
■歌手 チャン・ギハ ~人生のなれの果てはわからなくても面白さはわかる~■
もし「チャン・ギハと顔たち(オルグルドゥル)」というミュージシャンを知らないなら
あなたは`流行`から少し遅れている。
だが別に焦ることはない。
彼はちょうど今、花開き始めたばかりの若きミュージシャンだから。
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彼は「まあ・・・」という単語をよく使う。「私がまあ、そのう、まあ・・・」というふうに。
そういえば彼のヒット曲「安物のコーヒーを飲む」にも「これはまあ・・・」という歌詞が出てくる。
話法もコンセプトなのかと思って顔を覗き込むと、世の中のことをすべて知り尽くした若年寄のように
達観した表情をしている。
歌を作った背景について尋ねたところ、こういう答えが返ってきた。
「そういうことは紙面を通してあれこれ言いたくありません。皆さんの感じ方すべてが正解だと思います。
私は歌を作ったこと自体で、既に説明が済んでいるという考えです。」
なるほど聴く側の想像力を妨害したくないという意味だが、
なんとかこの人を「説明」しなければならない記者の立場としては、この答えはあまりありがたくない。
「僕が言ってないことを書かない限りは、記者さんは何を書いてもいいんですよ」と余裕満々だ。
彼は一体何者なのか。
グループ「チャン・ギハと顔たち」のリーダー、チャン・チハ(27)は、
若者たちの間で今一番話題になっている歌手だ。
DCインサイドなど、若者がよく訪れるインターネットサイトでチャン・ギハは、
「チャン教祖」とまで呼ばれている。
彼はCDの広告にもあるように
「イケメンにも拘らず、アイドルの道を捨て、音楽で勝負」しようと、2008年5月にデビューCD発売。
その後、某音楽番組での映像がインターネット上で話題となり、一躍スターになった。
新村・弘大前にCDショップでは彼のCDを並べるやいなや飛ぶように売れるという、
不況期下における「品切れ」状態を起こしている。
若者がチャン・ギハの歌に惹きつけられる理由は、単純にして複雑だ。
新装開店イベントに登場する風船人形のように、
両手をバタバタさせる彼のダンスに注目する向きが相当数いる一方で、
むしろ「いや、ダンス以外は最高」と彼らの音楽性を評価する向きもある。
いずれにせよチャン・ギハは彼らにとって既に‘必須要素’だ。
彼の音楽やダンスをパロディした画像がインターネット上にあふれている。
何より彼の音楽にはウィットがある。
「僕が観客ならどういうのが面白いだろうか?と常に考えています。
映像型歌手という評価も悪くはありません。歌手が湿っぽく演奏ばかりするのなら
何のためにコンサートをするのですか?CDだけ出してればいい。」
‘韓国型フォークの復活’と評価されている彼の歌は
「安物のコーヒー」の歌詞「くっついてはなれない」どおり、すぐ耳について離れない。
1980~90年代のフォーク歌謡を連想させる彼の歌い方には、表現しがたい魅力がある。
メロディーとぴったり合う歌詞内容は圧巻だ。
特に優れているのは`ナレーションなのかパンソリなのかわからない’彼のラップだ。
「 雨が降れば軒先にうずくまって
ぼんやりとただ黙って
これはもう何かが違う、そう思って
いつ開けたのかもわからないコーラの缶を口にして
一口飲んだ瞬間、あ!ヤバイ!煙草の吸殻が・・・ 」
ゴキブリが出没する学生街の貧乏下宿での日常を歌った
「安物のコーヒーを飲む」のラップの一節である。
若者が熱狂するのはまさにこの貧乏下宿だ。
お洒落で洗練された今風の男女であふれかえる2008年の青春に、
この歌が与えた衝撃は逆説的ともいえよう。
メディアによって華やかにラッピングされた20代の感性を
チャン・ギハが見事にかき乱したのだ。
■ナイーブな感受性と生まれ持った才能
チャン・ギハは今年8月にソウル大学社会学科を卒業した。
アルバムを出した時は現役のソウル大生だった。
今は「ソウル大卒のミュージシャン」という肩書きがついて回る。
彼自身も「ソウル大という名前のおかげで有名になった面もあるだろう」と認める。
しかし肩書きが彼の足を引っ張りもする。
「ソウル大出身のエリートに人生のなれの果てがわかるのか?」という中傷だ。
自らの音楽に対してあれこれ説明はしないという彼の`主観’まで合わさって、
少数ではあるがアンチも生まれた。
韓国では「ソウル大出身の芸能人」はこうして色眼鏡で見られる不都合にも耐えなければならない。
「僕は今まですごく楽観的に、一生懸命生きて来たと思っていました。ところが二十歳を超えてから
ある瞬間、これは何かが違うという、得体の知れない虚無感が押し寄せてきたんです。
一人で部屋に寝転んでギターを腹の上に載せながら、あれこれ考えました。
`安物のコーヒー’を作ったのもこんな時でしたね。」
彼はナイーブな感受性と共に才能にも恵まれた。
自身の虚無感を音楽を通して訴えることができるのだ。
「ある日突然HOTの’幸せ’という歌を音階で歌ってたんです。そしたら自分には絶対音感までは無理でも
相対音感はあるというのがわかりました。それからはまあ、歌を一曲作ってみようと。
それでぱーっと作りました。コードを大体合わせてベースギター、ドラムも入れて・・・そうしたらできました。」
自身の才能を再発見したのは大学3年生の時だった。
それまで「デモのようなこと」をしたり酒を飲んだり論議したりする普通の大学生だった彼に
バンドをやっていた知人がシン・ジュンヒョンやサンウルリム(昔のフォークグループ)を教えてくれたのだ。
当時彼はこれらのミュージシャンについてほとんど知らなかった。
「彼らの歌はメロディーと歌詞が本当によく調和していた。こんな歌を歌えるのは世界で僕たち以外にいない」
と実感した。音楽をやらなければという想いが固まったのもこの頃だ。
「昨日もサンウルリムの歌をまた聞いていました。大きな山の前で頭が下がる思いでした。
一方では非常に安心しました。まだ勉強することがたくさん残っている。まだまだ行く道は遠いという安心です。
シン・ジュンヒョンやサンウルリムと一緒に青春期を過ごせた先輩たちはどれほど胸がときめいたでしょうか。」
非凡なのはチャン・ギハだけではない。
彼のアルバムを出したポンガポンガレコードも非凡な音盤会社だ。
この会社ではアルバムを‘手工業’で制作している。
スタッフが空のCDを買ってきて録音したあと、ラベルをつけてケースにいれる作業までする。
こうしてできたシングルアルバム「安物のコーヒー」は4000ウォンだ。
他のアルバムの半分の値段。彼らの‘芸人活動’はこのようにして続行している。
ほんの少し前までチャン・ギハは専業ミュージシャンではなかった。
音楽活動をする合間に、放送局で海外ニュースの翻訳をするアルバイトをして生活費を稼いでいた。
今後はアルバイトはやめ音楽活動に専念する考えだ。
「いいかげんな音楽は作りたくない。だから何?というものではなく、
あ~そうか?面白いな!と思われるような音楽を作りたい。面白くてこそ意味があるのではないでしょうか。」■