李光洙 イ・グァンス(1892~1950?)
高校と大学は日本で過ごす。
韓国語の作品、日本語の作品、両方出しています。
代表作は『無情』(1917)韓国近代文学史上初の近代長編小説。
半島文壇の大御所と言われた。
日本統治時代末期に、日本を利するような文章を書き
解放後は「親日派」として収監されるも、不起訴となる。
朝鮮戦争時、北朝鮮によって連行、そのまま消息不明…。

私自身はこの人のことは、「近代文学作家」で「親日派(日本統治に協力した人)」という認識でした。
実際作品を読んだこともありませんでした。

波田野節子先生の『李光洙~韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』 中公新書(2015)
を読んで、初めて李光洙の人生や作品について、考えるようになりました。
先日この本を読み終えてからずっと考えています。
『無情』という長編小説も今、読んでいるところです。日本語で…
これもまた波田野先生の訳されたものです。
原文もいずれ手に入れたいと思っています…。

『李光洙~韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』について
ネット上でいくつかの感想が読めますが、多くの人が「知らなかった」という
反応を見せています。私もまたその一人です。
「親日派」という烙印のせいで、わざと遠ざけていたのかもしれません。
読む価値も振り返る価値もない…というような決めつけで。

考えてみれば、その時代がどのような時代であったかの検証抜きに
切り取られた一部の文言だけでレッテルを貼ることはできないのです。

尹東柱が詩を書いて監獄に入れられる時代だったのだから。
日本人の作家でさえ若くして拷問死させられる時代だった。

それに李光洙が「無情」を書いたのは1917年、25歳の時。
(日韓併合は1910年。)
1919年には上海臨時政府で独立運動(この年、3.1独立運動が全国的に起こりますが武力鎮圧されます)
1920年代・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ の10年間
1930年代・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ の10年間
1940年代・ ・ ・ ・ ・ の5年間
ずっとずっと日本の支配は続いて行くのです。
永遠に続くように思われた日本の支配
それに順応するように変わっていくのは、不思議じゃありません。
2年や3年じゃないんだから…。
2年や3年で、日本に従おうって言い出したんじゃないんです。。
家庭を持ち子供も生まれ、子供の将来も気になる。
よりよく生きるために「健全な皇国臣民」になれるよう努力しよう。
いつか来るその日のために頑張る。

彼は妥協を知る人だったと思います。
妥協して実をとる。

この本で知らなかったり印象的に思った内容や文章としては、
・幼いころ両親が亡くなり孤児だった(苦労した)。
・上海で亡くなっていたら、独立運動の闘士として名前を残したかもしれなかった。
・日本で暮らす半島出身留学生は特高警察から目をつけられていた。
・「内鮮一体」を言うなら、差別をなくし(教育の機会を平等に与え)、国会議員にもなれるように…
・半島の菊池寛と言われていた。
・草野心平など、日本の文学者とも親交があった。
・178ページの当時の新聞記事「半島文壇の大御所 李光洙さん、氏へ名乗り 一家そろって香山姓へ」
 ニッコリ笑った写真つきの大きめの記事(京城日報 1939年)が100年も経っていない昔を想像させる。
・子供たちは韓国を出て米国で暮らしていること。(波田野先生は米国でインタビューしています)

そして何よりも共感するのは
1937年、治安維持法で逮捕された時の項目です。

p、164 「指導者の安昌浩は独立運動家として死んだが、同友会の会員たちにそこまでの覚悟はなかった。
彼らは自分ができる範囲で民族独立のために奉仕したいと望んだ人たちだった。
家族と職場において誠実で勤勉な人間であることが民族の独立につながるという穏健な考え方の中産階級の人々が職場を奪われ、生活が破壊される危機に直面していた。そして李光洙は、彼らとその家族の運命を担わなければならなかった。」

この本が私にとって面白いのは、
独立運動家の記録ではなく文学者の人生を描いたものだからだと思います。
うまく書けませんが、読んで良かった。
いま『無情』を読んでますが、1917年の時点で李光洙が何を考えていたのかを知れて
これもまた面白いです。



『李光洙~韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』に関し、全体的なことについては
毎日新聞サイトで中島岳志さんが書いている書評が、わかりやすいです。
http://mainichi.jp/shimen/news/20150809ddm015070034000c.html
この中島さんという若い研究者は時々テレビで拝見しますが
大阪外大ヒンディー語科のご出身なんですね。
同じく箕面キャンパスで青春時代を送ったのかと思うと勝手に親近感がわきます。



(追記)川西中央図書館には昨日返却したので、皆様も借りて読んでみてください。