 本当に見ていて微笑ましい。

 ほのぼのとした時間がゆっくりと過ぎてゆく。




 私は今、ただ海と猫に囲まれてこうして静かに生きている。

 それでいい。

 3年前のあの日、家庭も仕事も無くし、何もかも失った時、残りの人生をただこうしてこの小さな海辺の町で猫と一緒暮らして行こうと決意したのだ。


 

 おやすみ、かんたろう、トン。

 一緒に暮らして、幸せだろうか。





 それにしてもトンはよく太った。

 背中がとても大きい。ぽちゃぽちゃで、それがまた可愛いけれど、今やかんたろうよりも大分重くなった。



 9月も半ばを過ぎ、早朝の海岸はすっかり秋めいてきた。そしてショアジギングでもポツポツと魚が釣れるようになってきた。



 夏の名残のシオ。

 数は少なくなってきたが、釣れると大きくなっていて40センチを超える個体が釣れ出した。(これくらいになると色、形姿がそして引きの強さがカンパチを彷彿させる)



 そして秋定番のツバスにハマチ。

 潮が良いと、これからは同じような大きさの群れが入ってきてナブラが湧く日がある。



 たくさん釣れると、シオもツバスも一夜干しにする。冷蔵庫の中と、時々クーラーの効いた部屋で扇風機で乾かす。





 ちょうど一週間前の早朝。いつもの海岸はうねりが高く大荒れだったのでショアジギングは諦めて、湾内の漁港へ根魚狙いのチョイ投げに出かけた。

 冷凍のイカをチョン掛けにして、岸壁キワキワに落とし込んで当たりを待つ。

 いきなり釣れたのは重たいだけのハコフグ。ギーギーと泣くだけで動けない。可愛い姿に微笑みつつすぐリリース。



 その後、置き竿にしていた竿に強烈な当たりが。大きく竿が曲がり海中に突っ込んでゆく。

 慌てて手に取り合わせると、いきなりドラグが大きく鳴り響き、すごい勢いで糸が出る。思わずしゃがみ込み竿を立てて耐える。

 魚は根のある右の方に強烈に突っ込む。

 腰を落としたまま、ドラグを締めたり緩めたりして何とかかわす。

 


 てっきり年無しのチヌと思い込んでいたのに、浮いてきたのはまさかの石鯛。

 それも立派な銀わさ。一部始終見ていた隣の老人が驚嘆の悲鳴をあげる。その老人にタモ入れを手伝ってもらう。

 上がってきた石鯛を見て、年老いた彼は「こいつはこの漁港のヌシに違いない」と叫びながら、何度もスマホで写真を撮っていた。



 500円の短いグラス竿に30年ほど前の安いリール。道糸2号にハリスは1、5号、チヌバリ3号。

 こんなことが本当に起こるとは、まさに奇跡。


 


 帰って測ると53センチ。それにしても体高のある立派な銀わさだ。



 胃の中は貝殻だらけ。多分フジツボやジンガサ類。

 三枚に卸すと、身は分厚くて脂も乗って見事なサシが入り、綺麗。とりあえず冷蔵庫で寝かす。




 2日目の刺身。まだまだ若くてコリコリ。



 フライにしたり。



 鍋に入れたり。



 これは昨日のちょうど一週間寝かした昆布締めの刺身。

 とろけるような旨味と凝縮された癖のない脂が口の中で拡がる。




 やっと涼しくなってきて、猫たちはとても元気になった。



 8月に入ってからは夏バテしたのか寝てばかりで、あからさまにトンを避けていたかんたろうが復活の兆しを見せ始めた。

 再び、仲良くなったのだ。



 トンが近づいただけで逃げ回っていたかんたろうが、自らトンに近づいてゆく・・・。

 喜び、嬉しくてかんたろうを抱きしめるトン。



 久しぶりにふたり戯れ合う。

 思わず笑みがこぼれる。



 ついて来い!と偉そうなかんたろう。トンもついて行く。

 本当に心が癒されるひと時だ。

 思わず「よかったよかった」と一人呟く。



 おやすみ、かんたろう。

 ふたりともいつまでも仲良く、元気で。

 そしていつまでも一緒に。



 夏至の頃は、島々の間から嬉々として輝きを放ち、辺り一面を鮮やかな橙色に染めながら昇っていた太陽が、今や翳りを見せつつ、悲哀に満ちた姿で大島の右側から顔を出している。



 8月も終わり、夜明けのこの海岸には、ひんやりとした大気が漂い始めた。

 潮の香りを含んだ早朝のそよ風が、心地よく肌を滑ってゆく。



 遠くでは気持ち良さそうにサーファーが波と戯れている。

 目に映る情景は既に夏のなごり。


 そして私は仕事と家族を失ってからすでに3年が過ぎた。

 時は確実に過ぎ、全ての事象は過去のものとなってゆく。

 恐ろしいことに、それは確実に死が近づいているという事実でもあるのだ。



 毎年この時期はシオが遊んでくれる。

 しかし、釣れる日と全く当たりもない日の差が激しい。

「釣れる時は釣れる。釣れない時は釣れない」いつも石鯛釣りでお世話になっている渡船屋の船頭の口癖が思い浮かぶ。



 シオも大きくなってきて40センチを超えるようになったが、20センチほどのミニサイズもたまに混じる。



 このシオは小さなカマスを食べていた。

 45センチを軽く超えていたので体色があまり黄色くなくカンパチに近い色合いになっている。

 それにしても突然、ライトタックルに暴力的にアタックしてきた。水温も高いのか元気満々で首を振りつつ驚くほど暴れた。



 別の日、たまには湾内の防波堤からオキアミのフカセ釣り。

 暑いので2時間限定で。



 小型ながらグレ、アイゴ、オオモンハタ、シオなどがたくさん釣れた。



 オオモンハタは鍋で水炊きに。あとは塩焼き、一夜干し等・・・。



 シオの押し寿司。

 大葉をはさんで、すだちを添えて、さっぱりと。美味。



 


 とても仲良しだったかんたろうとトン。



 相変わらずトンは、かんたろうのことが大好きだ。



 しかし、近頃では、遊ぼうと誘うが相手にされない日々が続いている。



 猛暑のせいなのか8月に入ってから、かんたろうの機嫌がすこぶる悪い。

 生まれてからすぐ2年間も賑やかな大きな公園で育ったせいか、かんたろうは大きな音にも、ちょっとのことでも過剰に反応し、すぐに逃げ出す。



 そしてこの殺人的な暑さの中、昼間は狭いところに隠れて寝てばかり。夜になると元気になる。

 おまけにクーラーも嫌い・・・なので体調も崩しがちだ。余計に機嫌が悪くなる。

 三つ子の魂百まで。

 仕方ない気もする。そしてそれはそれで、胸が痛む。とても哀しくて淋しいことだ。




 かんたろうに相手にされないどころか、近づくと逃げられてしまうトン。

 悲しそうな表情で訴える。



 昼間はひとりでいろんなところを探検。

 クーラーの効いた涼しい部屋も大好き。

 無邪気なトン。



 ふたりを見ているとまだまだ死ぬわけにはいかない、と強く思う。


 おやすみ、かんたろう。

 頼むから、涼しくなったら、トンと一緒に遊んでやってくれ。