⑲『資本論』と『ハムレット』 | 文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

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After retirement, I enrolled at Keio University , correspondence course. Since graduation, I have been studying "Shakespeare" and writing in the fields of non-fiction . a member of the Shakespeare Society of Japan. Writer.

          『ハムレット』公演(グローブ座、2020年)

 

 ハムレットは、父王の姿をした亡霊に「父を噛み殺した当の蛇が今、現に、父の王冠を頭に戴いている」と告げられ復讐を決意し、狂気を装います。

 一方、王冠を簒奪したクローディアスはハムレットの狂気に疑念を抱き、腹心の家臣ポロウニアスにその原因を探るため監視を命じるのです。ポロウニアスは娘オフィーリアや王妃とハムレットとの会話を盗み聞きして王に逐一知らせます。シェイクスピアは、ポロウニアスのことを自分の身の安泰のためならば、どんなへつらいでも意に介せずやってのける人物として描いています。

 

 『資本論』には、このポロウニアスの名が、第一巻の「標準労働日獲得のための闘争」の中で次のように紹介されています。

 

「……話しにならぬほどひどい統計的おしゃべり屋であるポロウニアス・アーサー・ヤングも同じ方向を追っていく。」

 

 十八世紀のイギリスでは、労働者は四日間の賃金で一週間分の生活ができたことで、他の二日間は資本家のために働いていないと労働者を非難する学者たちがいました。マルクスは、その一人として「ポロウニアス・アーサー・ヤング」という名をあげています。

 

 しかし、この名は当時有名だったイギリスの農学者アーサー・ヤングのことです。その名の頭にポロウニアスの名を乗せたのです。ポロウニアスは王にへつらい、アーサー・ヤングは資本家にへつらうという点で二人は共通しています。

「ポロウニアス・アーサー・ヤング」──マルクスの謎かけには、こう応じたくなります。

 

「ポロウニアスとかけて アーサー・ヤングととく その心は? どちらも権力にへつらう」

 

 『資本論』、特に第一巻はマルクス自身が編集したこともあって、この種の洒脱がとても多いのです。きっとマルクスは、万国の労働者を笑わせながら、難解な『資本論』の世界にいざなおうとしたのかも知れません。