『ふたり酒』

『ふたり酒』

「この人と出逢えて本当に良かった!」。
そんな方とは、極力ふたりきりでお会いして、
会場にこだわり、美味しい酒肴を共にして、
熱く語り合い、充実した時間を楽しんでいます。
そんな方とのエピソードを
『ふたり酒』と題して綴っています。

私が(54)章にわたり

綴ってきたブログ『ふたり酒』。

ありがたいことに

毎回多くの方から

メッセージをいただいております。

その中からの1通を

『熱きメッセージ』と題して

私の考えを添えて

紹介させていただいたところ

今度はそのメッセージに対する

ご意見が想像以上に多数

寄せらてきました。

そしてそのご意見を読んだ

今回のメッセンジャー

ヒーロー電機株式会社

加藤弘樹社長から

再度、熱いメッセージが

私宛に届きました。

この一連の3つの流れが

1セットとなり、

当初は想像もしていなかった

大きな広がりを持つ方向へと

このブログが発展しました。

 

加藤社長曰く

「一つのブログを起点として、

 感想が生まれ、

 その感想が読者の皆様に

 新たな気づきをもたらし、

 さらにその反響を受けて、

 もう一段深い考察へと

 繋がった。

 もはや書き手から

 読者への一方向の発信ではなく、

 書き手と読者との間で

 思考が往復しながら、

 一つのテーマそのものが

 少しずつ深められていく、

 大変興味深い流れが

 生まれた」

 

加藤社長の

読者からのご意見に対する

熱いメッセージを

『リターンメッセージ』from KATOU

と題し、

ここにお届けしたいと思います。

 

先般お送りしました

私の感想に対しまして

皆様から寄せられた

大変興味深いご反響を

ご紹介いただき、

恐縮するとともに

大変有難く拝読いたしました。

今回のブログを拝読しながら

前回の『熱きメッセージ』と併せて、

あらためて強く感じたことが

ございます。

それは、

これまで『ふたり酒』を長く

拝読してきた中で

私自身が漠然と感じていた

「なぜ、萩原さんは

 これほど多くの方々と

 何十年にもわたる

 お付き合いを続けて

 こられたのだろうか」

という問いに対する答えが、

今回の一連のブログや

皆様からのご感想を通じ、

少しずつ目に見える形に

なってきたように

感じることです。

私自身、仕事柄

「暗黙知の可視化」という

ことについて考える機会が

多くございます。

弊社では今後ますます

深刻になることが予想される

働き手不足も見据え、

これまで業界の中では

「経験者であれば知っていて当然」

とされ、

あえて言葉にされることの

少なかった知識や

作業上の勘所などを、

初めての方にも理解できる形に

置き換えて伝えていく取り組みを

進めております。

いわば、これまで経験者の

頭の中に存在していた「暗黙知」を、

一つ一つ目に見える

形にしていく取り組みですが、

今回の『ふたり酒』において

起きていることにも、

どこかそれと相通じるものが

あるように感じております。

これまで『ふたり酒』には、

萩原さんが長年にわたり

築かれてきた数多くのご縁や

エピソードが綴られていました。

しかし、その一つ一つの背景にある

「なぜ、その関係がこれほど長く

 続いているのか」

という部分については、

読者それぞれが感じ取ってはいても

必ずしも明確な言葉に

されていなかったのでは

ないでしょうか。

今回、私の感想をきっかけとして

皆様から様々なご意見が

寄せられたことで、

萩原さんが

これまで長年大切にされてきた

「人との向き合い方」

そのものが、

あらためて浮かび上がってきたように

感じております。

とりわけ、

私が非常に印象深く感じましたのは、

やはり萩原さんが

幼少期にご覧になってきた

お父様の姿を、

後の人生における

「反面教師」とされてきた

というお話です。

お父様が、

いわゆる「旦那」「タニマチ」として

人を支援される姿を

身近でご覧になられてきたからこそ、

萩原さんご自身は

「支援する側、される側」という

ご関係ではなく、

人を分け隔てなく

一人の人間として向き合い、

その人間性をリスペクトできるか

ということを大切にされてきた

のではないかと思います。

そして、

その姿勢を何十年にもわたり

実際に続けてこられた結果が、

現在『ふたり酒』に登場される

皆様とのご関係なのだと考えますと、

大変納得するものがございます。

人間関係というものは、

「出逢い」という

知り合うこと自体よりも、

その関係を何十年にもわたり

続けていくことの方が、

遥かに難しいのではないでしょうか。

仕事上のお付き合いや、

その場その場でのご縁は

数多くあったとしても、

立場や肩書きが変わり、

仕事上の利害関係がなくなった後まで、

なお自然にお付き合いが続く関係は

決して多くないように思います。

だからこそ、

今回寄せられた皆様のご感想には、

単に、

「萩原さんは顔が広い」

「多くの著名な方をご存じだ」

ということに対する驚きではなく、

「なぜ、それほど長く関係を

 続けることができるのだろう」

という、ある種の羨望にも近い

お気持ちが含まれているように

私には感じられました。

 

そして、もう一つ。

今回の皆様のご反響を拝見しながら

興味深く感じましたのは、

このブログが単に萩原さんの

人間関係について考えるだけではなく、

読者ご自身の人との付き合い方を

振り返るきっかけにも

なっているのではないか、

ということです。

私たちは誰しも、

日々多くの方と接しながら

生活しておりますが、

一つ一つのご縁について、

「自分はこの人と、

 本当に一人の人間として

 向き合っているだろうか」

「相手の肩書きや立場ではなく、

 その人自身を見ているだろうか」

「この方と10年後、20年後も

 お付き合いを続けたいと

 思えるだろうか」

と、あらためて考える機会は、

意外と少ないように思います。

今回のブログは、

そのようなことまで

自然と考えさせてくれる

内容であったように感じました。

そのように考えますと、

私が前回感じましたように、

『ふたり酒』は、

やはり単なる著名人との

交友録ではなく、

「人は人とどのように向き合い、

 どのように信頼関係を

 育てていくのか」

を考えさせてくれる、

一つの「人生の記録」

だと思います。

そして、今回皆様から

これほど様々なご感想が

寄せられたこと自体が、

そのことを何より物語って

いるようにも感じております。

萩原さんが長い年月をかけて

築いてこられた人間関係について、

その「結果」だけではなく、

その背景にある考え方や

生き方にまで

読者の関心が向き始めたことで、

『ふたり酒』の読み方が

さらに一段深くなってきたように

思います。

さらに申し上げれば、

これまで必ずしも

言葉として表に出てこなかった

萩原さんの

「人とのご縁」や

「人との向き合い方」が

可視化されたことによって、

このブログ『ふたり酒』そのものの

見え方が変わるとともに、

その存在意義そのものが、

さらに深いものへと

昇華しつつあるようにも

感じております。

前回のブログを拝読した際、

私は今回の『熱きメッセージ』が、

これまで積み重ねてこられた

『ふたり酒』全体の「読み方」に

新たな視点を与える一稿に

なるのではないか

と申し上げました。

今回の皆様からのご反響を拝見し、

そのような変化が

確実に起こり始めていることを

大変興味深く、また嬉しく

感じた次第です。

そして何より今回の

ブログを通じまして、

私自身もあらためて

「人とのご縁を長く大切にするとは、

 どういうことなのだろうか」

と考える大変良い機会を

頂戴しました。

 

このたびも、

大変心に残るお話ならびに

皆様からの貴重なご意見を

ご共有いただき、

誠に有難うございました。

 

ヒーロー電機株式会社

代表取締役社長

加藤 弘樹

 

「ヒーロー電機の

『ヒーロー(HERO)』という社名は、

半世紀以上前の創業期に作業所を構えた」

東京都渋谷区『広尾』に由来します。

そこには創業者の

『いつか業界の英雄(HERO)に』という

想いも込められています。」

 

加藤社長、

ありがとうございました。

今回の加藤社長はじめ、

皆さんの感想文やご意見から

これまで自分自身でも

改めて意識はしていなかった

私自身の「人との付き合い方や

 向き合い方」を

言葉にして教えてくれたように

思います。

そしてその原点は、

やはり読者の何人もが

おっしゃたように

私が幼いころから見て来た

父の「人とのお付き合いの仕方」

が間違いなくあった

ように感じました。

私自身は「反面教師」という

父からしたら屈辱的な

表現をしてしまいましたが、

お付き合いの仕方は人それぞれ、

ただ私からすると、

「旦那」「タニマチ」、

(この関係は、

 けして長くは続かない)

そんなお付き合いの仕方に

とても違和感があった事は

事実です。

だからこれまで、

著名人と私との

お付き合いの関係性について

「どのようにして

 知り合ったのですか?」

「仕事の関係ですか?」

という、

相手が著名人ならではの

問いかけに、

私からすると

多くの友人たちの中の

たったひとつのカテゴリーである

「著名人」、

そのひとつをフォーカスした表現に、

必要以上に過敏な反応を

して来たように思います。

そして私自身が、

今回それに初めて気付かされたような

気がします。

そのように考えると

現在の私の

「濃く深く長いお付き合いの

 素晴らしい友人たち」

それをもたらしてくれたのは、

結局、父の存在なくして

なかったと言う道理になります。

いや、むしろこのような

「着地」にしないと、

私をこの世に送り出してくれた、

また、現在私が経営する会社の

先代である二代目として

艱難辛苦の時代を生き抜いた

私の「反面教師」さんに

申し訳が立たないような

気がして参りました。

これからの人生、

これを肝に銘じて

歩んで行こうと

今回、心しました。

 

大相撲 高砂部屋所属

幕内格行司・木村朝之助さんと

十両呼出し・呼出し邦夫さんから

頂戴した「古希祝い」。

古希の色「紫」で作成された

『雲竜型横綱模型』

因みに大相撲の世界では

「紫」は横綱、大関だけが

化粧まわしに使う事が許される

高貴の色。

 

私にとって、

人生の大きな節目

古希70歳を意識して綴り出した

ブログ『ふたり酒』。

毎回、多くの方にご覧いただき、

心温まるメッセージや感想文を

頂戴して参りました。

今回、その感想文の中から

私が是非、

読者に紹介させて

いただきたいものを

『熱きメッセージ』と題し、

紹介させていただきました。

それが

ヒーロー電機株式会社

加藤 弘樹社長の

感想文でした。

 

更にその感想文に関する

ご意見をお聞かせいただきたいと

読者にお願いしたところ

全国各地、沢山の方から

ご意見を頂戴しました。

誠にありがとうございます!

その中からご本人に

ご了承いただいたものを

【 私の意見 】として

いくつか実名で

ご紹介させていただきます。

 

【 私の意見 】

今回の「熱きメッセージ」

第1弾を拝読して改めて

『ふたり酒』というブログが、

単なる著名人との

交流記ではないことを

強く感じました。

そして何より印象に残ったのが、

萩原さんが幼少期に見てきた

お父様の姿を「反面教師」として、

ご自身の人間関係を

築いてこられたというくだりです。

お父様が「旦那」として

人を支援する姿を身近で見て

育ったからこそ、

萩原さんはその関係性に対して、

どこか違和感を

持ち続けていたのでしょう。

だからこそ、

ご自身は「支援する側、される側」

という上下の関係ではなく、

一人の人間として

相手と向き合うことを

大切にしてこられたのでは

ないでしょうか。

世間から見れば、

著名な方々との

長年にわたる交流は、

ともすれば「タニマチだから」

「仕事上の付き合いだから」

と受け取られてしまう。

しかし『ふたり酒』を

読み続けていると、

そうした表面的な見方では

決して説明できないものが

見えてきます。

それは、何十年という時間の中で

積み重ねられた信頼と、

お互いを一人の人間として

尊重する関係です。

そして今回、

萩原さんが

「人間関係の卒業」という

言葉を使われたことも、

とても意味深く感じました。

すべての出逢いを

無理に続けるのではなく、

自分なりの価値観や

人間観に照らして、

付き合いを終えることもある。

その選択があるからこそ、

現在も続いているご縁の

一つ一つが、より大切なものに

なっているのだと思います。

加藤社長の感想文が

素晴らしいのは、

まさにその部分まで

感じ取っておられることです。

「誰と知り合っているか」ではなく、

「なぜその関係が何十年も

 続いているのか」。

この視点こそ、

『ふたり酒』を読み解く上で

最も大切なものなのだと思います。

さらに興味深いのは、

加藤社長の文章によって

これまで登場してきた方々だけでなく

萩原さんご自身の人柄まで

浮かび上がってくることです。

人との出逢いを誇示するのではなく

その人の素顔や優しさ、

考え方を残していく。

その姿勢は、

幼い頃に見たお父様の姿を

反面教師として、

萩原さん自身が

長い人生の中で築き上げてきた

「人との付き合い方」

なのではないでしょうか。

だからこそ『ふたり酒』は、

著名人との交友録ではなく、

「人は人とどう向き合うのか」

を考えさせてくれる

人生の記録になっているのだと

思います。

今回の「熱きメッセージ」は、

加藤社長から萩原さんへの

感想文であると同時に、

これまで『ふたり酒』を

読んできた読者への

一つの答えでもあるように

感じました。

神戸新聞姫路本社

 業務部長 森田 昌明

毎回、このような長文で

書き手が感動する内容を

コメントしてくれます。

 

お疲れ様です。

トップにおられる方は

見方が素晴らしいですね!

コレも萩原さんの人徳で

繋がるんだと思います!

元東京ヤクルトスワローズ

宮本 慎也

『ふたり酒』の登場人物を

代表して(笑)

 

萩原社長の「ひととなり」を

良くご理解されておられる

お方ですね、

萩原社長の人間としての

『ふたり酒』を通しての

皆さんとのお付き合いの記録

『人生記録』

いい言葉ですね‼️

大阪「桂 文福 後援会」

会長 古下 由実

文福師匠からご紹介いただいた

大阪の友人、

東京での私主催のイベントにも

はるばる参加してくれました。

 

お疲れ様です!!

新企画!「熱きメッセージ」

ワクワクしながら

拝読させて頂きました!

加藤社長の感想文は

まさに『ふたり酒』の本質を

見事に言語化されていて

感銘を受けました。

自分の未熟さから

言語化できずに歯痒さを

感じておりましたが

はっきりとした形を

見出す事ができました!

【「誰と知り合いか」ではなく

「何故そのご縁が

     何十年も続くのか」】

という視点の切り替えは、

表面的な関わり方に対する、

綺麗で穏やかな皮肉だなと

思いました。

(陰の声:うまい事言う)

その反面、

自分自身もドキッとしたのも事実で、

私は今まで人と付き合う時に

表面だけ見て関わった事は

なかっただろうかと

思い返しました。

そして、

【「人と人との関係性のあり方」

を問う

「こころの広場」】という

萩原社長の表現も、

とても腑に落ちるものでした。

今後、

自分自身がどんな「こころの広場」を

飾っていく事ができるのか

精進していきたいと思います。

これからも、

萩原社長の「こころの広場」に

お邪魔させて下さい!

いつも素敵な記事を

ありがとうございます!!

会員制ホテル料飲部 

和食調理担当   飯塚 陽子

私が応援する調理人。

通勤時や帰宅道中の電車の中で

このブログを読むのが

とても楽しみ

と言ってくれています。

陽子ちゃんありがとう!

 

お疲れさまです。

このブログのことを

あまり知らない方は、

どうしても気になって

しまうのでしょうかね?

それにしても以前からの

このブログファンの私は、

今回の加藤社長の

感想文が的確過ぎて

何故かスカッとしました。

考えていることや

思っていることを

文章にするのは

なかなか難しいですよね…

この言語化能力は素晴らしいです!

名古屋 (株)神谷 

代表取締役社長 神谷 亮

70年近いお取引を

いただいている

創業者の祖父、二代目の父に続く

三代目同士。

公私にわたるお付き合いです。

 

加藤社長の感想文、

読ませていただきました!

確かに私も最初は,

「萩原さん、なんでこんなに

   色々な方と知り合い

   なんだろう?」

と思っていました(笑)

でも『ふたり酒』を読んだり、

実際に萩原さんと

お付き合いさせていただく中で、

今は

「どうやって知り合ったか」

よりも

「なぜ何十年も付き合いが

 続いているのか」

の方が大事なんだなと思います。

私も毎日のように、

いろいろな会で

知り合った方々との

食事の機会があります。

そこで新しいご縁を

たくさんいただきますが、

出会うご縁はたくさんあっても、

そこから何年、

何十年と残っていくご縁は

限られているんだろうなと、

最近特に感じます。

だから今回の

「人間関係の卒業」という言葉は、

妙に響きました。

人との出会いも大切ですが、

誰とご縁を育てていくのかも

同じくらい大切なんでしょうね。

萩原さんがどんな人を

卒業してきたのか……?

そこはかなり興味があります(笑)

私も卒業されないように、

まだまだ修行させて

いただきます😂

(株)クリア

代表取締役社長 高橋 学

ちなみにこの高橋社長と

私のお付き合いは

まだ丸1年です。

 

「誰と知り合いか」ではなく

「何故そのご縁が

     何十年も続いているのか」

この加藤社長の視点にまずは万歳!

この視点こそ萩原社長(以下彼)の

生き様そのもので、

そこに気付けば

「有名人」というカテゴリーは

彼の交友関係の中のたったひとつ。

私は(以下オラ)彼と、

40年以上の付き合い。

オラの住まい山形県の鶴岡と

彼の住まい東京で

これまで数10回の『ふたり酒』を

して来た。

始めは仕事上の取引先関係、

だが、ここ15年は

利害関係全くなし。

でも付き合いは今も休みなく続く。

こんな田舎者とも

彼は付き合ってくれる。

彼は昔から職業問わず、

老若男女誰とでも

分け隔てなく付き合っていた。

だからその中に、

何人かの有名人がいるというだけ。

このブログに有名人が

何人か登場するのも

その方が読者にとっては面白い

という事を彼は知っている(笑)

加藤社長の物の見方、

「視点の切り替え」ではないが、

オラは彼が書く

数々の有名人の美談に

その有名人に感心したり、

驚くよりも、

むしろ何人もの有名人との間に

何十年にもわたり、

彼を感動させるエピソードが

存在する。

その事の方に

彼の凄さと人間のレベルの違いを

感じてしまう。

その有名人たちだって

彼にするような事を

誰にでもしているとは思えない。

 

思えば若い時から彼は、

ちょっと違っていた。

弊社に100人を超える

営業マンが出入して来たと思うが、

彼は間違いなくナンバーワン。

カリスマ性もあった。

オラの方が5歳年上だけど

彼の言動にはいつも

感心させられてきた。

これからも多くの人が

彼の魅力に引きつけられると思う。

今回の加藤社長の感想文、

加藤社長とは

おそろしく洞察力のある

人物だと思った。

山形県鶴岡市 田澤政一

もはや私の若き20代の頃の

「仕事の顔」を知る

数少ない一人です(笑)

 

お疲れ様です。

総て、ウンウンと頷き、

ストンと腑に収まる内容でした。

加藤社長さんのご感想に

両手を挙げて、大賛成です。

お互いをリスペクトして、

お互いを必要とする、

その様に受け止めさせて頂きました。

いつもありがとうございます!

(株)昭和イーティング

代表取締役 吉田 克己

私のライフワーク

「日本赤十字社の活動支援」

その同志です。

 

お疲れ様です!

まったくその通りだと思います😊

おそらくこの『ふたり酒』を

毎回拝読されている

大部分の方々も

同じ思いを感じ

理解していると思います。

加藤社長、

皆が思いながらも

どう表現していいのか?

分からずにいる中、

それを上手に文字に

起こしています😊

お相手の方もさることながら、

キチンと萩原さんへの気遣いも

ちょくちょく間に

挟んでいるあたり、

この方も人付き合いは

相当上手なんだなと

勝手に思ってしまいます(笑)

お人柄もとても良い方

なんでしょうね。

(陰の声:良い方です)

この加藤社長も、

このブログに出て来る

萩原さんと長いお付き合いを

している方々と同じように

立派な御人物のお一人だと

思いました😊

ザ・キャピトルホテル東急

鉄板焼 エキスパートシェフ

庄子 俊也

いつも私に「至福のひと時」を

与えてくれる極上のシェフです。

 

(お名前の敬称は全て

 省略させていただきました)

 

他にもまだまだ

ご紹介したかったご意見が…。

皆さん、

私の要望にお応えいただき

沢山のご意見、

本当にありがとうございました。

また長文でのご意見を

お寄せいただいた方、

仕事の合間の大変貴重なお時間を

このブログのために

費やしてくれたかと思うと

感謝しかありません。

平素、頻繁にお会いしている方でも

このブログを話題にする事は

中々ありません。

ある人が、

「ブログは覗きの世界。

 だから見ている人でも

 知らんぷり(笑)」

そんな事を言った人も

いましたが(笑)

実際に私自身が今回、

このような企画をしたからこそ、

読者が感じている事を

知ることができました。

中には長いお付き合いの方でも

「へぇー、こんな事

 思っているんだ」

と感じさせてくれた方も

いました。

 

ブログ『ふたり酒』、

これだけ真剣にお読みいただき、

それぞれが様々な想いを

巡らせてくださる。

書き手冥利に尽きます!

50回を超え、

ここに紹介できる

私「自慢の友」も

だんだん残り少なく(笑)

でも、これからも一生懸命

綴って参ります。

どうぞ宜しくお願いします。

改めて、

今回の感想文を寄せてくれた

ヒーロー電機株式会社の

加藤弘樹社長には

心よりお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

 

                                    萩原 重睦

 

おかげさまで

このブログ『ふたり酒』も

毎回、多くの方にご覧いただき、

心温まるメッセージや感想文を

頂戴しております。

 

その感想文の中から

私が是非、読者に紹介させて

いただきたいと感じたものを

今後、『熱きメッセージ』と題し、

ご本人了承の下、

不定期ではありますが、

ここに掲載させていただこうと

思います。

今回はその第1弾です。

 

このブログに登場した

私が平素お付き合いをしている

いわゆる世間で「著名人」と

言われる方々と私との関係性は、

私がタニマチ(後援者)的な

立場と、

これまで思っていた方も

きっと少なく無かったと思います。

事実、私の父は、

そのような「旦那」でした。

ところが私は幼少時から

その光景を見て育ち

正直、それは私の後の人生の

「反面教師」にさえなりました。

そして、これまで私が

頻繁に言われて来たこと、

それは私がその類の人たちと

「どのようにして

 知り合ったのですか?」、

「仕事絡みですか?」

このような私と彼らの関係性を

違った捉え方をしている

質問がまず出ました。

これらの問いかけに対し、

現実との乖離や

質問の意とするところが

前述のような事と察し

不愉快な気分になった事も

多々ありました。

しかしこれらの疑問は

このブログ『ふたり酒』を

ご覧いただき、

そこに登場した人たちとの

出逢いに始まり、

これまでのエピソードから

ご理解いただけたのでは?

そのように信じております。

私が、このブログ『ふたり酒』を

綴るようになった理由のひとつに、

長年のこのような想いが

存在していたことは、

否めません。

加えて、その方々自身が

自分の口からは言えない、

あるいは言わない

私との数々のエピソードから

垣間見るその方々のお人柄や

人間性そのものが

お分かりいただけたかと思います。

更にその方々が私と

こん日まで、どのような

お付き合いを続けて来たかも

合わせて知っていただけたかと

思います。

一方で、

ここに綴った方との「出逢い」や

「エピソード」ばかりが

クローズアップされがちですが、

実はそんな方ばかりではなく、

私のポリシーから

このブログで

けして綴ることはない、

私なりの理由から生じた

「人間関係の卒業」、

つまりお別れをした人も

過去にいました。

( この私の造語である

  「人間関係の卒業」については

   いずれ綴りたいと思っています)

つまり私が現在、

お付き合いさせていただいている

このブログ『ふたり酒』に

登場する方々は、

私自身がその人間性に

リスペクトし、

この関係性を未来永劫に

継続させたいと願っている方です。

つまり行き着くところ

このブログ『ふたり酒』は、

著名人に限らず、

単なる人との交流記ではなく、

「人と人との関係性のあり方」

人生でとても重要な

このことについて、

過去を振り返り、

改めて、それぞれとの

現在の関係性を考える

「こころの広場」。

そんなふうに

私自身は解釈しております。

 

このブログをご覧いただき、

毎回感想文をお寄せいただく

おひとり、

ヒーロー電機株式会社

加藤弘樹社長からの感想文を

ここに紹介させていただきます。

加藤社長から寄せられた

この感想文は、

私のこれまでのそのような想いを

見事なまでにご理解いただいた

まるで私の「代弁」でした。

 

 

   ヒーロー電機株式会社 

  

 

以下、【 感想文 】

 

確かに、著名な方々との

長年にわたるご交流だけを

表面的に見れば、

「どうやって知り合ったのか」、

といったところに

関心が向いてしまう方も

少なくないのかもしれません。

しかし、

これまで『ふたり酒』を拝読してきて

私が強く感じておりますのは、

「誰と知り合いなのか」

ということ以上に、

「何故、その方とのご縁が

 何十年にもわたって

 続いているのか」

ということでした。

そして、その答えが、

それぞれとの出逢いから

エピソードの中に自然と

表れているように思います。

これまで登場された

皆様のお話から

伝わってまいりますのは、

肩書きや知名度ではなく、

その方ご自身のお人柄であり、

人に対する誠実さや

思いやりであると

感じています。

また、著名な方々については、

私たちが普段メディアを通じて

知ることのできる姿は、

どうしてもその方のごく一部分、

いわば断片的なものに限られ、

その限られた情報だけから

人物像を判断してしまい、

実際のお人柄とは異なる印象や

誤解が生じることも

あるかもしれません。

その点、『ふたり酒』では

萩原さんが長年にわたり

実際にお付き合いを

重ねてこられた中で

経験された出来事を通じて、

メディアからでは

なかなか知ることのできない、

その方の素顔や

人としての温かさ、

考え方に触れることができます。

そこに『ふたり酒』の

大きな意義があるように

感じています。

これは、長年にわたる

信頼関係を築いてこられた

萩原さんだからこそ

記すことのできるものであり、

その意味におきましても

『ふたり酒』は、

大変貴重な記録であると

感じています。

同時に、

そのような方々のそれぞれが

萩原さんと長年にわたり

深く濃いお付き合いを

続けて来られたことからも

いかに萩原さんが慕われ、

心を許せる相手として

思われてきたかが

しっかりと伝わってきました。

そのご縁やお付き合いを

長年大切に育んでこられた

萩原さんご自身のお人柄も

このブログを読み進めるほどに

伝わってきました。

 

だからこそ、『ふたり酒』は、

著名な方に限らず

人との交流記というよりも

「人と人との関係は

 どのように築かれ

 そして長く育っていくのか」

それを考えさせられる

「人生記録」のような

存在になっており、

萩原さんが単に

「著名な方と親しい」とか

「顔が広い」というお話ではなく、

「なぜその方々とのご縁が

 何十年にもわたり

 続いているのか」

そしてその背景には

どのようなお人柄や

信頼関係があるのかを、

具体的なエピソードを通じて

読者が知ることができる

いわば、

「一人の人間としての姿」が

証明された大変貴重な

記録ではないかと

感じています。

 

今後の『ふたり酒』も楽しみに

拝読させていただきたいと

思っています。

いつも大切なお話を

共有させていただき、

誠に有難うございます。

 

【 追 記 】

加藤社長は、

「CUC経営者会議」という

「千葉商科大学」を卒業後、

日本全国で現在経営者として

活躍する人たちで構成される会で

私と共に役員を務めています。

 

この感想文に対するご意見を

是非、お聞かせいただけますと

幸甚です。  (著者)

 

ヒーロー電機株式会社

 https://www.hem.co.jp

 

 

「この人と出逢えて

   本当に良かった!」
そんな方とは極力

ふたりきりでお会いして
会場にもこだわり

美味しいお酒と肴を共にして
熱く語り合い

充実した時間を楽しんでいます。
そんな方とのエピソードを
『ふたり酒』と題して綴っています。

お付き合いください。

 

9月2日(水)。

今日の私の『ふたり酒』のお相手は、

プロ野球 元東京ヤクルトスワローズ

宮本 慎也 氏。

 

 

(2)章、(24)章に続き

3回目の『ふたり酒』。

 

(2)    宮本慎也 | 『ふたり酒』

(24)宮本慎也 | 『ふたり酒』

 

弊社トキワの本社所在地

「東京都千代田区」。

そこには

「 千代田区に住み、働き、

 集う人たちが 心豊かに

 生活することができる地域社会の

    発展に寄与する」

そんな目的で活動をする

公益財団法人「まちみらい千代田」

という団体があり、

弊社はそこに

法人賛助会員として加盟している。

そしてその組織で

事務局として活躍する加藤英明氏は、

毎年私どもが年末に開催する

チャリティイベントに参加くださる。

一昨年、

やはりその時のイベントに

参加していた宮本慎也氏を

紹介したところ

それがきっかけとなり

「講演を是非、お願いしたい」

という話になった。

その講演をしていただく会とは、

まちみらい千代田が主催する

これまで過去17回にわたり開催された

優れた活動実績をあげている

千代田区の中小企業を表彰する

「千代田ビジネス大賞」に

受賞された歴代企業を一堂に会した

交流会。

(弊社トキワは第10回目に受賞)

それは毎年開催され、

今年度の会に

宮本慎也氏(以下慎也)を

ゲストスピーカーとして

招くことになった。

 

その件のやり取りの中で、

「会のお開き後、食事でも」

という事になった今日の

『ふたり酒』。

 

会場は私の推し

鮨割烹「ひら川」。

 

 暖簾も看板もない「ひら川」

 

大将曰く

「 これ以上広まってしまうと

     開店以来支えてくれたお客様に

    迷惑がかかってしまうので…」

そんな事からこの店の情報は

今後、残念ながら控えさせて

いただく。

 

このブログ『ふたり酒』も

回を重ねるごとに、

内容が変化してきた。

当初はゲストのプロフィールに始まり

私との出逢い、

その日の『ふたり酒』の様子、

合わせてその会場となった店を紹介、

そんなパターンだった。

ところが回を重ねるごとに最近は、

そのゲストの「人となり」、

つまり私とのエピソードを通じて、

そのゲストの内面を紹介する事が

根幹になってきている。

このブログへの登場が早かった

慎也の過去2回のブログは、

やはり彼のプロフィール、

約30年前の私との出逢い

そしてその日の『ふたり酒』の

内容が中心で、

彼のエピソードについては

多くを綴ってはいない。

そこで今回、

これまで私との間にあった

エピソードのいくつかを

ここに書き残しておこうと思う。

 

慎也との付き合いを語るに

「ゴルフ」は欠かせない。

特に2004年から

毎年プライベートで

春のキャンプイン直前の1月末、

千葉ロッテのニシこと西村徳文元監督、

当時は西武ライオンズに在籍していた

べんちゃんこと和田一浩氏、

そして慎也と私、

この4人でゴルフをして

その帰りに我が家で食事をする。

それが恒例行事で、

球団の垣根を超えた3人の

「うちの球団は…」という

それぞれの全く異なる

球団事情を聴く事は

私の楽しみのひとつでもあった。

 

又、その頃私はゴルフ場貸切という

大規模なチャリテイゴルフ大会を

隔年で開催していた。

そのプレー後に行われる

オークションに出品する

著名人のサイン入りグッズを

私とお付き合いある

プロ野球人や大相撲関係者、

あるいは文化人に

お願いをするのだが、

それを初めて慎也に

お願いした時のこと…、

彼はそのグッズを

私が留守をする日中、

我が家にわざわざ届けてくれた。

既に押しも押されもしない

一流選手、

しかもこちらからのお願い事、

いくら練習帰りの

「帰り道ですから」

とは言っても

高速道路を途中で降りてまで。

私にとってこの出来事は

宮本慎也という野球人を

違った角度から見始めた

その大きなきっかけとなる

出来事だった。

2009年からは毎年、

「萩原杯チャリティゴルフ」と題し、

プロ野球のシーズンオフの12月に

ゴルフ会を開催、

各組それぞれ私の友人3人の中に

平素私がお付き合いある

様々な球団のプロ野球関係者に

1人加わってもらいプレー、

ゲストのコーチや選手はともかく(汗)

一般人にはとても好評な

ゴルフ会だった。

このゴルフ会は2015年まで

7回続けたが、

毎年開催前のシーズン中、

まず、慎也の都合を聞いて

日程を決めていた。

つまり慎也は皆勤賞。

中でも2013年には

この年限りで引退した慎也の

「宮本慎也引退記念」と題して開催、

慎也は球団から多くの宮本グッズや

スワローズグッズを手配、

参加者を喜ばせてくれた。

更にその会ではサイン会まで

ボランティアでしてくれた。

又、特に書き残したいのは、

その前年の2012年の会。

栃木県宇都宮市で開催したこの時、

慎也はこのゴルフ会を終えた後、

その日のうちに大阪へ入らなくては

ならない所用ができ、

なんとハイヤーをチャーター、

東京の自宅からゴルフ場へ、

ゴルフ場でそのハイヤーを終日待たせ、

会の終了後に一路東京駅へ。

そこまでして私の会に

参加してくれた事に

私は「感謝」とか「感動」という

言葉をはるかに超越した

感情を抱いた。

 

また2016年12月。

その年1月に家内を亡くした私は

久しぶりにゴルフをした。

メンバーは慎也、

亮二(相川亮二)

:現横浜DeNAベイスターズ監督

将海(清水将海)

:現ソフトバンクホークスコーチ

と私の4人。

プレ―後、東京へ戻り

場所を変えて行った

食事会での会話の中で…、

その年、私は喪中という事もあり、

年末年始に娘と共に東京を離れ

沖縄旅行へ行くことにしていた。

長年沖縄で春季キャンプを行い、

沖縄を良く知る慎也に私は

「どこか美味しいご飯屋さん

 紹介してもらえない?」

「僕の行きつけの店を紹介しますよ。

 日程を言ってくれれば、

 予約を入れておきます」

 

その訪れた店は「寄居(よりい)」。

ここは沖縄の「アグ-豚」の

しゃぶしゃぶをメインにした

料理屋さん。

「食いしん坊」の娘と私。

滞在中の夕食のチャンス3回を

3軒で終わらすのは

惜しい(笑)、

一晩最低2軒、

できれば3軒行こうと

事前に話をしていた。

それにはそれぞれの店で

名物料理を少しづつ…。

事前に慎也からも聞いていたが、

この店は「しゃぶしゃぶ」が

メインだが、

他の一品料理も実に豊富で、

私たちは「地魚の刺身」、

「もづくのてんぷら」、

「アグ-豚のとんかつ」等々

大将のお勧めをオ-ダ-。

お酒はもちろんこちらに来たら

「泡盛」。

大将と楽しく会話をしながら

美味しく頂いた。

慎也のおかげで

まず沖縄の1軒目は大正解!

 

娘とひそひそ話し、

「そろそろ行こうか…。」

 

「大将、ご馳走様でした!

   お勘定してください」

「ええっ、

 もう召し上がれませんか?」

「ハイ、もうお腹一杯、

 美味しくいただきました」

「そうですか…、

 うちはアグー豚のしゃぶしゃぶが

 自慢なんですよ。

 是非、召し上がって

 いただきたいのですが…」

 

もちろん自慢のメイン料理は

最初から分かっていた。

しかししゃぶしゃぶを食べてしまったら

もうお腹に何も入らなくなり、

他の店に行く事はできないと

事前に娘と打ち合わせをしていた。

が、それまでせっかく楽しく

会話が弾んでいた大将の

残念そうな顔を見てしまったら…、

又 慎也の顔をつぶしてしまっても…。

娘に聞くまでも無く私は、

「そうですか。ではお願いします」

 

その「アグ-豚のしゃぶしゃぶ」。

自慢するだけの事はあり、

実に美味しかった!

味の付いた出汁で、

「口頭ねぎ」、「柚子こしょう」、

「すりゴマ」を溶いて食する。

「ポン酢」に付けて食べる

一般的な食べ方とは又違い、

さっぱりと肉そのもの味が

しっかりと良い食感と共に

口の中に残る逸品だった。

 

話は前後するが、

その店を出た後の娘との会話。

「お腹一杯と言ったのに、

 その後あれだけの

 しゃぶしゃぶを

 全部食べちゃって、

 更に締めの『麺』まで。

 大将、どう思ったかな?(笑)」

 

「大将、美味しかったですよ。

 次回沖縄に来たら又是非、

 寄らせてもらいます。

 ではお勘定を」

「いや、宮本さんから既に

 いただいているんです」

「ええっ!それはまずいですよ…」

「でもそれを私に言われても

 困ります(笑)」

 

結局、この沖縄最初の晩は

この寄居さん1軒で

充分満足して終わった。

早速、慎也にお礼の連絡をすると、

「萩原さんにとって

 色々な事のあったこの1年、

 生意気なようですが

 僕からの激励とさせてください」

 

涙が出るほどうれしかった…。

 

この出来事は、

生涯忘れる事はない。

この1年、

人前では平静を装って来たが

長年連れ添った家内に先立たれ、

精神的にもすっかり

憔悴仕切っていた私に

これ以上ないサプライズの

激励だった…。

 

その家内は、

慎也が我が家で食事をすると

いつも口に出して

料理を褒めてくれることを

喜こび、

更に我々夫婦を

「絵に描いたような夫婦」と、

表現してくれた事に

それは喜んでいた。

そんな慎也が、

奥様と共に家内のお通夜へ

来てくれた…。

 

まだまだ書き切れない

約30年間にわたる

宮本慎也とのエピソード、

今日の『ふたり酒』も

野球の話はもちろん、

今日の講演について、

家族について、

ゴルフについて、

更に昔話等々…、

多岐にわたったが、

今章では前述のように

これまで宮本慎也が

私に与えてくれた

数々の感動の出来事を

綴らせてもらった。

 

ところで寄居さんの大将の

「既にいただいています…」

慎也は沖縄の地で

どのようにして勘定を払ったのか?

あれから10年経過した今も、

聞いた事はない…。

余計な心配はしないでおく(笑)

 

ところで今日の慎也の講演、

聴衆はそれなりの企業の重鎮たち。

特に演題は定めていなかったが、

言わば、

「これまでの野球人生で学んだこと」

その中で強く訴えていた事は、

「準備の重要性」

何事も準備が重要、

そして「決断力」

決断のスピード感はとても重要、

更に、「意識力」

意識する事は簡単、

だが、それを意識して意識して

意識し続けて

「無意識」のうちに

その物事が出来たならば

それが本物。

 

実は講演が始まる前、

こんなやり取りがあった。

私が会場へ着くと

前出の事務局の加藤さんが

出迎えてくださり、

「宮本さん、控室にいらっしゃいます」

その控室で加藤さんは

「社長のお席は一番前に

 ご用意させていただきました」

それを横で聞いていた慎也、

「やりづらいですよ(笑)」

「加藤さん、私の席は

 一番後ろにしてください(笑)」

私からすると、

今更見慣れた顔を

目の前で見る必要もない(笑)

それよりも

今日の講演を慎也が気持ちよく

してくれることが最優先。

そんな宮本先生のご要望に従い

一番後ろで聴かせていただいた。

ところがこれが功を奏した。

うなづく人あり、

メモを取る人あり、

それらの光景をしっかりと

確認する事ができた。

身贔屓抜きに見事な講演だった。

 

さて、

今日もまた遊び心で私から

野球人宮本慎也に恒例の質問。

「 慎也が現役時代、

 同時期にプレーした選手の

 ベストナインは?」

 

これまでのこのブログでこの質題、

色々な面々が様々な選手を

選出してくれたが、

実は今回、

宮本慎也が誰を選出するのか?

私はとても気になっていた。

いや、私のみならず

プロ野球関係者も同じだろう。

このブログの読者の中には、

いづれ登場する宮本慎也が選ぶ

ベストナインをあらかじめ想像して

その時が来たら

「答え合わせ」をする。

そんな事まで言っていた人も(笑)

NHKの解説で見られるように

平素、物事を理路整然と分析し

その鋭い『勝負眼』で

根拠を唱える。

それはまさに野村克也仕込みの

「方程式」。

そんな宮本慎也が選出した

「これがベストナインだ」

 

投 手:上原 浩治

捕 手:古田 敦也

一塁手:松中 信彦

二塁手:井口 資仁

三塁手:中村 紀洋

遊撃手:松井 稼頭央

左翼手:金本 知憲

中堅手:松井 秀喜

右翼手:イチロー

 

これまでの面々が

選出したメンバーと比較すると

セ・パ両リーグの選手が

バランス良く選出されている。

本人は19年間セ・リーグの

スワローズ一筋。

しかし国際試合でキャプテンを務め

12球団の「おらが大将」の

選手たちを真近で見てきた

宮本慎也ならではの選出と

言えよう。

 

そしてこのブログの

新たな企画、

NPB山本 勉 公式記録員監修。

「 一般的には公開されず、

 本人も意外と知らない記録」

 

「これがあなたの記録だ!」

 

新井貴浩監督に続くその第2弾。

山本記録員考案のそれは…、

「宮本慎也選手が所属していた

 東京ヤクルトスワローズの

 ホームグランドの神宮球場で

 歴代のスワローズの選手が

 放った安打数のベスト10」

 

宮本慎也はいったい

何位にランキングされているのか?

 

まずは、本人にそれを質問すると、

「  若松さん、古田さん、

  池山さん、青木…、

 そうそうたるメンバーがいるし、

 はたして?」

 

その正解は…。

 

    順位   選手名   安打数

1、 宮本 慎也  941                   
2、 若松 勉   930        
3、 青木 宣親  922        
4、 古田 敦也  885        
5、 山田 哲人  811        
6、 池山 隆寛  634        
7、 杉浦 享   617        
8、 広澤 克実  580        
9、 ラミレス   576        
10、 岩村 明憲  519

 

このデータと共に

山本記録員から添えられてきた

メッセージ。

「宮本さんは

 守備の秀でた選手に贈られる

『三井ゴールデングラブ賞』を

 セ・リーグ最多タイの10回

(遊撃手で6回、三塁手で4回)

 獲得しています。

 誰もが認める守備の達人ですが、

 バットでも歴代28位の

 2133安打を記録しています。

 現役19年間の全てを過ごした

 神宮球場では歴代トップの

 941安打を打ちました。

 首位打者を2回獲得した

 若松勉さんや、

 メジャーでも活躍した

 青木宣親さんをも

上回る成績は、

『神宮の安打製造機』と

 命名されるにふさわしい

 活躍だった思います。

 神宮球場の現役最多安打は

 山田哲人選手の811

(2025年終了時点)。

 宮本さんとの差は「130安打」。

 神宮球場はあと6年ほどで

 使命を終え、

 新球場が誕生します。

 果たして、宮本さんが 未来永劫

 『最多安打打者』として

 その名を残すか

 注目したいと思います」

 

今日もまた、

実に充実した

『ふたり酒』だった。

これまで何度も何度も唱えて来た

私の悲願。

本人の前でもしつこく話題にする

それはもちろん、

「宮本慎也監督」の誕生。

その日が来るまでは

私の「プロ野球観戦」、

何が何でも

辞めるわけにはいかない。

 

【 追 記 】

 

慎也と出逢った1997年、

東京ヤクルトスワローズは、

「日本一」に輝いた。

その優勝祝賀会で配られた升と

記念テレカ

 

 

 

2004年。

日本が初めてオールプロで臨んだ

「アテネ五輪」。

当時の長嶋茂雄監督から

キャプテンに指名された

宮本慎也。

その銅メダル記念に

慎也が関係者へ贈った記念ボール。

 

 

 

 

当初は「守備の人」だった慎也が

努力の結晶でつかんだ

「通算2000本安打」達成。

私は我がことのように

嬉しかった!

 

 

 

「記念バット」「記念色紙」

2人でそのお祝いを。

 

現役時代の数々の宮本慎也グッズ

 

 

 

 

そして引退。

19年間、おつかれさま!

 

 

どれもこれも私の大切な宝物である。

 

「この人と出逢えて

   本当に良かった!」
そんな方とは極力

ふたりきりでお会いして
会場にもこだわり

美味しいお酒と肴を共にして
熱く語り合い

充実した時間を楽しんでいます。
そんな方とのエピソードを
『ふたり酒』と題して綴っています。

お付き合いください。

 

8月18日(火)。

今日の私の『ふたり酒』のお相手は、

富士屋ホテル(株)代表取締役社長

安藤 昭 氏。

 

 

(36)章に続き2回目の

安藤社長との『ふたり酒』。

 

富士屋ホテル | 『ふたり酒』

 

国際興業のグループとして

箱根・小田原エリア、山梨エリアの

11ケ所のホテルなどの施設を

統括する社長、安藤  昭氏。

中でも箱根・宮ノ下にある

「富士屋ホテル」は、

1878年、リゾートホテルの

草分けとして創業、

何世代にもわたる人々とともに、

そこにあり続ける価値から

日本全国「一度は泊まってみたい

温泉旅館」に常時ランクされ

正月恒例「箱根駅伝」の

実況中継では、

ホテルの前が駅伝コースとあって

毎年話題に上る。

 

前回述べたように

安藤社長と私は、

「CUC経営者会議」という

「千葉商科大学」を卒業後、

日本全国で現在経営者として

活躍する人たちで構成される会が

12年前に発足、

その立ち上がりより

発起人代表として

ともに副会長を務めたことから

お付き合いが始まった。

 

その後、安藤社長は現在、

同会の2代目会長を

務めているが、

これ以上の適任者はいない。

冷静な判断の下、

色々な提案をして

会員に気配り目配り

常に会の活性化を図る。

これまで多くの会に

携わって来た私の経験から

とかく趣旨目的が明確な会であっても

失礼ながら「会長」とは名ばかりで、

会や会員のために

何をするわけでもない人が多い。

そのような事から

私は副会長という役柄からも

安藤会長の下、

「最高の二番手」として

会長補佐を心している。

 

今回の会場は、

このブログに何度か登場している

「湯島3丁目」

 

東京都文京区湯島3丁目―37-4

TEL: .03(6284)2212

地下鉄千代田線「湯島駅」徒歩2分

 JR山手線・京浜東北線「御徒町駅」

徒歩5分

 

    湯島3丁目

 

今日はそのCUC経営者会議の

メンバー4人で

千葉県にある総武カントリーで

プライベートゴルフ。

この日のうちに

小田原へ戻らなくてはならない

安藤社長を個人的に誘い、

道中の東京で『ふたり酒』。

平素、お会いする時には

会の仲間と一諸の事が多いので、

中々二人きりにはなれず、

私の好きな二人ならではの

会話からしばし遠ざかっていた。

そんな安藤社長との

今日の『ふたり酒』での話題は

多岐にわたったが、

中でも私から

平素胸の内に秘めていた事も

打ち明けた。

 

夏の甲子園大会が開催中のこの日、

ゴルフ場からの帰路、

スマホでその経過を何度もチェック、

落ち着かない安藤社長…。

それはこの日の第3試合の

横浜高校対花巻東高校の準々決勝戦。

安藤社長は現在の

富士屋ホテルの前は

同じ国際興業傘下の

「花巻温泉」の社長を

10年間務めていた。

その間、花巻の地で

多くの人たちと出逢い、

交流を深めて来たと言う。

中でも花巻東高校の

野球部監督で、

この度スタンフォード大学から

MLBにマイナーから挑戦する

佐々木麟太郎選手の父

佐々木 洋(ひろし)氏とは

昵懇のお付き合い。

今大会もその監督から初戦に

甲子園へ招待されたほど。

私は安藤社長が花巻温泉社長時代、

3度ほど花巻へ訪れているが、

その際、現在のメジャーリーガー、

菊池雄星投手と大谷翔平選手が

卒業したその「花巻東高校」へ

見学に連れて行ってもらった。

その花巻東高校グランドの

バックネット裏には…。

 

2021年MLBの

オールスターゲームに

菊池雄星投手と大谷翔平選手が

同時出場。

それを記念した

本人たちの手形入りモニュメント。

 

更に、

2023年のシーズンには

この二人が投手として

ともにレギュラーシーズンで二桁勝利。

それを記念したモニュメント。

 

いづれも安藤社長が

寄贈したものである。

 

佐々木麟太郎選手は、

昨年のNPBのドラフト会議で

1位指名された福岡ソフトバンク

ホークスへ入団か?

それともMLBに挑戦か?

その話題で持ち切りだったが、

その麟太郎選手とも

海を挟んでラインのやり取りを

個人的にする間柄、

福岡ソフトバンクホークスも

ドラフト前に安藤社長から

佐々木麟太郎選手の

それは強い意志を聞いていれば、

指名は避けたかも知れない(笑)

 

そんな深い繋がりから

気になる本日の

花巻東高校の結果ではあったが

残念ながら敗退。

 

がっかりした中で始った

今日の『ふたり酒』。

中でも私が印象に残った事は、

これだけの会社、その人数の中で

どの役職に於いても

歴代最年少のスピード出世、

その経験から

仕事において大切な事、

自身が重んじて来た事は何か?

聞いてみた。

すると…、

「 「決断力」「統率力」

    「直感力」でしょうか。

 それは部長時代から重んじて

 2010年、社長に就任後は

 特に意識しました」

私は富士屋ホテルの本丸

「宮ノ下」には中々行く機会に

恵まれないが、

「箱根湯本」のホテルの方には、

CUC経営者会議の会合や

プライベートで友人を誘い

ゴルフを兼ねて、

また先月には末の息子の結婚記念に

一族郎党で利用させていただいた。

この時にもサプライズで

名入りのウエディングケーキや

シャンパンを!

安藤社長の「気配り目配り」には

いつも感心させられる。

 

聞けば、ここへ来るまでには

ある意味家族を犠牲にして来た

とは言うが、

我々の時代はみな同じ。

会社に関する事、上司の言う事は

何はさておき優先順位一番。

家族を犠牲と言うよりも

妻を犠牲にと言った方が

適切かもしれない…。

その安藤社長の奥様は

3人姉妹の末娘、

中でも安藤会長は、

お酒好きな義父の

呑み相手としても

娘婿の中でも義父とは特に

交流が深かったようだ。

「義父には本当に可愛がられた」

この事は行き着くところ

妻がご機嫌になる源で、

私も経験があるが、

夫婦円満材料のひとつ(笑)

そして「可愛がられた」は

あくまでも結果論。

平素、いかに安藤社長が

可愛がられる言動を

義父に取っていたかである。

それは会社の上司とて同じ、

このブログにも再三綴った

私の持論、

「人間いくつになっても

 目上の人に可愛がられた方が

 人生豊かになる」

それは何も会社や

家族に限ったことではない。

 

そんな今日の『ふたり酒』、

CUC経営者会議についてはもちろん

大学の事、仕事の事、家族の事、

前述の野球の事と

更に私からの

「ここだけの話」(笑)も含め

話題は多岐にわたり

実に充実した『ふたり酒』だった。

そして私の悪い癖、

何も言う必要もない余計な言葉

「最後の一杯」。

今日も又そこからおかわりの連続(笑)

これから新幹線で小田原へ、

遅くまでお付き合いを

させてしまった…。

 

来月には私のライフワーク

「日本赤十字社の支援」

そのお仲間と共に

再びお伺いする事になっている。

「サプライズを考えてますよ」

その日を今から鶴首する

私である。

 

【 追 記 】

 

掲 載:2026年6月1日 千葉日報