50年前
私たちCAが国際線機内販売で
旅客からポンドで支払いを受けたとき
1ポンドは2ドル40セント(USドル)の換算レート
1ドルが360円の時代だったので
1ポンドを日本円に換算すると864円
当時の物価なら
1ポンドあれば1日遊べる
それほどポンドは強い通貨だった
今、1ポンドは156円
少し前までは140円台(1ドル110円前後のとき)
そして1ポンド=2ドル40セントだったのが
ここにきてイギリスの経済が落ち込み
1ポンド=1ドル近くまで下落
新たに就任したトラス政権の大幅減税政策
それによる財政不安、株安、ポンド安
金融危機になるのではないか世界が注目
そのイギリスも栄華を誇っていた
9月19日に行われた
エリザベス女王の国葬も
栄華を誇ったころの英国を思い出させる
荘厳なものだった
ネーデルランド(オランダ)が
スペインからの独立のとき
プロテスタント国になっていたイングランドは
オランダを支援
カソリック国のスペイン無敵艦隊を撃破
ときは1500年代後半
エリザベス1世の時代
スペインから独立したオランダは
1600年代に入ると
オランダ東インド会社を通して
世界貿易に進出し栄華を誇っていた
ちょうど家康が江戸幕府を開いた頃(1603年)
オランダ商船も日本にやってきた
現在ニューヨークがある土地は
最初オランダが抑え、ニューアムステルダムの名をつけた
イングランドも世界に進出
あちこちでオランダと世界貿易の利権争い
ついに第一次英蘭戦争に突入(1652年)
3度の戦争でオランダは疲弊
ニューアムステルダムをニューヨークに変更
イングランドが世界を制覇しはじめる
1700年代に入ると産業も盛んになってきた
そして
1700年代後半から1800年代にかけて産業革命
蒸気機関の発明で工業化が進む
世界のあらゆるところへ進出
そしてそれらの土地を植民地化したり
保護国としたりして大英連邦を作り上げていった
それが戦後しばらく続いていた
CAとして乗務していると
時々、ファーストクラスに
英連邦のクーリエ(Courier)が搭乗してきた
いつも2席分を払っていた
クーリエの隣の席には
「外交行嚢(こうのう)」(外交封印袋)が置かれていた
クーリエは英連邦諸国の外交書類を運ぶ外交官
香港からインドへ、インドからシンガポールへ
シンガポールからオーストラリアへ
英連邦の国々を行ったり来たり
戦後はアジア、アフリカ、中近東にあった
英植民地だった国々がどんどん独立
最近では、カリブ海の諸国も英からの独立に動いている
植民地政策でおいしい汁を吸っていたが
それができなくなった
イギリスの国力が落ち
財政も経済も悪化
日本が80年代のバブルのころ
イギリスは「英国病」の真っ最中
イギリスを中心にヨーロッパでは
日本の賃金の7割程度でCAを雇える
日本ではそれほどまで賃金が上昇
少しでも人件費を抑えるために
イギリス人CAを中心とした
ロンドン基地を開設
スペイン、オランダに続き
栄華を誇っていたイギリスの時代も終り
イギリスも普通の国に戻った
T・K ♂
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