Kiss M Goodbye | In The Groove

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a beautiful tomorrow yea

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007
シリーズ生誕50周年記念作品『007 スカイフォール (原題:SKYFALL)』が、121日(土)、ようやく日本公開(英国1026/米国119日)となった。



失われた20年、そして混沌の時代には常に、我々に“希望”をもたらす救世主の期待とともに、残酷な悪魔を生み出すものなのだろうか。



本作で最も注目すべき点は、第72回アカデミー賞において、初監督作『アメリカン・ビューティ』で、最優秀作品賞を含むアカデミー賞5部門を受賞した英国人監督のサム・メンデスの起用だろう。その秀逸な群像劇については、過去のブログでも何度もオススメした。



取り急ぎ、Yahoo!サイトで、映画『007 スカイフォール』の<みんなのレビュー >を斜め読みしてみると、評価が真っ二つに分かれ、アクション大作を期待した人や、若いと思われる世代の人には、総じて評価が低いようだ(笑)。映画鑑賞も、現象的に表面だけではなく、本質を見極めると、世界は違って見えるものだけど、ね。



今作にアクション大作の面白さを期待するのであれば、トム・クルーズ主演『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』のほうが100倍楽しめるゆえ、そちらをぜひオススメしたい。



また、本作のディテールについては、1020日付のブログ“Living Well is the Best Revenge ”で詳細に綴ったので、興味のある方はどうぞ。とはいえ、2点だけ、ディテール面で新たに付け加えておきたい。
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ひとつは、イスタンブールから、上海へと映像が切り替わり、上海の夜に幻想的な摩天楼が映し出されるが、その超高層ビルのプールで、ボンドが泳ぐシーンだが、あれはロンドンのフォーシーズンズホテル・カナリーワーフのそれだ。

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もうひとつは、
200968日付のブログ“Speed Of Sound ”で取り上げた長崎県の軍艦島が、本作では、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)の敵役シルヴァ(ハビエル・バルデム)が暮らす、マカオ沖合の廃虚の島「デッド・シティ」という設定で、CG合成で登場する。1960年代に、日本最高、いや世界最高の人口密度を誇った超・近未来都市として栄えた島は、今では廃墟の島だ。



したがって、本作の隠れテーマは「ノスタルジー」、そして「過去」の話(記憶)に焦点を絞っていると捉えることができる。映画のラストシーンとなる極寒の舞台は、英国の北に位置するスコットランドで、ジェームズ・ボンドゆかりの<スカイフォール>邸だ。虚空に身をささえ、果てしなく遠い距離の中で、M(ジュディ・デンチ)とボンドの近さを求めたのだろう。



スカイフォールは、地理上の北であり、それは事物の透明度を高める冷たさでもあり、つまり心の風景、ジェームズ・ボンドの自己のメタファーなのかもしれない。終わりもなければ、始まりもない、007シリーズが50年も続く理由、それはジェームズ・ボンドという孤独な救世主が、闇にをもたらす、希望という名の存在だからなのだろう、きっと。
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ところで、本作の映像は、ほとんど灰色に近く、昼よりも夜がより強調され、ボンドが身に纏ったトム・フォードのスーツ及びタイの色もグレーだ。そこには、監督が意図したテーマが隠されており、今という時代を反映しているようだ。劇中で流れるアデルの暗く、力強い音楽然り。



映画のテーマ以外で、本作では珍しくジェームズ・ボンドの弱さ、不完全さを垣間見ることもできるが、それは年齢を重ねたボンドの、自分の肉体に関する強迫観念であり、彼は救世主(ヒーロー)である以前に、孤独の中に生きる、ひとりの生身の人間なのだ。



英国人作家TS・エリオットの『四つの四重奏』第1部の詩編「バートン・ノートン」をふと思い出したので、一部抜粋して紹介したい。



低く降りてゆけ、ひたすら降りて

永遠なる孤独の世界

世界でない世界、

まさしく世界ではないものに向かってゆけ

内部の闇

感覚世界は乾燥し

想像世界は中身が抜かれ

精神世界は活動がやむ



ブログ冒頭でも触れたが、本作が一部の日本人に受け入れられていない理由のひとつとして、ボンドガールの存在価値が極めて薄く、むしろボンドのMへの忠誠心(或る意味、愛とも言える)に重点が置かれた点が挙げられる。



今回の敵役シルヴァは、MI6の元諜報員であるが、彼はMへの復讐が目的であり、それを阻止するのがボンドのミッションでもあるのだが、シルヴァの計画通りに事は進んでいくが、彼は時間という「過去」を変えたい、(Mを)消し去りたい、と切望している。シルヴァは諜報員当時に、ひとりの人間(M)に愛されたいと望んでいたのかもしれないが、ある事をきっかけに、裏切られたと勘違いしているわけだが、とりわけ、本作ではMがボンドに、信頼関係以上の、個人的な“”を注いでいるように、俺の眼には映ったのだ。
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残酷な悪魔である、ボンドの敵役シルヴァは、あたかも苦しみのようにゆっくりと迫ってくるが、劇中の重く湿ったが、ロンドンのあの灰色の空にはよく似合い、ジェームズ・ボンドの世界観を見事なまでに表現していた。



スカイフォール邸でのアクションシーンでは、氷の世界も登場するが、氷の下に横たわる暗い世界から、ボンドが這い上がる途中のそこには、希望に満ちた静かなが見てとれた。





本作に限っては、春よりもが好きで、夏よりもが好きな人にとっては、サム・メンデスが伝えたかったであろうジェームズ・ボンドの世界観が、より鮮明に理解できるはずだ。それは、事物が忘却に立ち戻り、しだいに熱が失われ、色褪せていくようにね。





シルヴァは見事なまでに悪魔に近い存在として、スクリーン上に映し出されるが、彼はジェームズ・ボンドのように、“今”を楽しむイメージは一切なく、現実世界の物質的存在やら、生活の表面にあらわれる優雅さやら、貪欲なる行為などに、執着しているようには思えない希有の悪だろう。



シルヴァは、Mへの復讐のことで頭の中が一杯で、どうにも慰めようがない人間であって、相手を混乱に陥れたり、他人を受け入れなかったり、誰からも敬遠される存在として描かれている。





最後になるが、ラストシーンの教会の中で、助けにきたボンドに、Mが意地悪く「遅かったわね」と言うが、それはまるで、恋人に囁くような言葉にも思えた。そして、Mは息を引き取るわけだが、サム・メンデスが選んだこの悲しみのエンディングは、観客の涙を誘うと同時に、それは、007シリーズの「未来」へ向けての、新たな展開の始まりでもあるのだ。
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M
(ジュディ・デンチ)に、さよならのキスを。





Have a nice weekend!