東京Crew倶楽部 ~客室乗務員(CA)の世界~

東京Crew倶楽部 ~客室乗務員(CA)の世界~

フライトにまつわることからCAたちのプライベートまで♪ 元ベテランチーフパーサーが語っています

乗務にまつわるお話や海外体験、航空業界について語っていきます。2018,2019年には他社元CAの協力があり彼女たちの思いを投稿していただきました。

当ブログには個人的な見解も含まれています。具体的内容が変更になっていることもあります。








ドイツに勝った!

まさかスペインには

と思っていたら・・・

 

今や日本中が「ドーハの歓喜」

沸きに沸いている

 

でもドーハってどこ?

 

実は、コロナ前のドーハには

カタール航空の日本人CAが

100名くらい住んでいた

 

カタールはお金持ちの国

ロイヤルファミリーが所有するカタール航空

今や世界有数の航空会社

 

パイロット資格を持つCEOも

王族一族出身

社員はチーフと呼んでいる

ときどき現場に現われる

制服の乱れは許さないとか

 

ちなみに隣りのドバイ(UAE)には

エミレーツ航空の日本人CAが300名前後

アブダビにもエティハド航空の日本人CAが

100名ほど住んでいた

 

 

CAたちも含めて在留日本人は約1000名

(コロナで帰国があり今は700名台)

 

 

カタールはペルシャ湾に突き出た半島の国

そしてドーハはカタールの首都

 

左には、中東の大国サウジアラビア

さらに左にはエジプト

 

2017年には、カタールはイランに近づきすぎて

周辺の湾岸諸国から総スカンを食らい

それらの国から国交を断交され孤立

なんとか関係修復を図った

 

それがなかったら今回のサッカー世界大会は

カタールで開催できなかったかもしれない

 

カタールの右には

参院議員なのに日本に帰って来れない

ガーシー氏が住んでいるドバイ首長国や

お金持ちのアブダビ首長国

 

ちなみにUAE(アラブ首長国連邦)は

ドバイ、アブダビを含め7つの首長国が集まった国

 

ペルシャ湾の対岸にはイラン

クエート、イラク、アフガニスタン

 

70年代、80年代の高度成長期のころ

多くの日本企業が中東へ進出

それに伴って

私がいた航空会社も中近東方面に路線拡大

 

香港、バンコク、デリーを経由して

中近東へ旅客を運んでいた

いわゆる南回りヨーロッパ線

 

当時の飛行機は航続距離が短かったので

各都市に直行できなかった

旅客もそれほど多くなかった

 

CAたちも次の国々に滞在

カラチ(パキスタン)、テヘラン(イラン)、アブダビ(UAE)、バーレーン(バーレーン)、クェート(クェート)、バクダット(イラク)、カイロ(エジプト)

今ではどの国にも飛んでいない

 

当時はもちろんネットなどない時代

中近東関係のニュースもあまり流れてこない

 

どこにどの国があるのかなんて

ほとんどの日本人は知らない時代

 

CAたちも、とにかく飛んでいたが

よく分かっていなかった

 

T・K ♂

 

以前のブログ

「外資航空会社日本人CAたちは今」

 

バンコク、香港、シンガポール

ジャカルタ、クアラルンプール、マニラには

数えきれないほど乗務で滞在した

 

はじめて滞在した頃は

植民地時代のなごりや戦争の爪痕が

まだ残っていた

 

どこの街も木々の緑に囲まれ

のどかでのんびりした感じ

 

暑さと湿気の高さ

高層ビルなどない時代

風通しのよい木造りの家々が立ち並んでいる

 

ジャカルタで早朝空港に向かうとき

人々が川で用足しをしている

そこにブンガワンソロの調べが聞こえてくる

定宿のプレジデントホテル(現プルマンホテル)

大使館が集まる町のど真ん中

 

マニラ空港からホテルに向かうのは

昔ながらのおんぼろバス

街に入るとジプニーが走り回っている

人の多さとジプニーの多さ

夜になると戒厳令

やたらと外には出られない

定宿のヒルトンホテル(現パビリオンホテル)

そこから10分ほどで海岸通りへ

マニラ湾の夕日は世界一

 

高いヤシなど木々に囲まれ

イギリス植民地時代のなごりを感じる

コロニアル風の建物だったり

華僑たちが作った中国風の街並みだったり

国土は狭いのに

ひしめき合っている感じがしないシンガポール

 

香港は山に囲まれ平地が少ない街

狭い国土に大勢の人々

啓徳空港(以前の空港)を出ると

昔ながらの高層アパート群が続く

どのアパートでも窓の外は洗濯物だらけ

だけど夜景のきれいさでは負けない

香港は世界三大美港のひとつ

 

バンコク・ドンムワン空港から市街に向かう国道

大雨が降ったらさあ大変

道路は水浸し

街の中にはあちこちに水路

川は物資輸送や人々の交通手段

そこもあふれてしまう

洪水はしょっちゅう

そこで家々は熱帯特有の高床式

 

トカゲや毒ヘビが上がってこないよう

普段はハシゴを外している

街ではトゥクトゥクが走り回っている

 

どの国も

昔の面影がどんどんなくなっている

 

T・K  ♂

 

以前のブログ

 

「イスラムの国マレーシア」

 

希望の会社に入るためには

他の応募者との競争に

勝ち抜かなければならない

 

250名採用であれば

一般教養、語学、適正面接などの総合点で

250位以内に入らなければならない

 

どの競争相手も

CAになるため準備をしてきている

 

さらに

コロナで採用中止が続き

新卒受験が出来なかった人たちも

待ちに待って応募してくる

 

最近の就職試験はネットで応募

IT化が進んでいる

 

第一関門は書類審査

 

JAL採用ページにある

チェックインボタンを押して入り登録

マイページを作成

 

まずは応募写真をアップロード

 

エントリーシートに

応募者氏名

出身高校名と出身大学名(短大、専門)

それぞれの入学年月と卒業年月

 

ゼミ受講や研究室での研究があれば

テーマと概要も聞いている

 

既卒採用なので職務経歴欄がある

会社名・業種

入社年月・退職年月

経験職種と仕事内容

 

そしてPCの使用頻度や

趣味・特技の記入欄もある

 

語学力を重視しているので

TOEICや英検などの資格証明書

アップロードするよう指示

 

そして海外居住経験や留学経験

これらの有無なども聞いている

 

最後に2つの問いで終わりとなる

 

今までの社会経験、職務経験。留学経験などを

JALに入ったのちにどのように活かしてくれるのか

 

自分の魅力や能力を最大限に発揮するために

何が必要か

 

それぞれ400字程度にまとめる

 

CA受験アドバイスページ

 

エントリーシートの提出が終わると

適正検査の受検案内が届く

 

早め早めにしないと

適正検査の予約が取りにくくなる

 

エントリーシート提出期限は12月6日で

適正検査を12月12日までに受けなければならない

 

これで書類審査が終了

書類審査に通過すると

面接の案内が届く

 

1次面接、2次面接、最終面接が待っている

ひとつひとつ乗り越えていかなければならない

 

就活は他の応募者との戦い

 

国内・外資主要航空会社のCA募集が

出てこない中

厳しい戦いになりそうだ

 

T・K ♂

 

1年前のブログ

「CAになるキッカケは2人の校長先生」

 

 

JALが予告どおり

既卒CA募集を発表


 

採用予定人数250名(正社員)

 

(応募資格)

2022年10月末時点で専門学校、短大、大学等を卒業している方

英語TOEIC600点以上

国際線を乗務するまでにパスポート取得可能な方

 

(入社時期)

2023年6月~2024年3月の会社指定時期に入社できる方

 

(応募締切)

2022年12月06日 (適正検査締切12月12日)

 

JAL既卒CA募集要領(2022年11月)

 

すでに新卒CA(2022年4月入社)の100名

その採用試験が終わっている

 

 

募集要領を見てビックリ

 

なぜビックリかというと

12月募集なのに

入社時期は来年6月から再来年3月

 

今までの既卒CA採用は

募集締切が終わると

できるだけ早い段階で採用試験

採用試験が終わるとすぐに入社

そして訓練

 

期中に退職CAが多かったり

運航路線や便数が急に増えて

CAが足りなくなったときなどに

既卒CA採用が行われてきた

 

今回の既卒CA採用は

入社時期が先の先になっている

 

その理由を想像する

 

まだまだ旅客数や便数は

元に戻っていないが

コロナ後に備えて

今から優秀な人員を確保しておく

 

旅客が戻りつつあるが

まだ世界情勢や景気動向が不透明

入社時期を先にすることで

状況の変化に対応できるようにしておきたい

 

他企業に出向しているCAもいて

CA数自体は十分いるが

若手CAがいないと

ベテランCAばかりになってしまう

次世代を担うCAを確保しておく

 

CAになりたい若い人たちに

その夢をかなえるチャンスをできるだけ提供したい

 

JALはCA採用を再開できるほど

さらなる努力をしていることを

世間に知ってもらいたい

 

もしかしたら

想定以上のCAの退職が続いている

 

そんな想像をしながら募集要領を読んでいた

 

コロナでCA採用が少なかった分

この募集を見て

CAスクールが生徒集めで色めきたっていることでしょう

 

T・K ♂

 

以前のブログ

「きまじめ仕事する、それとも楽しみながら・・・」

 

皆さんはアジア諸国に観光に行くなら

どの国に行きたいですか

 

女性たちなら韓国に行きたい

という人も多いかもしれません

 

私はだんぜんバンコク

今と違い、昔のCrewにとって

バンコクは癒しのステイ先

 

シンガポールやジャカルタに行くにも

当時はすべてバンコク経由

 

まずは東京-香港-バンコクを乗務

バンコクに泊まって2日後に来る次の便で

シンガポールやジャカルタへ

そこに一晩泊まってまたバンコクへ

 

 

別の乗務パターンは南回り便乗務

 

東京を出て帰ってくるまで20日間の乗務

 

バンコクまで行って泊まり

次に来る便で

カラチ(パキスタン)やテヘラン(イラン)へ

ときには

カイロ(エジプト)やクェートやアブダビ(UAE)へ

 

たいていは深夜に砂漠の上を飛んでいく

 

ここら辺はほとんどがイスラム系の国

今と違ってまだまだ砂漠の国

町中で食事をするとなると

シシカバブ料理みたいなものばかり

豚肉もお酒もご法度の国

 

中近東料理も1回食べたらもういいかな

たいていはホテルのコーヒーショップ

 

次の便が来るのが2,3日後

今度はローマやアテネまで乗務

 

ローマやアテネにとまって

また2,3日後に来る便でロンドンへ

飛行機もCrewもそこで折り返し

 

いままで来たルートで

またあちこちに泊まりながら東京へ向かう

 

イタリア料理もギリシャ料理もおいしいけれど

とにかくオリーブ油がたっぷり

なれていないとお腹の調子が悪くなる

 

どの国にも日本食レストランなんかない時代

あったとしても接待用で値段が高くて手が出ない

 

そうその間、バンコクに戻ってくるまで

和食系の食べものにありつけず

 

やっとバンコクに帰ってきた

 

当時滞在していたバンコクのホテル

コーヒーショップのメニューに

かつ丼、オムライス、うどんとかがあった

 

ホテルに到着するなり

みんなでコーヒーショップに飛び込む

 

オムライスが美味しかったのなんの

夜はタイすきの鍋とビールで乾杯

 

そのあとはタイマッサージで癒しのひととき

翌日は午前中からプールサイドでのんびり

 

さあ、東京に帰る準備ができたぞ

20日ぶりの東京が待っている

 

T・K ♂

 

以前のブログ

「蚊も殺さないタイの人々」