金曜日の朝、日経MJ(日経流通新聞)のある記事が目に留った。以下、一部抜粋して紹介。
仏高級ブランドのエルメス・アンテルナシオナルは今春にも中国向けブランドを投入する。現地で商品を企画・生産することで価格を抑え、急増する中間所得層を取り込む。自国ブランドに対する中国の消費者の期待にも応えられる。同社が「エルメス」以外のブランドを手掛けるのは初めて。高級ブランドでも中国シフトが鮮明になってきた。
エルメス、中国用ブランド
上海に今春1号店 企画・生産も現地で
【パリ=吉川愛】
新ブランドの名前は「Shang Xia(シャン・シャ)」。運営・管理のため上海に同名の子会社を設立する。今春に上海1号店を開き、来秋にはパリにも出店する計画。商品は衣料、アクセサリー、家具、食器などで、ジャン・チョンアル氏が社長兼アーティスティックディレクターを務める。
日経MJの取材に対し、エルメスは「中国の素材や伝統技術を取り入れた商品になる」と説明している。具体的な価格帯は明らかにしていないが、エルメスよりも割安にすることで中間所得層を中心に幅広い消費者をカバーする見通しだ。
「中国のブランド」という位置づけで消費者に訴える狙いもあるようだ。これまでエルメスはフランス製にこだわってきたが、今回の新ブランドについて、「世界の職人芸とクリエイティヴな才能の再認識、及びその地位向上のため、引き続き注力する」としている。
仏マーケティング会社のBBDOボーの調査によると、中国の富裕層は高級ブランドの歴史や価値を重視して最終的に好みのブランドを決める。最近は「中国によって生み出された中国のための高級品」を好む傾向が強まっているという。
この話題、噂として1カ月ほど前にWWDで目にしたと思うが、私的には「ありえない試み」だなと思っていたのだが、現実にそうなったようだ。「セカンドライン」というカタチではなく、「中国用ブランド」といった全く別モノの割安品での展開といえ、今後、エルメスのブランドイメージに善かれ悪かれ影響しそうだ。
エルメスは、アルマーニ同様に世界最強のファミリービジネスのひとつだったが、現在62歳のフランス人、パトリック・トマ会長が、2006年にファミリー以外からの経営者(正確にいえば、エルメスに入社してからは15年)となってから、良い意味で、旧い体質のエルメスと決別したかのようにも思えるのだ。
頑なに「メイド・イン・フランス」にこだわり続け、独立独歩の方針が、エルメス独自のイメージを高く保持していたともいえるが、今年2010年は、1837年に創業したエルメスにとって、大きな転換期になるのかも知れない。
エルメスは、173年の歴史あるフランスを代表するラグジュアリーブランドであるが、東京においては面白い試みをいくつか行っているので、記憶に残っているものをいくつか列記してみたい。
■2006年10月
銀座の「メゾン・エルメス」2Fに、カフェをオープン。
■2007年9月
赤坂の「ザ・リッツカールトン東京」内に、世界最小(わずか39㎡の面積)の予約制店舗をオープン。
■2009年3月
ダンス・パフォーマンス「In-I」の日本公演をサポート。フランス人女優のジュリエット・ビノシュが渋谷文化村のシアターコクーンにて、1週間の公演を行った。
■2009年9月
ヘリコプターの内装をデザイン。森シティエアサービスの運営により、成田国際空港‐港区(アークヒルズ)間の送迎を開始した。
トーキョーの街を歩いていると、女性はいくつかのスタイルに分類されているようにも思えてくるのだ(実際は千差万別だけれど)。東京ガールズコレクションに登場するような中国製の安物(渋谷109やラフォーレ原宿などに並べられている商品)を身に纏っている中高生…“かわいい”系。日本の大手アパレルが展開するライセンスブランド(バーバリーブルーレーベルほか)やオリジナルブランドを身に纏っているOL…コンサバ系。外資系のキャリアウーマンなど可処分所得の高い女性が身に纏っているラグジュアリーブランド…モード系。
着ている服は似たりよったりで、履いている靴もどれも同じに見えても、主張できる唯一のモノが「バッグ」なのだと思う。1990年代前半のトーキョーでは、どこを見ても、オシャレな女性はプラダのパラシュートバッグを持っていた。
年齢や体重の問題に直面しなくてもいいから、ドレスよりもバッグのほうが選びやすいの。バッグには、“どうしてもこれを持たなくては”と強迫的に思い込ませる何かがある。バッグは収益を上げやすい。だって、バッグがこの会社に奇跡を起こしたのよ。
―ミウッチャ・プラダ
要するに、プラダもグッチも、エルメスもルイ・ヴィトンもバッグで収益をあげている会社だとも形容できるのだが。アルマーニの場合、トータルライフスタイルブランドとはいえ、(バッグも販売しているが)あくまで中心はアパレルなのだ。
各ブランドが、毎年「イット」バッグ(最新デザインと銘打ち、シーズン毎にマスト・アイテムとなるような製品)に注力しているのは、手に取るように分かるわけだが、化粧品の新商品と同じで、雑誌に掲載されるブランドの新しい広告が女性心をくすぐるんだろうな。
MJの一面にあった「テクノ系コスメ」って何だろ?と思ったら、テクノロジー系スキンケアのことであり、「遺伝子コスメ」「細胞スキンケア」などを指していた。薬事法上はNGワードらしいのだが、化粧品業界もよく考えるな、と思う(笑)。実際は、エスティ・ローダーの「アドバンスナイトリペア SRコンプレックス」、ランコムの「ジェニフィック」、ディオールの「カプチュールトータル ワンエッセンシャル」等などであり、俺も使ったことのある商品だったため、拍子抜けした。
バッグの話題に戻すと、中国製の安物であるサマンサ・タバサのバッグに飛びつく中高生もいれば、背伸びした高校生がルイ・ヴィトンのバッグを手に取ったり、トリー・バーチがブレイクすれば、皆が皆トリー・バ―チのバッグに群がるといった日本人特有の現象は、国民性とはいえ、いかがなものだろうか。一方で、コンサバを好む女性の中にはお手頃なコーチのバッグを選択する人もいる。また、日本ではルイ・ヴィトンのバッグは変わらず売れ続ける一方で、シャネルの2.55を好む女性も存在するのだ。
そして、最終的に行きつくのがバッグ界の最高峰“エルメス”なのかも知れない。買える、買えないは別問題としても、エルメスのバッグは、ラグジュアリーブランド産業で最後に残った“本物”の一流品だとも形容できるわけで、「イット」バッグと対極をなす。フォーマルな「ケリー」バッグを好む人もいれば、カジュアルな「バーキン」を好む人もいるだろうが、それは大して問題じゃない。
こだわる人は、それがクロコダイルでオーストラリアのポロサス種のものなのか、それともニコティカス(ジンバブエ産)であるのか気になるところだろうし、アリゲーターでミシシッピエンシスはフロリダ産のものだ。エルメスの平均サイズのバッグには、ワニ3匹分の皮革を必要とし、クロコダイルもアリゲーターも柄は1匹ずつ違うため、組み合わせを探すのに時間を要するようだ。私的には、エルメスの職人の話は、とても興味深くて面白いものだが…。
また、「イット」バッグのおかげで、古臭い毛皮の会社から抜け出したのはイタリアの「フェンディ」だろうし、スペインの「ロエベ」も進化しているブランドのひとつである。グッチ・グループのセルジオ・ロッシ、イヴ・サンローラン、ステラ・マッカートニーのバッグは、グッチと同じ工場で生産されており、エルメスの5倍のスピードで生産されている。ヴィトンの生産スピードが、こんなものじゃないことだけは確かだ。
エルメスは、これからも「フランス製」にこだわり続けるだろうが、アメリカのコーチなどは生産拠点を一部中国に移転している。顧客の3分の2がアメリカと日本が占めているようなのだが、コーチは中国への出店を加速しており、将来的には売上のほとんどを中国が占めるようなことも考えられるのだ。
ところで、超高級バッグがブームになったのは、3年くらい前だったと記憶しているが、シャネルの「フォーエヴァ―」、バーバリーの「ウォーリアー」、ルイ・ヴィトンの「トリビュート・パッチワーク」等など、あり得ないような金額で販売されていたバッグも、リーマンショック以降の現在では、遠い昔のようにも思えてくるのだ。
未曾有の大不況時代に向けて、エルメスの「中国用ブランド」戦略が善かれ悪かれ、今後どのように波及していくのか、私的に注目してみたい。
Have a nice weekend !